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第五話 『風』②

 ポッドからカップに注がれたお茶は、湯気が立っていた。


 湯気。温泉以外でみることはほとんどない。金沢からお湯を運んできたとは考えられないので、この奇術師は水を沸騰させて作り出したのだろう。


 つまり、この女は、火を使用したのだ。この時代ではその偉業を成し遂げた人物を、「倒達者」と呼ぶ。現在までそのような人物は現れていない、とされているが、彼女はその人なのだ。


「飲みたまえ。冷めてしまっては勿体ない」


 温かい飲み物は、生まれてから一度も口に入れたことはない。どのような感じなんだろう。興味があるが、警戒心のもと、手を出すのはためらわれる。すると、奇術師は、あきれたように手を上げると、仮面ずらし、飲んでみせた。毒は入ってないようだ。


「飲め。きちんとした信頼関係をつくる。話はそれからだ。さっさと君もテーブルにつきたまえ」


「…………」


 飼い主とはえらい違いだ。この奇術師はサンジェルから離反したとのことだったが、奴を反面教師にしているのかもしれない。


 俺は、カップを口元に近づける。かぐわしい香りと熱気が鼻腔を刺激する。唇が茶に触れる。熱いっ。

すこしカップから口を離す。一呼吸つき、今度は一気に飲み込む。口の中に広がる温かみ。安心感と幸福感が沸き上がる。飲み込むと、食道の喜びの声が聞こえた。


「美味しい……ですね」


「だろう?温かいものは素晴らしい。この幸せは万人に享受されるべきだとは思わないか?……さて、まずは自己紹介だ、姉弟。私の名前は狩場瑠衣。以後お見知りおきを」


 女は、握手を求める。俺はそれに今度は躊躇することなく応える。


「獅子頭奈保です。よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。さて、まずは君に度重なる非礼を詫びねばなるまい。同胞を殺したこと、見世物小屋で殺そうとしたこと、そして先ほどの誘拐の件。大変迷惑をかけた。許してくれとは言わないが、申し訳なかった」


 頭を下げる狩場瑠衣。あっさりとした謝罪に、俺は困惑した。こんなもの、見え透いて形だけではないか。まずは、と彼女は前置きした。謝罪を話の本筋に据えないあたり、反省はしていないと見た。


「はい。それは、別に……」


「ふむ。別に、か。つれないな。だがいい。話は早いに越したことはない」


 ククク、と仮面の下から笑いが漏れる。……性根の悪さが顔をのぞかせたな。


「獅子頭奈保。君は私と同じく倒達したと聞いている。これは間違いないね」


「はい。確かです。サンジェルから聞いたんですか」


「私が倒達してから二年後だったか、サンジェルが二人目の倒達者が完成したと嬉々として話していたよ。獅子頭奈保。十代の少年だというから可哀そうにと同情したよ。そしてぜひ会ってみたいと思っていた。同じ境遇の者などいないからね。サンジェルに従ったことを後悔するのは実験体にされた者だけだが、ふふ、生きて話せるのは私のような成功例のみ。私は君を唯一の理解者だと勝手に思っていた」


「それは、どうも……」


「だが、違ったようだ」


 ぴしゃりと、俺の歩み寄りを阻害する狩場。不穏だ。汗が垂れる。


「最近サンジェルから聞いたよ。私に対する実験を利用し、君は安全に、一切の苦痛を伴わず、倒達者と成ったそうじゃないか。ふふふ、なんと滑稽か。昔は奇術師として、奇森俱楽部の舞台に上がっていたのだがね。ピエロはやったことはなかったよ。ふふふふふ、……屈辱だ。ああはなるまいと見下していたというのに」


「…………」


 誤情報である。サンジェルからはとんでもなく、苦痛を与えられた。


 俺は、お茶を口に含む。少し冷めていた。気持ちが落ち着かない。


「君は倒達した直後、炎帝府に投獄されたと聞いた。それも終身刑だというから敵わない。会って、一言言ってやりたかったというのに、私も君も幽閉されているこの現状、いったいどうしたものか……」


 狩場もカップを手に取ると、一気に中身を飲み干した。


「しかし、好機は突然来るものなのだな……。私の脱走を手助けしてくれるものが現れたのだ。もちろん無償でというわけではなかったが、非常にいい条件だった。私は彼女の提案に乗り、サンジェルの下を去った。そして、君を監獄から出すために、武功会を壊滅させた。財閥法の特例により、非常時の財閥幹部の釈放は明記されているからね。目論見通り、君は解放された。同時に私は手足を得た。武術型は奇術型とからだの構造が近いからね。操り人形としては最高だったよ。だが、操るのには最も適しているのは、私と同じ奇術型だ。そこで戦力の更なる増強のため、古巣である奇森倶楽部を襲撃し、さらなる人形を私は得た。……これだけの力があれば、炎帝府の兵が来ても、サンジェルの追手が来ても、対処できる。こうして、君を迎える準備はできたわけだよ」


