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Step.4 クリームは今のうちに 獅子頭奈保

Step.4は全5部分です。

「おはようございます。獅子頭様。朝食をご用意しておりますので、食堂にお越しください」


 女性の声に目を覚まし、俺は母のことを一瞬脳裏に浮かべた。そしてすぐに消して、現実を認識する。俺を起こしに来てくれたのは、巫女服姿の……浦島さん、だったか。俺たちをこの宿泊部屋に案内してくれた人だ。……俺たち?


 そういえば。隣に、伊豆さんがいない。


 布団に残った温もりは、俺のものだけで、伊豆さんがいた痕跡はもうなくなっていた。髪の毛すら枕に残さないとは、さすがは忍者か。


 ここで、もう一つ気づく。浦島さんは、一式しか部屋に布団が敷かれていない状態に、変な勘さぐりをいれないだろうか。部屋の襖のまえにたたずむ彼女を見る。

 顔を赤らめ、目が泳いでいた。


「あの」

「お楽しみいただいたようで……ありがとうございます。ぐふふ……」


 お礼を言われる筋合いはない。


 浦島さんに連れてこられた食堂には、大きな長方形の机が中央に置かれた、畳の部屋であった。机のうえには大皿が複数並び、巫女さんたちがひしめきあうように、黙々とはしを進めていた。


 見渡すが、伊豆さんはいない。もう食べ終わってどこかにいったのだろうか。その代わりに、昨夜、姫と呼ばれていた女の子を見つけた。ぼんやりと咀嚼を繰り返す姿は、昔写真でみたハムスターのようだ。


「獅子頭様のお席は、姫のお隣でよろしいでしょうか」

「ああ、はい。大丈夫です」

「ロリコンの方でしたら、ご遠慮願いたいのですが」

「大丈夫です!」


 浦島さんは一礼する。ほんとなんだ、このひと。


 姫の隣に空いていたスペースに、浦島さんが座布団を敷き、箸と皿を置いてくれる。姫はせわしなく動く浦島さんが起こした風に、何事かときょろきょろする。目もまだ空いていない状態で朝ご飯を食していたようだ。


 なにか話しかけたほうがいいのだろうか、と気を使いながら姫の隣に腰を下ろす。すると、案の定、姫は細い眼でじいっと俺の顔を見上げてきた。


「……お兄さん、誰ぇ?男のひとぉ?」


 お兄さんだから男の人である。ところで、どう接するのが正解なのだろうか。見た目は完全なる年下ではあるが、立場は姫と呼ばれているほど位の高い相手である。失礼は働けない。敬語が妥当だろうか。


「おはようございます、ええと、俺は獅子頭と言いまして……富士さんとかからお話聞いていませんか」


 姫はんんー、と首を傾げたあと、はっとして目を開ける。

「ああ、あのサンジェ」

「姫様」


 浦島さんが後ろからさえぎる。


「ここではその名前は慎みください。幹部以外もここにはいるので」


 ああ、そうなのか。この食堂は立場関係なく座っているのか。よく考えると、客人の俺が財閥の最高位のひとの隣に座れるあたり、この空間は分け隔てないらしい。そうなると、ここでは確かに重要な話はしないほうがいい。沈黙が金か。


 姫は、はーいと返事をすると、食事に戻る。素直な子だ。浦島さんは、では、と礼をすると、下がっていった。

 俺は箸をとり、いただきますとつぶやき、大皿から料理をよそい、口に運ぶ。


「あれ、これ、温かいんですね」


 久しぶりの温かい食事に、舌鼓をうつ。熱供給板を持っているのか。炎帝府は火の使用を禁じているが、熱の配給自体は行っている。ただし使用料は高価格なので、一般の飲食店には普及していない。牢獄から帰ってきた途端に武功会が壊滅していた俺にとっては、もう口に入ることはないかと思っていた。こんな機会があるとは、役得である。


「おいしい?」

「はい、とても」


 姫に聞かれ、頷く。箸が止まらないが、あまりがっつかないように気を付ける。周りの巫女さんたちの様子をみると、この贅沢には慣れたもののようで、浮きそうになる。俺も落ちたものだ。もとから大した奴ではなかったが。


