第10話 溶けろ、服よ
拘束を、解かれて。
私は、動き出した。
……とは、いっても。
正直に、言うと。
何を、どうすれば、いいのか。
具体的な、策は、一つもなかった。
(いつも、そう。
私は「盤面を、支配する」と、意気込むわりに。
その、方法は。
だいたい、出たとこ勝負)
でも、それでも。
私は、前に出た。
だって、拘束を、解かれた以上。
何か「やってみせ」なければ、ならない。
みんなの、注目を、浴びて。
「さすが」と、言われなければ。
……そうでなければ。
私が、ここにいる、意味がない。
◇
私は、五人の、真ん中に、進み出て。
くるり、と、振り返った。
「――皆さん、聞いて。私。……この、連続殺人の、犯人が。誰だか、わかったの」
……嘘だ。
いや、半分は、本当。
私は、知っている。
一連の、事件を、本当に、動かしていたのは。
ドワーフと、X、だと。
(音で、聞いていた、から)
でも、それを、今、明かすつもりは。
……ない。
だって、それを、言っても。
私の、見せ場に、ならないもの。
◇
(――ここで、少し、白状しておく)
実は、私は。
このとき「犯人当て」なんて、どうでもよかった。
私の、頭の中は。
さっきから、別のことで、いっぱいだった。
リーダー格の、男。
それから、X。
……この、二人。
顔が、いい。
精悍で、男らしい、リーダー格と。
陰の、ある、鋭い、Xの。
……並び。
想像すると。
……ごくり。
私の、中の「スイッチ」は。
もう、完全に、入っていた。
◇
(……落ち着け。落ち着くのよ、ミライ)
私は、必死に、自分を、律しようとした。
今は、デスゲームの、真っ最中。
命の、かかった、頭脳戦の、最終盤。
そんなときに。
……男二人の、いい感じを、拝もう、だなんて。
……不謹慎。
不謹慎、だわ。
……でも。
(でも、待って。よく、考えて)
私は、天才だ。
盤面を、支配する、者。
その、私が「見たい」と、思ったなら。
それは、もう、見るべき、なのでは?
むしろ、この、極限状況で。
あの、二人を、並べることには。
……何か、深い、戦略的意味が、あるのでは?
……ある。
きっと、ある。
(ない。でも、あることに、しておく)
◇
私は、びしり、と、指を、突きつけた。
リーダー格と、X。
その、二人に。
「犯人は。……あなたと、あなたよ!」
……ざわ。
二人が。
(というか、その場の、全員が)
ぽかんと、した。
「な……俺が?」リーダー格が、目を、剥いた。「馬鹿な! 俺は、何も……!」
「……ほう」Xは、相変わらず、無表情。
でも、ほんの少し。
……面白がるような、気配。「俺が、犯人だと? 証拠は」
◇
――証拠?
……ない。
そんなもの、あるわけ、ない。
だって、二人を、選んだ基準は「顔が、いいから」。
それ、だけ。
でも、私は、ひるまなかった。
(ひるんだら、終わり。
私は、打たれ弱い。
一度でも「あれ、この子、でたらめ言ってる」と、見抜かれたら。
その、瞬間、私の、化けの皮は、剥がれて。
心が、ぽっきり、折れてしまう。
……だから、突き進む。
でたらめでも、堂々と、突き進めば。
でたらめは、でたらめじゃ、なくなる。
……たぶん)
「証拠なら、あるわ」私は、髪を、かき上げた。「でも、今、ここで、口で、説明しても。あなたたちは、認めないでしょう。……だから、証明してみせる。私の、能力で」
◇
……能力。
そう、言った、瞬間。
場の、空気が、ぴん、と、張り詰めた。
Xの、目が、すっと、細くなる。
(……そう。みんな、私の、能力を、まだ、知らない。
だから「能力で、証明する」と、言えば。
何か、とんでもないことが、起きる、と、身構える)
……ふふ。
いい。その、緊張感。
私は、それを、たっぷり、味わってから、言った。
「二人とも、そこの、壁に、並んで、立って」
