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炎天下 ~日傘に入るは吉なのか。熱中症に気を付けて、今日も俺は走ります~  作者: 鷹枝ピトン
第三章 災禍の中心で愛を叫んだけもの ~滋養風犬暗殺計画のすべて~
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鋭いナイフで あるいは必殺


 砂川の目の前には、バラバラに砕けた扉があった。向こう側には、誰も寝ていない病床。



 周りには、誰もいない。静かな暗い廊下を見渡し、砂川は腰を下ろした。



「なるほど、逃がしたらしい」



 狩場は、病室の扉を背にしていた。そのため、砂川の砲撃を、かわした彼女は、労せずに扉を破壊させた。そして、煙が巻き上がった瞬間に、那須を連れ出されたらしいのは理解できた。



 しかし、一瞬のうちに姿を消した逃走方法が、わからない。土方も狩場も呪術型ではない。那須は転送術が使用できるほどエネルギーを貯蓄していなかったし、そもそも精神が不安定な状態では、転送術ほど高度な呪術の使用は難しい。



「ほかに協力者がいた……?煙に乗じて隠れていた第三者が、那須たちを連れ出したか?」



 顎に手を当て考えるが、砂川は思考を放棄して、立ち上がった。



「まあ、どうでもいい。逃げた場所を特定して、さっさと失態を取り返さねばな」



 砂川は、とある『部屋』に向かった。







 血だまりに沈む風犬の首筋に刀を当てる久本美影。風犬はいまだ絶命していない。からだに巻いた包帯が、刃の侵入を致命の域に達することを防いだのである。



「紙一重だった」



 美影は、風犬を称賛する。もし、風犬が万全の状態ならば、倍の速度で迫る手刀を、かわしきれなかっただろう。だが、勝負に体調は関係がない。結果だけがすべて。敗者は敗者以上の何者でもない。



 風犬は、無言で、冷たい刃を眺める。出血量はそれほどではないが、下手に動こうとすると首がはねられる。いまの彼女の命は、美影の手の中にある。



 いつまでも生かしておいてもらえるわけではない。もう、数秒後……否、数瞬後には、頭部は地に落ちるだろう。風犬は、唾をのんだ。



と、そのとき。光明が差す。


「……そういうこと、か」



 美影には聞こえないほど小さな声で、風犬はつぶやく。顔に満面の笑みを浮かべる。


「ねえ、剣士さん。もう一度だけ勝負してくれない?」


「……なっ!?」



 園崎はその図々しさに声を上げる。完全に、勝負はついている。そのうえで、命ごいどころか、再戦の申し出。暗殺対象がほざくには、戯言が過ぎる。



 しかし、狼尾は美影に叫んだ。


「やってあげてもいいんじゃない?美影さん、今度こそ心をおってやりなよ!」 


「どういうつもりだ?妹」



 獅子頭が、険しい顔で狼尾に尋ねる。狼尾は、それを無視して、闘技場に目を向ける。


 狼尾にとって、この戦いは時間稼ぎなのである。土方光成と狩場瑠衣が、アジトから那須花凛を奪還するまで、サンジェルをひきつけなけておく。それが本来の目的。つまり、再戦の申し出はむしろ望むところだったのである。時間をかけ、裏で行っている作戦の成功確率を上げる。狼尾にとって、風犬の生死などどうでもいいことだった。



 滋養風犬は、一度美影から距離をとると、四つん這いになる。滋養風犬流暴力術、『猛獣跋扈の型』は、明確な格下にしか通じない。久本美影のような剣の道を究めた者に対しては、なんら有効には働かないのだ。しかし、風犬にとって最短で一撃必殺級の技を決められるのは、この型からの四つ足スタートダッシュでの噛みつきである。勝てるとしたら、この戦法しかない。



 久本美影は、刀を鞘に戻す。仕切り直しでも、美影は心を乱さない。むしろ、次はないと確信したうえなので、集中力は先ほど以上であった。






 互いに深呼吸。二度目の一騎打ちへ構える。

 








「おにーさんたちどこから来たのー?」


「……ここは?」 



 小さな男児が、尻餅をついた土方光成の白衣の裾を引っ張る。周りを見渡すと、何人もの少年少女が土方と狩場を取り囲んでいた。



「あー、まあ安全な場所だよ。あんたらしばらく茶でも飲んでゆっくりしてなよ」


 狩場が振り向くと、そこには、ゴスロリ服が、那須花凛をお姫様抱っこして立っていた。



 場所は霧島孤児院。砂川徹の攻撃から逃れた二人は、陰に潜んでいた呪術型の柊サマンサの転送術により、ここに瞬間移動で避難させられていた。



 安全が確認できた狩場瑠衣は、ほっと息をつく。無邪気にこちらを見上げる子どもたちに目をやり、目を細める。



「さて、と。次は狼尾たちの回収だな。世話を焼かせるぜ」



 柊は、子どもたちに那須花凛をベッドまで運ぶように頼むと、転送術の準備を開始する。彼は、ここ数日間魔術型の新人類から魔力を買い付けて、十分に転送術ができるほどのエネルギーを収集していた。



