最終話 場を、乱すな
「……まだ。……僕が、いるんですけど」
気弱な、少年が。
おずおずと、手を、挙げて、いた。
……そう、いえば、いた。
(完全に、忘れて、いた)
私と、五百旗頭は。
顔を、見合わせて。
それから、改めて、少年を、見た。
デスゲーム。
最後に、残ったのは。
私。五百旗頭。そして、この、少年。
……三人。
◇
「……そう、ね」
私は、気を、取り直して、少年に、向き直った。
「あなたが、いたわね。……いいわ。この、湊ミライが。最後の、仕上げに。あなたも……ダーク・サイコロジカル・アタックで。沈めて、あげる」
「だ、ダーク……何、ですか、それ」
「知らないの? 私の……必殺技よ」
「今、考えたでしょう」五百旗頭が、冷静に、突っ込んだ。「ちょっと、いおきべさん。……雰囲気。雰囲気ってものが、あるでしょう」
◇
でも、少年は、首を、横に、振った。
「……あの。……戦わなくて、いいんです」
「え?」
「僕……もう、失格、なんです」
……失格?
私は、きょとん、と、した。
「どういう、こと? あなた、まだ……生きてる、じゃない」
「はい。……生きては、います。……でも。僕の、役割は……"最低、四人で、生き残る"こと、だったんです」
◇
……あ。
私は、数えた。
最低、四人。
でも、今、生きているのは。
私と、五百旗頭と、少年の……三人。
四人には、足りない。
「……つまり」
「はい」少年は、力なく、笑った。「四人を、下回った、時点で。……僕の、勝ちの目は、なくなったんです。だいぶ、前に。……もう、とっくに」
……そう、だったの。
少年は、ずっと、隅で、震えて、いた。
何も、せずに。
……いえ、違う。
「何も、できなかった」んじゃ、ない。
「何を、しても、無駄」だと、とっくに、わかって、いたのだ。
自分の、負けが。
もう、確定して、いる、ことを。
◇
「……なんだ」
私は、気が、抜けた。
「じゃあ……戦う、必要も、なかったのね」
「はい。……すみません」
「謝らなくて、いいけど」
……なんだか、拍子抜けだ。
最後の、敵かと、思ったら、とっくに、脱落して、いた。
……まあ、いい。
とにかく、これで、本当に、終わり。
私は、ふう、と、息を、吐いて。
勝ち誇った、顔で、宣言、しようとした。
「これで……私の、勝ちよ」と。
――その、とき、だった。
◇
『――ゲーム終了、条件を、確認しました』
あの、声が、響いた。
ゲームの、始まりに、ルールを、告げた。
抑揚の、ない、あの、声。
『役割、達成者を、確認します』
私は、びくり、と、した。
(……役割?)
『参加者、五百旗頭、伊織。役割――"自分を、含む、二人で、生き残ること"。……達成を、確認。あなたを、勝者と、します』
……え?
私は、五百旗頭を、見た。
五百旗頭は、涼しい顔で。
……ちょっとだけ、得意げに、肩を、すくめた。
◇
「……二人で、生き残る?」
私は、目を、丸くした。
「それが……いおきべさんの、役割?」
「ええ」五百旗頭は、頷いた。「"自分と、誰か。二人、生き残れば、クリア"。……相手は、誰でも、よかったんです。X、でも、少年でも。……でも、結果的に」
五百旗頭は、私を、見た。
「……あなたと、二人。生き残った。だから……私の、勝ち」
「……ちょ、ちょっと、待って」
私は、慌てた。
「じゃあ……いおきべさんは。最初から、私を……"生き残らせる"ために、動いて、いたの?」
「まあ……そういうことに、なりますね」
◇
(……そう、だったの)
私は、呆然と、した。
ずっと、私は、思って、いた。
盤面を、支配して、いるのは、私だと。
私が、五百旗頭を「協力者」として、使って、いるのだと。
……でも、違った。
逆、だった。
五百旗頭が、私を。
「二人で、生き残る」ための、相棒として。
……ずっと、守り続けて、いたのだ。
拘束の、芝居も。
命令の、男の、撃退も。
エルフの、返り討ちも。
X、との、決戦も。
……全部、五百旗頭が、私を、生かすために、打った、手。
(……私は、勝った、んじゃ、ない。
……勝たせて、もらった、の?)
◇
……いえ。
私は、ぶんぶん、と、頭を、振った。
(そんな、はずは、ない。
だって、私は、天才。
盤面を、支配する、者。
X、の、心を、読んだのも、私。
みんなを、引っ掻き回したのも、私。
……そう。私が、いたから、五百旗頭も、勝てた。
つまり、実質、私の、勝ち。
うん。そういうことに、しておく)
私は、都合の悪い、真実を。
いつもの、ように。
心の、奥に、そっと、押し込めた。
◇
「……ねえ、いおきべさん」
私は、ふと、気に、なって、尋ねた。
「私の、役割は……なんだったの? ほら、最初に。……"知っている"って、感覚だけ、ねじ込まれた、でしょう。あれ……なんか、地味だな、って。ろくに、読まなかったんだけど」
「ああ」五百旗頭は、なぜか……少しだけ、笑いを、こらえるような、顔を、した。「あなたの、役割。……気に、なります?」
「なるわよ。……どうせ、私のことだから。……"盤面を、支配せよ"とか。……そういう、大役、だったんでしょう?」
「いえ」
「……いえ?」
◇
五百旗頭は、一拍、置いて。
それから、静かに、言った。
「あなたの、役割は……"場を、乱すような、言動を、せずに。最後まで、生き残ること"。……でした」
……。
…………。
「……は?」
◇
場が、しん、と、静まった。
場を。乱すような。言動を。せずに。
……私が?