「……何?」
「いいから、並ぶの。やましいことが、ないなら。できる、はずよね?」
◇
リーダー格は、憮然と、しながらも。
「潔白を、証明してやる」という、顔で、壁際に、立った。
Xは……少し、迷った、ようだが。
やがて、ゆっくりと、リーダー格の、隣に、並んだ。
(Xが、応じたのは、たぶん。
「この女が、何を、するのか、見極めたい」から。
……お互い、様子見。
でも、私の、狙いは。
そんな、高尚な、ものじゃ、ない)
二人が、壁に、並ぶ。
精悍な、リーダー格と。
陰の、ある、X。
肩を、並べて、立っている。
……ああ、いい構図。
完璧。
「あと……念のため。みんなは、二人を、囲んで。逃げられないように、して」
私が、言うと。
少年と、協力者が。
二人の、周りを、囲むように、位置に、ついた。
これで、リーダー格と、Xは。
壁を、背に、周囲を、囲まれ。
……逃げ場が、ない。
(完璧。完璧だわ。
舞台は、整った)
◇
私は、大きく、息を、吸った。
さあ、ここから。
私の「能力」を、お見せしましょう。
……もっとも。
これから、私が、使う、能力は。
厳密には、私の、能力じゃ、ない。
(私の、能力は「感情が、読める」だけ。
服を、どうこうする、力なんて、ない)
これは……協力者に、頼んでおいた、力。
いつだったか、私は。
会話の、中で、気づいていた。
あの、気弱な、少年。
薬師の、弟子。
「いろんな、ものを、溶かす」修行を、していた、と。
……そして、その、少年が。
こっそり「繊維を、溶かす」能力を、使うところを。
協力者が、見ていた、らしい。
――そういえば。
拘束されて、目隠しされて、いた、あの、あいだ。
私は、例の、"独り言"に、紛れて。
一度だけ。
その、少年の、"溶かす"能力に、触れて、おいた、気がする。
隣に、いた、協力者に。
聞こえるように。ぽつり、と。
……ふふ。用意周到。
(もっとも。この、あたりの、情報の、やりとりを。
私と、協力者が、いつ、どうやって、していたのかは。
……まあ、省く。
とにかく、私たちは、いつの間にか。
その、準備を、済ませていた)
◇
私は、高らかに、宣言した。
「――さあ、犯人を、暴く時よ。私の、能力で。あなたたちの……"隠しているもの"を、暴いてあげる」
そして、びしり、と、手を、かざして、叫んだ。
「――溶けろ! 服よ!」
◇
その、瞬間。
……私は。
息を、止めて。
まばたきすら、惜しんで。
その、一瞬に、すべての、神経を、注いだ。
(……この、一瞬のために。私は、この、命がけの、ゲームを。生き延びて、きたのかも、しれない。……いえ、それは、言いすぎ。でも、それくらい)
リーダー格と、Xの、服が。
……みるみる、溶けた。
じゅう、と、音を、立てて。
革の、防具が。
ローブが。
シャツが。
ズボンが。
端から、溶けて、崩れて。
……消えていく。
あとに、残ったのは。
――生まれた、ままの、姿の。
精悍な、リーダー格と。
陰の、ある、Xの。
……二人。
壁を、背に、周囲を、囲まれ。
逃げ場も、なく。
一糸まとわぬ、姿で。
肩を、触れ合わんばかりに、並んで、立つ。
……絶世の、美丈夫が、二人。
◇
…………。
…………ぐっ。
私は、口を、手で、押さえた。
(――尊い)
時間が。
止まった、気が、した。
……いえ。止めた。
この、一瞬を。この、目に、焼きつける、ために。
部屋の、空気も。誰かの、悲鳴に、なりかけた、息も。全部、遠く。
ただ、目の前だけが。
目の前が、きらきら、と、輝いている。
……ああ、なんてこと。
なんて、尊い、光景。
精悍な、男と、陰のある、男が。
裸で、肩を、寄せ合って。
逃げ場も、なく、追い詰められて、いる。
……この、構図。
この、シチュエーション。
私が、夢にまで、見た。
……。
(眼福。眼福だわ……!)
