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Ⅵ すばらしい新旧世界

 とあるビル内のオフィス。

電話が鳴り、制服を着た男が、受話器を取る。

「こちら、ゴーグルト社です。ご用件をどうぞ」

「こんにちは、マゾナー社のスズキです。サトウさまはいらっしゃいますでしょうか」

「少々お待ちください」


 同日同時刻。

 とあるホテル内の中華レストラン。

 客のオーダーを取ったウエイターが厨房に向かって叫ぶ。

「チャーハン、天津飯それぞれ一人前と、餃子一皿!」

「あいよ!」

 中華鍋に油を注ぐシェフ。最大火力の熱で、さっと炒める。


 同日同時刻。

 とある公園内の噴水前。

 男が、女の前に指輪を差し出す。

「結婚してください!」

 女の顔に花が咲く。

「喜んで!」

 ふたりは抱きしめあう。


 窓からみえた名も知らぬふたりへ、こころのなかで祝福を送り、俺は前を向きなおす。

「いいものだね、ああいうのは」

 女は、コトン、とコーヒーカップを置いて、にっこりと笑った。

「そうだね。ふふ、私もあのくらい情熱的に告白されてみたかったかな」

 俺はバツの悪そうな顔で頬をかく。意地悪なひとだ。昔はこんなんじゃなかったんだけどな。

 まあ、こういうのもいい。むしろ、いまのほうが……。

「今からでも式挙げようか?忙しくて、あのときはそんな暇なかったし」

「ううん、白いドレスもあこがれるけど、でも……お金かかるでしょ?」

 心配そうに上目遣いをされ、俺はときめいてしまう。そんなの、見栄を張らずにはいられないだろう。

「安心し」

「安心しろ、ご祝儀くらい出してやるよ」

 ぽん、と俺の頭に手が乗っかる。温もりのある手のひら。振り返ると、にっと笑う給仕姿の女性がいた。

「蟻沢さん……カッコつけさせてくださいよ」

「ムリする男は大体つまずくもんだぜ。背伸びしすぎんなよ、私にとってはまだお前はガキのまんまだ。それと」

 ケーキをテーブルに乗せられる。

「いまは滋養だ。これはサービスな」

「……いつもありがとうございます」

 蟻沢さん、いや滋養春さんは、鼻歌交じりにキッチンに帰っていった。カウンターキッチンでは、彼女の夫が静かにコーヒー豆をひいている。春さんは、彼の腕に抱き着いた。

 夫婦別姓が認められている現代において、蟻沢さんはあえて夫の、滋養風太さんの苗字を貰った。彼女曰く、風太さんのことが、融合したいくらい好きだから、とのことだった。結婚七年目というのは、あんなに熱いものなのだろうか。

「幸せそうだね」

「……うん。俺たちもああなりたいね」

「もう、なってるって。もう、ソファ席だったら絶対隣に座るもん」

 俺の失言に、ぷうと頬を膨らませる彼女。機嫌を直して貰うために、フォークでケーキを腹にのせて、口を開けさせる。

「混んでたから仕方ないでしょ。はい、あーん」

「あーん……。ふふ、確かにこういうのは対面席のほうがやりやすいかも」

 彼女のほころぶ顔は、甘味によるものか、この幸せによるものか、あるいは両方か。

 幸せ溢れる彼女をみると、俺まで笑顔になる。昔はひねくれた性格をしていた俺だが、最近ではすっかり邪気を払われてしまった。

 素直が一番とは言ったものだ。

 好かれた相手に、心を委ねてしまうことの、なんと楽で、幸せなことか。

 そう、いまの俺は幸せだ。

「でも、やっぱりもっとくっつきたいかな?奈保くん?」

「まあね、麻里ちゃん」

 俺の新妻、伊豆麻里がケーキをのせたフォークを差し出してきた。

 素直に口を開けた。


 午後からは仕事が入っていたので、名残惜しいが麻里と別れた。がんばって、とちゅうをひとついただけたので、俺は気力十分で職場に向かった。

「よお、サンジェル、今日もいい天気だな」

「ん?うん」

 気のない返事をされ、調子が抜ける。サンジェルはクリップボードを片手に考え事をしていたようだった。

 俺は白衣の襟を整えて、コントロールパネルを前にする。

「さて、前回はどこまでやったかなっと」

 名簿を開き、印のついた人物を見つける。そして、別冊を取り出して、記号の羅列に目をこらす。

「はい、はい、はい、はい、……………」 

 しばらく無言で本通りの記号をパネルで入力する。

「……よしっと。エラーはないし、ミスはないな」

 そして、開始ボタンを押すと、後ろの液体ポッド『コウノトリプラント キャベツモデル』が作動する。

 このポッドのなかには、人体の生成に必要な、アミノ酸ほか高分子各種、水分やビタミンなどが含まれ、遺伝情報を入力することで、特定の人物を胎児の状態で生み出すことができる。

