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Step.3 型に入れたらオーブンへ 獅子頭奈保

Step.3は全3部分です。物語が動き出します。

「お待ちしておりました。獅子頭さま、伊豆さま」


 ドーム都市、京都についた俺たちは、魔導車専用出入り口に待ち構えていた巫女姿の女性に声をかけられた。彼女は、名を「富士月見」と名乗った。神仏連の長に使える三人の幹部『三人官女』のひとりであるという。出迎えなどという本来は組織の末端にさせるような仕事を彼女が担当しているのは、サンジェルとの取引が神仏連でもトップのものしか知らない、極秘事項であるかららしい。


 富士さんは、袴をものとせず、バイクで来ていた。俺たちは富士さんのバイクの誘導に従い、引き続き魔導車で神仏連本部に向かうこととなった。


 世間体を気にした雑談を済ませて、いざ出発となったところで、バイクにまたがり、エンジンをかけた富士さんが、ふとと思い出したようにこちらを振り向き、口をパクパクさせた。聞こえないので、魔導車の窓を開け、耳を傾ける。


「下着を着用しておりませんので、運転中見えていしまった場合は、申し訳ございません」

「えっ……?あっはい」


 そして、発進する。魔導車内は無言になる。運転席の伊豆さんが、ちらりとこちらを見る。俺は、固く目を閉じた。


 結果を言えば、袴の防御力の高さが証明される形となり、心配は杞憂となった。そして着いた場所は『純金閣寺』である。

 神仏連の本部にして、京都の人気観光スポット。湖の中央に浮かぶ純金製の寺院。新人類の手からは失われた技術によって作り出された遺産である。再現不能のロストテクノロジーで生み出されたその寺は、金ぴかの外観も合わさって、ロマンがあふれていた。


 湖のほとりに設置された駐車場に、それぞれの乗り物を停車する。富士さんは、こちらです、と俺たちを、純金閣寺へと続く橋へと案内した。湖を渡ることのできる橋はこのひとつしかないと聞き、俺は不安を抱く。それはつまり、これから寺のなかでの交渉が決裂などして、最悪戦闘に発展した場合、逃げられないということである。水の中に飛び込めば何とかなるかもしれないが、あいにく俺は泳げなかった。


 橋には、双子の巫女が両端で薙刀をもって立っていた。頭を下げると、会釈を返してくれる。


「富士さん。おかえりなさいませ」

「いらっしゃいませ、お客さま」


 交互に身内と客に挨拶をする巫女たち。俺たちは双子と別れて、橋を渡った。


 純金閣寺の内部は目がちかちかするほどにすべてが金、というわけではなかった。以前は純金製の寺なので、内装も金一色だったそうだが、神仏連の本部として普段使いする用としては不適切だったそうだ。当たり前である。廊下の壁は、幻術型の塗職人によってベージュに染められており、床は板張りになっていた。生活のことを考えるなら、合理的なリフォームである。


 富士さんは、俺たちを座敷の部屋に通した。しばらくお待ちください、と残し、富士さんは幹部を呼びに部屋をあとにした。監視の目がないことを確認し,伊豆さんに耳打ちする。


「盗み聞きは心配しなくてよさそうですね」

 耳元に吐息が当たった伊豆さんは、からだを震わせた。そして、顔を朱色に染めながら、俺を非難した。

「こ、こんなところで、ナニをしようというのですか!夜まで待ってください!」

「いや、なにを想像しているんですか。」

 人の目を気にするようなことを、こんな昼間から人さまの屋敷でするわけがない。


 問答をしていると、富士さんが戻ってきた。後ろには、二人の巫女服の女性を連れている。そして、腕にはなぜか、スヤスヤと眠る少女を抱えていた。


 少女を膝に寝かせた富士さんを真ん中にし、二人の女性は横に控えて、俺たちは対面する。少女の外見は、そんなに幼くはないが、十二歳以上とも思えない。Tシャツに短パンのラフな格好で寝息を立てている。場に似つかわしくわない、その安らかな寝顔に気を使い、伊豆さんは小声で話を切り出す。