 つまり、この奇術師は俺に会うために大量殺人をしたということか?操り人形を増やす目的もあったとはいえ、俺に少なからず責任があるではないか。なんと、迷惑に罪の意識を植え付けるのだ、こいつは。サンジェルを憎みつつも、やっていることは同じようなことじゃないか。


 ……待て。脱走を助けた人間がいる、だと?誰だ、それは。この狩場瑠衣は最終的な黒幕ではない、というのか。……まあ、それは考えても無駄か。あくまで俺の標的は狩場瑠衣。それはかわらない。


「……俺に対する文句があるならどうぞ。罵倒であなたの気が晴れるなら、安いものです」


 いや、と。狩場瑠衣は首を振った。


「こうして対面してみると、そんな気は起きなくなったよ。むしろ、最初に君に抱いていた感情……仲間意識が強くなった。ふふふ、私が年下好き、というのもあるのかもしれないがね」


 狩場は仮面に手をかけた。思わず俺は息をのむ。素顔はいったいどんな……。


「……っっっっ!!」


「フフフ……あまり怖がってくれるな。私も女だ。すこし、傷つく。……私がサンジェルを憎むのもわかるだろう?私はこの傷により、自由に恋をする権利すらも奪われた。君は、サンジェルにより、収監され、未来を奪われた。つまり、お互いサンジェルを敵と認識できる仲間となれる。……獅子頭奈保、私とともに、サンジェル一味を掃討しないか」


 狩場は仮面を付け直す。俺は、ショックを受けつつも、疑問を投げかける。


「……なぜサンジェルから逃げ出して、炎帝府にかくまってもらおうとしなかったのですか。炎帝府にとってサンジェルはテロリスト。その一味の情報を持っているうえに、倒達者として最高の戦力を持つあなたは手厚く保護されるはずでしょう。俺なんかと組むより、手堅く政府に組み込まれればいいじゃないですか」


 俺が参加した作戦は生け捕り、であった。これはつまり、炎帝府は狩場瑠衣を自らの陣営に加えようとしていた、ということだったのではないだろうか。財閥を二つも壊滅させた犯人をなぜ生かしておこうとしていたのか、疑問だったが、炎帝府が彼女をサンジェルと敵対する倒達者だと知っていたからだと考えられる。


「馬鹿なことをいうな。炎帝にとって、倒達者はサンジェル以上の脅威だ。私たちの協力要請など取り合ってもらえるはずがない」


「脅威?」


 なんだ?倒達者が炎帝にとって脅威?どういうことだ。炎帝が独占する火の技術を、扱えてしまうことが、社会に影響をもたらすということか?


「まさか、君、倒達者がなぜ倒達者と呼ばれるのかも、サンジェルから聞かされていないのか」


 俺は頷く。狩場は呆れ半分、同情半分といった風だった。


「いいかい、倒達者とは、『炎帝を倒す域に達した者』を意味するのだよ。我々の持つ技術は、もはや炎帝は制御できない、超越的な力だ。君の、武術型倒達技術の全容は知らないが、私の奇術を見た君なら、十分炎帝府という権力に、個人で相対しうるという感想をもつだろう?」


 俺は再び、頷く。確かに、その通りだ。倒達技術は火の使用なんて軽いものではない。旧人類ですら、個人でこのようなレベルの火を扱った者はほとんどいなかったはずだ。


 いや。待て。俺の倒達技術を知らない、だと。これはいいアドバンテージを得た。俺は狩場に協力するつもりは、ない。メリットがないからだ。狩場の仲間となれば、炎帝府からもサンジェルからも狙われる。そんな無謀な人生を俺は送るつもりはない。だから、俺はどうにかここから抜け出し、また次の機会に狩場を倒そうと、先ほどから考えている。


 しかし、狩場の手を払えば、この場で殺されるかもしれない。形だけ仲間になっても、ぼろが出たらやはり殺されるだろう。さて、どうしたものか。


 狩場は、指をぱちんっと鳴らした。すると、その指の先に火が灯った。彼女は懐から見たことのない、白く短い棒を取り出すと、それに火を移した。狩場は棒を口にくわえる。そして、息とともに白い靄を吐き出した。


「煙草、という。旧人類の嗜好品のだ。なかなか、癖になる」


「…………」


 狩場はリラックスしているが、ここから逃げ出すのは容易ではない。「距離」が足らないのだ。自分ひとりの力で逃げ出すのは無理だ。来るかもわからない助けを待つしかない。


 ……よし、では、それまで俺は彼女の機嫌を損ねないように、できるだけ多くの情報を引き出してみよう。勇気を出すなら今しかないと、自分に言い聞かせ、狩場に話しかける。


「狩場さん、話は変わりますが、あなたの技術で操っているこの人たちは生きているんですか」


 作戦前から疑問だったことだ。旧武道館には損壊したからだの一部は残されていたが、当時その

場にいた人間は風犬を除き、全員がいなくなっていた。奇森倶楽部のショーでは、観客が倒れていたが、生死は確認できなかった。彼女の技術が、死者を操るものなのか、生者すらも操れるのかは、ここではっきりさせたい。


