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Step.5 焦げないように気を付けて 狼尾未来 獅子頭奈保

 純金閣寺内に入り込み、妹巫女と未来が目指したのは、『姫』がいる部屋、「玉座の間」だった。


 緊急時に、なによりも優先すべきは、姫の安全。もしかしたら、幹部もすでに寺内の異変に気が付いて、傍にいるかもしれない。妹巫女はそう語った・


「姫、というのは、神仏連のトップですよね」

「はい、先代が亡くなられて、九歳ながらわれわれの長として、がんばってらっしゃるのです」


 未来は自分の境遇と比較して嫌悪に陥らないように気を付けた。ひととなりも知らずに拒否感を示してはならない。


「ここです」


 妹巫女が、勢いよく襖を開け、なかに飛び込む。

 遅れて、未来が顔を出すと、そこには。


 一体の真っ黒な「人形」が、横たわっていた。


「あっ」


 妹巫女が、悲壮そうな顔を浮かべ、口元を抑える。しかし、残酷はとめどなくからだを蝕み……。


「うっうえっおろろろろ」


 妹巫女が、胃の内容物を吐き出す。現実に、耐えられなかった。


 その人形は、黒かった。

 その人形は、小さかった。

 その人形は、大の字に倒れていた。

 その人形は、服を着ていなかった。

 その人形は、手に刀を持っていた。

 その人形は、玉座の間にあった。




 その人形は、姫、その人に違いなかった。




「はあっああ、はあっ、げほっうえ」


 未来は、その場に座り込む妹巫女の背をさする。


「大丈夫ですか」


 身を案じながらも、未来は周囲への警戒を怠らない。ナイフを引き抜き、その切っ先を部屋じゅうに向けて回る。姫が、殺された。細かいことはともかく、それだけは見てわかる。そうなれば、犯人がいまだこの場に留まっている可能性は、否定できない。


 十畳ほどの和の空間。潜む場所は少なくない。押し入れ、天井、戸棚のなか……。殺気を丁寧に探り、敵がいないことを確認すると、未来は矛を納める。


 気配がない。

 いや……。違う。

 気配が、なさすぎる。



「巫女さん、ほかの幹部のひと。いや、ほかの連盟員のかたを探しましょう」


 この玉座の間にたどり着くまで、ふたりは、廊下で誰ともすれ違わなかった。いくらなんでも、殺人があった当日にこの状態は、警備が薄すぎる。


 もしかしたら、すでにこの寺の人間は……、全滅?


 最悪の事態を想像し、未来の首を汗がつたう。先日あった歴史的事件、武功会と横浜での大量殺人を想起したのだ。


 妹巫女が、よろめきつつも、立ち上がる。


「はい……地下には、富士さんがいるはずです。あのひとのもとに、行きましょう」


 廊下にでて、妹巫女は、地下への階段に入る。


「あの、ここで入口を守っていてくれませんか」


 たしかに、もし敵がこの寺内をまだ巡回しているのなら、最後の砦は守らなければならない。


「では、ここで待っています。なかの人を連れ出したら、みんなで脱出しましょう。ここは危険すぎます」


 妹巫女は、頷くと、暗い地下室へ走っていった。



 妹巫女の姿が闇に消えたところで、未来は、頭頂に「熱」を感じた。

 それは、いつも調理場で熱供給板を扱っている彼女だからこそ、気づいたのだろう。そして、注意深く気を張っていたこの状況だから、違和感に思えたのだろう。

 