「この度は、お招きいただきありがとうございます。サンジェル様より召し使われました、伊豆と申します」


「これは丁寧にありがとうございます。先ほどはお客様をお待たせするようなことをしてしまい、申し訳ございません。姫様のご準備が間に合わなく、このような格好で迎えることとなってしまい、度重なるご無礼をお許しください」


「……失礼ですが、姫様、というのは、おひざ元の女の子のことでしょうか」


「そうでございます。この方こそが、わが主、椿舞様でございます」


 富士さんが少女の頭を優しく撫でる。言われてみればその寝顔には高貴さが宿っているような気がしてくる。下々のものに謁見させるならば、自分は寝ていても構わないという気高さから熟睡しているのだろうか。


「お眠りになられているのは、ご体調がすぐれていないのでしょうか」

 伊豆さんは、俺とは別方向の感性で、質問する。富士さんは、首を振って、それを否定した。


「いいえ。これはまた、お客様に明かすべきことではないのですが、昨夜姫さまは夜更かしをなされまして……。恥ずかしながら、私どものしつけ不足でございます」


 なるほど、どうやら特別な理由があったわけではないらしい。富士さんは、椿……姫を起こすことなく、話を進める。


「それでは、改めて、取引内容の確認をさせていただきます。われわれ、神社仏閣保護連盟は、サンジェル様およびその教団の活動に対し、今後一切の妨害行為を加えない。同様に、サンジェル様の陣営もこちらに危害を加えないこととする」


「はい。その友好的な関係を築くため、提案者であるわれわれは、こちらの最終兵器、倒達チップをあなたがたに譲渡する、ということでよろしいでしょうか」


「……はい。問題ないです」


 富士さんはゆっくりと頷く。


「では、早速ですが、チップをお渡ししましょうか」


「……それは、少しお待ちいただけないでしょうか」


 滞りのない交渉に、わずかな雲がかかった。緊迫した面持ちで、俺たちは富士さんの次の言葉をまつ。


「実は、まだ我々のなかで意見が割れているのです」


 嫌な出だしだ。俺は息をのむ。


「サンジェル様と停戦の条約が結べるというのは、またとない好機なのですが……果たして、この時勢で結ぶのは適当なのかと、目下議論中なのです」


 

「……それでしたら、次の機会に、ということにして、日を改めましょうか?」


「いえ。遠路はるばる京都へお越しいただいたというのに、引き返させることなどできません。本日中に最終決定を出しますので、それまでお待ちいただけないでしょうか」


「……はい」


 伊豆さんはしばらく考えたが、了承した。


「ありがとうございます。それでは、浦島、お客様がたをご案内して」


 富士さんの右横に座っていた女性が立ち上がる。浦島、と呼ばれたその女性は、富士さんと同じ巫女装束を纏い、黒縁の丸い眼鏡をかけていた。浦島さんは、ご案内します、と俺たちを引き連れ、廊下に出た。



「私は、三人官女のひとりで、浦島桃花と申します。今回は、こちらの都合でお話を進めてしまい、申し訳ございません」


 浦島さんは頭を下げる。


「いえいえ、お気遣いなく」


 伊豆さんは社交辞令でそう答えるが、本心は真逆だろう。俺は伊豆さんにこれ以上の心労をかけないため、引き続き無言を貫く。浦島さんを先頭に、静かな一行は歩く。まっすぐ進み、突き当りを左に曲がり、それからいくつかの襖を通り過ぎたところで、浦島さんが足を止める。


「あらやだ……職人さんはまだ来ていないのかしら」


 浦島さんの視線の先にあったのは、破れて、穴のようになった壁紙だった。真っ白な廊下の壁に、ポツンと金色のシミが付いている風にも見える。なんと豪勢な汚れ、もとい破損だろう。浦島さんは、お見苦しくてすみません、と謝り、その壁のすぐ隣にある襖を開ける。


