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Step.1 卵をかき混ぜて 獅子頭奈保②

 自動運転のバイクにまたがり、俺は無心で公道を走る。周りの光景は、見渡す限り、廃墟。生まれたころからこれなので、味気のなさは慣れている。

 

 ドーム都市は、もともと旧人類が設計した街であるため、彼らの持っていた建築技術を引き継がなかった新人類は、修繕や解体などができず、古びた建物もそのまま放置している。アパートには浮浪者が住み着き、ビルには会社員が居つく。みな、旧人類のまねごとを、不完全ながらしているのである。滑稽な寄生虫。これでも現地球の最多生命体である。


 道を走っていても、なかなか人とはすれ違わない。このドーム都市「東京」は現在もっとも人口が少ない都市なのだ。つい数年前、街をきれいにするとうそぶく狂人による浮浪者狩りが行われたことが原因のひとつである。それにより、多くの市民は安全を求め、ほかの都市に移住したのだった。犯人の正体は、公式には明らかになっていない。


 当時、炎帝府警察省は捜査に乗り出したが、闇夜に紛れる怪人の緒を掴むことはついにできなかった。


 機能していない信号機の曲がり角を大きくカーブして曲がる。通行者が少ないので、たまに自動運転を解除して、無茶な走行をしても誰にも迷惑が掛からない。人嫌いの俺にとっては結構この環境は心地がいい。


 喫茶ねこかだらけからバイクで十五分。俺はある一軒の雑居ビルのまえにバイクを止めた。外においても盗難の心配はない。動かすにはパスワードの入力が必要だからだ。動かないバイクを担いで持っていく馬鹿力がいるはずもない。……滅多に。


 俺はヘルメットを小脇に抱え、ビルの中に入る。電気の通っていない、薄暗い室内。一階はゲームセンターだった。動かない筐体が場所を取り、ただただ部屋を狭くしている。筐体のつくる隙間をかいくぐり前進すると、上へと続く階段が現れる。俺はふう、と一呼吸ついてから段に足をかける。


 二階に到達すると、そこには四人の人間が座っていた。部屋の内装は一面コンクリート。ところどころ黒ずんだシミで汚れている。そんなところに四人が地べたに正座している。なかなか見られない光景である。


「あ、奈保ちゃんおかえり」


 四人のうちの一人、この中では唯一の顔見知りが俺に気づいて声をかけてきた。半袖の道着を来た小柄な少女。床まで垂れ下がったポニーテールが、俺のほうを向いたときに揺れ、目で追ってしまう。


「ただいま。来客……ですか?」


 座っている陣形は一人に対して三人が向かい合っている形であった。少数派の少女のほうが、俺の知り合いである。彼女の名は風犬。滋養風犬である。


「うん、そうだよー。みんな私にご用事みたい。奈保ちゃんが出てった後に続々現れたの」


「ふうん」


 続々ということは、この三人は別々に来たのか。確かにみると、その恰好、年齢は三者三葉で、同じグループのメンバーには見えない。全員が別件となると一人ひとり話をきかなければならないのか。これは少々めんどうくさい。帰ったら、寝るつもりだったのに。


 風犬は、疲れた俺の表情を察したたようで、横になっていていいよ、と言ってくれた。ありがとうと言いつつその提案はのまない。三人もの来客の前で爆睡など、俺のか細い神経ではできない。とりあえず、風犬が背を向けている方向の壁にもたれかかり、状況を見守る。風犬はひとりでお客さんの相手をできるのだろうか。親心のようなものが芽生える。


 しかし風犬は一向に来客たちへ話しかけない。何を考えているのか、空を見つめ、沈黙している。何時からいたのか定かではないが、いい加減しびれを切らしたのか右端に座る、若い男が切り出す。


「いつまで待たせる気だ?おい。もう勝手に進めんぞ。最初に来たのは俺だ。だから優先順位は俺が一番だ。そうだろう?あーそうだ。俺の用が済めば後続は手ぶらで帰る羽目になるぞ。なぜなら俺の目的は滋養風犬へのお礼参りだからだ。おーと、俺のせいでこいつの口がひらかなくなっても、俺を恨むんじゃめえぞ。遅れてきたてめえらが悪いんだ」


