Step.0 テーブルの準備 蟻沢春
第二章開始です。
蟻沢春。呪術型の女性。東京にある、ねこかだらけという店で働いている。
担当はホール。この店では、メイド服を着て、接客サービスを行う。蟻沢は、客の顔色をうかがいながらの接客は好まないが、苦学生時代のバイトのたまもので慣れていた。
一方、上司からの叱責だけは、いまだ慣れない。
「蟻沢、てめーまた客ぼこったろ」
老婆がポッドを傾け、茶を注ぐ。優雅な所作に反した口の汚さである。スタッフルームにて、蟻沢はこの老婆、ことメイド長に叱責を受けていた。
蟻沢は、とぼける。
「いやーなんのことっすかね」
彼女は知っていた。ここで、認めてしまえば、ひどい目にあう。老婆は、罪に対する容赦がない。目の泳ぐ蟻沢に、老婆は深くため息をつく。
「別に、客をボコることは責めない。前から言ってるだろ?態度の悪い客には、仕置きを認める。ただし、俺の許可があれば、の話だ」
「……そんなこと言っても、メイド長、強盗に襲われている最中に許可なんてとれないでしょー」
先日、ねこかだらけに武装した強盗集団がやってきた。なにやらグレン牙などと名乗っていた。ガラの悪い連中で、問題を起こしそうだな、と入店した瞬間に思っていたが、案の定、店員を脅して金銭を要求してきた。そこで、蟻沢筆頭に、店員一同で撃退するに至った。
「せめて事後承諾くらいはしな。あんた強盗を潰してる最中に、『ばあさんいねえから好きに暴れられるぜ』みたいなことを言ってたらしいじゃないか。そして、今日まで放置。もはや怒られたくてやってるのかって思うぜ」
「メイド長のこと大好きなんで」
「ぬかせ」
蟻沢とメイド長、楊枝妃は、六大企業「お呪い牧場」をともに退職し、このねこかだらけを立ち上げた。長い付き合いである。
「わかってると思うが、強盗が来たところで、転送術の先の金庫にうちの売り上げは全部保管してんだから、奪われることはねえんだぞ。あんまりやりすぎちゃ、強盗が可哀そうだろう。ケガで全盛期でなくなってはいるが、てめーはまだまだ強いんだから」
「はいはい……」
蟻沢の耳に、楊枝の言葉は念仏であった。
「これ、はやくもってけよ」
仕事に戻ると、キッチン担当の同僚に、コーヒーを差し出された。はいよ、と受け取り、蟻沢は運ぶ。
ねこかだらけは、全室個室である。そのため、なかには秘密の会合に利用している客もいて、気を遣う。そのなかでも、いまからコーヒーを運ぶ客は、要注意人物である。
ドアをあけ、客室に入る。
「お待たせいたしました。コーヒーでございます」
丸テーブルを囲む客は三人。幼女、少年、少女である。少年と少女が、一人の幼女に対面している形であり、その関係性は部外者には判断がつかない。
場の雰囲気は最悪で、殺気のようなものが漂っている。
「それで?なんで動かなくなったの?狩場瑠衣はっっっ」
激昂する少女。いまにも幼女に飛び掛かりそうなところを、少年がいさめている。
「風ちゃん、落ち着こう、あ、蟻沢さんお久しぶりです……あのちょっと風犬のこと抑えててくれませんか。このままじゃ話ができなくて」
少年、獅子頭奈保が、コーヒーを受け取り、蟻沢にお願いする。
「あー」
ほおをかく蟻沢。どうしたものか。彼女は、テーブルに座るこの幼女、サンジェルを首魁とする組織に所属していた。しかし、いまは離反して、関係者ではなくなった。そんな相手の会合に、関わるのはよいのか。
サンジェルは、髪をいじりながら、わたしからもお願い、と気軽に答える。
「このままじゃ話が進まない。手伝ってよ」
幼いその顔に無邪気さはなく、飽き飽きしているようだった。頬杖をつき、おおきなあくびを放出している。外見にあわないふるまいである。
それもそのはずである。サンジェルは、小さなその容姿を騙っているが、なかみは何百年も生き続けている旧人類なのだ。
