Step.6 少し覚ましましょう 獅子頭奈保
魔術型は、体内で生成するエネルギー「魔力」を利用して、社会を発展させていった。旧人類が発明した車という乗り物に、ガソリンに代わる燃料として魔力を注ぎ込むことで、六大企業、破魔モーターズは経済活動を成立させていた。
しかし、転送術の誕生により、破魔モーターズの独占分野であった移動手段のシェアが奪われ、経営は悪化。長年殿様商売を続けてきたツケで、破魔モーターズは雪崩のように一瞬で滅んだのだった。
死ぬ。死んでしまう。
拳を放つ。放つ。放つ。
止まるな。止めたら、飲まれる。やられちまう。
皮膚の摩擦を高めつつ、『極加速』を発動させる。そうすることで、一撃必殺の嵐を実現させる。
だが、効かない。
砂川医師がしていたのは、ただ、両手を俺に突き出す動作だけだった。それだけで、俺の全身運動の攻撃を無効化している。
「晶壁術。俺は、この術をこう呼んでいる。オリジナルの魔術だから、ひとに教える機会はないがな」
魔力とは、魔粒子のひとつぶひとつぶが発するエネルギーのことである。砂川医師は、魔粒子を規則的に配列することで、エネルギーがこもった頑丈な平面を手のひらから放出している。
これが、なんといっても固いのだ。
打つごとに、拳から伝わった衝撃が、骨をイジメる。晶壁は、視認できないので、ヒビがが入っているのかもわからず、達成感も生まれない。終わりのない、無駄な攻撃を続けているような気がしてくる。
だが、昔、俺は「極加速」の体当たりで、この壁を破壊しているのだ。だから、理論上は、加速を続けていれば、いずれ、俺の拳は壁をぶち破り、砂川さんの巨体に届く……はず、なのだが。
「…………!!!」
皮膚が割け、血が頬にこびりつく。
何故、破れない……!
砂川さんは、溜息をついた。彼は、気長に待っているのだ。俺が、壁を破るのを。
でも、すみません、ほんと、無理です。
俺は、動きを止める。息が続かず、体力が、持たなくなったのだ。
極加速は、全身の代謝を亢進させる。もう、駄目だ。からだになにも残っていない。動けない。
膝を地につけ、しゃがみこむ俺。全身から汗が吹き出し、からだを冷やす。そこへさらに注がれるのが、砂川さんの哀れみ交じりの冷たい眼。風邪をひいてしまう。
「……休憩か」
砂川さんは腕を下ろす。終了が認められた。伊豆さんが走りよってきて、俺にタオルをかぶせる。
「お疲れ様です、奈保さん! お水飲んでください!」
伊豆さんは、俺の顎をこじ開け、水筒のなかの液体を流し込む。むせる。溺れる。やめて。
「がはっうえ、おぼばばぼぼぼぼ」
「伊豆、自分のペースで飲ませてやれ」
砂川さんが助け舟を出してくれる。ドームに囲まれ、海をみることのない世界で、水難救助されるとは、貴重な体験である。
伊豆さんから、水筒を受け取り、呼吸を整える。そして、落ち着いたところで水分補給を再開する。からだに水が染み込むと、がんがん痛む頭が、自己主張をはじめた。
痛みの次にやってきたのは、吐き気だった。胃酸が登ってきたのを、なんとか押しとどめる。近くに伊豆さんがいたので、少し見栄を張っているのだ。心配そうにみつめる女の子をまえに、俺は頑張る。
「やってるぅー?」
そこへ、サンジェルが、手を振りながら、やってきた。
「やらされてるよ……」
死にそうな声で、精いっぱいに強がる俺。伊豆とは違う意味で、あいつにも弱みは見せたくない。
サンジェルは、くくっと笑いながら、俺の前にたつと、額を指で押した。
なすすべもなく、バタンと倒れる俺。くそう。
「あんた弱いねー、やっぱ」
サンジェルは小さな尻を俺の腹のうえにどかんと乗っける。絶妙な圧迫感で、吐くこともなく、ただ苦しい。加減しているのだとしたら、非常に性格が悪い調整である。
「ま、弱いなりにあんたの価値はそこにある。自信だけは失うなよぉー」
励ましとも嫌味ともとれる発言に、俺は考えるのを辞めた。
純金閣寺での一件で、方針は確定した。
倒達者全員を、無理やりにでもサンジェル側につかせる。そのために、俺たちは、次の那須花凛が開くライブを、ぶち壊す。