 その後、胎児は、ホルモン分泌を誘発させる環境の整った別のカプセルに移され、ある一定年齢まで成長させられる。

 そして、最後に、脳に電極をさし、ニューロンの結合を指定された状態にして、完成である。


 椅子に座った女が目を覚ます。

 からだじゅうに貼られたパッチで、バイタルサイン等を測定するが、すべて正常値である。水を注いだコップを女に手渡す。

「どうぞ」

「……ありがとう」

 女は礼を言ってコップに口をつける。半分ほど飲んだところで返された。

「お具合のほうはどうですか」

「別に……いつも通り。つまりは元気そのものよ」

 女はそういって立ち上がろうとするが、俺は抑えるようにいう。

「すぐには立たないほうがいいですよ。待ってください、いまサンジェルが説明しにきますから」

 ん……と女は小声で返事をして、おとなしく座ってくれた。たまに勝手な行動をしだすひともいるので、こういう反応はとてもありがたい。

 ほどなくして、サンジェルがやってくる。

「ラピスフィル、調子はどう?」

 女の名前を呼ぶサンジェル。女、ラピスフィルは伏し目がちに答えた。

「少し頭が痛いわ。低気圧に弱いのよ」

「そう、じゃあいつも通りね」

 サンジェルは、女のまえに椅子を持ってくると、腰を下ろしてボードを読み上げた。

「ラピスフィル。AB型、女性。職業は製薬会社の研究員。家族なし。間違いはない?」

 頷く女。サンジェルはクリップから一枚のカードを外すと女に手渡した。

「IPカードよ。支払いにも使える。当面の生活費は入ってるから、しばらくは療養なさい。まずは役所にいって戸籍の確認をしてきてね」

 俺は、出番がなくなったので、コップを片付けて退室する。


 新人類は、炎帝によって作られたミュータントアンドロイドである。炎帝は、ヒト遺伝子と機械工学を合わせて、それを六種類デザインした。

 新人類の製作方法は、コウノトリプラントに数種の金属とアミノ酸ほか各種材料を入れ、ヒトの肉体を生成するというものである。最後に、脳にチップを入れることで、炎帝による管理も可能であった。

「私としては、新人類の名称は、バイオットって言い方が好きなんだけどね」

 ラピスフィルを見送ったサンジェルがコーヒーを飲みながら言った。

 俺は首を傾げる。知らない言葉だった。サンジェルは自分で調べなさいな、と突き放す。

 機械と生物の融合によって作られた新人類に対し、旧人類、つまりは、ヒト オリジナルは、すべてが生物であり、コウノトリプラントで遺伝コードを再現するだけで生成できる。

 旧人類は、炎帝が太陽を喰らったときに冷凍保存されることで、その際に起きる環境変化を逃れ、のちに環境が安定してから、解凍され、地上に現れるはずであった。

 しかし、炎帝の予想外の裏切りによって、冷凍保存された旧人類たちは、放置され、その肉体を朽ちさせることとなった。

 これを聞かされていた俺はてっきり、旧人類はサンジェルを除いてすべて滅びたのだと考えていた。しかし、用意周到というか、さすがというか、俺たち以上の頭脳を持つ旧時代の支配者たちは、保険をかけておいたのである。

 旧人類たちは、自身の遺伝子情報と、冷凍睡眠時の脳の電気状態を、紙媒体に記録して残していた。それにより、旧人類は新たな肉体を、俺たちに生成してもらい、続々と現代によみがえっている。

