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Step.4 クリームは今のうちに 狼尾未来

「それじゃあ、ここからは」


「別行動ってことで」


 京都ドームに入り、柊と未来は分かれる。柊はこの町で人に会う用事を済ませてきて、未来は柊から奪ったチップを受け渡しに行く。その後、合流して、ふたりで純金閣寺へ行って塗装作業をする。


 未来は京都に来るのが初めてであった。そのため、碁盤の目ともいわれる入り組んだ街並みに困惑し、受け渡し場所までたどり着けるか、初期の段階で不安になった。


 ここで、柊と帰りをどうするかを話していなかったことに気が付く。


 なれ合うつもりはないとは言いつつ、移動手段は頼るしかない。どうにかして、用事を済ませたら再び柊を見つけ出さなければ、帰れなくなる。


 後ろを向くと小道の入り乱れた迷路が広がっている。すでに自分が通ってくれたルートを覚えていない。最悪、京都に住むことになりそうである。


 街には空き家が多いが、その割に浮浪者はいないようだ。東京で、浮浪者排斥の動きがあったことは聞いているが、彼らはここには流れてきていないようだ。神仏連が所在している都市だけあって、徹底的に街並みを守ったのだろう。


 未来が目指す場所は、竜安寺である。枯山水の庭園で知られる、寺院である。


 その時、見るからな空き家から、三人組が出てきた。長身の女性、白衣の男、なよなよした男の三人である。人がいたというならば、もはや空き家ではない。ただのボロ家である。


 よくあんなところに住めるものだ、と失礼なことを考えながら、未来は彼らとすれ違う。迷路のようなこの町ではもう会うことはないだろう。その理論でいえば、柊とも会えないので、三人組とはどこかでまたすれ違いたい。


 歩いて三十分、竜安寺につく。


 寺の前、とも指定されていないので、中に入る。そこに待っていたのは、一人の少女であった。枯山水の、岩の上に腰かけるその少女は、学生服を着ている。


 少女が、顔を上げる。目が合う。未来は、チップを渡す相手の名を、『伊豆』と聞いていた。伊豆の名を関するのは、炎帝府忍者省に所属する役人である。名を伺い、彼女が伊豆であるのなら、このチップを渡して仕事は終了である。あとは柊と合流して、と今後の予定を思い描く。


 まずは、名の確認からだ。未来は少女に尋ねる。


「あの、私はここで、伊豆さんという人と待ち合わせをするはずだったのですが」


 少女は訝しむ表情を浮かべる。


「はい、確かに、私は伊豆ですが……」


 ビンゴだった。未来は懐からチップを取りだす。


「では、早速ですが、どうぞ」


 伊豆が目を見開く。


「え!?なぜ、そんなものを!?」


 声を上げる伊豆に、未来は違和感を覚える。この反応、おかしい。渡すものを聞いていないなんてことが、あるか?いや、そんなわけがない。人違いか?


