Step.5 焦げないように気を付けて 狼尾未来 獅子頭奈保
間一髪であった。未来は、立っていた位置から、五メートルほど左方へ飛び去った。それが、命を救うこととなったのだ。
天井を見上げると、そこには大きな穴が開いていた。きれいな円形にくりぬかれた、穴である。そこから覗けるドームの天蓋が、無機質にこちらを見下ろしてくる。
未来は、いつの間にか握っていた拳を開く。すると、手のひらから、汗があふれだし、床に零れ落ちた。
「生きてる……」
口に出さなければ、実感できなかった。それほどまでに、未来は死の幻想にとらわれていたのだった。
つい、一分まえ、未来の眼前には、突然、『柱』が現れた。それは、光の槍とでも称せるような、輝きを放った一本であり、未来は思わず目を奪われた。しかし、全身に熱を感じたことで、気が付く。この柱は、触れてはならないものだ、と。
五秒もしないうちに、柱は消失した。そして残されたのは、穴の開いた天井と、床である。それぞれ穴の淵からは煙が立ち上っており、いまだ熱を帯びていることが判断できる。純金で構成されたこの建造物を溶かすほどの高温な、『柱』。その正体はつかめなかったが、未来の戦慄は明瞭すぎるほど実体化していた。
未来は、その場にへたり込む。床は、冷たい。ひんやりとした温度に身が引き締まると同時に安堵が訪れる。
「こわ……かったぁ……」
未来は、声が震えていることに気が付く。普段の気を張った状態では、考えられない声色だ。
「こっちです、富士さん!」
階段を駆け上がる音がし、そちらを向くと、妹巫女が、女性を引き連れて現れた。たったの数分まえに別れたばかりで、会ったばかりな浅い関係の妹巫女だったが、いまの未来は見知った顔に再開したことで心を落ち着けることができた。
富士と呼ばれた女性は、地べたに座り込む未来を見つけると、驚いたように目を開いた。そして、さっと床に開いた穴に目を移す。
「……この、穴は?」
妹巫女は、富士の問いに首を傾げる。そして、未来へ視線を送る。
「さっきまで、ありませんでしたよね……?」
未来は、頷く。そして、乾いた口をなんとか唾で潤し、説明しようとする。
「実は、いま」
その瞬間、未来の目の前から、妹巫女の姿が消えた。代わりに、彼女がいた位置にあの『柱』が出現した。
光の柱が煌びやかに直立する。周囲の気温が急上昇し、未来の肌に熱が襲い来る。
未来は、呆然と、その光景を眺めるだけだった。二度目とはいえ、脳が追い付かなかった。否、追い付くことを拒絶していたのだ。現実を直視してしまえば、また恐怖がおのれを食い尽くす。それを本能が避けていたのだ。
未来は、視覚が停止したことで、ほかの五感が研ぎ澄まされていた。それゆえに、通常であれば、聞き取ることが困難なその小さな声を彼女は、とらえていた。
「ふふっふふふっ」
噴き出す、微笑。それを発した人物は……。
〇
突然の発光現象に、俺たちの思考は停止した。なにが起こっているのか。その回答を持つ者は、この場にはいなかった。しかし、説明ができたとしてもどうにかできたとは思えない。なぜなら、俺たちの現在地は、土のなかである。逃げられる場所ではなかったのだ。
砂川さんの製作した晶壁の箱。その全体が熱くなる。なかにいる俺たちは、蒸し焼きになる。
喉が渇く。皮膚が熱い。目が飛び出そうだ。痒い。痛い。
筆舌しがたいほどの熱に、失神しそうになったとき、光が消えた。定まらない目で砂川さんと伊豆さんを見ると、二人とも、うなだれて声も発せないようだった。
空を見上げると、寺の天井どころか、ドームの天井が覗けた。いまの光が、金色の床に穴をあけたようだった。灰色の空が手を振っている。
息が苦しい。酸素が足りなくなっているようだ。当然といえば当然だ。こんな、密閉された箱のなかに三人がひしめき合っているのだから、吸う空気もすぐになくなってしまう。
術者である砂川さんのからだを揺らすと、うめきながらも反応を示した。はやくこの晶壁を解いてもらわなければ、俺たちは窒息死してしまう。
砂川さんは、苦しそうに腕を上げると、晶壁の箱全体を上昇させた。純金が溶けて、通り道ができていたので、スムーズに移動が開始される。横からみえる金色の壁は液状化しており、俺たちの方向とは逆に、下に向かって流動していた。
ほどなくして、箱が寺内にたどり着く。
廊下の中心、地下牢の入り口近く。顔を出したその場所には、富士さんと、「少女」がいた。
〇
光の柱が消えた。一本の棒が一筋の光になるように、収束したのだった。
柱の立っていた床は、わずかにクレーターができていた。板模様の塗装ははげ、金色の床が現れている。また、そこには黒い人影がこびりついており、妹巫女は姿を消していた。
「……いまのは、いったい……?」
富士が、つぶやく。彼女は、口元に手を当てていた。未来は、富士のその挙動を観察し、疑惑を抱く。
なぜ、笑っていた?