 男は、素肌に真っ黒なスーツを羽織っていた。垣間見える胸部や腹部には無数の傷跡が残っている。普通の生活をしていてはそのようなからだにはならないだろう。話し口調からも判断できるが、カタギでないことは間違いではない。


「御託はいいですぞ。さっさと要件を澄まされたらどうか」


 威勢のいいその男とは対照に、真ん中に座るその男は落ち着きのある雰囲気を纏っていた。年齢は五十か、六十か。無精ひげに、藍色の着物。そして太い腕。この人は一目でわかる。武芸者だ。身にまとう雰囲気が素人のそれではない。常在戦場を体現している。


 若い男はちっと舌打ちをして武芸者風の男を人にらみし、風犬に向きなおす。


「俺は平塚っつーもんだ。最近ここいらを縄張りにしている盗賊団『グレン牙』の特攻隊長を任されている。風犬、おめえ先日、うちの下っ端をこっぴどくやってくれたそうじゃねえか。グレン牙は仲間を大切にする。きっちり落とし前をつけさしてもらいにきたぜ」


 啖呵を切る平塚なる男に対し、風犬はどこ吹く風だ。興味のなさそうに前髪をいじっている。その様子にいら立ちを感じたのか、平塚はぎゅっと拳を握りしめる。


「かといって、俺らは盗賊だ。こちらに非がないとは決して言えねえ。だから、正々堂々だ、俺とタイマン勝負しろ。それでけじめをつけさせてもらう」


 風犬はここでようやく平塚を目視した。


「ん、戦うの?いいよ。かかってきな。座ったまま相手してやる」


 風犬は座り方をあぐらに変えた。くつろいだ姿勢。なめている。これ以上ないほどになめている。平塚は眉を跳ねあがらせる。が、直後、ふうーと息を吐きだし、冷たい眼になる。本気で怒った人の顔貌である。


「だったらそのまま地面に這いつくばりな!!」


 上から下へ殴り掛かる平塚。切れのある打ち下ろし。特攻隊長の肩書は伊達ではなかったか。


 しかし、風犬は動かなかった。迫りくる拳を、顔面で受け止めた。


 平塚は困惑する。まさか馬鹿正直に受けられるとは思わなかったのだろう。


「……なんだ?これは。動かねえ」


 平塚がつぶやく。動かない?見ると、平塚は苦悶の表情を浮かべながら、腕を後ろへ引こうと力を込めている。どうやら、彼の拳は風犬の顔の前で、停止しているようだ。……なにが起こっているのか、俺にはわからない。


「滋養風犬は武術型。それも知らずに挑んだのですかな?お若いかた」


 平塚の後ろから、武芸者が話しかける。


「お見受けするに……風犬どのは、舌の摩擦を高めることで、貴殿のその拳を止めた、のではないでしょうか」


「舌ぁ?」


 信じられないといった様子の平塚。しかし、確かに目を凝らすと見える。風犬の顔面で静止する、平塚の拳の下には、なにか赤いシートが敷かれている。あれが、舌、か?あんな小さな部位で、大のおとなのパンチを止めたっていうのか?


「武術型の固有器官、『摩皮』。舌でも使えるというのは、聞いたことがありませんでしたが」


 感心した様子の武芸者。いや、普通使えないんすけどね、と俺は心の中で囁く。俺も武術型ではあるが、摩皮を発現できるのは四肢や、胴の一部だけだ。舌でできるなんて聞いたこともない。相変わらず、風犬は常人離れした芸当をやってのける。


 炎帝がデザインした新人類は六種類おり、それぞれが特有の技術器官という固有の器官をもつ。新人類はこれを用いて、旧人類にはなかった機能を発揮することができるのである。


