Step.4 クリームは今のうちに 土方光成②
Step.4は最終部分です。ここまでついてくれてありがとうございます。
柊サマンサは、暴力団体「グレン牙」に拾われた。彼は生きるために仕事をこなしてきた。呪術型は十五歳までの呪術の使用を禁止されている。しかし、彼はその歳までに数々の修羅場を危険な呪術を用いて切り抜けていた。言われるがままに、人を傷つけ、喰らい、生き続けた。
柊は、いままでこのような生き方に疑問を抱いたことはなかった。だが、あの夜。未来に負けた時、ふと虚無感が訪れたのだ。
何してるんだ、俺は。
人を傷つけ、奪い、それを褒められる。こんなこと、いつまで続けなければいけない。このままでは、無様に命朽ちるだけ。しょうもない死に方をするに決まっている。抜け出さなければ。いい加減、光の当たる方向へ自分から歩きださなければ。
「よお、兄貴。なんだ、そのケガ」
「これか?ふん、気にしてくれるな。包帯が取れる前に報復してやるさ」
「ははっ兄貴らしいや。それより、大事な話があるんだ」
柊は、チップを正体不明の賊に奪われたと説明した。そして、もう一つ。
「抜けたい、だと?」
「……はい」
伏見稲荷神社。この神社は膨大な鳥居が連なる光景が有名である。柊は、待ち合わせ場所をここと指定されたことに違和感を感じていた。死角が、多すぎる。急な襲撃などを受けた際、対応ができないではないか。
しかし、到着して、杞憂だったと知る。柊は、チップを渡す相手がひとりで待っていると考えていたが、そこにはメンバーが、幹部から末端まで勢ぞろいしていたのである。この群れならば、襲われる心配などする必要がない。むしろ、そこにいるだけで、一般人にとっては恐怖の対象である。
そんな反社会団体であるグレン牙の先頭に立つ、一人の男。グレン牙の特攻隊長であり、柊の兄貴分、平塚クエスである。彼は、出会いがしらの柊の脱退宣言に、耳を疑っていた。
「本気か?お前」
「ああ。家出程度の覚悟じゃない。絶縁上等だよ……兄貴」
「……チップが奪われたことなら、気にするな。もともと、偶然手に入ったようなものだし、あの時点で所有権はお前にあった。だから……」
「いや。そんなことじゃない。俺が足を洗いたいと思ったのは、なんていうか……」
柊は、少女の姿を脳内に浮かべる。
「……好きなひとが、できたんだ」
平塚は呆然と、くちを開ける。信じられない、といった表情だ。
「何……だと?……お、おんなか?」
「あ?ああ、そうだけど……」
柊は時に女装をする。これは、中性的な顔立ちを生かし、潜入任務などをこなすためとして、平塚に着せられていただけであった。好きでしていたわけではないし、性の対象も女性である。
「……柊」
平塚が、うつむく。周りのメンバーたちは、唾を飲み込む。任務に失敗した上に、軟弱な理由での脱退の申し出。目をかけてもらっていたとはいえ、あまりに自分勝手。平塚は、規律に厳しい男である。柊に、どのような制裁が下るのか。全員が、冷や汗をかきながら、平塚が顔を上げる瞬間を待った。
「よし、わかった」
「………… !!」
「え……」
あっさりした判定に、拍子抜けする一同。柊は、平塚を見つめ、確認する。
「いい、のか。そんなに簡単に」
「いやあ?簡単じゃあねえさ」
平塚の犬歯がちらりと覗く。
「総勢四十二名、グレン牙の面々を前にして、この、神社の外に出られさえすれば、なあ!!!」
拳をふるう平塚。間一髪で、かわす柊。
「兄貴……!!!」
「その呼び方はもうやめろ。俺は、いや俺たちは、お前という一般人に暴力をふるおうとしている、街のごみどもなんだからよお!」
グレン牙のメンバーが立ち上がる。その眼は、弱きウサギを狩る肉食獣のものである。
「ふっ……はははっ……ったく、もう、大すきだったぜ、兄貴。来世でも仲良くしてくれよ!」
鳥居をくぐり、外へ駆け出す柊。追手は来ない。だが、柊は、振り向くことなく、全速力でその場をあとにする。それが、礼儀というものだといわんばかりに。
去る柊の背を見て、平塚は座り込む。
「ふん……。こんな時に、まったく、どうしようもねえやつだったぜ」
「ほっほっほ。可愛い弟さんでしたの」
背後から現れ、平塚に話しかける老人。平塚を京都に連れてきた武芸者である。
「ああ。ほんとうに……」
可愛いやつだったよ。平塚の寂しそうな独り言に、老人は、目を細めた。