未来は、幻術型技術器官、『鮮肌』の着色により透明にしたナイフを、富士の死角で用意する。いざとなれば。未来は片膝を立て、すぐに動けるように準備した。
富士が、ゆっくりと未来のほうに視線を移す。その眼は、未来が何度も目にしてきたものだった。
すなわち、殺意のこもった猟人の眼である。
直後、未来の頭頂に、衝撃が響く。なにかが、振り下ろされたような重みに、未来は頭を抱えてうずくまる。状況の確認をするために、なんとか目を上げると、富士が冷たい目線で未来を見下ろしていた。その腕は高くあげられており……。
まずい。未来の危機回避能力が働く。鈍痛が広がるなか、それを耐え、後方に飛び去る。
未来の立っていた場所に、金属同士がぶつかる音が鳴り響く。またもや、茶色の板模様がはげ、金色がのぞく。
間違いない。未来は確信する。富士は、長物の武器を持っており、自分を攻撃している。可視できないのは、『鮮肌』と同じ技術器官による透明処理を武器に施しているからと推測できた。
神仏連の幹部、つまり、神術型の新人類は全技術型の技術器官を体内に備える。すなわち、神術型は、知識さえあれば、他の技術型のもつ技能をすべて使えるのである。
富士が舌打ちをする。明確な敵意に、未来は、たちあがってファイティングポーズをとり、戦闘に切り替える。いまだ頭には痛みが残り、思考は安定していない。先手を打たれたのが強く影響している。
富士が、未来に向かって突進してくる。武器が長物と判明している以上、狭い廊下という舞台でくる攻撃は、突きと予想できたので、未来は腕を十字にして、衝撃に備える。
しかし、富士は、なにかを握りしめた両こぶしを、横に突き出した。
ひとりでに廊下の壁に穴が開く。富士は、そのまま、前方に向かいながら、『薙ぐ』。
廊下の壁に、裂け目が現れる。その裂け目は、富士の進行と連動しており、未来に向かって一直線に向かってくる。
「……!」
未来は、身をかがめる。裂け目が未来の手前で止まり、頭上に切り裂くような風が吹く。
反対側の壁に衝撃音とへこみが現れる。
富士の見えない長物が通過したのだ。
壁の裂け目からは、湯気とともに金色の液体が垂れいおり、その攻撃の危険性を示していた。
殺傷能力の高い一撃を、回避できた、その安堵から、未来の張っていた気が、わずかに緩む。
そこに、いつの間にか目の前に迫っていた富士の足蹴りが襲う。富士は、武器を手放し、接近戦に移行したようだった。ギリギリで、未来は腕でのガードに成功する。しかし、服の布が裂け、素肌にも擦傷ができる。武術型技術器官「摩皮」の摩擦操作である。
バランスが崩れ、未来に大きな隙が生まれる。富士は、すかさず手を伸ばし未来の首をわしずかみにする。指が食い込み、未来の呼吸が遮断される。
富士は、そのまま未来を持ち上げる。首を支えに空中にぶら下げられ、未来はもがき苦しむ。未来は必死に、富士の指を外そうするが、握力の力量差が、それを許さなかった。
「…………!!!」
もうろうとする意識のなかで、未来は、富士をにらみつける。富士は、冷たい眼で見つめ返す。
「塗装屋さんですか?間が悪いときに来たものですね。さきほどは一撃で仕留めきれず、もうしわけありませんでした。そのせいで、こんなにも苦しい思いをさせてしまって……」
富士は、心のこもってないような口調で謝罪を述べる。未来は、そのギャップに、恐怖を感じる。
未来の視界が、世界が、揺れる。富士の輪郭が波線となる。喉への圧迫が、限界点に達しようとしていた。
死。その言葉が未来の脳裏に浮かんだとき。
すぽん、と間抜けな音とともに、体育座りの三人が、現れた。
〇
富士さんが、名も知らぬ作業着姿の少女の首を絞めている。その状況に理解が追い付かなかった。砂川さんを見ると、虚ろな目で、箱の外の様子を眺めている。からだを揺らすと、はっと目を開く。このひとは、からだが大きいぶん、必要な酸素量が多いのかもしれない。砂川さんは、上下左右に弱い力を籠め、晶壁術を構成する魔粒子をばらけさせる。
箱が消失し、俺たちは、穴のすぐ横に飛び降りる。長時間の体育座りで、足が痺れていたのだろう。よろけた俺は床に手をつく。
「熱っ!?」
思いがけない床の温度に、すぐに手を放す。手のひらが真っ赤になっていた。
「獅子頭くん……気を付けろよ、いまの熱光線が通った近くの純金にはまだ熱がこもっているはずだ」
砂川さんは目頭を押さえながら、俺に注意する。
いや、そんなことよりも、と俺たちは富士さんと少女のほうを向きなおす。
「なにをしているんですか、富士さん」
こういう場合、大抵は伊豆さんが先陣を切るのだが、彼女は、箱から降りても具合が悪そうに口元を抑えていたので、俺が尋ねた。富士さんは、少女を持ち上げたままこちらを振り向くと、満面の笑みを浮かべた。
「皆さん、安心してください。寺内の殺人犯は捕らえましたよ」
富士さんが、俺たちに空いた手のひらを向ける。
砂川さんが、叫ぶ。
「伏せろ!」
俺は伊豆を抱いて、しゃがみ込む。砂川さんは、そのまま立ち続け、前方に手を伸ばして再び晶壁を発動させた。
次の瞬間、天井が破け、光がなだれ込む。
「うわああああ!?」
俺は、情けなく声を上げる。その光は、一直線に俺たちのほうへ飛び込んできたのだった。
そこで、遅れて気が付く。これは、さきほどの熱光線である、と。
「ぬううう」
砂川さんが、顔をゆがめる。彼の巨体が後退し始める。
「へえ……すごいですね、防がれるなんて、予想してませんでしたよ」
まばゆい光のなか、富士さんの声が聞こえる。防がれる?……この熱光線を操っているのが、富士さんだとでもいうのか?