 例えば、武術型でいえば、先述した『摩皮』。武術型は意識的に肌質を変化することで、肌の摩擦係数を操作することができる。戦闘に用いれば、手刀はのこぎりに、足刀は斧になる。白兵戦であれば、全身凶器として、有利に立ち回ることができるのである。


「……ふんっ!どうでもいい。あいにくだが、腕は二本ある。至近距離だが遠慮なく殴らせてもらうぜ!」


 フリーの左腕を振りかぶる平塚。今度こそ、当たる。そう思った矢先、平塚が悲鳴を上げて、ひざから崩れ落ちる。


「……まずい」

 ぷっと風犬がなにかを吐き出す。それは、赤く濁った塊だった。


 平塚は右手を抑えてうずくまっている。ああ、そうか。そこの部位を、噛みちぎったの、ね。実におぞましい。俺は身の毛がよだった。向かってくる敵に、情けはかけない。それが滋養風犬である。


 風犬はここで立ち上がると平塚に近づいた。顔に汗を浮かべる平塚が風犬を見上げる。そして。


 放たれる、回し蹴り。


 沈む平塚のからだ。飛ぶ血しぶき。


 平塚はもう立ち上がらない。勝負ありだ。昏倒しているが、気絶であると信じたい。目の前で死なれるのは、目覚めが悪い。


 風犬は倒れた彼を部屋の隅に寄せると、次の客人に視線を移す。


「立ったついでだよ。そこのおじさん。どうせ武者修行のひとでしょ。最近声かけられるんだよね、よく。試合が臨みなら、受けて立つよ」


 武芸者は名指しされ、ふふっと笑う。


「ええ、その通りです。連戦で申し訳ないですが、お相手してくれたら幸いです」


 武芸者が立つ。風犬と並び立つと、その身長差は1.5倍はある。性差も考えると、普通は武芸者の男が有利だ。武芸者には平塚とは異なり、傷跡が見受けられない。風格から猛者であることは明白であるが、まさかあの年まで、傷を一切付けられずに生き抜いたとでもいうのだろうか。


「名乗らさせていただく。拙者、名を……」


 どごん、と爆発したかのような音が部屋中に鳴り響く。崩れ落ちる武芸者。風犬はすでに蹴り終わりの態勢となっていた。


「先手必勝。……流派くらいはきいといてよかったかな」


 武芸者を見下ろし、独り言をつぶやく風犬。卑怯、かもしれないが、野良試合なんてルール無用だろうし、仕方ないか。


 武芸者がうめく。風犬の蹴りを喰らってまだ意識があるとは大したものだ。武芸者は震える腕で風犬の足首を掴む。


 すると風犬は空いた片足を後ろに引く。


 うわ。一秒後の悲劇を予見して、俺は目を伏せる。


 ぐちゃっと嫌な音が耳に届く。


 目を開くと、武芸者の位置が先ほどいたところから二メートルくらい離れていた。そして、態勢もうつぶせから仰向けに代わっている。蹴られて、半回転したのか。死んでいなければいいが。


 三件の用事のうち二つをすらすらと片付いていく。あっという間に残りは一つだ。一番左に座っている客にようやく焦点があう。


 最後の客は小柄な体型であった。座高しかわからないので確かなことは言えないが、風犬より、小さいかもしれない。フードを深々とかぶっていてその表情は窺えない。


 風犬はその客を、一瞥すると、どかっとその場に腰を下ろした。


「見る限りあんたは戦う感じじゃないね。誰?何の用事?」


 風犬は切り替えが早い。戦うとなったら戦うが、相手が降参したり、戦う意思を見せなくなったなら、即座に手を止める。そのくらいの理性はある女だ。


 来客はフードを脱ぐ。現れたのは、童顔の……少年?少女、か?中性的な容姿の子どもだった。いや、子どもなのかもわからない。身長が低いだけかもしれない。自己申告してもらわなくては、パーソナルデータを得られそうにない見た目だ。


「僕は、翼っていいます。サンジェル様からのおつかいで来ました」


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