〇
「ええっ?那須ちゃんいないんすか?うわっまじっすか」
連れていかれたのは、清水寺であった。地下階段を降りると、そこには、広い空間が広がっており、いくつもの部屋が作られていた。そのなかで、もっとも奥の部屋の扉には、「那須花凜」のネームプレートがかかっていた。
「ええ。私も今戻ってきたところなのですが、入れ違いで出掛けて行きました。今日は全国からブレーメンのメンバーが到着するって話していたのですぐに戻ってくると思いますよ」
千堂は、前髪の長い女性に説明を受ける。どうやら、那須は不在のようである。女性は、日常から那須のわがままに振り回されているそうで、その顔からは疲れが窺えた。
「那須ちゃん自由奔放っすからねえ。ははっ。世話役も大変っすね」
「ええ、まあ、でも那須のマネージャーは好きでやっていることですから……」
軟派な質問は無視する女性。ただしい判断である。
「マネージャー?」
聞きなれない言葉に土方が反応する。そしてすぐ、しまった、と気が付く。こういうとき、千堂はこれ見よがしに、上から目線に立とうとする。無知を晒すことに適した相手ではない。
予想通り、千堂はにやにやと笑みを浮かべながら顔を覗き込んできた。
「あれえ?土方さん知らないんっすかあ?しょうがないですね、説明してあげますよ」
千堂との付き合い方で大切なことは、受け流すことである。いちいち気にしていたら、禿げる。髪の毛はあるに越したことがない。
「アイドルっていうのは、マネージャーって人がお付きとなって、スケジュールの管理などをするんです。なんせ、アイドルってのは象徴ですからね。大切にされるべき存在なのです」
「ふむ……」
狩場を見る。目が合い、笑顔を向けられた。
俺は、こいつのマネージャーなのだろうか。
実験の対象ではあるが、別に道具というほど冷徹には見ていない。なかなかちょうどいい言葉ではないだろうか。
「じゃあ、どうします?土方さん。待ちますか?」
「ん……そうだな……どうするかな……」
時間に追われてはいないが……。脳内に滋養風犬のことを浮かべる。あまり行動に足踏みしていると、あの化け物が追いかけてくるかもしれない。かといって、研究所に戻るのも、待ち構えている可能性を考えると、悪手である。
「待つなら、ちょっと勝負しません?最近面白いゲームを見つけたんですよ」
「……面白いもの?」
嫌っているからか、変に警戒してしまう。躊躇していると、狩場がしゃしゃり出る。
「いいんじゃないの?息抜きも大切だよ」
「ほら、彼女さんもこう言っていますよ。いきましょいきましょ」
「いや、彼女ではないが……」
押し切られるように、別の部屋に誘導される土方。後ろで、マネージャーが声を上げる。
「では、那須が戻ってきたらお呼びしますねー」
「お構いなくー」
千堂が答える。お前が言うな、と小声で土方がつぶやいた。
「で、この駒は横と縦にぶわーとどこまででも動いて、成ったら、王の動きも加わってこうなるんですよ」
「ふむ……大体わかった」
「じゃあ、やりましょうか。へへっ初心者狩りぃっ」
教師から一気にクズに成る千堂。彼が発見したというゲームとは、将棋であった。駒を動かし、互いの王を取り合うボードゲーム。シンプルだが、なかなか奥が深い。初戦、千堂は経験者の力を見せつけ、圧勝する。しかし、土方は悔しがる様子を見せず、思案顔をしばらくしてから、再戦を希望する。
「ええー?別にいいですけどお」
余裕の表情で、勝負を受ける千堂。しかし、ゲームが進むにつれ、千堂の顔は柄にもなく曇っていく。
「ちょ、あれ、駄目だ、ええっと」
「もう終わってるぞ、どこに動いても終わりだ。詰み、というのだろう」
盤面は、王がどこに動いても、数手後には王が取られてしまう形であった。いやあ、と手を上げる千堂。
「すげえっすねえ。こんなにも上達が早いとは」
「ふん、所詮は遊戯だろう。……だが、確かに面白くはあったな」
暇つぶし程度だと思っていたが、土方はこのゲームを楽しめた。素直に千堂を褒めてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、千堂が、挙げた腕を上下、左右に動かし始めた。
「なんだ、突然……」
奇行に疑問を持つ。気でも狂ったのか?勝負に負けて?そんなたまだったか?
