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炎天下 ~日傘に入るは吉なのか。熱中症に気を付けて、今日も俺は走ります~  作者: 鷹枝ピトン
第三章 災禍の中心で愛を叫んだけもの ~滋養風犬暗殺計画のすべて~
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おれには声がない、それでもおれは叫ぶ あるいは生殺

 三重まで残り一キロとなったとき、千堂が声を上げた。



「先輩!あいつ追ってきましたよ!」


 富士月見v2は、触手数本を地面に下ろし、すべるように氷の道を滑走していた。ミラー越しに見えるその姿は次第に大きくなっていき、移動速度は高速であることが窺える。



「浜田を倒したのか……なんか、ムカデみたいだな」


 柊は呑気なことをつぶやくと、左のドアをあけ放った。



「おいっ?柊!?なにしてんだ!」



 突飛な行動に驚く狼尾。しかし、柊はその心配を意に介することなく、軽々とからだを跳ね上げ、車の屋根のうえに飛び乗った。



 氷のツブテがからだ中にぶち当たり、顔をしかめる柊。


「さぶっ。早くしないと凍え死ぬな」



「おい!戻ってこい柊!お前弱いんだから下がってろよ!」


 柊は、叫ぶ狼尾の声に苦笑する。



「へっ、やめろよ未来。好きな女のコのまえでくらい、いい恰好させてくれよ」



 そして、ゴスロリのスカートをめくりあげ、転送術を発動させる。



槍、剣、矢、刀、鉄球、鎌……。



股間を隠すように発生した黒い渦のなかから、幾本もの武具が頭を出し、一斉に前方に浮かぶ富士v2に向かって射出された。



 『絶対領域』。グレン牙の戦闘員として、猛威を振るっていたころの柊サマンサの二つ名である。彼は、スカートの下という死角から多数の暗器を射出し、一瞬のうちに相手を血の海に沈める技を持っていた。



 狼尾保奈との戦闘で利き腕の自由を失った彼であったが、この技だけはいまだ健在。切れ間のない凶器の暴風が、女を襲う。




 しかし、富士v2は、まるでその攻撃を予知していたかのように、触手を巧みに操り、一本ずつ丁寧につかみとり、投げ捨てた。



「……マジで」


 柊の流した汗が、凍った。






 富士v2は、倒達技術「天照」を使用できる。富士月見の脳を通し、北条リリィと接続した彼女もそのちからを共有できたのだ。



 「天照」とは、人間を超えた人工知能「炎帝」が司るドーム都市のシステムを乗っ取ることができるちからのことである。富士v2は、これにより各地に設置された監視カメラの映像を覗くことが可能だった。



 彼女は、柊サマンサの武具保管場所をカメラにより確認し、どの位置から武器が飛来するかを予想できた。それにより、すべての攻撃を払いのけたのだった。






 地下研究所にて、首から伸びるコードを、横たわる富士月見の脊髄に接続させた、北条リリィは椅子に座って優雅にお茶を飲んでいた。



「ふふ、お見通しよ、柊サマンサくん」


 彼女がかけるサングラスのレンズには、富士v2の視界が映っていた。しばらく前から、北条は、大慌てで逃げる土方たちを茶菓子にしていたのである。



彼女の技術、「ジョイント」は、脳同士を繋げる。それにより、演算能力を分散し、一人当たりにかかる脳の負荷を低減させている。富士v2の操縦者である彼女は、高度な命令を遠隔地に飛ばしつつも余裕があったのだった。



「もうすぐ三重か……少なくとも、岡山にはたどり着かせないわよ、ふふ」







 俺は、「極加速」を発動した。車いすを持ちながらの、上限のない加速。風犬は、風圧に顔の皮を震わせた。


「ぶわあああああ」


「ごめん、我慢して風ちゃん!」



 地を蹴り、ただ一直線に南へ走る。このまま三重から脱出するくらいの気持ちで、かける。


「待ってくださいよー」


 背後から、伊豆の声が聞こえる。だが、振り向かない。付き合っている暇があれば、逃げる。あの少女は、いままでの刺客とは一線を画すほどに風犬に悪意を持っている。もし捕まれば、大けがをしている風犬は……あっけなく殺されるだろう。



「もお。つれないですね。恥ずかしがり屋なんですから、奈保さんは」



 再び聞こえる少女の声。


 生暖かい吐息なのに、背筋が凍る。



「……あ、れ?」



 違和感。



声が近かった。


 そう、耳元あたりだった。



 しかし、それはあり得ない。「極加速」は、足を止めない限り、時間とともに速度が上昇し、果ては隕石ほどのスピードに達する。呪術型の倒達者、音速で駆ける那須花凛ですら、俺に追い付けなかった。



 生身の人間が、追い付けるはずがないのだ!



