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炎天下 ~日傘に入るは吉なのか。熱中症に気を付けて、今日も俺は走ります~  作者: 鷹枝ピトン
第三章 災禍の中心で愛を叫んだけもの ~滋養風犬暗殺計画のすべて~
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犬討つものにまぼろしを あるいは斬殺

 園崎みかんが、一週間、獅子頭奈保に密着してわかったことがある。



 彼は、滋養風犬についてなにも理解していないということである。



 包帯だらけ、Bond漬けの治療を風犬に施すさまは、恋人を介護している美しい光景にも見えた。しかし、彼らの会話を聞いていると、違和感があった。


「奈保ちゃーん、痛いよーチューしてくれたら治るかもー」


「はいはい、あんまり動かないで。傷が開いたらまた出血しちゃうよ」


「むーいけずだなー奈保ちゃんはー。ねね、いまの戦いが終わったらまたどこかにデートに行こうよ。近くでもいいよ、イチャイチャできたらどこでも幸せだよ」


「そうだねえ、どこがいいかなあ」


「うーんとね、あ、岡山行ってみたいなー。もう東京も物騒だし、いっそのこと引っ越すのもありかなー」


「岡山かーいいかもねー」


「そこで奈保ちゃんと一生を暮らす……これほど幸せなことはないねっ」



「俺もそう思うよ」





 空虚。





 風犬に対する、獅子頭の返答は、全体的に適当で、大事にしている相手との大切な時間を過ごしているようではなかった。この会話は、園崎が部屋の前で盗み聞きしたものである。そのため、園崎を気にして自重していたわけでもない。ふたりだけの空間で、この程度の愛しか深めなかったのである。



 園崎も、若いころは獅子頭のような、自分にあまり口出ししてこない男を好んだ。しかし、そのような男は、下心から気持ちよいだけの会話を演出してくる者だったり、単に興味がないために適当な答えを繰り返す者だったりした。



 つまり、園崎の経験に基づいて言えば。





 碌な男ではない。





 園崎は、獅子頭に尋ねた。


「どうして風犬ちゃんは、あんたみたいな男を好きなの?」


 獅子頭は、苦笑いした。


「俺に聞きますか?それ。っていうか取材なら風犬にしたらいいじゃないですか。なんで俺ばっか構うんですか」



「できることなら私だって風犬ちゃんに聞きたいわよ。でもあの子、全然取り合ってくれないのよね。記者として人の心を開く技術には自信があったんだけど、なかなか難しいわね」


 園崎が風犬に話しかけると、威嚇されるか無視されるかだけで、まともな話はなにも聞けなかった。当初の予定通り、獅子頭を介して風犬という少女について知っていくしかなくなったのだ。



「前に聞いたことがあります。あいつ曰く、自分より確実に弱いから、寝首をかかれる心配なく安心して付き合えるからだそうです。サンジェルから聞いてると思うんですけど、俺、武術型の倒達者なんですよね。でも、俺がそれなりに強いことがばれたら風犬に殺されちゃうかもしれないので、黙っててくださいね」



「あなたは風犬のことが恐いの?」



 間を置かずに園崎が追及する。獅子頭は、しばらく沈黙したのち、答える。


「そう、かもしれないです。でも、あいつから逃げても、俺にはなにも残りませんから」


「…………」



 獅子頭奈保の経歴についても、園崎は事前に調べていた。



 武功会に生まれた彼は、同年代の天才、滋養風犬に才能を見せつけられながら育った。劣等感に苛まれた彼は、武功会を抜け、別の道を見つけた。しかし、その矢先にサンジェルに嵌められて、事件を起こし、監獄省に捕らえられた。そして、出所したのはつい最近。しかも帰ってきたら武功会が崩壊しており、唯一頼れるのが、嫉妬の対象であったはずの滋養風犬しかいなくなっていた。




 『逃げ出したらなにも残らない』。



 もはやまともな道を生きていけなくなった彼にとって、拠り所は彼女しかない。


 彼が滋養風犬を愛していないのも、もしかすると当然なのかもしれなかった。


「周りの優しいひとが、俺に居場所を用意してくれたりもしたんですけどね。風犬を見捨てて、それに飛びついたりなんかしたら、一生罪悪感で苛まれそうですし」



 そのとき、園崎は気が付いた。



 もしかすると、滋養風犬が武功会を壊滅させた理由は、獅子頭奈保を孤立させ、自分だけで愛すため……?



 その発想を、獅子頭に聞いてみると、彼は首を振った。



「違うと思いますよ。あいつは、強くなりたいっていう自分の願望をかなえるために、人を利用したに過ぎないんです」



「強く、ね……。でもどうして風犬は強くなりたいの?根っからの戦闘狂っていうならそこまでだけど」



「ああ、それは、自由になるためって本人が言ってました」



「自由? ……自由ってなによ」



「さあ……。あいつのことだから、誰にも縛られない、邪魔されない。すべてが思い通りになるっていうのが自由なんじゃないですかね」



「……強くなったら、誰も逆らわない。から、自由ね。あれ、でもそうなると、風犬と戦おうとする者がいなくなるってことだよね。強くなって、もう戦わなくてよくなるところを目指してるなら、楽しみながら戦ってるあの姿は、矛盾してない?」



「それは……」


 反論しようとして、言葉が出なくなる獅子頭。園崎はひとつの可能性に気が付く。



 滋養風犬の名は、現在、都市伝説として広まっている。けもののような荒ぶりや、戦いを楽しむ姿は、狂人というに相応しい。しかし、それが狂人に見られるように仕組んでいるとしたら。それらが、すべて『偽り』だったら?『演技』だったら?