「あのね、朝ご飯はジャンちゃんが作ったんだよ」

「ジャンちゃん?」

「うんっ。三人官女の雀鬼ちゃん」

「珍しい名前ですね……」


 三人官女ということは、昨日富士さんの両脇にいた巫女さんの、浦島さんではないほうか。残念ながら、どんな顔だったか、記憶に残っていない。


「あの子幹部なのにいっつも厨房入ってる変わり者なんだ。そのおかげであったかごはんが食べれるから、いいんだけどねっ」


 嬉しそうに身内を語る姫。寝起き状態からは覚醒したらしく、はきはきとしている。可愛い子だ。階級はともかく、年相応の少女らしい。


「姫はねー、舞っていうんだよー。お兄ちゃんは。ええと獅子唐辛子さんだっけ」

「いや獅子がしら……」


 言いかけて、自分の苗字の長さに、辟易する。なんだこの苗字。一発で聞き取れるものではないな。


「奈保です」

「なほ?女の子みたいだね」


 気にしていることを……立場上怒れないが。俺は箸を動かす。


「ねね、奈保お兄ちゃんって強いの?武術型の倒達者なんでしょ、確か」


 しっかりと調べられているらしい。

 ここで正確な戦力を明かすのはよくないだろう。子どもの外見に騙されてはいけない。サンジェルから学んだことのひとつである。


「あんまり強くないよ。武術型っていっても全員が武術家ってわけではないからね」


 謙遜のつもりだが、弱いといえなかったあたり、俺にもプライドがあったらしい。若干の自己嫌悪が起こる。

 すると、姫は、何気ない風に、頬に食物をためながら、こう言った。


「ふうーん。見た目どおりだね。簡単に殺せそうってさっきから思ってたんだ」


 言葉に詰まる。さっきから思っていた?あんなに無邪気な表情で?


 姫の姿が、突如として、大きく見えた。もしくは、俺が蟻のごとくに小さくなったかのように感じた。敵わぬものを目の前にしたときに訪れる錯覚。

 外見に騙されるな。わかっていたはずなのに。




 椿舞。事前に伊豆さんから聞いていた話によると、この子は、神仏連のトップであると同時に、稀代の神術型だということだった。


 彼女は、神仏連に保管された旧人類時代の名刀「次元超門三世」を起動させることに成功したのだ。神術型は、旧人類の技術を再生できる。しかし、次元超門三世は、起動に暗号が必要となっており、その解析にいままでだれひとりも成功しなかったのである。


 解析に成功した椿舞は、その刀を手にした。次元超門三世は、すべてを塵にするとまで言われた兵器である。彼女が本気を出せば、その武力で逆らうものすべての命を消すことが可能なのである。




「姫様、まだ食べてたんですか」


 俺が動揺していると、富士さんが、あきれ顔で現れた。俺は、心を落ち着けるため、昨日富士さんが言っていた言葉を思い出し、ふと視線を下げる。『パンツをはいていない』のは、本当だろうか。


「一時間ですよ、もう」


 富士さんはご立腹のようだ。と、気づけば、食卓を囲んでいた巫女さんはほとんどいなくなっていた。ああ、俺も切り上げるか。大皿形式だが、残してもいいのだろうか。


「大丈夫ですよ、全部食べなくて。余ったら私と浦島で片づけるので」

「ええっ?浦っちダイエット中じゃなかった」

「だったら姫様がたくさん食べます?」

「おなかいっぱーい」


 姫は立ちあがると、たーと食堂のそとへかけていった。腰に手を当ててコラーと富士さんが後ろ姿を叱る。家庭の日常を見せつけられたが、俺はまだ、姫の発言に心がざわついている。


 上に立つ人間っていうのは、みんなどこかいかれているのだろうか。サンジェルや、風犬を思い出し、冷たい汗を流す。俺が今来ている場所は、まだ味方になることが確定していない組織の屋敷なのだ。いうなれば、袋のネズミ。下手な動きはしないように気を張ろう。