 恐る恐る横を向く。



 すると、そこにはにっこりと笑う伊豆麻里の顔面。



「な、なんでっ」



 伊豆が、この速さに追い付いている!?



「愛の力ですっ!私、奈保さんのためにバイクになりました!」



 サンジェルの部下である翼から望遠鏡を貰っていた園崎は、はるか後方から並列で走る三人を見て、呟いた。



「わ、わけがわからない……」




 三重のドーム外壁が見えた。土方は、アクセルを踏み込む。



「ええ?ちょ、先輩もしかして突っ込む気ですか?」



 ドーム都市の入り口より、正面の壁が最短ルート。千堂の嫌な予想は、土方の思考と合致していた。



「その通りだ。舌を噛まんように!」


 さらに、急加速。


「おっととと」


 態勢を崩した柊は、潮時とばかりに屋根から車内に戻る。


「ただいま。なかあったけえ」



「無茶すんなバカ!」


 帰ってきた柊を殴る狼尾。その眼には少し涙が浮かんでいた。



「このっ……ばか、バカ、このばか!」


「少しくらい信用してくれてもいいだろ……。それに、俺のターンはまだ終わってねえぜ」


「はあー?うるせえバカ!」




 ドームまで、残り数十メートル。富士v2は触手を伸ばす。



「うわっきたきたきた!」



 迫る蠢きに、悲鳴をあげる千堂。位置的に、もし車に触手が届けば、犠牲になるのは彼だった。



 そのとき、柊がゆびを鳴らす。転送術、発動。





 富士v2の頭上から降り注ぐ無数の槍や剣。女のからだを切り裂かんとするスコール!




 すべての触手が、武具を跳ねのけ、富士v2は肉体への攻撃を防いだ。だが、そのために車に伸ばしていた触手をひっこませざるを得なかった。千堂は、ほっと胸をなでおろす。


「…………!!!」



 しかし、安心も束の間。直後、衝撃。ドーム外壁に、車が突撃し、頑丈な壁をぶち破る!




 ドおおおおおおおおおおおん。



 瓦礫をばらまき、土方一行はドーム都市、三重に到着した。



「……………」



 静まり返る車内。冷気から解放された暖かい世界への入場。



 衝撃から数秒後、千堂は目を開く。



「あれ……?」


 頭を守っていた腕を解いた彼は、横の狩場をつつく。



「あの、狩場さん」


「……止める間もなかった」



 一部始終を見ていた狩場は、小さな声で言った。






 富士月見v2が、ドームの入り口で静止した。眼前に、二人の妨害者が止まっていたからだった。



「……なんで飛び降りた」



「俺一人の犠牲で時間が稼げるなら安いもんだろ」



「本気で言ってるなら殺す」



「すまん、カッコつけたかっただけだ」



 溜息をつく狼尾保奈。


「お前には、私がついてなきゃだめだってこと、そのからだに刻んでやるよ」


 肩をすくめる柊サマンサ。



「んじゃ、ここは生き残んねーとな」






 部下である伊豆アバレが何者かに拷問され、入院したという話を聞いた滋養風太は、すぐさま病院に向かった。すると、暇そうにあくびをしながらあやとりをしているアバレが、ベッドに座っていた。



「なんだ、急いで来てみれば案外元気そうじゃないか」



 すると、アバレは口をとがらせた。



「旦那―元気そうでなによりはこっちのセリフなんですよ」



 首を傾げる風太。アバレは、伊豆麻里に風太を人質に取られていたことを話した。その脅迫と、拷問により、彼女は麻里に最高峰の技術による身体改造を仕込まされたのだと。



「それは、……すまん。無神経なことを。だが、人質といっても、捕まってはいないぞ。襲撃を予告されたということか?伊豆麻里に襲われたとしても、俺なら返り討ちにできるはずだが……」



 首を振るアバレ。



「いや……旦那の強さはそりゃ知っていますよ。でも、『あの』伊豆麻里は、駄目ですよ。……あんなのに、勝てる人間はいない。警察として情けないんですけど、素直に降伏するのが正解っすわ」



「ほお……?」



「あいつ、どっかで頭のねじ落としてきやがったんだ」



 アバレは白いシーツに隠れた、もう動かない足を忌々しそうに眺めた。




 


「バイクじゃないじゃないですか!それ!な、え?それ、なんですか!」



 俺は、伊豆さんの変わり果てた姿に声を荒らげる。バイク……!?バイクの定義ってなんだ!?