 本当の風犬は、獅子頭奈保に向ける愛情のみで構成されていたら?





 そのとき、廊下の角から少女が現れた。


「あ、やっぱりここにいたか、兄貴。久しぶり」


 黒髪でショートカットの少女。中性的な雰囲気はあるが、着ているジャージの胸元が膨らんでいる。獅子頭に手を振る少女は、園崎のほうに気が付いた。



「……園崎さんも、いたんですか」


「狼尾ちゃん……?どうしてここに?」


 少女、狼尾保奈は頭をかきむしる。彼女はいま、社長に園崎に対して伝言を残してきたことを思い出し、照れたのだった。



「……まあ、いいや。兄貴。滋養風犬を起こしてきてよ。次の刺客の準備ができた」


「お前も、あっち側なのかよ」


 獅子頭は、渋い顔をした。さすがに、戦場へ風犬を送り届けること自体には抵抗があるようだった。園崎は、狼尾がサンジェルと繋がっているのかと思い、驚いた表情を浮かべる。



「……いまは、ね」



 狼尾は目を伏せた。





 〇



 旧武道館の闘技場に行くと、そこには俺の知らない顔が何人かいた。唯一知っているのは、呑気にぺろぺろキャンデぃーをなめている幼女、サンジェルだけ。白シャツを着たひょろい青年に手を繋がれている。



 闘技場の中心に立つのは、上半身はピンク色のブラだけをつけ、下半身にはデニムのホットパンツをはいた女性であった。手には鞘に入った一本の日本刀を持っており、剣士であることが窺える。



 狼尾が、女性に声をかける。


「美影さん、コンディションのほうは大丈夫ですか」



 ミカゲは頷く。


「万全よ。未来ちゃんに一生に一回のお願いって言われたからね、安心して任せて」


 そして、ミカゲは、狼尾に対してなにか耳打ちをする。狼尾は、ありがとうと言って俺のほうに戻ってくる。


「兄貴、あのひとは、私が推薦した久本御影さんだ。風犬さんには悪いけど、勝てるとは思わないでね」


「大した自信だな。そんなに強いのか?あのひと」


「なんの参考にもならないこと言うけど、私の十倍は強いよ」



 俺には妹の強さがわからないので、本当になんの参考にもならなかった。


 風犬が、到着する。ひとりで来るといっていたので、待っていたが、松葉づえをついてきた。当たり前だが、ベストコンディションとは言えない。


 道着を羽織った下には何重にも包帯が巻かれている。けがの痛々しさも相変わらず。


 相手は剣士。徒手空拳で挑むにはよほどの実力が必要である。


 しかし、俺には祈ることしかできない。



 風犬の勝利……。



 あるいは、敗北を。



 〇



 サンジェルの研究所で、土方光成と狩場瑠衣は、那須花凛が隔離された病室のまえにいた。計画では、千堂千歳と狼尾保奈が風犬暗殺の名目でサンジェルを連れ出し、その間に土方と狩場が那須を連れて脱走する。そして、後日示し合わせた場所で合流する。



 しかし、ふたりの前には、魔術型倒達者、砂川徹が立ちはだかっていた。


 二メートルを超える大男は、掌を向けて尋ねる。


「那須の見舞いか?知っているだろう、まだこいつは精神的に不安定で、ひとに合わせられる状態ではないと」


「そういうドクターもどうしてここに?那須の担当医は、北条リリィのはずだろう」



 土方は、平静を装って砂川のまえにでる。後ろでは狩場がひそかにワイヤーを張り巡らせている。


 北条リリィは、昔、神社仏閣保護連盟の先代『姫』、天宮シオリの担当医だった女である。サンジェルは、那須花凛と関わりがある医者である彼女を探し出し、那須の治療を任せていた。



 砂川は鼻を鳴らす。


「新入りをすぐに信用しないのは当然だろう。そして、かつて裏切ったやつも、信用はできない」


 読まれていた。土方は冷や汗を流す。監視されていたのだ。この計画の開始以前から。



 狩場は叫んだ。


「しゃがんで!!!」



 その場に伏す土方。彼の頭上を無数の糸が交差する。筋骨隆々の砂川の肉体に、切れ味の鋭いワイヤーが食い込む。このまま狩場が腕を動かせば、砂川の四肢はバラバラになる。



「む……痛いな、これは」


 しかし、砂川はそうぼやいただけで、自由に腕を動かして、ぶちんと糸を切った。



 化け物が……!心のなかで、狩場は悪態をつく。



 砂川が、掌から魔粒子を放つ。一撃必殺の『完壁』。可視化された高密度の魔粒子の塊が、狩場に向かって放出される。



「悪いが、死んでもらう。脳さえあれば、いいのだからな」





 ○



 久本美影は、幻術型の剣術家である。そのなかでも彼女が得意とするのは抜刀術。命がけの決闘において、久本が鞘から刀身を抜くのは、たったの一回のみ。つば競り合いや、読みあいなど一撃で決めきれぬ弱者の技量。そう彼女は知っている。



 対する風犬も、怪我の容態から、戦いは長引かせるつもりはない。皮膚の摩擦をあげ、一撃の手刀で勝負を制するつもりであった。



 右足は、粉砕骨折している。そのため、左足のバネのみで、地面をけり、久本との間合いを詰める。



 十、九、八、


 七、六、五


 四、三、二……




 接触まで、一メートル!久本が、腰に構えた刀を抜くのを、風犬の目が捕らえる。


 この位置まで、接近してしまえば、いかに抜刀が速くても、先に刃が届くのは、風犬のほうである。


 慈悲は無用。頸動脈を狙って、掌を振り下ろす。




 血の華が咲いた。

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