Step.4 クリームは今のうちに 土方光成①
千堂は、翌朝に迎えに来るといって帰っていったので、狩場と土方は、空き家で一夜を過ごした。狩場の千人隊は、睡眠中にも監視兵として作動しておくことができる。彼らは安心して眠ることができた。狩場は自分を信用してくれることを幸せに思い、隠れて自慰をした。
千堂が戸口を叩く。土方は、起き上がり、首を鳴らしてから、対応を始める。
「おはようございます、先輩」
「いい朝だな、後輩」
土方の日課はコーヒーで始まっていた。冷たく、苦いアイスコーヒーで目を覚まし、仕事に入る。何年も続けている習慣である。しかし忍び込んだこの民家には、食料といったものがなく、コーヒーを作ることはできなかった。そのため、いまの土方は本調子が出ないままでいた。
そんななか、自分が呼んだとはいえ、嫌いな後輩が寝床に来たのだ。千堂にとっては理不尽な話だが、土方は機嫌が悪かった。
千堂千歳という青年は、炎帝府立の大学で土方光成と勉学をともにしていた。なれなれしい後輩として、人との過度の接触を嫌っていた土方は、千堂のことを嫌っていた。しかし、なんど拒絶されようとも、千堂は軽薄な顔で近寄ってきた。
『なぜ、俺に近づく』
あるとき、土方は千堂に尋ねた。すると、千堂は、一瞬悲しそうな顔を浮かべ、こう答えた。
『誰も相手にしてくれないからですよ』
そのときは、いつもの気を引くための冗談だと土方は思っていたのだが、その後方々から聞いたところによると、この千堂という男は、大学内の人間関係の構築に苦労しているようだった。
誰とでも仲良くなろうとする千堂の姿勢を見ていた土方には、この話が信じられなかったが、どうやら千堂は、出来た友を突然裏切るような行為を繰り返していたようなのである。
『なぜそんなことをするんだ?』
義理堅い性格の土方には、その意図が理解できなかった。千堂の行動は、世渡り上手のものとは言えず、利益を得るために裏切っているわけでもなかったのが、余計に混乱を招いた。
千堂は語った。
『愛が……怖くなるんです。ほら、俺って中身がないじゃないですか。人に愛されるなんて、俺にはそんな資格はないから。こっちから離れていくんです』
土方は、千堂を憐れんだ。こいつは、一生幸せになれないのではないかと心配もした。
いつか、この男を救ってくれる女が現れるのを、心から願いつつ……。
やはり、うざいからみかたをしてくる千堂を、土方は嫌いつづけた。
大学卒業後、千堂は失踪したと風のうわさで聞いたが、土方にとってはどうでもいいことであった。
狩場が目を覚ます。夜中にトイレに行ったので、睡眠を二分割しており、こちらも安眠とはいえなかった。しかし、見るからに不機嫌に、玄関で千堂と会話する土方を見て、一気に目を覚ます。
「いやあ,、いくら僕でも、知り合いをアイドルに会わせるなんて、許可とるの、大変だったんですよ。でも、安心してください、持ち前の交渉力で、那須ちゃんのマネージャーを懐柔してやりました」
「そうか、ご苦労だったな」
「あれえ。もっと喜ぶと思ったんですけど。ていうか、もっと僕に感謝してくださいよお」
「礼を言う」
「ううん、感謝が足りないっすねえ」
「……ブレーメンはよくお前のような奴を拾ったな」
「ははっ。スカウトっすよ、那須ちゃん直々の。やっぱりわかるひとにはわかるんですかね」
「…………」
後ろから見ている狩場にもひしひしと土方の殺意が伝わってきた。狩場は出すぎた真似だと思いつつ、二人の間に入り込み、大ごとになるのを防ぐ。
「おはようございます、千堂さん。この度はありがとうございます」
「ああ、これは、どうも、おはようございます。ええと、土方さんの彼女さん?お嫁さんでしたっけ?お名前はまだ聞いてませんでしたよね」
千堂の視線から、土方が外れる。枠外で、大きく土方は溜息を吐いた。ひとまず、リセットされた。狩場は一安心し、さて、と返答を考える。
炎天下のこの時代、結婚した男女は、苗字を統一する必要はない。いわゆる、夫婦別姓が基本である。さらにその間に子は二人以上生まれるので、片方の子の苗字を夫の、もう片方の苗字を妻のものにするという形式も多くみられている。
ここで問題なのは、千堂に狩場という姓を名乗ってよいか、ということである。先の、奥羽山脈破壊の件。狩場という倒達者がかかわっているという話は、一部の事情通のあいだには、広まっているらしい。
