Step.5 焦げないように気を付けて 那須花凛②
「ってなことがあったのよ。ジャンマネ」
ソファで、那須がくつろぐ。その肩を、那須のマネージャーはほぐす。
「お疲れ様でした。富士は結局、裏切ったのですね」
「うんー。へへっジャンマネはまた変なのを紹介してくれたじゃん」
那須は、後ろを振り返る。すみません、と頭を下げるマネージャー。
彼女の名は、雀鬼クリス。『元』神仏連幹部、三人官女のひとりであった。雀鬼は、ブレーメンの一員でありながら、普段は神仏連で働いていたが、今回のライブに合わせて、休暇を取って清水に戻ってきたのである。
雀鬼は、倒達者になることを望んでいた富士を那須に紹介し、今回の一件が起こったのだが、結果的に那須のタダ働きとなってしまったのだ。
「彼女、三人官女のなかでも一番まともだったんですけどね。すみません、那須ちゃんをこうも働かせてしまって」
雀鬼の溜息交じりの発言に、那須は声を立てて笑う。
「はははっ!ま、案外わかんないものよ、ひとなんて。それに、ジャンマネは気にする必要ないよ。浦島、だっけ?ジャンマネの同僚の。あの子が、サンジェルの遣いからチップを盗んだせいで、こんな大騒ぎになったんだから」
三人官女、浦島は、寝ている伊豆の体内から、チップを盗み出した。そして、それを姫、椿舞に献上することで、出世を狙っていたのだった。しかし、浦島も椿舞も、潜入していた那須に殺され、出し抜くことができなかったのであった。
「ね、ところでさ。富士月見で、倒達者は何人になっただっけ」
那須は、指を折り始める。
「わたしでしょ、それから、武術型のオトコノコがいるらしいでしょ、あと、さっき逃げ帰っていった、奇術型の狩場だっけ?千堂くんの友だちの彼女。ってことは、あと二人か。魔術型と幻術型」
「ええ、しかし、幻術型のチップはグレン牙、魔術型はサンジェルが持っているので、これ以上ブレーメンには倒達者は加わらないでしょうね」
コリのある部分を見つけ、雀鬼は、強く押す。那須はのけぞりながら、いてて、と漏らす。
「そっかー。ま、十分でしょ。わたしひとりいれば」
「おっっしゃるとおりです。はい、伸びてくださーい」
「あいたたたたたー」
○
土方は、息を切らしながら、戸棚を漁り、水や、医療器具を探しだす。客観視すると、憐れな家探しだが、いまの状況は、格好をつける余裕はなかった。
彼は、命からがら清水寺から逃げ帰り、そこから離れた空き家に、狩場とともに身を隠していた。手負いで、捕まえようと思えば可能であったはずなのに、追手は来なかった。どういう事情があったのか、土方には知る由もなかったが、ひとまず素直に幸運を受け取ることにした。
狩場が、『燃えた』。つまり、あの場で、火が使用された、ということだ。
その使用者は自然に考えれば、あのとき相対していた少女だろう。つまり、あの小柄な少女が、呪術型の倒達者であり、ブレーメンの統率者『那須花凛』と推定される。
そこまでは、いい。しかし、問題は、どのようにして、狩場の身体を発火させたのか、である。
あのとき、通路をふさいでいた少女がした動作といえば、なにやら叫び声をあげただけ。攻撃への起点につながるものだったとは思えない。呪術型のなかには、呪術発動の負荷を軽減する『呪文』を使用する者がいる。しかし、それは一言二言ですむような短文ではない。詩一篇ぶんが一般的である。つまり、あのような一瞬の発声が呪術の補助となるはずがない。
「ふむ、おてあげはしないが、難航しそうだな」
思考を一度放棄する。たどり着けないときはたどりつけないのが、真相だ。呪術は、血流術や転送術、はては演操術などという多種多様な技術を生み出す。「変換」という呪術型に備わる根幹の機構は、応用の幅が広すぎて、とらえどころがないのだ。
「それよりも、まずは、狩場。君のからだの治療が最優先だな」
狩場は、全裸になり、布団に横たわっていた。全身に、火傷。しかし軽度で済んでいる。狩場は、倒達者になるにあたって、自分専用の防火スーツを開発していたので、それが役に立ったのだ。
戸棚の奥から、『Bond』の缶が出てきた。中を確認すると、量は少ないが、今回の治療には十分である。土方は、奥底にへばりつくそれをかき集め、狩場の患部に丁寧に塗り始めた。
「ごめんなさい、手を煩わせて……」
消え入るような声で、狩場が謝る。土方はその反応に舌打ちをする。
「いまさら、そんなことをいうな。大体、君が死んだら、わたしが無防備になるのだぞ。わたしは、私のために君の手当をしているのだ」
狩場は、瞼を見つめながら、考える。土方はどのような顔で、いまのセリフを吐いたのだろう。少しでも照れ隠しの表情が混じっていたら、うれしい。
