不死犬 あるいは墜殺
風犬は、対面して即座に陣地屋に飛び掛かった。勝負は短期決戦。負傷している彼女にとっては、長時間の戦闘は避けたかったのだ。
しかし、陣地屋はその目論見をあざ笑うかのように、バク転して、距離をとった。身軽な動きである。頭の耳がみよみよ揺れた。
陣地屋は、バニーガールの格好をしていた。ウサギ耳のカチューシャをつけ、下半身には網タイツ。バク転をしたときに見えたが、臀部にはご丁寧に、丸いしっぽまで張り付いていた。
年齢としては、すでに成人しているようであった。ただし、四肢の肌は艶めいており、10代と言われても通用しそうな若さを保っていた。
風犬は、四つん這いになり、様子を伺う。陣地屋は、その場で、ステップを踏んで、攻防のタイミングを見極めていた。
「……いく、ぴょん」
地面を踏みぬく陣地屋。高速で風犬に飛び込んでいく。風犬は、接近の距離から、カウンターのタイミングを見極めた。
陣地屋のとび膝蹴り。速度がついた蹴りは、ミサイルのごとく破壊力を持つ。
対する風犬は、カウンター狙い。カポエラ蹴り「メイア ルーア コンバッソ」を放つ。低い体勢から、地面に手をついた状態での回し蹴りが、陣地屋を襲う。
ゴン!
鈍い衝撃音が響く。
足を押さえて、うずくまったのは、滋養風犬。カウンターのタイミングが外れ、陣地屋のひざを受け止めた足の裏から、衝撃が膝関節に響いたのである。
追撃に備えて、なんとか態勢を整え、陣地屋を睨みつける風犬。
陣地屋は、ステップを続けており、次なる攻撃を狙っていた。
風犬のカウンターが失敗したのには、理由があった。
陣地屋えるは、攻撃の瞬間、呪術を発動したのだ。
彼女は、生まれながらに、感覚が他人よりも鋭敏であった。その才能から、他人には再現できない、オリジナルの呪術を生み出した。
からだにかかる重力のエネルギーを貯蓄し、運動エネルギーに変換する呪術……その名も、「跳月術」。
貯めたエネルギーを一気に放出して、高速移動をする。これは原理としては単純であるが、常人にできるかどうかはまた別の話。攻防をしながら、エネルギーを集める。彼女にしかできない、器用な芸当である。
陣地屋は、助走をつけて、風犬のもとへ走る。迎撃を次こそは成功させるため、風犬はバニーガールから目を離さない。
いま!
間合いに入った陣地屋に、風犬は左拳を放つ。しかし、陣地屋は拳の到達の直前に跳躍した。風犬の頭上を飛び越える陣地屋。そのジャンプ力はまさにウサギ。背後に回られた風犬は、すぐさま後ろを振り向く。だが、それと同時にまた陣地屋は跳躍し、風犬の背後に回る。
「捕まえてみろ……ぴょん」
「…………っ!くそ」
四つん這いの風犬の上空を飛び回るウサギ。身軽な動きに、風犬は翻弄される。陣地屋は攻撃してこない。ただただ跳躍し、風犬の意識をかき乱す。
しかし。
風犬は、対応する。
陣地屋の跳躍力を見切り、どの高さで何秒滞空するか、風犬はすでに掴んでいた。次に陣地屋が跳ねたとき、彼女の脚を掴み、地面に轢きずりこむイメージを固める。
そして、陣地屋が跳ねた。風犬は目を光らせる。……掴む!風犬の指が、網タイツに食い込む。離さない!地面に引きずり込む!
笑う陣地屋。
「真・転送術」
「…………!?」
直後、ふたりのからだが、急上昇した。空に、ウサギと犬が浮遊する。その高さは、約十メートル。ビルの四階相当。からだじゅうに空気を感じるふたり。
「うさぎのジャンプをなめたらいけないぴょん」
風犬のポニーテールが、縦方向に立つ。落下が始まる。迫る地面。このままぶつかれば、普通の人間は、死んでしまうだろう。しかし、風犬は、かつてドームの天井から、飛び降りてきたこともある。タイミングさえ間違わなければ、衝撃を逃がして、受け身をとれる。
そう、タイミングさえ合えば。
ドゴン!!!
