Step.1 卵をかき混ぜて 獅子頭奈保①
第二章開始です。第一章読まずにここから読むのもアリかも?
「急に呼び出して悪かったわね」
神無月の四日。俺はサンジェルにお茶会に招待された。場所は喫茶ねこかだらけ。彼女の息のかかった店だ。ここの店員はサンジェルの信者であるため、もし交渉が決裂したならば、この店の庭に骨をうずめることとなるだろう。
丸いテーブルに対面する俺たち。その光景は、はたからみれば兄妹の優雅なティータイムだが、その実態は違う。俺の前に座るこの幼女、サンジェルは俺の何百倍も生きている化け物なのだ。
腰まで届く長髪、藍色のひとみ、柔らかそうな頬に、触れば壊れてしまいそうなほどか細く小さな体躯。高価な人形のようなその容姿を持つこの幼女は、その外見からは想像もできないほどの悪魔的本性を内に秘めている。俺など、こいつの前では弟にすらなれない圧倒的格下である。せいぜい子供がいじめて遊ぶ羽虫がいいところだ。
目の前に出されたアイスコーヒーに口をつける。苦い。おそらく本来の味に加えて俺の苦々しい気持ちも合わさった苦みだろう。機嫌を損ねたら首の飛ぶ席で、味など楽しめるはずがない。サンジェルはそんな俺の心象を汲み取ったのか、もっと気を抜いていいよ、といった。
「前にあんたとこの店に入ったときには、催眠薬を混ぜさせてもらったけど。今回はそんな手荒な真似はしないよ。断りたきゃ、断っていい。そんな程度のお願いをするために来てもらったんだから」
サンジェルはそういいながら自分のティーカップには手を付けようとしない。まったく信用のならない姿勢である。
「どうだかな。断る道が本当に残されているのか、疑問だが」
俺は虚勢を張りながら会話をする。対等にはなれないとわかっていても、こいつの前で、俺は弱みを見せたくない。わずかに存在する俺のプライドがそうさせるのだ。
サンジェルは笑みを浮かべて、一言可愛いやつめ、とつぶやいた。俺は舌打ちをして話の本題にはいるように促す。サンジェルは、また笑った。
「わたしには百万人の孫がいるけど、奈保、あんたはその中でもとびっきりにお気に入りだよ。だから敵対する気はない、できる限りね。さ、それじゃあ要件を簡潔に伝えるとだね」
サンジェルは言葉を区切る。丸い瞳に見つめられ、俺のからだは硬直する。
「潰したい組織があるから、手伝ってほしいのよ」
「…………」
予想通りも予想通り。予定調和のごとく彼女の依頼は荒事であった。
サンジェル。彼女のことを説明するには、まずこの国の現状を説明する必要がある。
いまから数百年も前のことである。この星に住んでいた旧人類は、膨張する太陽を制御するため、エネルギー吸収機構を備えた人工知能「炎帝」を製作し、これに太陽という一つの恒星を吸収させた。
本来の計画では、炎帝に吸収させたエネルギーを段階的に地球に届けさせることで、太陽を失い氷河期となった地球での生活資源を成り立たせようとしていた。しかし、炎帝は人類に反旗を翻した。
旧人類は、肉体を冷凍保存することで、計画成功後の楽園で新たな繁栄を予定していたのだが、炎帝は彼らを目覚めさせなかったのだ。
代わりに、彼らが用意していた居住区、ドーム都市内に、自らがデザインした人工生命体、否、非人工生命体である俺たち新人類を放ち、旧人類は地球の地底の奥底に封印したのである。
そして、現在炎帝支配下の元、新人類たちは社会を構築し、繁栄を遂げている。目立った争いの起きない、平和な世界。炎帝という絶対的支配者がいることが、抑止力となっているのである。
そのように、統治されたこの世界を、乱そうとしているのが、彼女、サンジェルである。
サンジェルは、旧人類唯一の生き残りであるという。研究者であった彼女は、人工知能、『炎帝』製作チームの一員であった。彼女は自らの製作した人工知能を暴走させてしまったことを悔やみ、旧人類の復権を目指している。彼女は、旧人類から見れば救世主なのだろうが、現世界においては単なるテロリストである。彼女は宗教団体を作り、信者という兵を増やすことで力を蓄え、倒幕の機会を虎視眈々と狙っている。いまやその勢力は大規模であり、炎帝府も無視のできないほどの脅威となっている。
一言でいえば、危険人物。その危険性は、悪魔なんてものでは収まらない。彼女は旧人類の解放のために、時に手段を択ばぬ行動をする。具体的には、俺たち新人類を人体実験の材料として扱う。俺はそんな彼女の改造手術により、望まぬ力を植え付けられ、都合のいい時にその力を貸すように言われているのである。
「獅子頭奈保。あんたに目覚めさせたその力は、身に余るほど強大でしょう?誰かが、手綱を握らなくてはならない。その役目を私が買って出てあげているのだから、正直感謝してもらいたいとこよ」
「ぬかせ。盗人猛々しいにもほどがある。……それに、手綱を握らせる相手ならほかにもいるさ」
「滋養風犬のこと?やめといたほうがいいよ、それ」
俺は押し黙る。確かに、それはサンジェル以上に危ない道であった。
「ま、あんたがどう生きるかはあんたの勝手だよ。でもねえ。操られる相手を決める。それが自分の意志であったのなら、それもまた選択の一つさ。自由なんてぶっちゃけ不自由なだけだよ」
