スライムの野望
クロナとの暇つぶしも終わり、何事もなく依頼を達成する。ならば「はい、良かったね」となるが、そうは問屋が卸さなかった。いざ帰ろうとしたとき、木陰からゴソゴソと音がした。不穏な気配を察知し、優とクロナは立ち止まる。未知の敵がすぐそこまで迫っていることもあり、自然と背中合わせになった。
やがて、激しく雑草が揺らされ、謎の物体が飛び出してくる。
「ギュッピィィィィィィィィ!」
緑色の体長三十センチほどのゼリー状の魔物だった。「ギュピギュピ」鳴きながら全身を使って伸縮運動をしている。
明らかに現代日本はおろか、地球上に存在しない生き物だった。あるいは、ツチノコとかのUMAの類だろうか。優はとっさに杖を構えたものの、握っているので精いっぱいだ。
「ここはボクらの領土だ。踏み入るなら消すぞって言ってるわね」
「クロナ、お前こいつの言っていることが分かるのか」
優には「ギュピ」としか聞こえない。クロナが出鱈目を言っているのではないか。疑問をぶつけてみると、クロナは誇らしげに左の手の甲を提示した。
「さっそく死神七つ道具の一つの効果を披露する時が来たようだね。テーンテテ、テレテテテーン」
「なぜにキ〇レツ大百科?」
「翻訳指輪~」
水田わさびっぽい口調で中指に嵌っている指輪を取り外した。先ほどの七つ道具の説明文によると、色々な言語が理解できるようになる効果を持っているはずだ。
「ユー君、不思議に思わなかった? ネフティーヌに脳内改造されたユー君はまだしも、勝手に転移してきた私がアシュリーとかの言葉を理解できていることに」
「言われてみればそうだな」
「死神は仕事の都合上、色々な国の人と会話しなくちゃなんないからね。ちょっと前もアメリカ在住のマイケルさんの最期を看取って来たし」
「ボカしているけど、お前やらかしたな」
国際問題になるので、詳細は記述しないでおこう。
「そん時に役立つのがこの指輪なんだよ。この指輪を使うと、あらゆる言語が即座に分かるんだ」
「マジかよ。それって、人間だけじゃなくて犬とか猫の言葉も分かるってことか」
いかなる人類と意思疎通できるだけでもチートなのに、人間以外とも会話できるとはあまりにも万能すぎる。試しに、優も指輪を装着して謎の生物に話しかけてみた。
「おい、お前は何者なんだ」
「人間風情が生意気だぞ。ボクはスライム。今は森の中の暮らしに甘んじているけど、いずれは人間の町に繰り出してありとあらゆる食料を食いつくして、この世界の覇者になるべき存在だ」
「スライムのくせに野望が大それてるな、おい」
食料を喰い尽すという発想になっている時点で、ネズミとかゴキブリと大差はない。
「こういう下級生物は四六時中食べることを考えてるのよね。生きるためには仕方ないけど」
「クロナ、指輪が無いのにどうして話に混ざれるんだ」
「スペア指輪。紛失しても安心よ。でも、元の指輪は返してね」
変なところでちゃっかりしているなと思いつつ、優は指輪を返却する。
言語を理解する能力が無くなったことで、スライムは「ギュピギュピ」喚いているだけの存在に成り果てた。どうせ、「お前も食ってやる」とでも啖呵を切っているのであろう。
「こいつどうする、クロナ」
「死神手帳にはいつ死んでもおかしくないって書いてあるわ」
「スライムの寿命まで載ってるのかよ」
「ゴキブリの寿命もあるわよ。人間が跋扈してきてから害獣の寿命は軒並み『いつ死んでもおかしくない』になってるわね」
発見され次第即座に潰されているから、寿命が極端に短いのも納得だ。
スライムの処遇について相談していたところ、当のスライムがいきなり飛び掛かって来た。危ういところで回避すると、スライムは全身の毛(?)を逆立てて威嚇している。
「愚かな人間め、食ってやると言ってるわよ。もう、食べちゃうなんて嫌らしいわね」
「絶対、そういう意味じゃねえからな」
冗談をかましたが、戦闘は避けられないようだ。スライムと言えば雑魚モンスターの代名詞。実力はゴキブリとかと同じぐらいだと思われるが油断は禁物である。
無益な殺生は避けたいところだが、相手は殺る気満々であり、害獣ならば駆除せざるを得ない。優が杖で牽制していると、クロナがデスサイズを片手に躍り出た。
「ユー君に手出しはさせないかんね。私に任せてよ」
「ずるいぞ、クロナ。俺の経験値稼ぎの邪魔をするな」
「いいじゃん、別に。私だって早くレベルアップしたいもん。そしたら、確実にユー君を守れるでしょ」
「いくらなんでもスライムにやられるわけないだろ。俺がやる」
「もう、私だって」
どちらがスライムを倒すかという無益な争いをしているうちに、スライムは第二撃を仕掛けてくる。単純な体当たり攻撃なので恐れるに足りぬ。しかし、二人同時に対応したことで思わぬ悲劇を招くこととなった。
結果としてスライムは討伐された。クロナのデスサイズと優の杖を同時に受けたのだからオーバーキルだった。害獣を討伐してめでたし、めでたし。そうなるはずが、スライムは最後の最後に悪あがきを働いた。
事切れる直前に「グギャア」と気持ち悪い悲鳴を発し、二人に緑色の汚い液をぶっかけてきたのだ。至近距離から発射されたために、両者ともにまともに浴びることとなる。
よもや、猛毒を喰らってしまったのだろうか。しかし、皮膚がただれたり、急激な発熱に苦しんだりする様子はない。おそらく、イタチの最後っ屁みたいなものだろう。やれやれはた迷惑なと、優が肩をすくめたところ、
「くっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
クロナからとんでもない悪臭が漂ってきた。
「ユー君、何したのよ。私の体が臭いんですけど」
「知るかよ。お前、う〇こ漏らしたんじゃねえだろうな」
「女の子に対して失礼過ぎるよ。それに、私トイレ行かないもん」
「昭和時代のアイドルか! っていうか、ガチで臭いんだが、どうにかできねえか」
「どうにかできたらやってるもん。ねえ、ユー君助けてよ。こんな臭いじゃお嫁にいけない」
「バカ、お前、近寄るな!」
悪臭まみれのままクロナは優に抱き付こうとする。もちろん、優は回避するもんだから、二人して本気の鬼ごっこをする羽目になった。