「かっ…………!?」
風犬の肺から空気が抜け、血が口から噴き出す。地面にできたクレーターの中心で、風犬は腕を投げ出していた。
陣地屋は、風犬を見下ろし、片足で立っていた。ウサギの耳が揺れる。
なにが起こったのか。
園崎みかんは、狩場瑠衣とともにその光景を見ていた。
「……あれが、真・転送術ですか」
「さすがは楊枝妃の隠し玉だな。初見であれは避けられない」
狩場は、陣地屋の力に拍手を送る。
『真・転送術』
それは、原初の転送術と呼ばれるエネルギー変換技術である。
楊枝妃が開発した転送術は、A点から、B点に移動する際に人間が消費するエネルギー量を消費することで、瞬間移動という結果を生み出すものである。エネルギーさえあれば、実際にその活動を行わなくても結果を得られるのである。
この転送術のもととなった技術が、陣地屋が扱う真・転送術である。この技術は、貯蓄したエネルギーを位置エネルギーに変換することで、瞬間的に高所へ移動することができる。
転送術と異なり、縦方向への移動しかなしえないが、しかし、応用の幅は大きい。陣地屋がいま見せたように、高所へ移動した後、その地点での位置エネルギーを吸収してしまえば、使用者の肉体は地面(位置エネルギー0の地点)に戻り、下への移動はまさに一瞬で行える。
こうして風犬は、受け身のタイミングが計れず、一瞬で地面にたたきつけられてしまった。右足の骨は砕け、曲がっている。
ぼろ雑巾のようになってうずくまる風犬を、陣地屋はクールに見下ろす。
「とどめだぴょん」
陣地屋が脚を高く上げる。風犬は虚ろな目でかかとを眺める。
振り下ろされるかかと落とし。
勝負は、決まった……。
かに思えた。
「……っ!?」
その場に尻餅をつく陣地屋。視線が、風犬と同じ高さになる。風犬は、口角を上げ、牙をのぞ貸せている。慌てて立ち上がろうとするが、陣地屋は苦痛で、動けない。左足首を見ると、赤く腫れあがっていた。
状況を理解する。
風犬は、隙の多いかかと落としの軸足に対し、死角から手刀を叩きこんだのである。バランスの崩れた陣地屋は地に落ちる。そして二度と跳びあがることができない
「…………」
首筋に汗をかく陣地屋。ただの手刀が、ここまでの威力。急所に決まればひとたまりもないだろう。
そして、最悪なのが脚を潰されたこと。陣地屋の流儀は、跳躍と蹴り技格闘技。
真・転送術は、術者自身はしっかりと着地できるからこそ、攻撃となる。けがを負った状態では、着地が失敗して、自身も風犬のようなダメージを受けてしまうだろう。そして、蹴り技もシンプルに繰り出せない。一瞬で、彼女はふたつの攻撃手段を失ったのである。
風犬が、無事なほうの左足で地を蹴り、陣地屋に飛びつく。組み合いになる。風犬は、からだを回し、陣地屋のからだを下に動かす。
しかし、陣地屋もやられるだけではない。からだを密着させないために挟み込んだ膝を跳ね上げ、風犬の脇腹をえぐる。苦痛に顔をゆがめる風犬。だが、離さない。
風犬は、陣地屋の首元を掴み、からだを起こさせる。そして、後ろに回り込んで、彼女の両太ももを持ちあげ、股の間に足も入れ込んで一気に開かせる。
「……~~!!!」
股関節が決まった。ミシミシと悲鳴を上げる陣地屋の股。想定以上の苦痛に、彼女は口からよだれを零す。
狩場は腕を組みながらつぶやく。
「恥ずかし固めか……くそっ関節技など、奇術型ならば無効化できるのに」
園崎は、息をのんだ。圧倒的不利からの泥臭い逆転。これが、滋養風犬という少女。
膠着状態、否、制圧状態が続く。関節技は相手に苦痛を与え続けるが、タップのない殺し合いでは決め手に欠ける。痛みで気絶することもあるだろうが、陣地屋はくちびるをかみしめ、意識を保っていた。
「どんな感じだい」
突然、声をかけられ、園崎が振り向くと、そこにいたのは、ねこかだらけの総責任者、楊枝妃と店員、蟻沢春と嘉納ほのかだった。狩場は頭を下げ、お詫びする。
「すみません、さきほどまでは優位だったのですが」
「形成逆転されたかい。まあ、大丈夫だろう。あの子には、もう一つ切り札がある」
楊枝妃は、自信ありげに笑った。後ろで嘉納がつまらなそうに言う。
「てか追い込まれてる時点でどうなんすかー。うちだったら一撃で決められたけどなー」
嘉納ほのかは、爪のついたグローブを見せる。グローブの下には、蟻沢春より譲り受けた、狩場瑠衣が製造した高性能の義手がある。楊枝は呆れたように諭す。
「確かに、あんたの技は強いよ。同じく、私の技も一撃で相手を殺せるものだ。……でも、風犬は粘り強い。もし、仕留められなかったら、私たちはあの獣をまえに、なすすべがない。その点、陣地屋は柔軟だ。どのような盤面でも勝ちに行く術を編み出せる。経験の差さ。お前もうちの店でまじめに掃除をこなしてれば立派な戦士になるよ」
嘉納は、言い返そうとしたが、普段の過酷な労働を振り返ると、楊枝の言葉もあながち冗談ではないのかもしれなかった。
「はーい精進しまーす」
素直に引き下がる嘉納。蟻沢春が、声を上げる。
「始まった!」
風犬の頭上に、黒い渦が生まれる。陣地屋の展開した転送術の、ゲートである。なにかが出てくる気配を感じ、風犬は陣地屋から離れる。
「あれは……ハンマー?」
渦より出てきた柄の長い武器を手にする陣地屋。園崎は、その形状からハンマーを想像したが、陣地屋が握るのは、バニーガール、すなわちウサギ耳の美少女らしく、餅つきの杵であった。
「なにも、陣地屋が普通の転送術が使えないわけじゃない。ここからは陣地屋のターンだ。予測不能の場所から現れるあの杵が風犬を叩き殺す」
身の丈ほどの長さの杵をゆらりと構える陣地屋の姿から、蟻沢はかつてのお呪い企業からの独立戦争を回想した。あの日自分が背中を預けた戦士。「餅つき兎」陣地屋えるが、そこにいた。
杵の重さは百キロを超える。しかし、陣地屋は杵にかかる重力を吸収し、その杵を片手で軽々と持ち上げた。
そして、杵を振りかぶる。杵の先には黒い渦。柄の先が渦に吸い込まれる。
同時に、風犬のこめかみ部分にも渦が形成される。木目の杵が暗闇のなかから飛び出す!
