優のよからぬ作戦
エクソシストの魔法の練習を始めたし、冒険者としても活躍している。優は充実した毎日を過ごし……てはいなかった。
心地よい朝だというのに、机の上に顎を乗せてグダっているのだ。
「どったの。ユー君、たれゆーくんになってるよ」
「なんだそのゆるキャラは。別に好きでグダグダしてるわけじゃねえよ」
「そうなんだ。ヒャッハーとか胃汁ブシャーとかやれば受けると思うのに」
「やらねええよ! しかも胃汁って、ただの嘔吐じゃねえか!」
ゲロをまき散らす着ぐるみなど公衆衛生上問題にしかならない。
優がグダグダしているのはクロナにうんざりしているわけではなく(それもあるが)、
「ランクが全然上がんないんだよ」
未だにEランクのままだからである。
「課金すれば?」
「ソシャゲじゃないんだから金で解決するわけないだろ」
汚職事件が横行していなくも無さそうだが、優としては正攻法でSまで到達したかった。それに、コネを利かせられるほど資金力は無い。アシュリーに頼めば用意できるが、門前払いされるのが分かり切っている。
ただ、チンタラとEクラスの依頼をこなしていても埒が明かないのも事実だ。一応、モンスターの駆除というランクが上がりやすい依頼もあるが、ゴキブリを駆除する感覚で倒せるような雑魚ばかり。戦闘というよりも作業にしかならないのである。
やはり、無理してでも強力なモンスターに挑む他ない。いくらステータスが高くても実績が無いからランクアップできないのであれば、実績を作ればいいというわけだ。
そう考えた時、優の脳裏によからぬアイデアを駆け抜けた。バレたら大事になるが、裏技には常にリスクが付き物。思い立ったが吉日ともいうし、やるしかない。
「どったの、ユー君。すごく悪い顔してるよ」
「クロナ、俺は天才かもしれない。一気にSランクまで上がる方法を思いついちまった」
「どんな方法? ギルドの支配人をぶっ殺してギルド自体を掌握するの? 残念だけど、ギルドマスターの寿命は切れてないみたいだよ」
「それじゃただの犯罪者になるだろ。もっと真っ当な方法だよ」
いくらなんでも国全体の冒険者と敵対するつもりはない。優の防御力なら袋叩きに遭っても耐えられそうだが。
「アシュリーさんが受けている依頼って、AとかBランクのやつばっかだろ。ならば、相手にするアンデットもすごく強い奴ということになる。もちろん、まともに浄化魔法も使えないのにアンデットとやり合おうなんて思っていないさ。俺が狙うのは道中に出てくるであろうAランク相応のモンスターだ。アンデットじゃないなら物理攻撃は効果があるはず。俺の防御力で耐え忍んでいけば自ずと倒す糸口が見つかるから、ギルドに戦利品を持って行って、Aランクぐらいの実力があると証明するってわけだ」
「う、ん。なるほどね」
絶賛すると思われたクロナだったが、歯切れが悪かった。優は失念しているようだが、強力なモンスターに挑むということは、予想以上の攻撃力を持つ相手とも出会う可能性があるということだ。それこそ、優の防御力を破って来るような奴にも。
だが、優の決心は固い。しかも、作戦を助長するように、いつもの装束に着替えたアシュリーがまさに出かけようとしていたのだ。
「アシュリーさん、今日はどちらへ」
「うむ。町はずれの洞窟に巣くっているモンスターの討伐。アンデット化していて手が付けられないと話が来た」
「そういえば、モンスターもアンデット化するんですよね」
「レアケースだが、なる奴もいる。強力なのばかりだから、ランクはA以上と考えた方がいい」
まさに優の作戦の相手にピッタリである。つい笑い声を漏らしてしまうと、
「優、おかしいことでもあったか。アンデットモンスターは笑い半分で戦うと冗談抜きで死ぬぞ」
「大丈夫です。思い出し笑いですから」
釈然としていないようだったが、「大人しくギルドで別の依頼でも探してくること」と命令し、アシュリーは外出していった。
そして、優も作戦開始である。アシュリーからつかぬ離れぬの位置を保って追跡する。電柱があれば姿を隠せるのだが、あいにく異世界にそんなものはない。ただ、街中は人通りが多く隠れ蓑の役割を果たしていた。
問題は町の外だ。馬車を使わないということはさほど遠くないだろうが、町から離れるにつれてすれ違う人も少なくなってくる。ふとした拍子に振り返られるとあっさり発見されそうだ。幸い、所々に樹木が生えているので、そこに身を寄せながら進む。ストーカーをやっていると思うと背徳感があるが、あくまで尾行だ。ストーカーとどこが違うんだという野暮なツッコミをしてはいけない。
アシュリーは脇目も振らずに進んでいく。後方確認を怠っているため、優にとってはかなり都合がよかった。しかし、あっさりと尾行成功できてしまうほど世の中うまくできていないようである。
「危ない! ユー君!」
クロナが警戒の声をあげる。草むらが大きく蠢き、突如優の腰の高さまでの体長を誇る灰色の毛玉が飛び出してきた。