 脳の状態までも再現しているので、旧人類は、冷凍催眠直後の記憶をもって目を覚ます。

 俺たち新人類が命を削った時代など、素知らぬ顔で、すべての計画が成功していたことと納得するのである。

 俺はそれが気に入らず、この仕事を始めてからしばらくは、目覚めたやつらと喧嘩になることがあった。しかも悪いことに、サンジェルは上級階級の、いわゆる貴族的な人間たちを優先的に生成していたので、一時期俺は社会的立場が危ぶまれるほど追い込まれてしまったりもした。新世界で、さっそく瀬戸際に立ってしまった俺を、旧知の仲の蟻沢さんなどは笑っていた。最後には助けてくれたので、感謝が尽きないが。



 そう、炎天下の時代は幕を閉じた。

 

 いまの時代の名前は、『春秋平定』。新人類と、旧人類が共存する新世界が、ここに誕生した。

 

 旧人類の優秀な科学者や、有能な経営者が現代によみがえったことで、あらゆる分野の技術は大きく発展した。

 いままでとは規模が段違いの市場を展開する企業。魔法のような発明を次々と生み出す研究所。そして、不老不死すら可能にする医療施設。

 このなかで、もっとも俺たち新人類に影響を与えたのは、医療である。

 新人類の身体構造は、生体ナノマシン「Bond」を塗るだけで大体が修復してしまうほど、丈夫であった。それゆえ、よほどの外傷を受けない限りは、病院にかかることもなかった。

 それゆえ、新人類に医療施設は遠い話、そう当初は考えられていたのだが、炎帝の残した新人類の設計図に興味をもった科学者たちは、それを解析し、新人類を旧人類の肉体構造に変化させる技術を発明させた。

 新人類と旧人類のあいだの最も大きな差異は、繁殖システムであるといえる。新人類は、一代限りの個体であり、性交により、女性が孕むことはない。精子と卵子自体は新人類にも存在するのだが、体内に入り込んだ精子は、温度環境により、受精前に途中で死滅してしまう。

 コウノトリプラントに依存した繁殖方法。旧人類の胎生を知った新人類にとっては、それがたまらなく空虚なものに感じた。ゆえに、その手術を求める者が続出した。


 俺は、サロとしての役割をまだ持っているため、手術は受けなかったものの、俺の恋人伊豆麻里は、嬉々として手術を受けた。

 いま、彼女の腹には、俺の子どもがいる。

「おなかを痛めて産むのも、愛おしくていいものだと思ったの」

 妊娠の結果が出た日、彼女は踊りながら言った。


 仕事が終わり、サンジェルと別れる。

 道行く人々は、仕事終わりでネクタイを緩めるもの、食材を買っている主婦など、さまざまだった。

 俺も、麻里がいる家に帰る。

 幸せな家庭に向かって、帰る。

 人工太陽が夕焼け照明になる。このドーム都市の環境だけはそのままだが、日々が充実したこの世界に、もはや閉塞感は抱かない。近いうちにドーム間にはリニアモーターカーが設備され、移動も自由になるという。未来は明るい。


「…………」


 しかし。


 なにかが足りない。


 家につき、麻里と食事をとったのち、俺は風呂に入って夢想する。


 俺はいま、幸せだ。満たされているはずだ。それなのに、どうしてだろう。炎帝を倒してからいままで、胸のどこかにぽっかりと決して埋まらない穴ができている気がしてならない。


 その正体がなんなのかはわからない。


 ただ、足りないという感覚だけが確かにそこにあるのだ。


 深層に隠れ、最近では滅多に顔を出さなくなった同居人に語り掛ける。


「なあ、サロ。起きてるか」


(……なに。寝てたよ)


「今日も仕事が終わってさ」


(そう、お疲れさま。じゃあ映画でも観ようよ。僕も暇してるんだよ。からだを譲ってあげてる代わりに娯楽くらい与えてほしいんだけど)


「ああ、いいよ。ところでサロ。聞きたいことがあるんだけど」


(なに……?)


 サロは俺の心のなかを読めるはずであるが、聞き返すのは、彼も会話に飢えているからであろう。

 からだの主導権を譲る気はさらさらないが。

 

 そして、尋ねる。

「サロ。お前もしかして、俺になにか隠してないか?」


(さあ、どうだろうね。そんなことより、お風呂上りはコーラを飲みたくない?)


 期待した答えが得られなかった。湯船からあがる。


「俺は酔いたい気分なんでな。妥協案でコークハイにしよう」


 俺は、どこになにを忘れてきたのだろう。

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