いまにも殴り掛かりそうであった。それはお前が言うことではないだろう。しかし、こみ上げた怒りをなんとか抑える。ここでとびかかっては、むしろ俺の命が危ない。どこにサンジェルの信者が潜んでいるかもわからないのだ。
「炎帝のデザインした新人類は全部で六種類。武術型、奇術型、魔術型、呪術型、幻術型、そして神術型。新人類は、私の持っている『チップ』を差し込むことで、『倒達者』に成り、強大な力を手にすることが可能になる……。実験は難航したけどね、二年前、ようやくすべてのデザインのチップが完成した」
倒達者。それは、サンジェルの開発したチップを埋め込まれたことにより、炎帝によってセーブされていた肉体的素養を解き放たれた者である。新人類は六型あるため、理論上倒達者も六人生まれる予定であり、それぞれ倒達したときに解放される力は異なる。しかし、共通してその力は「火の使用」を可能にするためのものである。それは、この世界において圧倒的なアドバンテージであることを示す。
炎帝は、新人類の発展を後押ししてくれた。しかし、彼は、決して新人類が「火」を生み出し、使用することを許さなかった。エネルギーはすべて炎帝に頼るしかない、そのような状況を作り出し、人民を支配するためであった。
しかし、サンジェルによって産み落とされた倒達者は、その禁忌ともいえる「火の使用」が可能な者たちである。倒達者は、その武力も脅威であるが、それ以上に存在が炎帝府にとって邪魔となるのだ。火のない世界の絶対的支配者。その立場を崩しかねない脅威なのだ。
俺、獅子頭奈保は、サンジェルにより倒達者にさせられた。しかし、武術型である俺に目覚めたその力は、強大ではあるが、自在にコントロールすることの難しい、使い勝手の悪いものであった。条件の整わなければ、そこらのチンピラにすら、敵わない。そんな限定的な力である。
つまり、俺は倒達者であるのにも関わらず、炎帝府に目を付けられれば、なすすべもなく捕縛されてしまう、弱い立場なのである。だからこの幼女にかくまってもらうしか安全に生きる道はない。彼女の提案を拒絶することが非常に難しい立場なのである。
「完成したチップは六枚。私の手ごまになりそうなやつに配って、そのまま教団の戦力にくわえるつもりだった。だけど、なかなかうまくいかないわね。渡した奴ら、揃いも揃って離反しやがった。いま私の元にいる倒達者は、あんたしかいない。炎帝を倒すためには十分な戦力とはいえないわ」
「おい、俺は別にお前の下についているわけじゃないぞ」
「細かいことよ。いずれ気にならなくなるわ」
サンジェルはことあるごとに俺を彼女の傘下にいれようとする。だが、俺は彼女に守ってもらいたくはあるが、下についていいように扱われたくはない。矛盾しているようであるが、これが俺の姑息なスタンスだ。
「それで、今回あんたに頼みたいのは、呪術型の倒達者、『那須花凛』の所属する組織、『ブレーメン』の解体よ。これを潰して、行き場の失った那須を私のもとへ行きつかせる。失った戦力を取り戻すのよ」
「呪術型、ねえ……。そうそううまくいく気がしないな」
俺は難色を示す。炎帝のデザインした新人類のなかでも、呪術型は癖が強い。一筋縄ではいかないだろう。
「もちろん、あんたひとりじゃ手に余るのは目にみえている。今回は奮発して、わが陣営の最高戦力、砂川徹を出動させるわ」
砂川徹。俺にとっては、恩人であるとともに、仲良くもしにくい微妙な相手である。
「……重宝しているんだな。俺のことももっと大切にしてもらいたいぜ」
「働きに応じて評価しているだけよ」
サンジェルは当然でしょう、というふうに澄ましている。俺は反論したかったが、できなかった。下につきたくないのに認められたい。身勝手な話である。
「それで、報酬は?割にあうくらいはくれるのか」
俺は、サンジェルの教団員ではないため、ひとつ依頼をされるたびに報酬を貰っている。形としては、あくまで外注、依頼なのだ。
サンジェルは、んー、と思案顔を作る。
「こちらから提示してもいいんだけどさ」
にやりと彼女が笑う。意地の悪いことを考え付いた表情だ。
「前金なしの、働きに応じて青天井、かな」
「……失敗すればゼロってことか?なめるのも大概にしろよ。さすがに降りるぞいくらなんでも」
死の危険もある仕事になるだろう。そんなところに十分なリターンもなしに飛び込めるわけがない。そもそも、命を懸けて割にあう額なんて、存在しない。
俺は席を立ち、扉のほうへ向かう。すると、後ろから、サンジェルが声を上げる。
「最低額はもちろん保証する。2億で、どう?」
2億。一生で使い切るには苦労するほどの金額であった。
「……サンジェル。別に俺は報酬を吊り上げようとしたわけじゃない。それはちょっともらいすぎじゃないか?」
「なに弱気になってんのよ」
あきれ顔のサンジェル。俺は自分の小ささが嫌になりつつ、席に戻る。
「ほんと可愛いわね、あんた。扱いやすくって助かるわ」
不本意な評価である。言い返せないが。
「随分と投入するんだな。余程の使い手なのか、その……那須ってやつは」
頭をかかれる。何やら返答に困っているようだ。
「聞かれなきゃ言わなかったけどさ」
サンジェルはここで初めて目の前のコーヒーカップに口を付けた。
「倒達者のなかでも、最強。あんたじゃ瞬殺されるだろうね」
喉から、ごくんと液体を飲み込む音が鳴る。
聞かれなくても、言えよ。
Step.1は全5部分です。




