Step.2 粉も混ぜましょう 獅子頭奈保①
Step.2は全6部分です。よろしくお願いします。
寝返りを打つと柔らかいなにかが額に触れた。伝わってくるぬくもりに、快感を覚える。
「お目覚めですか、奈保さん」
優しい声に、覚醒が遅れる。風犬にはここまで大切にされない。……では、これは誰の声だ?
まどろみを阻害する疑問に気付き、ゆっくりと瞼を開くと、そこにはおなかがあった。視線を上に向ける。すると、そこには母性に溢れた天使がいた。
「……おはようございます、伊豆さん」
久しぶりの再会がこのような形とは、俺らしくて、情けない。俺は上体を起こし、少女と向きあう。少女はセーラー服を着ていた。幼さが残る顔に、発達途中の体躯。そういえば、この人はまだ学生相当の年齢なのだった。母性を感じてしまうとは、罪深い。俺は反省するふりをする。
「この人たち死んでいるのですか」
「どうなんでしょう……」
少女、伊豆さんが指を指した方向には、平尾と、名もなき武芸者が地に伏していた。そうか、俺は襲撃者たちと同じ空間で爆睡していたのか。いまだ気絶しているのが幸いだが、もし俺が眠っているあいだに彼らの目が覚めていたらと思うと、ぞっとする。俺の危険意識のなさはここまで酷かったのか。天然も行きすぎると有害でしかないな。
一体何時間眠っていたのかは定かではないが、窓のほうを見ると、光が差し込んでいた。日照が届いているということは、朝が来ている。随分長い時間危ない環境でいびきをかいたものだ。
伊豆さんは、はあ、とため息をついて、しっかりしてくださいと俺を叱った。言い返せる論理などどこにも存在しないため、俺は素直に謝る。伊豆さんは懐からナイフを取り出すと、慎重に客人二人に近づき、生死を確認する。
「どうですか」
「……まあ気絶しているだけだと思います」
「それは……よかったです」
正直、この二人の安否はどうでもいいのだが、久方ぶりの会話の糸口となってくれる点でいえば、感謝すべきだろう。彼らの犠牲は俺のためになったのだ。
伊豆麻里。彼女の職業は、忍者である。忍者とは、炎帝府忍者省に所属する公務員だ。彼女はいわゆる神童であり、齢十六にして、この公務に携わっている。先の武功会壊滅の際には事務処理に奔走してくれ、俺にとっては感謝の念を抱かずにはいられない人物である。
「退院後はあまり会えずにすいませんでした。奥羽山脈の件で、忍者省に取り調べられまして……ああ、安心してくださいぼろは出しませんでしたよ。サンジェル様とかかわりがあると知れたら、さすがにタダではすみませんからね」
「大変だったんですね。そちらも……」
伊豆は、炎帝府側の人間でありながら、サンジェルに入信しているのだ。彼女の家、伊豆家は代々忍者省の役人を世襲制で受け継いでいる。そのため、そのしがらみから逃れたかった彼女は、サンジェルに救いを求めたのであった。いわゆる、彼女の立場はスパイ。忍者らしいといえば忍者らしいが、もしばれたならば、炎帝による極刑は免れないだろう。考えてみれば、俺の知り合いのなかで、もっとも綱渡りな道を歩いているのは彼女かもしれない。
「すでにお聞きかもしれませんが、今回の任務、不肖ながらわたくしが奈保さんのサポート役を担わせてもらいます。……そういえば、風犬さんは、もう出払われたのですか?」
「え、ああはい。あいつはもう夕張に行きましたよ」
翼くんは、これから来る人間は風犬を嫌っていると言っていたが、それが伊豆ならば得心がいく。うすうす気づいていたが、やはり彼女は風犬のことを嫌っているようだ。理由は、……俺だろうか。あまり考えないようにしたい。
「そうですかあー。そうですかあ。ふふふ。ということは、二人きり、ですね。嬉しいです」
伊豆はほおを赤らめる。俺は、心が引きつる。どうしたものか。とりあえず話を戻す。
「ああ、ありがとうございます。とっ、ところで、俺たちの出発日はいつなのですか。というか、そもそもどこに行くのかも、聞いていないのですが」
伊豆さんは、仕事の話になると、はっと我に返る。ちょいちょい、と前髪を整え、こほんと咳をひとつすると、まじめな顔になる。
「はい、今後の日程ですが、少々長丁場となります。まずは今日の昼頃から移動を開始し、京都に向かいます」
「はあ、そこに那須花凜がいるのですか」