ブレーメン側に立つ、ふたりの倒達者、富士海月と那須花凛。彼女たちの依り代である組織を壊滅させることで、行き場を失ったふたりを、こちら側へ迎え入れるのだ。
「いくら強大なちからを手に入れたとはいえ、それを扱うのは、所詮人間。こころを掌握してしまえば、どうにでも飼いならせるのさ」
サンジェルの弁だが、一度彼女は、狩場瑠衣に逃げられている。うまくいくかは不安なところだ。
そういえば、狩場瑠衣を探しにいった風犬は、今頃どうしているのだろう。
まあ、あいつはどこでも生きていけそうなやつだし、気に掛けることもないか。
それよりも、いまは目下の困難に立ち向かわなければ、だな。
今回、俺は戦場に出張ることとなった。前回のように、遠くから走ってきて突撃するのは、すべてを破壊しすぎるので、案として不採用になったのだ。狩場のときとは違い、目的は倒達者ふたりの確保である。無傷とはいかなくても、こちらの陣営に組み込めるような状態で捕縛したい。
望ましいのは、白兵戦で追い詰め、命の交渉に持ち込むこと。助けてほしければ、仲間に加われ、という算段だ。ただし、問題が、こちらの戦力だ。サンジェルの信者は、なんにんもいるが、今回導入できる人間が、砂川さんと伊豆、そして俺しかいないというのだ。
「実はさーちょっと別の案件があってね、そっちに人員割いてるのよ」
「ふうん……」
倒達者を相手にするよりも大事な案件を、同時並行か。テロリストのトップは随分と優秀なようだ。
「だから、あんたにはちょっとでも戦えるようになってもらいたかったんだけどねぇ。一応、武功会出身なんだよね」
「技が鈍ってるんだよ、誰かさんのせいで」
「そうかなぁ?単純に基本がなってないような気もするけど」
ぐさりと核心を刺される。そうなのだ。俺の弱さの原因。それは脆弱な芯にある。どれだけ盛り付けようが。それは太い幹にはなれない。
「かといって、武術を教えられる人間なんて、この場にはいないから、どんな手段でも、とりあえず壁を壊せるくらいのレベルになってほしかったんだけど……」
無理そう? と俺の顔を覗くサンジェル。憎たらしい顔だ。幼女が持つ愛らしさをすべて放棄している。
「まだ、始まったばかりだ。ライブまでには、絶対」
「いや、無理そうだね。ねえ、砂川、どうしようか」
砂川さんは、ぽりぽりと頭をかく。
「ううん。どうするといっても、な。ようは、獅子頭くんの武術が未熟で、全身の運動が加速に乗れてないってことだろ?そうなれば……、うんもう、体当たりでいいんじゃないか」
なげやりな回答。ではあるのだが、確かに、それは正しい。
突き、というのは、体重を乗せているから威力がでるのだ。つまり、体当たりのように、体重をぶつける方法ならば威力自体は同じになる。
しかし、伊豆さんはそれを否定する。
「でも、それは十分な距離がないとダメじゃないですか。敵味方入り乱れる戦場で、そんなスペースとれませんよ」
考え込む一同。答えはでない。
みなが俺のために考えてくれている。申し訳ないより恥ずかしい。
「ねえ、砂川」
サンジェルが、砂川のほうを向く。まっすぐと、目と目を合わせて。
「だからさ、あたしが言いたいのはさ。あんた、いい加減倒達者になってくれない?」
砂川さんは口を堅く結ぶ。
「あんたは、あたしの最高戦力なのよ。あんたがいなければ、うちの教団は簡単に炎帝府や、ほかの敵対組織に潰される。だからさ、強くなることで、あたしにもっと尽くしなさい」
ピッと指を向けるサンジェル。
「俺じゃなくても」
「お前じゃないとだめ」
「もしかしたら、もっとすごいやつがでてくるかもしれない」
「でてこないね」
「……でも」
「でもじゃない」
砂川さんは、目を閉じ、おおきく息を吸った。
そして、サンジェルの前に、膝摩つく。
「仰せのままに」
サンジェルはにやりと笑った。
「それでよろしい」
サンジェルが、砂川さんにチップを手渡した。
そして数時間後。ここに魔術型の倒達者「砂川徹」が誕生した。
ところでこの一連の間、俺はしゃがみこむ伊豆さんのスカートのなかを凝視していた。