そんな馬鹿な。こんな技術、いかに神術型とはいえ、発明できるはずがない。金属を溶かすほどの熱光線を操るなんて、それはまるで……。
「倒達者のちからというのも、案外大したことがないですね」
富士さんの、微笑交じりの声。
神術型のチップを持っていたのは、富士さんだったのだ。
「ぬおおっ」
砂川さんが、倒れこむ。しかし、同時に熱光線も消失していたので、俺たちに被害はなかった。
光が晴れる。目が慣れると、周りの光景が一変していることに気が付く。
晶壁を張っていた砂川さんより手前まで。そこまでの廊下の壁と床は、塗装すべてが禿げてどろどろに溶けた液状の純金が露わとなっていた。
「今度は、温度を調節してみたのですが、なかなか難しいものですね」
富士さんは、少女を掴んだ手を放す。
熱くなった、金の床に向かって。
「ああああああああ!!!」
悲鳴を上げる少女。背中からたたきつけられたので、少女はばねのように跳ね上がって転げまわった。
「っふ……面白い動きですね」
少女は、なんとか床の冷たい場所まで移動するが、そこから伏して動かなくなった。
「富士さん、あなたは、倒達したんですか」
富士さんは、俺の問に笑顔で答える。
「見ての通りでございます。ふふふ。明かしても問題がないので、教えてあげます。わたしが倒達者として得た力は、『天照』。炎帝の力の一部を、借りることができるのです」
俺は、まさか、と上を見上げる。さきほどの、熱光線が飛び込んできて、寺の天井に空いた穴、その先には、ドームの天井が見えていた。普段見上げることもないなんてことのない風景。
そこには、炎帝の持つエネルギーが供給されている人工照明が、ドーム全体を照らしていた。
「勘がいいのですね。お察しの通り、わたしは炎帝のシステムに侵入して、あの照明に溜まったエネルギーを任意の場所に放出したのですよ」
炎帝のシステムに、侵入する……? あの、太陽を飲み込んで得た強大なエネルギーを操れる、だと……?そんなの、神じみているじゃないか。
倒達者は、そんなことまでできるのか?
「倒達者になって驚いたのですが、炎帝はわたしたちのことを監視していたのですね。ドームじゅうにカメラが設置してあったんですよ、まったく、プライバシーの侵害じゃないですか。そのおかげで、ドーム内にいる限り、すべての人間の行動を見ることができるようになったんですけど」
富士さんは、指をすっと、下にさげた。
一本の光の筋が、俺の目の前に現れる。その光はすぐに消えてなくなった。
足元を、ゆっくりと見下ろすと、俺の靴の、ほんの二十センチさきの床に、人差し指ほどの太さの穴が開いていた。
「…………どこにいても、逃げられない、とでもいうのですか」
「ええ、何回か練習をしたので、随分精密に操作できるようになりました。さて……」
富士さんは、きょろきょろとあたりを見渡す。
はじめて純金閣寺を訪れたときと、廊下の状態はひどく変わっていた。壁中の塗装がはげ、金色がむき出しになった、豪奢な空間。目がちかちかとしてくる。
彼女は、しゃがみこむと、何かを拾う動作をした。しかし、俺にはそれがなんなのか、わからなかった。見えない、なにかを拾っている。
「では、わたしはここで失礼いたします」
富士さんは、その場で小さくジャンプした。すると、そのまま彼女は、空に浮いた。
「……魔力を足から放出している」
砂川さんが、浮遊の原理を説明した。神術型は、すべての技術型の技術器官を使いこなす。富士さんは、砂川さんの飛行技術と同じ方法で浮いているのだ。
富士さんは、そのまま天井に空いた穴からそとに飛び出す。天で静止する巫女姿が神秘的で神々しく映る。彼女は、腕を高く上げると高らかに叫んだ。
「神術型倒達者、富士月見。ここに、神仏連の滅亡を宣言します」
人工照明が、一層輝く。そして、次の瞬間、その光は、大きく膨らみ。
世界が、白くなった。