「……はいよ」
許可が取れたので、後ろから、少女を羽交い絞めにする。抵抗される。少女、滋養風犬は小柄な体躯であった。しかしそこに秘められた馬鹿力は、人外の域だった。蟻沢のは苦悶の表情を浮かべる。
ぶわっと吹き出る脂汗。荷が重い。そんな蟻沢をよそに、少年はサンジェルと本題に入る。
「いつも通り、狩場瑠衣をレンタルしていたら、急に彼女がうなだれて動かなくなった。それと同時に千人隊もぴたりと固まって動かなくなった。しかも、だ。狩場に近寄って、確かめてみると息をしていなかった。いったいなにが起こったんだ」
狩場瑠衣。その名は忘れることができない。現在、蟻沢は手首から先が義手である。もとあった手を切り離した人物こそが、狩場なのである。
「……電池切れ、さ」
「電池切れ?」
「言葉の意味はあんたが考えな」
そういうと、サンジェルは席を立った。
蟻沢は、察しがついた。すべてが、繫がった。そうか、あの一連の事件。そんな裏があったのか。
見ると、獅子頭少年はきょとんとしており、言葉の意味がまったくわかっていないようだ。昔から、この子はこうである。頭がよくないのに、考えすぎる。
助け船を出すべきか、そう悩んだとき、サンジェルが蟻沢の横を通り過ぎる。
「わたしはもう帰る。依頼ができたら、また呼びな。思いつかなければ、そこの蟻沢に聞いていいよ」
「おいっ……ちょっとまって」
扉を開け、出ていくサンジェル。その手には、伝票が握られていた。
「…………」
沈黙が訪れる。
サンジェルには、お見通しだったのだ。蟻沢が、あの一言だけで、全容を理解するのを。
そうなると、蟻沢は、サンジェルに託されたということになる。どう決断するか、を。
「えっと、すみません、蟻沢さん。どういうことか、さっぱりなんですけど」
頭をかきながら、照れくさそうに尋ねる獅子頭。蟻沢は、その反応に、眉を顰める。物事は、そんなに簡単ではない。明かしたことで、「また」悲劇が起こるかもしれないのだ。
葛藤していると、ばんっと扉が開く。
「大変です、蟻沢さんっこのあいだの、グレン牙のひとたちが襲撃にきましたっ」
新人店員が叫びながら持ってきたのは新たな厄介ごとだった。あまり頭を悩ませないでほしい、と蟻沢は溜息をつく。
「それほど大ごとではないだろ。今日は、メイド長もいるし、なんなら、ほのかもいる。ふたりで十分対処できるはずだ」
メイド長、楊枝妃は、呪術型であり、転送術の開発者である。ほかに炎帝府に特許指定された技術も、数種保有する。老人ながら、この店で、否、この東京でも随一の戦闘能力をもつろいえる。さらに、今日は、店員のなかでも手練れのものが多く出勤しており、わざわざ蟻沢がでしゃばる必要はない。
「いやっそれが、あの、等々力禅師が雇われているみたいなんです……」
「……は? 『挨拶上手の駱駝』が? マジかよ……」
等々力禅師。通称、挨拶上手の駱駝。金さえ積めば、どんな相手にも雇われる、壊し屋。相手を徹底的に破壊するその残虐さは各界に轟いている。挨拶上手の駱駝とは、どんなにめちゃくちゃにした相手にも、最後には、きちんと礼をする、その異様な律義さからついた異名である。駱駝要素は、離婚歴があり、こぶつきというところである。日中は塗装職人としても働いており、まじめな人物だけに、壊し屋としての仕事をみたものは、彼をサイコパスだと断ずる。
そんな危険人物がいるとなれば、増援が必須なのも納得できる。楊枝妃の技術は、決まれば一撃必殺だが、白兵戦を得意とする相手には相性が悪い。
しかし、この場を離れるのも……、とそのとき。うってつけの人物を腕で抱えていることに気が付く。
獅子頭にいまより話す内容は、滋養風犬の耳に入れると、面倒なことになる。ならば、この少女を向かわせてしまえば、物事は解決する。好都合だった。蟻沢は獅子頭少年と話したいし、滋養風犬はもめ事と争いごとが大好物だ。うまく食い合う。