 狩場さは、「煙草」をティーカップのなかに放り込むと、君はどうでもよい質問をするな、と前置きする。


「どちらもいる、が回答だ。私は体内、詳しく言えば技術器官である球関節の内部で『電気』を発生することができる。この電気を、サンジェルが開発した装置『羊夢』の取り付けた対象に流すことで、私は対象に命令を与え、自在に操ることができるようになるのだ。つまり、生きていようがいまいが、肉体さえ無事ならば、『羊夢』を使い操り人形は作れるということだ」


 電気。本で読んだことがある。旧人類はこの力を使って高等技術を編み出してきたという。確か、電球という照明器具があった。なるほど、天井に吊るされた人間たちは電気により、光らせられているということか。いろいろわかってきたぞ。


「電気は定期的に人形に補充しなければならない。羊夢自体は五千以上所持しているのだがね、一斉に稼働できる人形は最大で千体といったところだろう……。ふふ、サンジェルはこの技術と群衆を『千人隊』と名付けていたよ」


 千人か。多いな……。炎帝府の兵を総動員して、ちょうど互角ではないだろうか。今回の作戦のように正面からぶつかっても炎帝府には勝機は薄い。


 ふむ……では、俺ならば、どう攻めるか。


 考え込んでいると、狩場は椅子を引き、立ち上がった。


「獅子頭奈保よ。私が自分の手の内を明かしているのは、君の信頼を得るためだ。だが、このままではフェアではない。わかるな。君の技術を披露してもらいたいのだ」


 ……俺はバカなのかもしれない。こんな話の流れにしたら、こんな展開になるのは予想できたはずなのに。


「私と戦いたまえ。そこで君を、見極めさせてもらう」


「そんなこと、突然言われても……」


 首に、刃が触れた。狩場の腕の、肘からさきが剣に代わっている。地面にはその剣のさやとしての機能を果たしていた前腕が落ちている。


「奇術型は技術器官である奇球関節に、加工した武器をジョイントすることで、暗器をからだに仕込める。奇森倶楽部の奇術師は主にこれを利用した手品をしている」


「戦いたく、ありません」


 無理だ。真正面からやりあうなんて。


「……この球関節は、別名自由関節ともいい、360度に腕を回すことができ、一切の死角を作り出さない。ここまでが、並みの奇術師の基本性能だが」


 突然、俺は跳ね起きた。痙攣したのだ。首筋が熱い。頭がくらくらする。


「電気を流した。金属は電気をよく通す。流し続けると、その部分は焼け焦げる。これが私の火の操り方だ。千人隊は倒達技術の付随能力だが、むしろこっちの使い方はサブだな……。さて、君もそろそろ牙を見せてはどうかな。首を飛ばすことは私にとってなんのストレスにもならない……」


 俺は、首の周りの皮膚の摩擦係数を上げ、後ろに思い切って飛ぶ。首には血の一線が残ったが、それだけですんだ。逆に剣の刃先を削ることに成功する。俺はアップライトに構え、消極的な戦闘態勢に入る。


「ほうほう。武術型はそういう戦い方をするのか……。しかし、それは武術型全員ができる技術だろう。早く君だけの技を見せてくれ」


 一瞬で距離を詰めてくる狩場。仮面がまつ毛に触れるほどに近づき、しゃっくりが出そうになる。それを堪え、俺はアッパーカットを放つ。


 が、空振り。その直後、からだのバランスが崩れる。足を引っかけられた。踏ん張れなさそうなので、受け身の準備をする。意識は地面と激突するまでの時間と距離を測るのに集中する。そこを、当然のごとく狙われる。


 突然現れる黒い膝。唇がそこにめり込み、呼吸が停止する。激痛。のけぞる。これが功を期して、態勢が整い、二本の足で立ち続けられた。

 

 が、すぐさまの追撃。引っ掻き攻撃?指先に鋭利な棘!当たると絶対に痛い。しかしかわせない。急な動きに膝の運動が付いていけなかったのだ。


 まずい、当たる!


 ザクリ。胸板に棘が食い込む。あともう少し力を籠めれば、棘は心臓に届く。そのまま心臓を傷つけるも、電気を流すも自由な状況。狩場の動きがとまる。同時に殺気も消える。


「弱い……」


 ポツリと漏れたその言葉は、俺を引き裂く。


「……だから、俺は戦えないんです。……倒達技術も、狩場さんみたいな使い勝手のよさはなくて、限られた条件で、小さな効果しか生み出せません」


 狩場は指を俺のからだから抜くと、踵を返し、部屋の出口に歩いていく。


「失望したよ。獅子頭奈保。君とは同じ目線でいられると思っていたのだがな……買い被りだったようだ。私は君と比べて、強すぎる」


 ぶちん、と音がして、天井から人が降ってきた。その男は、自らの首に巻いてあるロープを外すと、俺を縛り上げる。俺は抵抗しない。狩場の落胆に、思うところがあったのだ。ここで暴れるのは、弱者としてみっともない。


 俺は、涙が染みすのを我慢しながら、操り人形にされるがままとなった。



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