Ⅷ 星を継ぐきみへ
世界の再構築を済ませ、俺たちは開始点に戻ってきた。
建設途中の高層ビル、笑い声が響く遊園地、精力的に働く人々。
「夢は覚めるが、寝ればまた始まる。……死とは違って」
俺は誰にも聞こえない声で、頭に浮かんだ言葉を呟いた。
サンジェルとともに、コウノトリプラントで俺のクローンを作成した。液体のなかに形成されていく俺の裸体をみるのは変な気分だった。
そして、ポッドのなかからクローンを取り出すと、俺は彼の頭に手を当てた。
「じゃあな、サロ。元気で」
(うん……じゃあね)
そして、電気信号をクローンに流すと同時に、俺のなかからサロの人格を消す。
数秒後、ゆっくりとからだを起こすクローン。濡れた髪をかき上げる。
「へえ……こんな感じなんだね、普通のひとって」
問題なくクローンのなかに目覚めるサロの人格。データ移行成功だ。
「良好か?」
「うん。でもなんていうか」
言いよどむサロ。
「なんていうか?」
「広すぎて、落ち着かないね」
俺は、サロの頭を撫でた。手のひらにしみつく水。サロは顔をそむけた。
「ナルシストめ」
離れたいまだからわかる。サロは、俺の子どものころにそっくりだ。
わがままで、無邪気なくせに変に卑屈なひねくれたガキ。
自己嫌悪なんて抱かない。だって、俺は。
「その通りだ。俺は自分が大好きだからな」
サンジェルが、データ保存の準備ができたと呼びにきた。
「気絶させて連れてきた伊豆麻里のほうから先にやるわね。サロも来なさい」
「だってよ」
「うん」
サンジェルの背中を追うサロ。しかし、途中で足を止めて俺を振り返る。
「あとは任せて」
サロは伊豆のまえでは、獅子頭奈保として生きることとなっている。彼は、自分を殺して愛をとったのだ。
「頼んだぜ」
悔いは、ない。
俺は、岡山に飛んだ。目的地は、先代炎帝の住処「太陽園」。そこに腰を下ろし、俺は目をつぶる。
温かい時代だった。
ばいばい、幸せ者たち。
少し寒くなるぞ。
さて、俺がどのように春秋平定の時代を終わらせたのかなのだが。
旧人類のデータはすでにチップで保存していたので、雑に地上を清掃させてもらった。
天宮シオリに挨拶したあとで、那須花凛の歌をこのように使うのは、気が引けたのだが、人類一掃に、「はっぴいばあすでい」はとても役にたった。
「千人隊」で体内に生み出した電子を、「はっぴいばあすでい」で波長を調整する。そして、「完壁」でさらに微調整し、「極加速」で加速度をつけて、「天照」で全体を把握する。
そして放たれたのは、……放射線である。
このような方法で文明を終わらせるなんて、不本意ではあったが、効率がよかったので仕方がない。
時間はベクトルを後方にむけ、春は再び冬になった。
宇宙を漂う「炎帝の口」との通信に成功してからは、ドーム都市運営と並行して、恒星探索の任務に追われた。
真っ暗な航海は、寂しかった。時折、隕石とのボディータッチを通して、エネルギーを吸収するなどしたが、鉱石の野郎は、つれないやつですぐにバラバラに分裂してしまう。俺はもう少し柔らかい女と抱き合いたかったのだ。
伊豆をサロに取られてしまった俺は、愛に飢えていた。すり寄られるあの快感は、もう俺にはやってこない。了承したうえだが、名残惜しいものは名残惜しい。
ひとっこ一人出てこない話は退屈であり、物語性にかけるので、ここで舞台を地球に戻す。
ドーム都市では、新たな世代の新人類を製作した。
都市内を守るためには滅びてもらっては困る。なるべく丈夫な肉体を与えることにした。
「武術型」、「奇術型」、「魔術型」、「呪術型」、「幻術型」、「神術型」。計六種類をコウノトリプラントで生成し、野に解き放った。
新人類は自らの肉体の性質を把握すると、闘争を始めた。愚かなことだ。俺は公に姿を現す気はなかったのだが、秩序が必要だと思い、神々しく彼らのまえに現れた。
奇跡を起こすと、信仰が芽生えた。サンジェルの宗教家スタイルが、参考になるとは皮肉であった。