なにしろ、そのまえに大量殺人や立てこもりなど、派手にやりすぎたのだ。あとが残りすぎている。当時は正体不明の扱いを受けてはいたが、事件から数か月たった今では、調査も十分に進み、少なくとも炎帝府は、自分の存在を把握しているはずである。
目の前の男、千堂の人となりを狩場はあまり知らない。下手に名を漏らせば、もしかしたら面倒につながるかもしれない。偽名が妥当か。
「私は、土方の妻の……陸奥、立と申します」
頭の中にあったワードで名前に使えそうな言葉をつなげた。奥羽から陸奥を連想したのは安直かもしれないが、そこからばれることはさすがに気にしすぎだろう。
千堂の反応も、特に変わったところはなく、よろしくお願いします、とだけ言われた。この様子なら本名でもよかったかもしれない。
土方は後ろで、わかったと、つぶやく。本名を伝えないという認識は共有できたようだった。
「それで、どうしましょう。早速ですけど、行きましょうか?ブレーメンに」
ひょい、と狩場の後ろの土方に声をかける千堂。さすがに土方も、日中の調子に戻ってきたので、見ただけではイライラしない。
「そうだな、では案内を頼む」
「了解です、先輩。あ、そうだ、その前に、お二人おなかすいていません?」
千堂は、左手に持っていた手提げかばんから、タッパーを取り出した。
そして、何気ないセリフとともに、蓋を開けて差し出す。
「おにぎりです。温かいうちにどうぞ」
「…………っっっ!!!」
温かいうちに、だと!?
土方は、目を丸くして千堂を見つめる。ありえないセリフだ。この時代に、そのようなセリフは、滅多に聞けるものではない。
現在、「温かい食事」を享受できるのは、熱供給板を何らかの報償で、炎帝府から受け取ることのできた者か、狩場のような倒達者の生み出した火の恩恵にあずかれる者だけである。
前者は、公にその所持を明らかにすることは得策ではない。盗難の危険があるからである。そのため、おすそ分けに温かいものを持ってきて、自分は熱供給板を持っていることを明かすなど、普通はありえない。大企業レベルの、大規模団体であるなら、力の象徴として見せつけることはあるのだろうが……。
しかし後者はもっとありえない。熱供給板がないとするなら、火の出所は、倒達者となる。千堂のいまの発言は、那須花凜が倒達者であることを公言していることになるのだ。
いくら炎帝府に敵対しているブレーメンといえど、抱える戦力をこうも堂々と、見せるなど、愚の骨頂もいいところである。
一体、なんの意図があるのか。土方は考える。手の内を晒す理由。まさか、千堂は、ブレーメンは知っているのか?狩場が、倒達者であることを。……つまり、牽制。下手なことをしたら、それを迎えうつ準備はあるというメッセージか。
土方が、顔をしかめていると、細い腕がタッパーに伸びるのが視界に入った。
「わあ、ありがとうございます。いただきます」
狩場が、湯気のたつおにぎりに手を伸ばす。土方は唖然とする。気づけ、せめてお前は!心の中で、狩場を怒鳴りつける。
「美味しいですねえ、やっぱり、温かいものは」
頭を抱える土方。温かい食事を、人生のなかで一回でも取ったことがあるなんてことすら、人にいうべきことではない。だめだ、どうにか修正しないと……。
しかし、千堂はにこにこと、コメを頬張る狩場を見つめるだけで、失言には気づいていない様子だ。
「ですよねえ、ほんと、那須さんには感謝しています」
「……っ!?……那須?に、感謝とは?」
出てきた名前に、なんとか驚きを隠し、知らないふりをして、事情を伺う。なんなのだ。千堂は漏洩を気にしないあほなのか?
「ああ、そうだ。実はですねえ、驚かないでくださいよ?……あなたたちがいまから会う、那須花凜さんは、火を使えるようになった新人類、つまり倒達者!なのです!」
鼻を高くして身内の自慢をする千堂に、土方は冷たい視線を送る。
「…………」
「あれ、驚かないですね」
「いや、驚いてる」
そうか。土方は結論づける。
このように、惜しげもなく、ばらすということは、だ。
ブレーメンは、かつての狩場と同じように、倒達者であることに、慢心している。
土方はほくそ笑む。
ならば、付け入るスキはあるはずだ。
狩場がおにぎりを持ち、土方に、食べないの?と聞いて来た。
評価ボタンを押すと作者の口から心臓が出ます。試してみたいひとはどうぞお願いします。




