Step.5 焦げないように気を付けて 獅子頭奈保
狩場と土方が、清水から脱出した一時間前。
〇
座敷牢。そんな上等な牢獄に入ったことは、これが初めてだった。
六畳ほどの座敷牢。俺のような心と体の小さいものには、これが十分に広い空間に感じる。まあ、それは。一人だったらの話なのだが。
「狭いですうー。砂川さんもっとコンパクトになってくださいぃー」
「……すまん」
「…………。伊豆さん、なんで俺の膝の上に乗るんですか。砂川さんの上のほうが広いですよ」
俺たちは、三人で六畳に詰め込まれていた。
富士さんが、檻のそとから、頭を下げる。彼女は椅子に座っており、それだけなのに、こちらから見れば、贅沢に映る。
「すみません、こんなところしかなくて」
姫は、疑わしきは、監視する、と言って、俺たちに、富士さんを付けた。チップをこの敷地でなくしたことも、信用してくれず、結果、座敷牢と監視である。この寺でルールは、姫であるゆえに、招かれた俺らは、郷に従うしかない。そして同盟を結ぶなどという話をしていた中で、いざこざをおこせば、のちの関係性がめんどくさくなるので、というのもおとなしくしている理由のひとつである。
「で、どうします?ここから」
伊豆さんが苛立ちながら、今後についての議論を始める。俺の膝の上に座りながら。重い、とは言わないが。恥ずかしいのでどいてほしい。
砂川さんは頭をかきながら、唸る。
「どうするといってもな。誤解をとくことが必要だが。……そこのお嬢さんに説明しても、姫にはどうせ届かないだろう?」
富士さんは、申し訳なさそうに謝る。
「すみません。姫からは、浦島を殺したとあなた方が吐いたときのみ、耳を貸すといっておりまして……」
「手詰まりじゃないですかぁー」
手足を短くバタバタとする伊豆さん。可愛い動きだ。この子は俺に甘えているのかと勘違いしてしまう。ところでいまのはちょっと重かった。
「トップ同士で話し合わせるしかないんじゃないですか?サンジェルは、いまどこにいるんです?」
サンジェルならば、姫と真に対等だろう。彼女に取引でも何でもしてもらって、解放してもらえばいい。俺の提案は、現実的ではないだろうか。
しかし、砂川さんは、いや、と首を振る。
「それは確かに確実なのだが……。サンジェル様も、あとで来る予定なのだが……」
俺と、伊豆さんは、砂川さんの次の言葉を待つ。はあ、とため息をつき、続きが明かされる。
「予定通りなら、来るのは三日後だ。つまり、三日間俺たちはここで」
生活することになる、と。
……もう監禁とか、牢獄とか、御免なんだけどなあ。
「なんで砂川さんいるんですかあ!」
若干涙目になりながら喚く伊豆さん。揺れる揺れる。というか、問題はそこではない。
そういえば、過去、彼女は俺を監禁しようとしたことがあった。砂川さんがいなければ、そのときと同じ状況になるだろう。さては伊豆さん、あのときのこと反省してないな。
外で、富士さんが謝る。
「重ね重ね、すいません。せめて、食事はおもてなししたかったのですが、厨房の雀鬼は今日から休暇に入りまして……」
「はあ。そうですか……」
「ああ、料理してくれた人ですか。朝ごはんおいしかったですねえ。砂川さんに会うために早食いしたのが惜しまれます」
「ほお、雀鬼さんとは、さっきいたあの前髪の子か。俺もいただいてみたかったな」
一堂は沈黙する。
「え?このタイミングで休暇?」
「めちゃくちゃ怪しいじゃないですか」
「その子はもういないのか?」
湧いてくる疑惑を矢継ぎ早に投げる俺たち。しまった、と富士さんは口を押える。
「え、あの……それは、その……もうあのあと出ていきました。でも、ないと思いますよ。彼女が犯人ということは」
言葉を詰まらせつつも、擁護を始める富士さん。
「彼女、雀鬼は、あんまり喋らない子ですけど……根はよい子ですし、浦島とも仲が良かったです。もちろん、ほかの巫女の子たちとも。もし、あなたたちが疑っているであろうこと、すなわち姫に、浦島を殺すことを頼まれたとしても、彼女が了承するとは思えません」