「それでは、今夜はこちらでお寛ぎください。足りないものがありましたら、巡回する女中にお申し付けてくだされば、ご用意しますので」


「ああ、はい」


「お布団を汚されても大丈夫ですので、快適な一夜をお過ごしください」


「ええ、はい。……ええ?」


 浦島さんは、下品な笑みを浮かべながら、去っていった。……なんだ、あのひと。気持ち悪い。


 部屋の中は旅館のような和室だった。畳が張られ、中央に置かれた卓のうえにはお茶が置いてある。以前、伊豆さんの所属する、忍者省の経営する温泉旅館を訪れたことがあったが、その本職とも引けをとらないほどにきれいな部屋であった。書院造というのだろうか。いや、あれは銀閣寺だったか……?半端な教養がしゃしゃり出てきたので、ひっこませる。


 浦島さんがいなくなり、俺は一息ついて、卓のほうにいって腰を下ろす。しかし伊豆さんは、どうしたのか、部屋の入口で棒立ちしている。


「伊豆さん?座ったらどうです?」

「……そうですね」


 すんなりと座る伊豆さん。なにか理由があって立っていたわけではないのか。しかし座ってもなお、伊豆さんはそわそわしていた。やがて、はっとなにやら思いついたような顔をすると、懐からきんちゃく袋を取り出し、中に入っていた、色のついた米粒をばらまく。カラフルな米粒だ。いきなり何をしているのだろう、と見ていたら、伊豆さんは米粒を並べ、文字を作り始めた。


『ここでの会話は聞かれているかもしれません』


 思わず伊豆さんの顔を見る。聞かれている……?気配でもあるのか?続いて伊豆さんが米粒を並び替える。


『さっき女中が見回っていると』


 ああ、なるほど。廊下を歩いているということは、この部屋の会話を聞こうと思えば聞けるということか。伊豆さんの意図を理解すると、深読みが進む。まさか、俺たちを待機させたのは、見極めるため?神仏連は、俺たちを監視することによって、取引に値する使者であるかの確信を得ようとしているのではないだろうか。


 伊豆さんが立ち上がり、俺の後ろに回り込んだ。振り返ると、押し入れを開けていた。なかにしまわれていたのは、一組の布団。……一組?伊豆さんは真顔で、ただ一つのその布団を引っ張り出す。そして、床に敷く。


「…………」

「…………」


 伊豆さんは布団のうえに座ると、ぽんぽん、と布団を叩く。真顔だ。


 俺は、伊豆さんのジェスチャーが、布団に入れ、ということを表しているのはわかった。しかし、なぜ、いま?なにか、俺では読み取れないほどの深い意図があるのか……?考えられるのは、口での会話は危険だから、布団のなかで、小声でコミュニケーションを取ろうということだ。確かに、この米粒文字でのやり取りよりは、正確で、効率的だ。


 俺は自分を納得させ……まあ、はい。自分をだまして、布団のなかに進められるがまま入った。伊豆さんはうんうんと頷き、続いて布団に潜り込んできた。


 布団の中が、暑い。二人分の体温が、蒸し焼きを加速させる。『お布団を汚しましたら……』浦島さんの気遣いを反芻していると、胸の鼓動が高まる。平静を装い、俺は小声で伊豆さんに語り掛けた。


「伊豆さん……それで、今後のことなんですけど」

「…………」


 反応がない。不自然に思い、彼女の横顔を確認する。


「伊豆さん?嘘だろ、おい」


 伊豆さんは寝ていた。それはもう、ぐっすりと。今日は伊豆さんは運転してから、休んでいない。疲れがたまっている状態で、寝心地の良い布団に潜れば、意識を失うのは必然である。労わりを念頭に置けば、休ませるべきだ。……でも、さあ。


「……ドギマギが足りねえ」


 あの、姫に負けず劣らずな、気持ちよさそうな寝顔だった。……俺も、寝るか。


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