 彼女は、上半身はそのまま、下半身は銀色の四つ足になっていた。



 その見た目は、さながらケンタウロス。人間のからだに馬の半身を携えた半人半獣の伝説生物だった。



 奇術型は、人体改造に最も適した肉体構造をしているといわれる。あらゆる材料が、生体適合性の高いものとして使用できる特殊な免疫システムを持っていると考えられており、この性質を利用した道具開発によって、彼らは発展していった。



 しかし、伊豆麻里の施した人体改造は、自らの肉体に手を加えることに、抵抗を感じにくい奇術型ら新人類にとっても、奇妙に見えるほどの侵襲性であった。下半身をまるごと切り離し、機械駆動の四つ足と挿げ替える。生まれ持った肉体への執着が皆無でなければできない大胆な奇行である。




 俺は知る由もなかったのだが、伊豆が取り付けたのは、かつての旧人類が開発し、神術型が「式神術」として復興させた「馬型アンドロイド」の脚部であった。京都の神仏連、宝物庫に保管されていた兵器を盗みだし、伊豆アバレの改造手術によって接合させた。




 現代には存在しない「馬」なる生物の走行法を改善して、移動型兵器としては最高速度を記録した品……俺たち、レプリカの人類にとっては身に余る宝である。



 それを持ち前の才能で、自由自在に扱う伊豆は、俺の走りに食らいついた。いくら俺の「極加速」が無限に加速する技術だとしても、序盤ではまだ人の理からは外れられない。スタートダッシュからしばらくは、ただのひとの走りと大差なく、この時点では車の速度と同等程度だった。



 風犬を乗せた車いすの正面に、回り込む伊豆。



 そして、大きく前足を上げ……。




 下げる!





 言ってしまえば、ただの踏みつけ。だが、重量のこもった鉄の馬脚は、容易にひとの命を奪うちからをもっていることは、見るも明らか!

 



「うううううんんっ」




 手首がねじ切れるともしれないほどの負荷を無視して俺は地面に風犬をたたきつける。吹き飛ぶ少女のからだ。二回目、御免、風ちゃん!




そして、身代わりとなり、押しつぶされる俺の肉体。





 ぐにゅあああああああああ!!!!ばきぼきびきびき……!!!





 蹄のもとに、ひしゃげる人体。まるで、紙を丸めるかのように、簡単に潰される。筋肉は繊維が引きちぎれ、内臓が破裂し、骨が砕け散る。そのまま地面に押し付けられ、土とともにえぐられる。



 地のくぼみのなかに、ねじ込まれるように挟まった、獅子頭奈保のマッシュ、新鮮な流血ソースを溢れさせて。



 恋する乙女監督のスプラッタ作品の完成。



 意識があるのが、また辛い。



「…………!!!!!!」



 脳が、絶叫している。しかし、もはや確認できないのだが、おそらく口か、あるいは声帯、胃?それか肺などが潰された影響で、体外に痛覚の駄々が飛び出さない。存在しない肉体を駆けまわる悲劇のメロデイ。ブーイングがふさわしい最低のコンサート工場。





 俺は、爆せた。




「すみません、奈保さん。あとで必ず治療してあげますから。いまはがまんしていてください」



 なんの慰めにもならない。





 緑が丘清秋による幻術型の性能を最大限に生かした武道。そして、久本美影仕込みの短剣術。



 その二つを習得したいまの狼尾保奈の強さは、すでにふたりの師匠を超えていた。




 迫りくる触手をさばきながら、揺らぎ浮く富士v2に接近していく。



 さらに、そこに加わる倒達技術「KAGEROU」による熱操作、後方の柊サマンサによる武器放出のサポート。



 狼尾は、蠢き迫る触手を加熱により焼き切り、斬撃により切断し、姿を見え隠れしながら着実に前進していった。



 変幻自在の攻撃手段では、引けは取らない!