「……でも、姫でしょう?友情以上に主従関係は優先されるんじゃないですか?」
食い下がる伊豆さん。しかし、富士さんはそれを否定する。
「いや、それはないです。こんなこと、外部に話すべきではないかもしれないんですけど、三人官女のなかで、雀鬼は著しく姫を敬っていないです」
「ええ……?幹部、なのにですか?」
「身内として、恥ずかしいのですが……。雀鬼は、なんというか、あれで我が強い子でして。気に入らない命令には従わないんです。たとえ、姫から直々に言われたことでも」
「はあ……。姫もよくそんな人を側近にしますね」
「そこが気に入っているそうです。……そういうわけで、雀鬼が姫の命令で、もしくは私情で浦島を殺すことはないはずです」
なるほど。俺は納得した。伊豆さんはまだ、粗を探そうと唸っているが、そもそも、内情を知る者にしか、真実はわからないのだから、ここは富士さんを信用するしかない。
「そうなると、ほかの、巫女たちがやったことはあり得ないのか?」
砂川さんが、ほかの可能性を探る。富士さんは、それにも首を振る。
「無理ですね。実は、私たち三人官女は、戦闘力がほかの巫女をはるかに超えるものが選ばれておりまして。私たちを殺すほどの実力があるものは、身内にいません。不意打ちですら、巫女たちでは浦島に通用しないでしょう」
俺たちは、再び黙る。長々と話したが、真犯人は見つからなかった。
そもそも、探し方が間違っていたのかもしれない。
浦島さんの遺体は、火傷だらけだった。この、火を扱えるものがいない時代に。
そうなると、犯人は……。
ちらりと、砂川さんが、こちらを見たのを、俺は見逃さなかった。
「いや、だから俺じゃないですよ。砂川さんも知ってるでしょう。倒達してるとはいえ、俺の技術では一人の人間を焼死させるような器用なことはできないって」
「しかしなあ。ほかに倒達者といったら、奇術型の狩場瑠衣、そして、脱走中の呪術型の倒達者、那須花凜。あとは、幻術型と神術型のチップが行方不明で……」
おや。ぞくぞくと情報が飛び出てきた。神術型のチップはともかく、幻術型のチップ、だと?初耳なのだが。
「結構選択肢あるじゃないですか」
「う、うむ。だが、狩場は北海道だし、那須花凛は、こんなことするメリットがあるとは思えない。それに行方不明のチップも起動の仕方を知らなければ無用の長物だろう」
富士さんは、興味深そうに、砂川さんに尋ねる。
「チップの使い方?」
砂川さんは、ぺらぺらと話し出す。
「チップを体内に、挿入し、なおかつ火に触れないといけないのですよ」
「あ、あー。あれですか……」
サンジェルにチップを入れられたあと、俺はあいつに焼き鏝を押し付けられた。ただの嫌がらせかと思っていた。
いろいろと、脳内で繫がる。狩場瑠衣の焼き爛れた顔も、この行為による後遺症だったのかもしれない。
「あれ、でもチップの挿入ってどうするんですか?神術型の人は、チップの挿入ができますけど、ほかの技術型はどうやって、体内に入れるんです?」
伊豆さんが疑問をぶつける。砂川さんは、そこで詳細を語る。
「サンジェルの話だと、ほかの技術型にも挿入口は存在するのだ。それを発現するためには、対象者に苦痛を与える必要がある。きみも、結構な拷問を受けたはずだろう」
「……あー、はい」
嫌な思い出である。サンジェルに目を付けられ、武術型の倒達者になった俺だが、強大な力を手にして満足しないのは、この過程に原因がある。いまの砂川さんの説明で、あれは必要不可欠な手順だったと知ったが、納得できない。努力ではない苦痛で、得た力なんて、快く受け取れないのだ。
「ん……ちょっと待ってください、砂川さん。挿入口を発現する方法が、拷問だっていうなら、神術型の場合は、最初から挿入口がありますから……あとは、火に触れるだけで倒達者になれちゃうってことですか?」
不公平じゃないか?それはさすがに。俺はあんなにつらい思いをしたのに、ずるいじゃないか。