砂川さんは、神術型倒達者、富士月見の残した火種に触れることで、条件を満たした。その後、チップを差し込まれると、頭のなかに「火に関する情報」がなだれ込んだことで、熱を出して倒れてしまった。伊豆さんは、看病のために付き添っていった。嫌そうな表情だった。
休憩時間となったので、俺はサンジェルに愚痴を垂れる。
「砂川さんを倒達者にするために、俺を出汁につかったんだろ」
「そそ。あんた自分の役割よくわかってるじゃない」
砂川さんは、責任感の強いひとだった。だから、倒達者が続々と現れるなか、サンジェル陣営にいる唯一の倒達者である俺が役立たずだとわかれば、自分が頑張らなければならないという思考にいたるのは、明白だった。
「それにしても、随分おお安売りだよな、倒達者」
「まーね、そうなるようにチップをばらまいたんだから」
サンジェルは飄々と明かす。
「那須花凛と、富士月見の倒達も、あたしにとっては想定内だった。やつらの性格、組織の内情、すべて下調べは済んでいたからね、こういう展開になることは十分考えられた。もちろん、ほかのやつが倒達者になるパターンへの対応も考えてたけど」
「何手読んでるんだよ……お前は神視点で俺らのことを見てるのか?」
京都という地は、碁盤の目のような区画整理がされている。その街で、人の動きを予想するなんて、まるでボードゲームに興じる神である。
サンジェルは、手を叩いて笑う。
「はははっ、それ、いいね!いやあ、ただの人間が神になれるとはね、ふふふ、でもね、あたしは、ただのおばあちゃんだよ。あたしにとっては、新人類はみんな可愛い孫さ」
サンジェルは、教団という体でテロ組織を率いているが、彼女は決して自分を神とは称さない。彼女は、ひとりひとりに寄り添い、心をつかむことで旧人類を掌握しているのだ。
俺はサンジェルが嫌いだ。しかし、そのカリスマ性は、悔しいが、本物なのだ。
「ていうか、そんな想定してたっていうなら、俺たちに教えてくれてもいいだろう」
俺は悔し紛れに文句をいう。
「えー?でも、どうにかなったの。神仏連は富士月見が所属したころから、崩壊の道は始まってたんだよ。どんなふうに手を尽くそうが、富士が那須と手を組んだ以上、純金閣寺にいた人間は、みんな死んでいたと思うなあ。さて、とちょっと空けるね」
サンジェルは、そういうと、建物のほうへ歩いていった。俺は、ひとり残され、目をつぶる。
あいつがいうのなら、そうなのだろう。だが、しかし。俺は死んでいった彼女たちに少なからず情を持ってしまっていたのだ。
浦島さんと、椿舞。監禁されるなど、悪い扱いも受けたが、好意的に迎えてくれたことを、俺は忘れない。富士さんだって、そうだ。彼女に殺されそうになっても、俺はまだあの人を心から敵とみなすことができない。
ただ、話したことがあるだけの関係性だというのに、俺は、いつからこんなに弱くなったのだろう。
武功会が滅んだときにはなかった感情に戸惑ってしまう。俺は滋養風犬がいればそれだけでいい。そう思っていたはずだったのだが……。伊豆さんの影響だろうか。風犬以外の、大切にしたいひとが現れ、俺は人の命の重さについて、考え方が変わったのかもしれない。そうだ、俺と風犬は、世界の中心ではない。俺たち以外の人間もそれぞれ精いっぱいに生きているのだ。
そういう意味では、伊豆麻里という女のコにめぐり合わせてくれたサンジェルには感謝をするべきなのかもしれない。
水筒の水を飲み、乾きを癒す。伊豆さんの用意してくれた、水筒だ。こんなに、人に尽くされることが、俺の人生にあるとは、思わなかった。喉を通過する水が、新鮮である。
そんな風に思いを巡らせていたら、ちょうど、サンジェルが、伊豆を引きつれて戻ってきた。
「あれ、伊豆さん? 砂川さんはどうしたんですか」
ひらひらと手を振るサンジェル。
「あんな怪物、勝手に回復するさ。それよりも、奈保ちゃんにはいい特訓相手を用意してあげたよ。最初から砂川は、ハードル高すぎたしね。と、いうわけで、はい」
伊豆さんがサンジェルに背中を押される。
前に出る伊豆さん。本人は不思議そうにサンジェルを振り返る。
「え?」
「ほら」
「え?」
「戦って」
「…………え」
こうして、俺は伊豆麻里さんに稽古をつけてもらうこととなった。
結論から言えば地獄だった。