俺は、彼らが神秘への興味を失うまえに、社会制度を整えた。
コウノトリプラントを管理する出生省では、ひとつのペアに対し二人以上の子を持つように強制した。人口爆発は厄介だが、人口減少は最も避けたい事態だったのだ。
危険人物を捕縛・収容する警察省と、監獄省を設置した。法律に関しては俺が決めるのでつくる必要はなかった。
新人類を効率よく管理するために、各技術型同士を集めて、財閥を設立させた。いつ風犬のように突発的な倒達者が現れてもすぐに対応できるようにしたのである。
経済活動を行うようになると、不正が横行した。親族経営は、やはりずるをしやすいらしい。俺は、スパイのように財閥に潜入させる会計監視役として、忍者省を設立した。
格差が生じるようになり、社会にはあぶれ者が現れるようになった。俺は孤児院を設置し、彼らを保護するようにした。
文明については、発展しすぎて炎帝府を討伐されてもいけないし、かといって未発展というわけにもいかない。ほどよい調整が必要であった。
技術復元研究所や大学を設立しつつも、経済活動に関する技術のみを発達させるために、「炎帝技術博覧会」という特許申請の場を設けた。
ほどよいペースで文明は進んでいった。俺が恒星を喰らうまで、滅びないように見守りながら、時代は流れていく。
そして、ついに俺はたどりついた。目標としていた恒星が俺のまえでランランと輝いていた。
恒星の周囲にはいくつかの惑星が存在するようであった。水もあるようで、地球と似た環境なのかもしれない。しかし、俺たちには植民地という発想はない。
『「プランテーション」は必要ない。必要なのは「プラント」だけ』
誰の言葉だって?
俺の言葉だ。
さて、さっそくだが、俺は「炎帝の口」を大きく開いた。恒星は巨大で、歴代炎帝の喰ってきたなかでも最大級の大きさであった。
極寒の黒海を泳いだすえに用意された、極上のメニュー。暖かい食事は久しぶりだ。俺は嬉々としてかぶりついた。
丸呑みだ。
全方位に光を飛ばす恒星が、俺のなかに吸い込まれる。惑星系の劇場が幕を閉じ、暗闇が訪れる。
味の感想?俺はグルメじゃないんだ。そんなの、一言で十分。
美味。
多くの生命を支えてくれた母なる光が、俺のなかで胎動する。
ゆっくり消化、あるいは消火し、エネルギーに変換する。そして、それを地球の方向に向かって届ける。
これで、俺の役割は終了である。
次の恒星を目指し、「炎帝の口」をこの惑星系から離れさせる。
後ろで、親を失った惑星たちが、ばらばらに散っていく。各々、隕石に成り下がり、どこかに衝突するまで、宇宙をさまよいつづける旅人となった。
俺はコウノトリプラントを起動させた。長い月日を経ても決して忘れることのなかったあの幼女を、この世界に復元させる。
液体ポッドから全裸で出てきた幼女は、ぎゅっと髪の毛から水を絞り、開口一番こう言った。
「日の出ないうちから、おはようさん。召し物は、白いワンピースが欲しいな」
サンジェルが動きだした。
彼女は研究所に行き、高性能のマシンの調整を始めた。そして、倒達者チップの製作を開始する。時間はかかるが、数十年くらいの遅れなど銀河的にみて、些細なもの。何度も幼女を生み出して、開発をサポートする。
そうして環境が整うと、サンジェルは目をつけていた才能ある新人類に声をかけはじめた。手練手管の幼女は次々と彼らを懐柔し、自らが教祖の宗教団体を設立した。
そして始まる倒達者候補の選別。
次代、「プロジェクト倒達者」の被験者となった後輩新人類には同情したが、仕方がない。のちにすべてがわかるのだから、そのときに謝ろうと思った。
若い子たちの葛藤を見守っていると、はらはらが止まらなかった。
倒達技術を使いこなさせるために、俺が障害を設けて成長を促したこともあったが、それを乗り越えて強くなっていく様はみていて気持ちがよかった。
お天道様は見ているぞ!がんばれ!