「へへっ。でしょ?面白かったでしょう?……でもね、遊戯って侮っているようじゃあ、まだまだですよ」
「私の後ろに隠れてっっっ」
何かを察知したのか、狩場が声を荒げる。土方は、即座に座っていたソファを立ち、狩場のほうへ駆ける。
そのとき。
壁をぶち破り、人間が部屋になだれ込んできた。
その数、十人前後。全員が武器を持っている。そして、屈強な男が大半である。
「……どういうつもりだ?」
男たちは、土方と狩場を囲い込む。狩場は、壁を背にするように動き、土方を守る。
「いやー実はですね、土方さんたちのこと、那須ちゃんに話したら、言われたんですよ、捕まえろって」
てへ、と舌を出す千堂。裏切られた。土方は意外にもその感想を最初に抱いた。仲間とは思っていなかったはずなのに。そんな自分が情けなく、唇をかみしめ、千堂を睨む。
「この男の人達は、俺の呪術で操られてくれてるんですよ。彼らの体力だったり、魔力だったりを俺が吸収して、俺が再配分する。そうすることで、戦力を平均化した部隊をつくることに成功したんですよ。名付けて、『演操術』」
「呪術で、か」
狩場の千人隊とは似て非なる技術。だが、この状況、こちらには動かせる駒はない。丸裸の王。なるほど、千堂らしい。自分の技術を見せつけるために、将棋をしたのか。意地が悪いことこの上ない。
「さ、頑張ってください、皆さん。王は無防備ですよー」
男たちが襲い掛かる。木刀、鎌、角材。その手にした凶器はそれぞれ異なるが、一撃喰らえば昏倒は免れないものばかり。すべて、かわさなければ……。
しかし。その攻撃が二人に届くことはなかった。
狩場は両手をふるう。すると、ピタリ、と男たちが静止した。
「え、どっどうしたんですか」
動揺する千堂をよそに、狩場は土方に語り掛ける。
「燃えたら、逃げるよ」
土方は、狩場の意図を察する。
「……わかった」
直後、狩場は倒達者の力を発動する。千人隊の技術の根幹、電気の発生を。
狩場は、ワイヤーをこの部屋に仕掛けていた。彼女は、武器として、常にこれを携帯している。男たちは、知らず知らずのうちに、ワイヤーに絡まり、動きを封じられたのだ。そして、そこへ流れる電流。旧人類以上の耐久力をもつ新人類でも、ここに起こる現象は同じである。
感電。そして、発火。
男たちは、全身を炎に包む。操られているからか、悲鳴は上げないが、みな、自然とからだが崩れていく。
「……火ぃっ!?」
驚愕する千堂。男たちの壁が崩れたので、狩場は土方とともに出口へ駆ける。
千堂の横を通り過ぎるとき。土方は頭に浮かんだ言葉を投げる。裏切りに対する、憎しみである。
「だからお前は誰にも愛されないんだよっっっ!」
そして、すぐに狩場のあとを追う土方。
千堂は、立ち尽くし、その言葉を頭のなかで反芻する。
「……だから、この技術作ったんですけど、ね……」
その声を聴く者は、この部屋にはいなかった。
廊下に出て、地上を目指す二人。廊下に並ぶ部屋から顔を出すものは何人かいたが、二人を止めるものはいない。みな、困惑しており、事情を把握していないようだ。
「え?どうなさったんですか……うわ、とと……」
さきほどの那須のマネージャーも出てきたが、鬼気迫る狩場の顔に、からだをひっこめた。
これなら、すぐにそとへ出られる。あと、数メートルで、階段。土方は息を切らしながら、ラストスパートを走る。
が、そこへ、交通を封じるものが現れる。階段を、少女が下ってきたのだ。
桃色に染められた長髪が印象的な少女だった。小顔で、うつくしく、まるで光をみにまとっているよう。そして、なにより下着姿であることに、狩場は思わず目が釘付けになる。
土方は、その少女の顔を見て、脳にノイズが走る。正体不明の違和感だったが、非常事態なのですぐに頭をふるって忘れることにした。
ひと一人分の幅の階段だ。どいてもらうしかない。だが、敵陣で丁寧にする必要はない。狩場は手に仕込んでいた、爪武器を前に突き出し、少女をなぎ倒すことで進路を確保しようとする。
「え?なに?」
自分のほうに突っ込んでくる二人に気づき、素っ頓狂に声を上げる少女。可愛そうだが、仕方がない。土方は、狩場が少女を手にかけることを見逃すことにした。
後ろから、那須のマネージャーが声を張り上げる。
「逃げてください!敵です!!!」
少女は、悠長にマネージャーのほうに手を振る。
「あ、おーいジャーんマネー!戻ったよ」
土方は、その様子に違和感を覚える。危機意識がなさすぎる。こちらは武器を持って、突進していっているのだぞ。悲鳴は上げないまでも、道を開けるくらいはしなければ、おかしい。
と、ここで、少女が狩場に視線を戻す。少女と、狩場との距離は、わずか四メートルというところだった。
「さて、と」
狩場は、少女が息を吸い込むのを見た。なんてことのない、ただの呼吸である。その数瞬後、土方の耳に歌声がなだれ込んだ。危機が迫るなかで、歌?土方は自身の理解を超えるその行動に眉を顰める。しかし、その瞬間。
狩場の全身が燃え上がった。
「っっっっ!!!???」
炎で包まれる狩場。地下の廊下が明るく照らされる。空気を伝わり、近くにいた土方のからだがわずかに温まる。
狩場は、熱さに、悶え、ひざを崩す。混乱する土方。なにが起きた?狩場が、自分でやった?そんなはずがない。そうなると……。いや、そんなこと、考えている場合ではない!
土方は炎の塊となった狩場を背負うと、少女を押しぬけ、階段を昇って外へ向かった。火傷などを気にしてはいられない。熱さに顔をゆがめながら、土方は根性をみせる。
追撃は、来ない。だが、土方は死にもの狂いで、遠くへ走る。
「俺は、こんなことするやつじゃないだろうが!!!」
土方は吠えた。その声を、聴くものはいなかった。