 未来は再度確認する。


「ええと、伊豆さんですよね」


「はい、ええと、伊豆ですけど……?あの、私は伊豆麻里と申しまして、待ち合わせを私もしていたのですが、相手は砂川、という男性でして……」


 砂川。聞き覚えのない名だ。柊への襲撃の、前任者の名前か?情報伝達ミスとして、ありえなくはない話だが……。


 そのとき、ザッと砂が踏まれる音が背後からする。未来と伊豆麻里は、その音の方向を振り向く。すると、そこには男女二人組が立っていた。


「おっ……?お前さん、麻里ちゃんじゃあねえかい?」


 女のほうが、伊豆麻里を指さす。知り合いか?と横の男が、女に聞く。


「ああ、あいつは親戚ってえとこでさあ……。麻里ちゃん、覚えてないかい?小さいころよく遊んだりしたんだけども」


 女は、黒スーツを着ていた。片目には眼帯がしており、タダ者でない雰囲気を漂わせている。名指しされた麻里は、気まずそうに、頭を下げる。


「お、お久しぶりです。アバレさん。こんなところで会うとは、今日はどういったご用事ですか?」


 女の名は、アバレ、というようであった。変な名前のやつに、最近はよく会うものだ、と未来は、柊サマンサのことを連想した。


 アバレは、んん~と、悩むそぶりをする。


「滋養の旦那、一応公務ですし、言わねえほうがいいですかい?」


 男のほうは、滋養というらしい。アバレが敬語ということは、上の立場でありそうだ。


「いや、君の親戚、ということは伊豆の、忍者省の者ということだろう?ならば明かしたところでそう、問題ではないだろう」


「そうですかい?では。麻里ちゃん、実は俺らはとあるものを受け取りに来たんだ。チップっていうんだが……」


 未来は背後で、気が付いた。チップ、炎帝府。つながった。自分が柊から奪ったチップを渡す相手は、この二人組だ。未来はチップを握りしめると、アバレのほうに走り寄ろうとした。



 と、その時。空が暗くなった。



 そして、なにかが、そらから、降ってきた。



 天空からの落下物で、枯山水から砂ぼこりが巻き上がる。煙の中には、人影が浮かび上がる。その体格は、常人離れした巨体であり、姿がはっきりするまでは、童話に出てくるような化け物の可能性が否定できなった。


 未来は、突然の出来事に、体色を変化させた。枯山水になじむ薄茶色に。文字通り保護色で身を守ろうとしたのだ。そして、続いて何が起こるか、その予想ができなかったため、念のため、岩の影に隠れた。


 しばらくのち、砂煙が晴れる。その場にいた全員が刮目して、落下物の正体を確かめる。

 そこにいたのは、白衣の大男であった。


「……人、多くないか?」

 開口一番、疑問を呈する大男。自分がこの場で一番の異物であることを認識していない。


 未来は、岩陰から各々の反応を確認する。

 伊豆の少女は、苦虫をかみつぶしたような表情をしている。

 滋養なる男は、ぽかんとだらしなく口を開けている。

 そして、アバレは、武器、三節棍を構え、敵意むき出しの目を大男に向けている。


 明確に敵意を向けているのは、アバレひとり。滋養という男は、単に物事に対する反応が遅れているだけ。そして、伊豆麻里は、……よくわからない。


 大男はちらりと、その伊豆麻里のほうを見てから、視線をアバレのほうに戻す。


「ふうむ。なるほど。そこの女性は、忍者省のもの、ということか。大丈夫だ、状況は把握した」


 独り言なのか、この場にいる誰かに話しかけているのか、どちらともつかないような口調で大男がつぶやく。


 アバレが、大男に話しかける。


「おい、そこのでかいの。てめえさんは何者だい?見たところ、一般人っていう風ではないが?」


 当たり前だ。空を飛べる一般人なんて、存在しない。……いや、そういえば以前呪術での飛行技術があるということを聞いたことがある。そうなると、あの大男は、呪術型、か?