いつのまにか、俺は父になった気分だった。
そして、太陽園に現れる「次代のサロ」。それは少女であった。彼女は、俺たちとは違い人格を融合していたので、まっすぐにその使命に従って向かってきた。
ここまでやってきたのだ。せっかくだからもてなさなければなるまい。
大急ぎでコウノトリプラントを起動させると、一番つくり慣れた個体、サンジェルを生成し、そのなかに俺の人格を移し替えた。そして、時間稼ぎのために設置していたトラップを征服した「次代サロ」のまえに、俺は現れる。
「やあ!待ってたよ!俺は炎帝。よくここまで来たね!」
表情筋の操作に不慣れな俺はぎこちない笑顔で、彼女を迎えた。戸惑いをみせる彼女。そうか、彼女にとってサンジェルはこんなところにいるはずのない存在なのだ。混乱させてしまった。
「私はあなたを倒しにきたんですよ」
彼女は西洋風の大剣を得物としていた。切っ先を俺に向ける彼女。いい度胸だ。その気丈なら、この先に続く過酷な運命にも耐えられるだろう。
「じゃあ、この先に進むといいよ」
長期の運用を想定した俺は、肉体のタンパク質部分が腐敗しないうちに、先代炎帝にならい全身を球体のマシンに改造していた。また、この娘にヒト型のものを殺させるのは意地悪すぎると考えたのも理由の一つだ。
不信感を露わにしつつも、俺に背を向け、鉄の扉にたいし大剣を構える少女。ディープブレスののち剣を振りかぶり、一気に下ろす。
「『極加速』!」
その技術のなまえは同じなのか。感慨深いものがある。
鋭い旋風とともに、鉄が切り裂かれる。少女は肩に大剣を担ぐと、地を蹴り、扉にできた切れ間に入り込んだ。
「引継ぎ式か……」
いまごろ彼女は、エネルギーや情報を吸収しているところだろう。俺のときは一時間かかったが、あの要領の良さなら、すぐに終わらせるかもしれない。
「さて……俺はどうするかな」
サンジェルのからだに移行し、炎帝のちからを捨てたいまの俺は、ただの無力な幼女であった。先代炎帝は、長い孤独な旅の疲れから、永遠の眠りを選んだが、俺はまだ死ぬ気がない。
炎天下終了後には、楽しみなイベントがあるのだ。
それまでは……あの研究所にでもいって待っていよう。
「よう、久しぶり」
小さな腕をあげて、俺はあいさつしたが、サンジェルは首を傾げた。
「なんで、あたしのクローン?あなたクローン作ればよかったのに」
「時間がなかったんだよ。それに、サロがいるんだ。後々面倒だろう」
俺たちはケーキと紅茶で、二人だけのお茶会を開いた。ふたりとも幼女の姿なので、用意には手間取ってしまった。
「それじゃ、お疲れ様ってことで」
「ああ、ありがとう」
くいっと喉に紅茶を届かせる。何年振りだろう、人体を用いて食事をしたのは。味というものを久しぶりに受容した。
サンジェルは、俺の様子を愛おしそうに眺めていた。
「……なんだよ」
「いや、こうしてあなたに会えたことってとっても面白いことだと思ってね。永遠のときを生きるあたしには、新人類は一期一会の存在。でも、あなたとは時代を超えてまた会えた。ロマンチックじゃない?」
俺は鼻で笑う。
「ばあちゃんとロマンを語るのはごめんだな。歴代炎帝とは会えなかったのか?」
「うん、大抵の子は炎帝の重積から解き放たれると、死を望んじゃうのよね。ま、推し量れるけど」
俺は、次代炎帝になる予定の少女を思い浮かべる。真面目そうだったが、心を病んでしまわないだろうか。
そのことをサンジェルに話すと、幼女は目を丸くした。
「あら、そんな気づかいできるようになったのね。成長したね」
「失礼な。俺にとって、今世の新人類はみんな息子であり、娘なんだよ」
サンジェルは、ふふと笑った。自分のまねをされたのが面白かったのだろう。
「もうすぐ炎天下の時代も幕を閉じる。そうしたら、ほんとうの娘にも会える」
伊豆は妊娠していた。その状態で保存されたので、彼女が復元されれば、腹のなかの胎児もともにこの世界に現れる。
「未来は明るいのね。そのときにはお祝いを贈るわ。でも、サロがいるところに会いにいくの?」
「変装していくさ。……いや、それよりも新しい肉体に入るかな」
「いいわよ。コウノトリプラントは要望があればいつでも起動させてあげるわよ」
カップを口元に持っていくと、香が鼻腔を撫でた。心地よい。大仕事のあとはリラックスする時間が必要だ。
俺は、急速に襲ってきた眠気に身をゆだねる。
次の春が来るのをゆっくり待とう。
ど、ろ、り…………。