苦痛を紛らわすため、狩場は脳内を花畑で埋めた。その様子はどうやら顔にでていたようで、土方は、溜息をついた。
「ところで、千人隊は近くに待機しているのか」
「……ん、いや。適度に町中にばらまいてる。あまりここに密集させておくと、場所が気づかれるかと」
「そうか。いい判断だ。だが、狩場よ。ここから、千人隊の指揮権は全面的に私に預けてもらう」
「え……どういう、こと?千人隊の操作は、わたしにしかできない、けど」
「ああ、だから、わたしのいった指示を、君経由で千人隊に命令してくれ」
「う、うん。いいけど……急に、どうしたの」
「別に……いや、隠すのもなんだ」
こほんと、土方は咳払いする。
「千堂の、演操術。あれが、気に食わない。わたしが直々に、潰したいんだ」
将棋をしたとき、経験者である千堂は二回目で、負けた。しかし、土方にはわかっていた。あれは本気でなかったと。千堂の頭脳があんなもののはずがないのだ。やつが本気をだせば、もっと手のかかる局面になっていたに決まっている。
あの場で、千堂が手を抜いた理由。それは、手のうちをすべてみせないためだ。
次に相対するとき、千堂は牙をむく。その牙は、鋭く、急所をついてくる。
「君の千人隊のほうが、演操術より優れているのを証明するには、わたしの戦術が必要だ。だから、力を貸せ。わたしに、すべてを預けろ」
狩場のからだが小刻みに動く。
「ふふふっなにそれ」
「なにがおかしい?」
狩場は、おかしかった。依存していいといわれるなんて。自分を持たないことを、コンプレックスに生きてきたのに、いまだにそれがいいといわれるなんて。
サンジェルから逃げ出して、変わろうと思っていた。でも、失敗した。だめだった。
そこへ現れた、新しい依存先。こころよく、自分を受け入れてくれ、大切にしてくれて、必要としてくれる。
だったら、もう、変わる必要はない。骨の髄まで、自分を差し出そう。
狩場は、幸せへの扉がようやく開けたきがした。
「そんなの、快諾に決まってるでしょ」
○
那須花凛は思うがままに叫んだあと、転送術でどこかに消えていった。
『じゃあ、ライブ会場で会おう! あ、……富士! それまでこいつらに手を出したら、殺すからね』
空中に浮いていた富士月見は、苦い顔していたが、そのままどこかへ飛んでいき、この場から二つの脅威が消え去った。
柊は、未来のもとへ走り寄った。未来は、思わず柊に抱き着く。
「怖かった……」
「お、おい。ほかのひとも見ているから……」
そのとき、柊は未来の横に座りこんでいた少年の顔を見て、驚く。その顔、が未来にそっくりだったのだ。
少年は、少女と自分の外見の一致に気が付いていないようで、普通に話しかけてくる。
「あの、大丈夫でしたか?」
「ありがとうございました!」
柊の胸にうずまったまま、未来が叫ぶ。少年は、口をつぐむ。未来は、柊の手を取ると、振り返ることなく、橋の向こう側に走った。
「未来、どうしたんだよ」
柊が尋ねると、未来は、さらに加速した。そして、囁く。
「……わたしは、未来だよ」
彼女は、捨てた過去の名前を頭の中で再び破り捨てた。
○
直立したまま、動かない砂川さんが気がかりだったのだが、真剣な顔して考えているようだったので、そっとすることにした。伊豆は、随分参っているようで、座り込んで立ち上がらない。
富士さんの最大火力の熱光線を、砂川さんは何重にも重ねた晶壁により、防ぎきった。生きていることへの感謝と、尊敬の心を伝えたかったのだが、仕方がない。俺は周囲の惨状を見渡し、改めて思う。
とんでもないやつが現れたな、と。
純金閣寺は、溶解し、かつてあった寺の外見はもはや跡形もない。今日の朝まで呑気にごはんをかっこんでいたとは思えない有様である。
そこへ、橋の向こうからゴスロリ服の少女が駆け寄ってきた。すると、さきほどまで、ぐったりとしていた、作業服を着た名も知らぬ少女は、飛び起き、ゴスロリに抱き着いた。背中が火傷しているのがこちらから見え、体調を気に掛ける。
「あの、大丈夫ですか?」
「ありがとうございました!」
俺の声をかき消すように、少女が叫んだ。どうしたのだろうか。首を傾げていると、ふたりはさっさと橋の向こうに去っていった。
……まあ、いいか。
知らない人だし。
「おーい、奈保ちゃーん」
どこからか声がかかり、辺りを見渡す。すると、さきほどの二人組と入れ替わるように、白いワンピースを着た幼女が手を振っていた。
「やあ!元気!?おひさ、奈保ちゃん」
そこにいたのは、俺を京都へ向かわせた、言うなれば元凶の幼女、サンジェルであった。
言うに事欠いて、元気?、か。
「…………」
どろどろにどけた純金閣寺をもう一度見渡す。
「見ての通りだ」