砂川さんは、あー、と首を傾げる。
「わからんな、それは。ただ、一つ言えるのは、例えば獅子頭くんだったり、ほかの倒達者が、焚火を作ったとして。それを複数人の神術型が触っても、倒達者になれるのはそのなかで一人だ。最初に火に触れた者が、倒達者になった瞬間、この世に存在するすべての同一の技術型は、倒達する権利を失う。脳に、強固なロックがかかるのだ」
新人類は、設計が炎帝によって行われている。そのバグをつくように、生み出すのが倒達者であるが、簡単には量産できない。さすがに防御はかたいというわけか。
「だから砂川さんは、魔術型のチップを使用することを躊躇しているのですね」
「ああ。だが、サンジェルの計画では、のちに新人類のすべてを倒達させるそうだがな。いくら炎帝といえど、倒達者で構成された軍団に総攻撃されれば、牙城は落ちる。いまの盤面は、まだ準備の段階なんだ」
これで、まだなにも始まっていないというのか。俺の体感だと、もう人生終盤くらいの出来事を体験してきたような気がするが。
砂川さんは、サンジェルのもとにいる古株の信者である。あんなやつと供に、よく長い道のりをついていくものだと感心してしまう。
「……あの、この機会だからお聞きしたいんですけど、砂川さんはどうしてサンジェルに従っているんですか?」
サンジェルの目的は、炎帝府の打倒と、旧人類の再興である。新人類である俺たちが、付き従うメリットなど、ひとつもない。
「……いや、それはすまんが伏せさせてくれ。俺にも触れられたくないことはある」
砂川さんは、気難しい顔をして、回答を控えた。この体格でも、デリケートな部分があるのらしい。配慮のない質問をしたことを反省する。
「でもまー、ひとそれぞれですよ、サンジェル様に従う理由は。あのひと、草の根運動で信者増やしていますから」
……あいつの魅力とは何なんだろう。されたことを考えれば、俺にとってサンジェルは憎むべき相手だ。なのに、最近ではサンジェルに紹介された仕事が、俺の生活の糧となっている。離反した狩場瑠衣でさえ、サンジェルは助けようとしていた。
もしかして、あいつは悪魔というより……。天使、なのか?
親心を、彼女は持っているのかもしれない。彼女は、人工知能、炎帝を製作した。そして、炎帝は、俺たち旧人類を製作した。サンジェルにとって、俺たちは孫である。見た目は幼女であるが、祖母として、俺たちを大切にしてくれている……。
いや、でもやっぱり嫌いだ。あいつをこころから受け入れるのは、俺のプライドが許さない。
身内で話していると、あの……、と監視の富士さんが入り込んできた。
「先ほどからしている話は、機密ではないのですか?一応同盟をまだ結んでいない以上、神仏連の幹部であるわたしとしては聞いていいものか、というところなんですけど……」
ごもっともなことだが、自己申告するとは、富士さんも人がいい。
「問題ない。俺の勘だが」
妙なことを言い出す砂川さん。富士さんも首を傾げる。
「それは、どういう意味ですか?」
「サンジェルの下で活動していると、様々な組織の栄枯転変……いや、終末をみることが多くてな。そういう組織の雰囲気がわかるようになってきた」
「……それは、神仏連がもうすぐ崩壊するから、わたしに話してもいい、ということですか?」
「いや、すまん、気を悪くしてしまったな。……だが、言っておく。君も次の師事先を見つけたほうがいいぞ。俺たちの仲間になれとは言わんがな」
「ご忠告お痛み申し上げます。ですが、私の主は、姫、椿舞ただ一人です」
富士さんは、凛として跳ねのける。砂川さんはたまに空気の読めないことがあるが、いまのは格段にひどい。推測でそのようなことをいうのも、この人らしくない。
と、そのとき、ひとりの巫女が慌ただしく駆け込んできた。
「富士さん!大変です!姫さまが!!!」
「え……?」
耳もとで囁かれ、富士さんは血相を変えて、走り出す。
嫌な予感が、した。
砂川さんは遠くを見つめて、溜息をついた。