 だが……。



 場所はドーム都市内部。




 富士v2の視界は、ドーム中に設置された複数のカメラと接続されており、どうしようもなく、最善の一手を導きだしてしまう。



 操作者の北条リリィは、目を光らせた。ここ!



 針の穴を通すように、触手をすべらせ、狼尾の腕を、拘束する。



「くっ……」



 狼尾は、腕の体温を高め、触手を焼き切ろうとする。焦げ臭いゴムの臭い。触手は、上部なカーボン製だった。



富士v2は、触手がちぎれる前に、狼尾のからだを天に引き寄せ、彼女の無防備な腹部に拳を叩き込んだ。



「……っ!」



 重い。


 富士v2の体躯で放つことのできる最大の衝撃。その高威力を実現したのは、ボクシングの正しいいパンチのフォームであった。先ほどまで、富士v2にボクシング経験はなかった。それなのに、なぜそこまで正確なパンチを放てたのか。


「未来!」



 地に投げ落とされる、狼尾のからだを受け止める柊。



 答。


 浜田から、技術を、空いとったから。




 さきほど、富士v2は、狩場により仕向けられた浜田総司の死体を解体し、脳を取り出していた。そして、そこに触手を接続し、北条リリィへの情報の送信、富士月見の解析を通し、自身の技術として使いこなせるようにカスタマイズした。



 北条リリィの接続術は、富士月見、富士月見v2を通し、他者の技術の徴収という応用力を実現したのである。



 

 うずくまる狼尾。感覚としては、胴に穴が開いたようだった。ただの一撃の拳が、彼女の動きを一切止めていた。



「一度姿消してろ!」



 柊サマンサが狼尾のまえに出る。スカートのしたから出現させた短剣を、器用に足蹴りして、上空の富士v2に飛ばすが、造作もなく触手にはじかれる。



 もはや、柊の暗器攻撃は、錯乱としても通用しない。



 北条は、あきれ果てた。



だが、彼はあきらめなかった。



「俺は!クズない人生歩いてきたけど!幸せになろうって気持ちじゃ!誰にも負けねえんだよ!」



 武器を蹴飛ばし続ける柊を、冷徹なひとみが見下げる。やがて……転送術に使用できるエネルギーが尽きた。膝をつく柊。すべてを、使い果たし、呼吸すらままならない。



「……そろそろ終わりにしましょうか」



 富士v2の触手が、柊に伸びた……その時。



 狼尾が跳ね起き、ゴスロリ服の襟元を掴んだ。首が閉まる柊。



「……!?未来!?」



 狼尾はナイフを振りぬいた。柊の喉元に穴があく。そして、直後。柊はからだが空に舞うのを感じる。狼尾のバカ力に、投げられたのだ。



「……!!!」



 声帯を潰された。声を出せない。柊は、音もなく地に落ちる。




 富士v2が首を傾げる。



「どういうつもり……?」



 柊は、投げられる瞬間、狼尾に幻術型の保護色皮膚をかぶせられた。富士v2の眼には、突如柊の姿が消えたように見え、どこに彼が横たわっているか、まったくわからなくなった。



 狼尾が力なく笑う。



「お前に柊は殺させない。……大好きだったよ、じゃあな」



 柊からは、狼尾の背中しか眺められない。体力を使い切ったせいで動けない。そして、叫ぶこともできない。



「……!!!…!……!!!」



 喉の振動とともに、首元に血が滴る。柊の存在は、この世界から完全に消えた。




 北条の目的は、基本的には狼尾ら倒達者の確保が最優先だった。それゆえ、柊を逃したところで、さして支障はない。もし狼尾さえも姿を消していたなら、周辺に触手をめぐらせて、なにがなんでもふたりを捕まえていただろうが……。



 狼尾さえいれば、柊などどうでもいい。



 富士月見v2は触手を飛ばす。


 狼尾は……目を閉じた。



「…………!!!」



 柊が叫ぶ。





 俺には声がない。それでも俺は叫ぶ。







 数分後、土方が運転する車のまえに、富士月見v2が現れた。



「ウソ……!」



 那須花凛が口を押える。車内の一同は、息をのんだ。





 その女の手には、狼尾保奈の頭部があったのだ。





アンドロイドって人造人間、人型ロボットの意味らしいので、馬型アンドロイドは誤用っぽいです。

でも語感が気に入ってしまったので残すと決めました。すみません、反省します、はい。

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