拘束を解除し、滋養風犬に語り掛ける。
「おい、風犬、なんかそとで暴れている奴がいるみたいでさ、うちの店長の加勢してきてくんない?」
「えっ!? ほんとっ? 行く行くっ」
色めき立つ少女。こうしてみると、かわいい女の子なのだが、今から彼女が行うことは、血なまぐさい蹂躙である。
「あれ、出口どこだっけー。案内してー」
「あ……こちらです」
風犬が、店員に引きつられ、出ていく。腕を拘束していた制裁がなく、蟻沢はひそかに胸をなでおろした。
「それで、邪魔ものがいなくなったんで、教えてくれませんか? サンジェルの言ってたあれ、どういうことなんですか」
「おいおい……彼女を邪魔もの呼ばわりかよ。大切にしろとは言えんけど。まあ、そうだな」
風犬に伝えるということの責任。それは、ひどく重い。年上としては背負ってあげたいところだったが、それも獅子頭に託すのが、正しいことだろう。蟻沢は、憐れむような眼で、獅子頭を一瞥した。
「お前は今後も風犬のやつと生きてくんなら、覚悟を決めろよ。わたしがいまから話すこと。お前が風犬にも話すかどうかで、血が流れるかが決まる」
獅子頭少年は、唾をのみ、頷く。覚悟ができたらしい。蟻沢も決心して、先日の事件を紐解いていく。
「まず……、そうだな、狩場瑠衣の生まれ。お前も聞いていたろ」
青森へと進行する狩場を、獅子頭が、『駆る』、その直前、ふたりはサンジェルから狩場のパーソナルデータをいくつか聞いていた。そのなかで、狩場瑠衣がサンジェルの教団に入団した理由についても教えられていた。
「ああ、たしか、生まれが悪くて、自分がいくら奇術を研究しても、奇森倶楽部のなかで認めてもらえなかったからって」
「そうだ。そんな世界を変えるため、サンジェルのもとであいつは実験体になった。だが、苦痛の伴う実験に嫌気がさし、風犬の助けもあって、逃亡。そして、武功会にいったあとだ。次に狩場が姿を現したのは、奇森倶楽部の舞台の上だった」
「はい……あれ」
そう、おかしいのである。ショーに出られるのは、奇森倶楽部のなかでも、家柄のよいものだけ。そうなると、家柄も良くなく、さらに倶楽部を一度抜け、帰ってきたような人間が、ステージのうえでトップバッターを任されるはずがない、という謎にたどり着く。
「わかったか?つまり、狩場瑠衣は、ステージに立てるはずがなかった。それならば、お前がみた壇上の女は誰だ?」
「……あっ」
「単純に、仮面の付け替えでもともと出る予定だったやつと入れ替わっていたかもしれないし、倒達技術、『千人隊』で舞台の女を操っていたのかもしれないし、ほんとのところはわからない。だがよ、奈保。人を操る能力を持つ奴が、むやみに人前にはでないだろう」
「ということは、俺が壇上でみた仮面の奇術師は、狩場瑠衣ではない、ただの似た体格の女……?」
「そう考えるのが、妥当だろうよ」
氷解し、すっきりしたような獅子頭。だが、話は終わりではない。
「その考えでいくと、だ。お前がぶちのめしたやつか……それか、風犬が打っ潰したやつか、それもどちらかはわからんが、お前らが戦っていたやつは、操られた偽物と考えらえるだろう。つまり、」
言葉を区切る蟻沢。
「狩場瑠衣の本体は、いまだどこかに隠れている」
この事実を風犬に言えば、再び彼女は狩場をおうだろう。そうなれば、また千人隊を製作する必要が出てきて……。
おびただしい、血が流れる。
「そんな……まさか……」
ショックを受ける獅子頭。彼は、うつむき、何かを考える。
「だから、奈保よ。このことを風犬に言ったら大きな被害が……」
「よかったあ……これで、風犬に喜んでもらえる……」
蟻沢は理解した。
獅子頭奈保は、すでに、深い沼にからだ半分浸っているのだと。