「帰ってきたら逃走するからな、戦力として頼りにしてるぜ」



 黒い渦のなかに、柊が沈む。






 久本美影の剣が、風犬を斬れたのには仕組みがあった。


幻術型の剣術家である彼女は、全身の皮膚を変色して、陰影をつけ、遠近感を狂わせていたのだ。



ボディペイントとトリックアート。



それが、風犬の認識をずらし、刀が迫る距離を捉えさせなかったのだ。



ただし、この技術は同じ相手に二度は通じない場合が多い。斬られた相手は、違和感から大抵の場合すぐさまこのトリックを見破るのだ。それゆえに、疑問ごと相手を切り伏せ、命とともに真実を屠る抜刀術こそが、最も喰い合わせのよい技術であるといえるのだ。



ここで再度の立ち合いとなると、風犬は一撃目をなんらかの手段でかわしてくると想像できた。ゆえに、久本は抜刀の、『次』に備えた心構えで刀に手を当てた。





 風犬が突進してくる。口を大きく開いており、その姿はまさに獣。



久本は、見切った。



刀を抜く!



 鞘から飛び出る刃に、風犬の顔面が迫る。



(……かわさ、ない!?)



 久本は予想外の反応に、動揺する。だが、このまま切れれば、勝負は決まる。久本はそのまま刀を振るう。



 刃が、風犬の顔面に触れる。少女の狙いはそれだった。顔面の鋭敏な神経は嘘をつかない。あえて一瞬顔に触れさせることで、マボロシによる錯覚を防いだのである。




そのまま、風犬は、首をひねり、刃を口の中にいれ、歯で受け止める。



刀が、止まる。



 静止。両者の動きも止まる。



「……さすがね」


女の賞賛に対し、少女は目で笑った。



 久本が柄から手を放す。そして低い体勢にいる風犬に膝蹴りを打ち込む。



 間一髪、それをかわす風犬。口を開き、刀を捨てる。しかし、久本は、放られた得物に目を向けることなく、風犬の胸元を掴む。



 振りほどこうとする風犬だが、女性とは思えないほどの力に難航する。久本は足を運び、背中に風犬を乗せる。



『背負い投げ』



 抜刀術だけが久本美影の取り柄ではない。


徒手による技術も合わさっての、剣術家である。



 受け身をとれない風犬。地面にたたきつけられ、肺から空気を逃がす。ここで、久本が刀を拾う。風犬が立ち上がる前に、抜刀。




 斬。




 風犬の左前腕が宙を舞う。吹き出る血。




しかし、修羅の道を生きる風犬は、その流血を美影に浴びせ、視界を奪う。




「はあああああああ!」




 吠える風犬。繰り出した攻撃は、『鉄山靠』。背中から、全身を対象にぶつける中国武術の当身である。その威力は、剣士のからだを吹き飛ばす。




 地面を転がる久本に、追撃の肘うち下ろし。頭蓋を砕くほどの必殺に、意識が、闇に沈む……。






「ウソだろ……」



 信じられないように呟く狼尾。すぐに美影に駆け寄った。



 鼻血を流す美影を見て、すぐさま手当が必要だと判断した狼尾は、サンジェルと手をつなぐ千堂千歳を呼び寄せた。千堂は、多少医術に精通している。応急処置は彼にかかっていた。



「髄液はでていないけど……くそ、設備さえあれば」



 闘技場中央に固まり、美影の容態を確認する千堂たちと、彼らに見向きもされない風犬。荒い息を吐いていおり、血は止まらない。



「ひとまず、退散しよう。おい!いるんだろ!柊!」



「はいよ!」


 どこからか現れたゴスロリ服の少年、柊サマンサが呼びかけに応える。すぐさま転送術を展開し、美影を渦のなかに押し込む。



 千堂は、サンジェルのほうを向いて、頭を下げる。



「じゃあ、俺は美影さんを運ぶんで!先に帰ってきてください!」


 狼尾も、兄に向かって叫ぶ。


「じゃあな!クソ兄貴!」


 渦に消える狼尾たち。サンジェルはそれを見送り、呟いた。



「逃げ切れるとおもってるのかなあ……ま、いっか。じゃあ私も帰るよ奈保ちゃん。じゃーね」

 





 闘技場が静寂に包まれる。






 俺は、血を流す風犬をまえに、立ち尽くす。左腕からとめどなくあふれる血は、鮮やかで、この世のなによりも美しかった。血だまりは、水たまりのように俺の顔を反射せず、濃淡な赤は俺をただ見つめていた。



 このまま、彼女を治療しなければどうなるか?



 滋養風犬は、死ぬ。


 そして、俺は……自由に、なる。



 後ろから、園崎みかんが尋ねる。



「どうするの?」



 園崎さんは、俺の心を見透かしているようだった。風犬を見捨てたほうが、離れたほうが幸せになるのは間違いない。多くの人に言われてきたことだ。




 そんなのわかっている。



 赤。



 俺は、風犬を愛してなんかいなかった。



 赤。



 だから、だから、だからだから、だから!




 赤。



 赤。



 赤。



 赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。


 赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。


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 赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。



「どうするの?」




 再度の問いかけ。




 それに対して、俺は……。







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