風犬の顔面に鈍器が迫る!
かわせない!
ので。
風犬は杵の出てきた黒い渦にむかってその身を飛び込ませた。
「え」
あっけにとられた声が、誰かからあがる。それは、園崎や蟻沢らギャラリーの口から洩れたものなのかもしらなかったし、杵を振るった陣地屋本人のものだったかもしれなかった。
どちらにしよ、その場にいた全員が、風犬の想定外の行動に身を固めた。
静寂のなか、陣地屋の目の前に浮かんだ黒渦から、風犬のからだが飛び出した。
スローモーションで、繰り出される、風犬の引っ掻き攻撃。
摩擦を上げたその手の鋭さは、陣地屋の胸元から腰に掛けて、盛大に切り裂いた。
一瞬の間のあと、斜めの形に噴き出す血しぶき。崩れ落ちるバニーガール。同じく、地面に倒れこむ、風犬。
狂犬が、月のウサギを噛み殺した。
○
戦いのあと、陣地屋はねこかだらけの一同に背負われて、去っていった。
その場に残ったのは、狩場瑠衣と、蟻沢春、そして園崎みかんの三人であった。
蟻沢春は、血だまりのなかで呻く滋養風犬を遠いところから見て、呟く。
「すまんな、風犬。奈保のことを考えれば、お前は……」
狩場は、蟻沢の肩を抱く。
「いつもすまない。辛いことに巻き込んでしまって」
「…………」
園崎は、ふたりを白い目で見ていた。殺そうとしていた側が、たそがれるなど、滑稽に見えたのだ。視線から外し、園崎はあたりを見渡す。
滋養風犬がいるところには、あの少年がいるはずなのである。
野獣を飼いならす少年、獅子頭奈保が。
蟻沢と手を繋いだ狩場が、園崎に声をかけた。
「私たちもそろそろ帰るが、君はどうするんだ?」
園崎は、振り返らずに答える。
「ちょっと風犬のほうを取材してきます」
「……そうか。サンジェルには伝えておく。いつでも戻ってきていい。身の危険を感じたらすぐに逃げるんだぞ」
「奈保に会ったらよろしくな」
「はいはい」
蟻沢によろしくと言われても、なにをよろしくすればいいのかわからなかった園崎は適当に相槌をうった。狩場は肩をすくめてから、蟻沢の手を引いて去っていった。
静かになった闇夜。地面に伏す風犬と、それを観察する園崎。相方が重症だというのに、獅子頭少年は姿を見せない。
警戒している?しかし、サンジェルの定めたルールでは、獅子頭少年には危害を加えることはないとのことだった。ならば、なぜ隠れる……?
園崎は、辺りを歩きまわることにした。風犬からは目を離さず、瓦礫だらけの荒野を探る。
すると、いくつか目の瓦礫の山を経たところで、物音が聞こえた。
ねちょり、ねちょりと液体が粘り着くような音。
このあたりに沼などはない。とすれば、誰かひとがいるに違いない。園崎は、ぎざぎざの形の壁から、顔を出した。
すると、そこには、からだを重ねる少年と少女がいた。少年は気配に気が付き、園崎と目を合わせる。
「あ……」
馬乗りになって唇を押し付ける少女と、されるがままの少年。園崎は、このふたりに、見覚えがあった。こと、少年に関しては名も知っていた。
「なに、してるの……?」
そこには、忍者少女、伊豆麻里と、獅子頭奈保がいた。