「いえ、いや、はい。確かにブレーメンの所在地は京都にあるのですが。最初に済ませる案件は直接彼らにかかわるものではありません。六大企業がひとつ、神社仏閣保護連盟の幹部にあるものを届けに行く約束があるのですよ」
神社仏閣保護連盟は、もともと、炎帝によりドーム都市の景観保護を委託された団体である。しかし、ルネサンスという企業を設立し、経済活動を行うようになったという経緯がある。
所属する連盟員の七十パーセントが神術型で構成されている、神術型団体であり、六大企業同様に、高い格式を保っている。
「神仏連……?えっと、サンジェルの使いとして行くのですか?あそこは炎帝府とのかかわりが特に深いとこでしょう」
テロリストであるサンジェルの信者が、炎帝府よりの団体の幹部に会うとは、不自然なである。いったいどういった用事があるのだろうか。
「はい、実は、あまり大きな声では言えないのですが……、神仏連、すでにサンジェル様側に寝返っています。結構長い間協力関係にあるのですよ」
俺は目を丸くする。神仏連が?あの巨大な組織が、まるごとサンジェルの陣営だというのか。相変わらず、あの悪魔の手腕には驚かされる。
「彼らがサンジェル様に協力する条件として提示したのは、神術型のチップの譲渡です。私たちは、それを手渡しに行くのです」
「チップって、また」
新人類を倒達者へと導く、チップ。重要な任務を託されたものだ。何なのだろう、サンジェルの俺への信用は。あまり期待を寄せないでほしい。俺は奴を憎んでいるというのに、つり合いが取れないではないか。
「そして、幹部の誰かを倒達者として覚醒させたのち、その方をブレーメンせん滅の戦力として、私たちの陣営に加わってもらうのです」
なるほど……。確かに、いかに相手が強かろうが、倒達者二人がかりならば、こちらが優勢になるだろう。……俺を戦力として数えないでほしいのが本当なのだが。
「でも、随分慎重なのですね。確か、砂川さんも合流する予定なのですよね。あの人も加えると、十分すぎる布陣ではないですか」
すると、伊豆さんは神妙な表情となる。
「はい……砂川さんとは、作戦決行日に落ち合う予定なのですが、彼がいても、勝機があるかは怪しいのですよ。……実は、那須花凜が倒達者となった経緯ですが、直接サンジェル様がかかわったわけではなく、彼女の倒達者としての能力については把握できていないのです」
「未知数、ということですか」
ええ、と伊豆さんは頷く。彼女曰く、サンジェルは那須花凜を倒達者の候補として目をつけていたのだが、あるとき、そのために必要な呪術型のチップが何者かによって盗まれたそうだ。そして、最近になって、どのような経路で渡ったのかは定かではないが、那須花凜がサンジェルの知らぬところで倒達者に成っていたことが判明したのだという。
「那須の力の詳細はわかりませんが、先日、教団の武闘派が彼女と戦闘になり、その力の一端に触れました。……その人は、那須に傷ひとつつけられず、命を落としました」
「…………」
「目撃した非戦闘員の証言では、その方は彼女に向かって突進した瞬間、全身が発火したというのです。一切、触れずに、相手を焼けこがすことができる……機序はわかりませんが、那須はそのような芸当ができるらしいのです」
話を聞いているだけで、俺の手汗は手のひらからあふれていた。そんな得体のしれない相手と戦わなければいけないのか……。人体を自然発火させることのできる倒達者……。対人戦において無敵なのではないか、それは。
俺の不安そうな表情を読みとったのか、伊豆さんがフォローする。
「大丈夫ですよ、奈保さんは今回後方支援の役回りとする予定です。基本は砂川さんと、神術型の倒達者が攻撃のかなめとなります。前線に立って戦わせる予定はありません」
「そうですか……それはよかった」
俺は胸をなでおろす。よかった。よかった。俺は、まだ死にたくないし、大けがもしたくない。ノーリスク、ハイリターンを望む男だ。
……伊豆さんは、そんな俺のどこが気に入っているのだろう。かといってこの人に見捨てられるのは嫌ではある。
「では、早速で悪いのですが、奈保さんの準備ができましたら、出発しましょうか」
「え、もうですか」
ええ、と照れ顔になる伊豆さん。
「チップなんて大切なもの、持ち続けるのは気が滅入りますし……。はやく、奈保さんと一緒にお出かけしたいのです」
俺は口をへの字に曲げて、顔がにやけるのを防いだ。