 俺も腰を上げ、富士さんに伊豆の居場所を尋ねる。


「伊豆さまは、どなたかと会う用事があるといって、寺の外へ出ていきましたよ。午前のうちには帰ってくるそうです」


 会う用事……?聞いていないが……。ああ、いや、あれか、砂川さんか。そういえば合流すると言っていた。

 砂川徹。魔術型の医師。一応は命の恩人に当たる人ではある。

 でも、あの人苦手なんだよなあ……なんとなく。


 さて、そうなると俺は完全に暇になる。どうしようかと辺りを見渡すと、巫女たちは通常業務に向かい始めたので、寺のなかが少し居心地が悪くなりそうだと気が付く。


「じゃあ、俺は……ううん……散歩してきます」


 せっかく遠出してきたのだから見慣れぬ街並みを楽しむのも、粋ってものだろう。


「そうですか、では、お昼ごはんはどうしましょう。お時間いただければ、お弁当をご用意することもできるのですが」


 ふむ。伊豆さんは午前中に戻ると言われたが、どうするか……。でもまあ、どうせだしな。


「では、お願いできますか」

「はい、では厨房の雀鬼に伝えておきます」


 昨日会ったはずの、三人官女、雀鬼さんの顔は思い出せなかった。だが、あとで朝食とお弁当のお礼を言っておこう。




 数分後、背の小さな巫女が弁当箱を俺に渡してくれた。


「ありがとう」

「いえいえ。橋まで一緒に行きましょう」


 見送りをしてくれるのかと思ったが、よく見ると、彼女は昨日門番として橋の前に立っていた双子の片割れだった。仕事場に向かうついでだったらしい。


「姉妹で門番しているんだね」

「ええ、いまはお姉さまにひとりで任せているのではやく変わってあげなくては」


 どうやら、この子は妹のほうだったようだ。些細なことなのでどうでもよかったが。


 寺を出て、橋を渡ると、ひとりで薙刀を二本持った巫女少女が立っていた。俺の横の巫女とまるっきり同じ顔をしていて、やはり双子だとわかる。


「ごめんなさい、お姉さま。お待たせして」


 妹巫女の謝罪に対し、姉巫女はいいのよ、と一本薙刀を手渡した。

 すると、妹巫女は首を傾げながらそれを受け取った。


「……いつもは遅れた時怒るのに」


 姉巫女は、急に焦ったような表情を浮かべて弁解する。


「いや、ほらお客様のまえで怒れないわよ」

「姉さまがいいならそれでいいのですけど……」


 お客様のまえで普通に姉妹の会話を始めた。…………。俺は独り言のように行ってきます、とつぶやき、その場を去った。後ろから慌てたようないってらっしゃいませ!が返ってきた。





 京都の町は、ひとがほとんどいなかった。人口的には、東京以上のはずなのだが、なぜか人とすれ違わない。迷路のような道と聞いていたので、ひとに道を聞くこともあるだろうと考えていたのだが、どうやら迷ったら自力で帰るしかないらしい。

 

 曲がって、曲がって……まっすぐ歩いてみて。本当に目的がない散歩なので、周りに立つ木造の建物を愛でる以外にすることがなかった。ひび割れた石畳に足をとられながら、意味なくふらついている。なんだ、この時間は。暇つぶしが暇すぎる。


「……帰ろうかな」

 純金閣寺を出て三十分くらいだったが、道を覚えているうちに引き返すのも手だった。俺は踵を返し、もと来た道をたどろうとする。すると、突然背中に声がかかる。


「待て」

 

 振り向くと、そこには、ズタボロの服を来た男が、こちらに向かって手を伸ばしていた。


「聞きたいことがある」


 男の眼は死んでいた。口からはよだれが垂れており、足は震えている。……不審者である。あれほどまでに人に会いたがっていたのに、この場を離れたくなる。

 しかし、無視するのも気が引けるので、一応なんですか、と尋ねてみる。すると、男はぶるんっと首を振り、俺の眼に焦点を合わせた。

 ……変な人に絡まれちまった。そんなことを考えていたが、男の言葉に、俺の脳は活性する。

「ブレーメンを、知っているか?」

「…………!?」

 『ブレーメン』。サンジェルにより、壊滅を指示された、テロ組織である。そして、倒達者『那須花凛』を擁する組織……。この男、なにものだ……!?


「知ってるか?」

 男は繰り返す。まるで、繰り返しの行動しかできなくなったかのように、虚ろに反芻する。気味が悪い光景である。


 俺は息を吸う。


 ここは、逃げよう。足を突っ込まないほうがよさそうだ。


 幸い、この町には人がいない。俺は、人目を気にせずにすむことに感謝し、石畳に伏せる。そして、クラウチングスタートで、駈け出す。


 もし、男が常人であれば、質問をした相手が急にクラウチングスタートで走り出したら、驚くだろう。しかし、駈け出して少しして振り向くと、男は相変わらずよだれを垂らして、その場に立ちすくんでいた。


 角を曲がり、男を視界から消す。追われてはいなかったが、念のため、もう数本の道を右折、左折、直進する。じゅうぶん離れたところで、俺はあの不審な男に既視感があることに気が付く。


「千人隊……」


 奇術型倒達者、狩場瑠衣が作り出す操り人形『千人隊』。あの兵隊たちも、確か虚ろな目をしていた。

 しかし、サンジェルの従者、翼くんによると、狩場瑠衣は北海道にいるとのことだった。滋養風犬を相手にして、ウソをつくはずがないので、ここに狩場、もとい千人隊がいるはずがないのだが……。


「え、ってことは、いまのマジの変人か……?」


 ぴたりと足を止めて、まさかの結論にたどり着く。うわ、そっかあ。


「……帰ろう」


 変人が町中をうろついている京都の町に、おそれを抱く。かえって癒しの伊豆さんを待とう。

 そして、気が付く。あたりの木造の建築は、見た覚えがあるような、ないような、どっちにつかない景観だった。


「あー……」


 これはあれか。迷子だな。

 なんというか、今日は散々な日だ。



 数時間後、この愚痴は的を得ていたことを知るが、このときの俺はのんきに人工太陽の方角からなんとか帰れないかと呑気に模索していた。

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