オドーキ博士の丸わかりモンスター図鑑
それからしばらく経って、場所はアシュリーの自宅に移る。
「ユー。クロナが仕事から戻ってからずっと風呂場にろう城しているのだが、何があった」
「一言で言うと、スライムに変な液をぶっかけられたんです」
依頼自体は優がギルドにキノコを届けたことで無事達成した。報酬金は依頼主に確認の上、後日支払われるという。
しかし、問題はクロナだ。ナハトの町に戻ってもなお悪臭は消えず、アシュリーの家に到着するやすぐに風呂場に立てこもってしまったのである。
「スライムは雑魚モンスターだけど、死ぬときに変な液を発射することで有名。だから、遠距離魔法で仕留めるのが鉄則。常識のはずだが、知らなかったか」
「そもそも、俺が元いた世界にスライムなんていませんし」
いることはいたが、ゲームの世界の敵とか、おもちゃ屋で売っているドロドロしたあいつとかである。まさか、最後っ屁を放ってくるなんて誰が予想できようか。
「あの液体、毒とかじゃないですよね。給食でこぼした牛乳を拭き取った後の雑巾みたいな臭いがするんですが」
「例えがよく分からんが、毒は無い。ただ、数日ぐらいウンポコゲリダカゾウリムシが吐き出す息ぐらいの臭いが残る」
「なんですか、その明らかに臭そうな虫は」
名前からしてろくな臭いを出しそうにない虫だと分かる。優の知るゾウリムシは微生物だが、おそらくそいつとは全くの別物だろう。
やれやれと嘆息したアシュリーは本棚から一冊の図鑑を取り出した。「丸わかり! 全国モンスター図鑑」とのタイトルが記されている。
「この図鑑に世界中のモンスターの生態が記されている。無知のままモンスターに挑むのは愚策。貸すから勉強するといい」
「ありがとうございます。っていうか、こんな便利なものがあるなら早く渡してくださいよ」
「うむ。最近まで存在を忘れていた」
ずっと昔に購入して、しばらく読んでいなかったらしい。スライム事件がなければ、大掃除の時に偶然発見して、「この本持ってたんだ」となる運命だったに違いない。
世界中のモンスターが紹介されていると謳っているゆえに、広辞苑顔負けの分厚さを誇る。持ち運ぶのなら苦労しそうだ。
立ったままページを広げるのは苦労するので、腰掛けてスライムについての記載を探していく。幸いにも、日本語の辞書と同じ感覚で検索できるようになっていた。辞書の引き方まで自動的に学習していたとは、チート能力恐るべしである。
件のページにはスライムのイラストとともに解説文が添えられていた。
スライム
危険度ランクE
はっきり言って雑魚だけど、死ぬときに臭い液を出すぞ。遠くから魔法を使って倒そう。
コ〇コ〇コミックのゲーム攻略記事っぽいなと思った優だが、アシュリーが言った通りの特徴が記述されていた。
「この冒険者ランクというのは何ですか」
「モンスターと戦う時に推奨される冒険者のランク。スライムだったら、Eランク、駆け出しの冒険者でも戦える相手ということになる」
「要するに、ランクが高いほど強くて危険なモンスターというわけだな。俺がこの世界に来た時に襲われた犬も載ってるかな」
「ここらで出現する犬のモンスターというとヘルハウンドか。もちろん、載っているはず」
パラパラとページをめくっていくと、特に苦労することなく目的の箇所に行き当たった。
ヘルハウンド
危険度ランクD
群れで襲ってくるし、噛みつき攻撃は威力絶大だ。まずは群れの長を狙って統率を崩そう。そうすれば恐るべき敵じゃないぞ。
現在よりもワンランク上の相手ということは、下手をしたらあっさり殺されていた可能性がある。それに、クロナが最初に斬首した個体は残念ながら群れの長ではなかったようだ。もし、長を真っ先に倒していたら、すぐに反撃してくるなんて考えられない。尤も、クロナの実力からすれば問答無用で殲滅していたが。
「ヘルハウンドに限らず、群れで襲ってくる相手は最初に長を狙うのが鉄則」
「でも、どいつが長なんて分かりますかね」
「うむ。勘……かな」
「随分曖昧なんですね」
苦笑しつつ、優は最後までページをめくる。すると、ある名前が飛び込んできて目を疑った。どうにもどっかで聞いたような人名が刻まれていたのだ。
「アシュリーさん。この本の著者のオドーキってどんな人なんですか」
「オドーキ博士か。モンスター研究の第一人者で割と有名な人だぞ」
旅立つ少年にモンスターをプレゼントしてくれる気前のいい博士と似たような名前だが、他人の空似だろう。
「ちなみに口癖はそこをオドーキだ」
「ダジャレじゃねえかあああああああ!」
心底くだらなかった。念のため著者近影を確認したが、ふくよかなおばさんであった。優が知る例の博士とは全くの別人……のはずだ。
「ユーくぅぅぅぅん、助けてよぉぉぉぉぉ!」
談笑していたところ、突如風呂場からクロナが突撃してくる。近所のガキ大将にいじめられたかの勢いだったが、彼女の姿に優は鼻を抑えた。
「クロナ、お前なんつー恰好してんだ!」
クロナはバスタオル一枚を腰に巻いただけで、豊満な乳房が今にもこんにちはしそうであった。そのうえ、しゃがんだら御開帳してはいけないところもこんにちはしそうなほど超絶ミニスカとなっていた。
「この淫乱死神。きちんと服をき……ろぉぉぉぉおぉぉぉ!!」
注意しようとした矢先、アシュリーが壁と対面して吐き気を堪えていた。優もまたより強く鼻をつまむ。なぜこんな惨事に陥っているかというと、クロナの全身からなおも異臭が漂っているのだ。
「ねえ、おかしいでしょ。いくら洗っても変な臭いが消えないんだよ。私、臭いまま町を出歩くなんて嫌だかんね」
「分かったから、どうにか臭いを消してくれ」
「やれるならやってるもん」
「ちょ、馬鹿、くっつくな!」
涙目になりながらクロナは優に密着しようとする。顔のすぐそばに柔らかいアレが接近するドギマギな状況。なのだが、臭すぎるせいですべて台無しだった。
「スライムの液体を浴びると丸一日は臭いが消えないという。しばらく大人しくしてるといい」
「やだぁ~! 一日中変な臭いなの~。ねえ、アシュリー、石鹸ない? 風呂場にあったやつ全部使っちゃったんだけど」
「き、貴様、私のお気に入りの石鹸を使いおって。許さん、成敗してくれる」
「ねえ、石鹸ないの~」
「こら! 近づくな!」
ワンドを構えた途端に近寄ってくるもんだから、アシュリーは逃げ惑っている。どうにか風呂場へと誘導したことで事なきを得た。クロナがあんな調子だから、今日は風呂は我慢するしかないなと諦観した優であった。
一息ついたところで、アシュリーが切り出す。
「そういえば、優も同じくスライムの液体を浴びたのに、どうして臭くないのだ」
「言われてみれば。防御力が高いおかげかな」
服の袖を嗅いでみる優だったが、無臭だった。ただ、防御力は物理攻撃への耐性を示すステータスのはず。さすがに臭いまで防ぐというのは規格外だ。
もしや、妙な特殊能力でも持っているのではと考えたが、結論付けるのは早計だろう。議論するにはあまりにも情報が少なすぎる。とりあえずは、臭い地獄に嵌らなかったことを安堵すべきだ。




