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Step.2 粉も混ぜましょう 狼尾未来①

 少年は名を狼尾未来と名乗っている。狼尾は母方の苗字ではあるが、未来は本来の名ではない。元の名が、彼は嫌いであったため、孤児院に預けられたのを機に、名を捨てたのだ。自分を捨てた親が名付け親であることが気に食わなかったのである。


 未来少年は三年前から、ある仕事に就き、収入を得ていた。つい最近まではその稼ぎを貯蓄して将来独立する際に使おうと考えていたのだが、孤児院の経営が悪化してからは、院への寄付金に当て始めた。正体を隠しての寄付であり、感謝はされないが、少年は満足であった。自分が、孤児院の役に立っている。それが感じられるだけで、十分だったのだ。


 その仕事は、だいたい月に一度のペースで与えられる。しかし、月のどの日になるかは決まってはいない。孤児院から数キロ離れた廃墟にあるポストのなかに、不定期に、指令が書かれた紙が投函されるのだ。そのため少年は毎日のようにそこに通いつめ、ポストの中を確認している。入っていれば、紙に書かれた指令をこなし、のちにポストに現金が放り込まれるので、それを回収する。


 今回、少年が与えられた指令は、二か月ぶりの仕事であった。紙の内容を確認すると、それを頭に入れて、紙を細かくちぎる。暗号で書かれているうえに、特殊な方法でしか読めない加工がされてはいるのだが、念のための証拠隠滅である。用心に越したことはない。


 少年は、紙を受けとった次の夜、しばらく出かけます、と書置きを残し、孤児院をでた。時間のかかる仕事になりそうだったのだ。院を仕切る人間が、美影のみになってしまうことは心苦しかったが、自分のやっていることも院のためだ、と正当化し、自分を納得させる。


 指令された場所へ向かいながら、少年は考える。千堂という男のことである。彼は霧島孤児院にある日突然やってきて、いつのまにか馴染んでいる。しかし、彼の素性ははっきりしていない。噂により、彼がテロ組織に出入りしているという情報を得た少年は、本人を問いつめたり、後をつけたりしてその真偽を確かめようとしたのだが、徒労に終わった。千堂は少年の追及を煙に巻き、尾行をしても煙のように姿を消すのだった。


 少年は千堂を危険視している。もし、テロリストの仲間だというならば、孤児院を守るため、彼を排除する心づもりで、少年は接している。千堂の前では常に気を張るのだ。


 懸念事項に思考を巡らしていると、いつの間にか目的地についていた。そこは、何の変哲もない、一軒家であった。彼は、フードを被り、手袋を装着する。そして、針を取り出すと、正面玄関の扉の鍵穴に差し込み、ピッキング作業を始める。あまり時間はかからずに、密室は崩壊する。少年は大きく息を吸い込むと、音を立てずに家の中に侵入した。


 家のなかは、なにも見えなかった。時間は夜。照明はない。当然の暗さである。少年は罠が仕掛けられている可能性を考慮し、慎重に歩を進める。鼓動の音のみが聞こえる。物音はひとつもない。しかし、指令によると、この住居には、人がいるはずである。必ず、どこかに、どこかの部屋に潜んでいる。油断はできない。


 一本道の廊下のさきには、扉があった。途中には、風呂場や階段もあったが、二階は後回しである。扉に側頭をつけ、聞き耳を立てるが、なにも聞こえない。少年はゆっくりと中に入った。


 扉を隔てた先も相変わらずの暗闇であったが、わずかに見える家具の配置から、ここは食堂兼台所だとわかる。食器棚と、テーブルに、五つの椅子。そして、その奥にみえる流し台。時間帯を考えると、ここに人がいる可能性は低い。しかし、それでも慎重に、室内を練り歩く。


 やがて、この部屋には誰もいないことがわかると、次の行動を考える。食堂の隣の部屋に続く扉を見つけたのだ。間取り的には,居間か、寝室が妥当だろう。ここに入るか、それとも引き返し、階段のほうへ行くか。奥の部屋に入った場合、もし住居者が上の階にいて、自分の侵入に気づいていたら、逃げられてしまうかもしれない。しかし、逆にこの奥の部屋に住居者がいた場合は、それもまた逃がす隙を与えてしまう。


少年は台所から、いつのものかわからない、小麦粉を見つける。それを階段の一番下の段に巻いてきて、食堂に戻る。運よくいいものが見つかった。これで、階段を下りてきたものがいたら、足跡を残すだろう。安心して、少年は奥の部屋に進む。


 そこは、予想通り、居間のようだった。真ん中にちゃぶ台があり、下には座布団が敷かれている。しかし、座布団には埃がかぶっており、長らく誰かが使用した形跡はない。こっちははずれか、と少年は落胆する。しかし一応隠れられそうなところは捜索してから、踵を返す。


 すると、階段の下に足跡が残っていた。そして、廊下の先にはわずかに開いた玄関扉。まずい、逃げられた。少年は、外へ向かって走る。


 少年が、ドアノブに手をかける。まだ遠くには行っていないはず。もはや、音は気にしない。とにかく、急ぐ。


 そして、外界に、からだを投げ出したとき。


 少年の横腹に、ナイフが突き刺さる。


「うぐうっ!?」


 少年は、その衝撃に、思わずしゃがみ込む。少年は、服の下に、さらしを何重にも巻いていた。そのため、傷は浅く済み、臓器の損傷はなかった。しかし、完全なる不意打ちに、少年の戦意はそがれる。弱きをさらしたところを、足蹴りが襲う。ナイフで狙った場所を目がけたつま先は見事に少年の筋肉をえぐる。襲い来る痛みに、少年は悲鳴を上げる。


 苦痛に顔をゆがめながら、少年は犯人を確認する。最初に目に入ったのは足先。厚底のブーツ。さらに上に視線を移すと、レースのついたスカート、脱なもとにリボンのついた黒い洋服。ゴスロリだ。顔は暗さでよくわからないが、頭の上には蝙蝠の羽のカチューシャが乗っている。紙に書いていた人物の特徴と一致する。間違いない。少年は確信する。こいつが、ターゲットだ。少年は根性で立ち上がると、すばやく距離を取った。


 ゴスロリは、スカートの端を持つと、少年に背を向け、走り出した。当然、少年は後を追う。ターゲットも走りやすい恰好ではない。負傷した少年でもあまり距離は広がらずについてくことができた。


 ゴスロリが逃げ込んだのは、公園であった。誰も使わなくなったさびた遊具の並ぶ公園。ゴスロリは、園内の中央で立ちどまると、少年を迎えた。


「……だれよ、あんた」


 声は低く響いた。少年はそれよりも高い声で答えた。



「暗殺者」


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