 未来は、嫌な予感がし、わずかに、元いた位置から、左に身を寄せた。


 次の瞬間。




 眼前に、『柱』が、生えた。


               〇


 駆けこんできた巫女によると、姫が玉座の間で、死んでいたという。

 取り乱した様子の巫女に、富士さんは、落ち着くように言う。


「真っ黒になっていた?つまり、浦島と同じように死んでいたということ?」


 富士さんの目が俺たちを撫でる。疑いを上塗りするような眼だ。新たな被害者が出たことが、むしろトリックを使ったのではないかという疑いでも生んだというのか。


 しかし、そんなことを言ってもどうにもならない。富士さんは、檻の鍵がかっていることを確認すると、巫女に案内を頼んだ。


「ところで、出口にここまでついてきてくれた人がいるのですが……」

「……?誰か、部外者がいるのですか?まあ、向かう途中で聞きましょう。では、少し空けますが……脱走しないでくださいね」


 富士さんが、そう言い残すと、地上への階段を昇っていった。


 しずかになった地下牢で、砂川さんは、さて、と狭い空間でできる限りの背伸びをした。


「ごたごたは都合がいい。いい加減窮屈だ。出るぞ」


 砂川さんは、体育座りのまま、片手を牢の天井につける。


「ちょっ! 砂川さん!? 何する気ですか!」


 伊豆さんが、彼の腕につかみかかる。


 しかし、その制止も空しく、天井にひびが入る。土埃が舞い起こり、牢全体が若干暗くなった。砂川さんは、ぶら下がる伊豆さんを気にすることもなく、腕に力を籠める。


「行くぞ」


 一瞬のうちにひびは、隅まで枝を伸ばし、次の瞬間、座敷牢の天井は崩壊した。伊豆さんが小さく悲鳴を漏らす。大小いくつもの瓦礫が、生み出され、俺たちの頭上に積み重なる。


 伝家の宝刀、『晶壁術』の薄い板が、面で天井を、押し出したのだ。本来俺たちに襲い来るはずだった土の塊は、不可視の傘にさえぎられた。


 しかし、このまま崩れてくる土の重みを、砂川さんの晶壁だけで支えていくのはさすがに不可能である。いずれ、耐えかねて、壁は砕け散る。


 その心配を口に出すと、砂川さんは、待ってろ、と言って地に手を当てた。


「飛ぶぞ。伊豆はそのまましがみついてろ。獅子頭くんも」


 理解が追い付かないまま、俺は砂川さんの太い腕に捕まる。がっしりとした腕だ。まるで丸太に抱き着いているかのようだった。


 次の瞬間、視点が揺れる。そして、態勢がよろける。何事かと足元を見てみると、尻がわずかに地面から浮いていた。無論、俺が座ったまま飛び跳ねたわけではない。砂川さんは、下にも晶壁を敷き、さらに魔力を放出することで、俺たちを空中に浮かび上がらせたのである。


 そして、そのまま砂川さんは魔力の出力を弱めることもなく、贅沢に放出を続ける。


 頭上に積み重なっていた土の塊が晶壁に押しつぶされて砂と化す。煙ののち、やがて再び天井が現れるが、ひびが入り、瓦礫が落ちる。それをすりつぶし、さらに上へ進む。それに合わせて俺たちの尻も高く浮かび上がっていく。ここでようやく意図を理解する。


「ああ、このまま上に飛び出そうとしているのですね」


 砂川さんは、ああ、と顎を引く。なるほど、そういうことか。なるほどなるほど……。ようは、旧人類のロストテクノロジーでいうところの、エレベーターにのっているようなものなのだ。砂川さんの晶壁術により作られた箱が、牢の天井を崩しながら、上昇している。単純な構図だ。


「いや、化け物ですか」


 冷静に考えて、それを可能にする魔力量は、尋常のものではない。伊豆さんは、溜息をつき、愚痴をもらす。


「ですから、このレベルの魔術型なんて同じ世代にもう現れるわけないんですよ。ちょっとまえまで、病院でただの医者をやっていたのが、本当にもったいないです」


 サンジェルは、砂川さんを高く評価していた。俺との扱いの差に抗議をしたかったが、こうやって力を目の当たりにすると何も文句が出なくなる。この、砂川徹という男は、まぎれもない天才だ。倒達者に成るべき存在で、間違いない。


「ふん、褒めてもなにも出ないぞ。世界は狭いようで広い。見つかっていないだけで、俺以上のやつがいるはずだ」


「このわからずやが……」


 伊豆さんの言葉が乱れる。俺はまあまあと彼女をなだめる。砂川さんはどこ吹くかぜでひたすら魔力を放出する。


「お」


 砂川さんの口から声が漏れる。目線を上げると、砂煙のなかから、金色の面が現れていた。


「これって、地下からあがってきて、純金閣寺の床にたどりついたってことですよね」


 しかし……。いかに砂川さんの晶壁が強力であろうが、さすがにこの純金の建築を破るのは不可能なはずである。


「ああ、ようやくここまで来たか。よし、ちょっと揺れるぞ」

「え?」


 砂川さんが、歯を食いしばる。ほどなくして、美しい金色がわずかにへこむ。


 開いた口が、塞がらない。


 金って、金って頑丈なんだぞ……!!! 

 常識が、通用しないのか!?この人には!?


「フンヌッ」


 砂川さんが、叫んだ瞬間、目の前が光に包まれた。

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