 大男はアバレの返答を応えかねていた。大男の立場がどのようなものかは知らないが、忍者省の役人に尋問されて、下手な答えはできない。


 長引きそうな沈黙を幕ひいたのは、滋養だった。


「砂川さんじゃないですか、こんなところでどうなさったんですか」


「きみは……ああ、滋養さんとこのお兄さんですか、これはこれはどうもこんにちは」


 滋養はにこやかに大男に話す。砂川と呼ばれた大男も、警戒を解いた。

 アバレは、その様子を見て、武器を下ろす。


「なんです?滋養の旦那のお知り合いですか?」


「ああ。実はこの間の赤レンガの件で大けがしたとき、この砂川さんにお世話になったんだ。彼は医者でな、妹が入院したときも面倒を見てくれたんだ」


「へえ……?」


 アバレは、納得していない様子だ。医者であることはこれで判明したが、そらからやってきた謎はいまだ解明していない。


「だから、アバレは武器をしまってダイジョブだ。俺の顔に免じて、な」


 滋養は、大男、砂川に近づき、握手を求める。握手……?外側からみていた未来は違和感を覚える。



 差し出された右手を握り返す砂川。その瞬間、砂川の巨体が一回転した。



「うわおおおお?」


 地面にたたきつけられる砂川。再び砂煙が上がる。そこへ、すかさず滋養が追撃を加える。いつのまにか握りしめていた、十手の攻撃。しかし、それは、砂川に届かなかった。滋養の十手は、砂川の顔面の手前で静止している。スン止めという風ではなかった。まるで、なにか、壁のようなものが二人の間に挟まっているような……。


「どういうことですか、これは……」


 冷や汗を浮かべながら尋ねる砂川に、滋養が冷たい視線を向ける。


「恩人にこんなことをして、申し訳ないとは思っているんですけどね。砂川さん、あんた指名手配になっているんですよ。サンジェルの、関係者として、ね!」


 サンジェル?未来は驚く。そんな、あのテロリストの仲間?砂川は、そんな危険人物だったのか。そうなると、つく側は決まっている。さっさと、アバレのほうへ行って匿ってもらおう。


 未来が動き出そうとしたとき、爆発音が巻き起こる。


 砂川が、左手を前に突き出した状態で止まっている。そして、さきほどまで十手を向けていた滋養は、上空へ吹き飛んでいた。


「……てめえ、魔術型か!」


 武器を再度取り出し、アバレが砂川に飛び掛かる。


 アバレは、三節棍を振りかぶる。砂川は、起き上がると、その射程範囲外に行くように後方へ逃げる。三節棍の先の軌道から、もはや当たらないのは確実。のはずだったが、結果、砂川の脇腹には棍が突き刺さる。


「ぐううう!?」

 うめき声をあげる砂川。同時期に、未来の背後に落下する滋養風太。


 遠方から伺っていた未来は、いまの現象を推測する。おそらく、アバレは奇術型。腕を改造して、折り畳み構造を作り、三節棍の続きとしていたのだ。ゆえに射程範囲は大幅に伸び、砂川をとらえた。


 砂川は脇腹を抑えつつ、手のひらをアバレに向ける。


「ふんむっっ」

「させるかっ」


 アバレが前に一歩踏み込む。しかしその瞬間、アバレの身体が吹き飛ぶ。魔粒子を高出力で手のひらから放出する、魔粒子砲術か。魔術は視認できないが、未来は砂川の攻撃も洞察した。


 地に倒れ伏すアバレに対し、砂川は追撃を加えなかった。


「逃げるぞっっっ」


 砂川は隙を見て、駈け出す。


 その背中にに、起き上がったアバレがつぶてを投げつける。……否、ツブテではない。そんな生易しいものではなかった。テトラポットの形の暗器。アバレがゆびではじき飛ばすそれは。


忍者らしく、まきびしであった。


 アバレは正確な射出をしているわけではなく、未来の下にもその流れ弾は飛んできた。地面に突き刺さる。この殺傷力、この場にとどまるのは、やばい!未来は撤退を決定する。


 岩陰から飛び出し、出口のほうへ駆け出す。すると、失念していた物体、滋養の伏した肉体に、つまずき、保護色が解けてしまう。


「うううん……だれだ、お前は?……っっっ!お前も、砂川の仲間か!?」


 滋養が起き上がり、未来を掴みかかろうとする。


「いやっっっ違うっちょっと話を聞け!」


 未来の説得むなしく、滋養は追いかけてくる。この場で止まっていると、まきびしが飛んでくる。


 ……くそっっっ。


「おいっ逃げるな!!!」


 滋養の声を背に、竜安寺から逃げる未来。砂川のあとをついていく形になってしまった。これでは勘違いされてしまう。自分はサンジェルの仲間では、ないのに。

 


 そして、人知れず撤退する伊豆麻里がいたことを、この場の誰もが気が付かなかった。


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