私は、自分の、これまでを。
猛烈な、勢いで、振り返った。
開幕、早々。
誰も、聞いて、いないのに「天才、美少女」と、高らかに、自己紹介し。
血迷った、ふりで、命令の、男に、突っかかり。
拘束されて、目隠しされて、転がされ。
エルフを、挑発で、逆上させ。
挙句、イケメン二人を、壁に、並べて。
「溶けろ、服よ」と、服を、溶かして。
「眼福」と、恍惚と、した。
……。
……それ、全部。
「場を、乱す、言動」では?
◇
「……ちょ、ちょっと、待って」
私は、蒼白に、なった。
「じゃあ……私……最初から……失格?」
「はい」五百旗頭は、あっさりと、頷いた。「かなり、早い、段階で。……たぶん、第一声の、自己紹介の、あたりで。……もう」
「そんな……!」
「むしろ」五百旗頭は、くすくす、と、笑った。「あそこまで、派手に、場を、乱しておいて。……よく、生き残った、なあ、と。……そこは、感心、しました」
◇
(……嘘。嘘、でしょう)
私は、くらり、と、めまいが、した。
私は、ずっと「盤面を、支配して、いる」と、思って、いた。
でも、実際は。
……最初の、一言で、とっくに、脱落して、いた。
私が、得意げに、引っ掻き回して、いた、あいだ。
私は、もう「勝ち」の目が、なかった。
……ただ、場を、乱す、失格者として。
うろうろ、して、いた、だけ。
それでも。
私が「生きて」いられたのは。
……五百旗頭が「二人で、生き残る」ために。
私を、守り続けて、くれた、から。
◇
「……ねえ」
私は、力なく、五百旗頭を、見た。
「……私……勝ってない、じゃない」
「まあ……役割の、うえでは、そう、ですね」五百旗頭は、頷いた。「でも……生き残った。それは、事実です」
「……なんか……納得、いかない」
「ふふ」
「勝ったのは、いおきべさんで。……失格してたのは、私で。……なのに、生き残ってて。……なにこれ。……私……ずっと、何と、戦って、たの」
◇
五百旗頭は。
倒れた、X、を。
それから、白い、部屋を、ぐるりと、見回した。
十三人が、いた、部屋。
今は、三人。
(正確には。
一人は、とっくに、負けて、いた、少年で。
もう一人は、失格して、いた、私、だから。
……ちゃんと「勝った」のは、五百旗頭。ただ、一人)
「……ミライ」
五百旗頭が、私の、名を、呼んだ。
「勝てましたね」
「……だから、私は、勝ってないってば」
「ふふ。……そう、ですね」
五百旗頭は、くすり、と、笑って。
それから。
……ずっと、昔の。
あの、図書室の、ときと、同じ。
あの、可愛らしい、顔で、言った。
「――でも。二人で、生き残れて。……よかった」
◇
……ああ。
私は、なんだか、泣きそうに、なった。
(絶対に、泣かないけど)
勝った、とか。負けた、とか。役割が、どうとか。
……そんなことは、この、瞬間、どうでも、よくなって、いた。
敵だらけの、殺し合いの、閉鎖空間で。
私は、一人じゃ、なかった。
ずっと、隣に、この人が、いて、くれた。
……それだけで、十分だった。
……いえ。
(それだけで、十分、なんて。
らしくない、こと、言うのは、やめましょう。
私は、天才、美少女。湊ミライ。
……盤面を、支配する、者、なんだから)
◇
「……ねえ、いおきべさん」
「はい?」
「今回のは……たまたま。あなたの、役割が、私を、生かすことだったから。……協力、してあげた、けど」
「ええ」
「次は……私が、ちゃんと。……盤面を、支配、するから。見てなさいよ」
「ふふ。……はい。楽しみに、しています」
五百旗頭は。
やっぱり、あの、丸顔に。
ボブの、髪を、揺らして。
ふわりと、可愛らしく、笑って。
……そして、小さく、呟いた。
「ではでは。……お家に、帰りましょうか。ミライ」
◇
白い、光が、部屋を、包んで、いく。
ゲームは、終わった。
勝ったのは、五百旗頭、伊織。
失格して、いたのに、それに、気づかず。
最後まで「盤面を、支配した」と、信じて、いた、女――
湊ミライは。
……この、期に、及んでも。
やっぱり、自分が、負けて、いた、ことに。
気づか、ないまま。
光の、中で、得意げに、髪を、かき上げた。
(了)
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【 湊ミライの ゲーム攻略メモ 】── 最終版
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・私の能力:感情の揺れがわかるだけ。攻撃不可。
・私の役割:「場を乱すような言動をせずに生き残ること」。
……最初の自己紹介で、たぶんもう失格してた。
〔決着〕
・勝者:五百旗頭伊織(役割=二人で生き残る/相手=私)。
・少年:4人生存できず失格。戦う必要なかった。
・私:失格済み。でも生存。だから五百旗頭の勝ち条件成立。
・つまり私は、勝ってないどころか、途中で負けてた。
……でも。まあ。私のおかげ、ということにしておく。
・結論:一人じゃなかった。それが、いちばんの収穫。
(※でも次は、ちゃんと私が盤面を支配するんだから)
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― 完 ―