◇
「……お、おい!」
我に、返った、リーダー格が。
真っ赤に、なって、叫んだ。
「な、何を、する! 俺の、服を……!」
「…………」Xは、さすがに、無表情では、いられなかった。
わずかに、眉を、寄せて。
手で、身体を、隠している。
……そして、それを、見ていた。
少年と、協力者は。
「…………」
「…………」
ぽかん、と、していた。
◇
「……あの」少年が、おずおずと、口を、開いた。「……ミナトさん。……これ。……犯人当てと。……何の、関係が」
「…………」
私は、答えなかった。
いえ、答えられなかった。
だって……関係、ないから。
犯人当てなんて、最初から、どうでも、よかったから。
私が、したかったのは。
ただ、これ。
この、眼福を、得ること。
それ、だけ。
私は、恍惚と、した、顔で。
二人を、眺めながら。
ぽつり、と、呟いた。
「……眼福。眼福だわ」
◇
…………。
場が、凍りついた。
「…………」
「……こいつ」リーダー格が、わなわなと、震えた。「まさか……最初から。これが、目的か!? 犯人当てだの、能力だのと、言って。……ただ、俺たちを、裸に、したかった、だけか!?」
「そうとも、言うわね」私は、悪びれず、微笑んだ。
「――結局! ただの! 変態か――っ!!」
リーダー格の、絶叫が。
白い、部屋に、響き渡った。
◇
……こうして。
私の、華々しい「犯人、暴き」は。
――イケメン二人を、裸にして、眼福を、得る。
という、一点においては、完璧に、成功し。
それ以外の、すべてにおいて、完全に、失敗した。
リーダー格は「とんでもない、変態がいる」と、私を、警戒するようになり。
少年は、私を、見る目が「うわあ」に、なり。
そして、Xは。
……ここで、一つ。
大きな、誤算が、生まれていた。
でも、それは、私にとっては。
(結果的に)
とても、幸運な、誤算だった。
◇
X、は。
服を、溶かされた、あと。
じっと、考え込んでいた。
(この、女の、能力は――"繊維を、溶かす"、ものか?
いや、待て。……違う。
あの、少年。薬師の、弟子。
"溶かす"のは、本来、あいつの、能力の、はず。
……では、なぜ、この女が、それを、使えた?
……まさか、誰かの、能力を"借りた"?
いや、それとも。
この、女、自身は……ただの、変わり者で。
本当に、盤面を、動かしているのは――別の、誰か、か?)
Xの、思考は。
深く、深く、沈んでいった。
……そして、一つの、結論に、近づいていく。
「この、湊ミライという、女は。
ただの、変態で、撹乱要員。
……本当の、黒幕は、別に、いる」
◇
……これが、誤算だった。
Xは、私を「ただの、変態」と、見なし。
(それは、正しい)
その、裏に「本当の、黒幕」がいる、と、疑い始めた。
(それは、間違い。
いえ、半分、正しい。
だって、本当に、盤面を、動かしているのは、協力者、だから。
でも、Xは、その、正体には、まだ、たどり着けない)
つまり、私が、あまりにも「くだらない」ことを。
大真面目に、やったせいで。
Xの「敵の、見極め」が……ずれた。
一番、警戒すべき、相手を、見失った。
……もっとも、このときの、私は。
そんな、高度なことは、何も、考えていない。
ただ、裸の、二人を、見て「眼福だった……」と、満足していた、だけ。
(でも、あとで、きっと、言う。
「あれも、私の、作戦の、うち、よ」と)
◇
そして。
一人だけ。
この、茶番を、フードの、奥から、静かに、見ていた。
協力者が。
……くすり、と、笑った、ような、気がした。
まるで「まったく、この子は、相変わらず」とでも、言うように。
……でも、その、小さな、笑みの、意味を。
恍惚と、していた、私は。
やっぱり、気づかなかった。
(第10話 了)
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【 湊ミライの ゲーム攻略メモ 】
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・私の能力:感情の揺れがわかる。中身は不明。攻撃不可。
・私の役割:……なんか地味。よく読んでない。
・残り5人:リーダー格/少年/X/協力者/私。
〔今回〕
・「犯人はあなたたち!」とリーダー格とXを名指し(嘘)。
→壁に並べ、囲ませ、「溶けろ服よ!」で服を溶かす。
→(実は協力者がコピーした、少年の"繊維溶かし")
・目的は犯人当てではなく、イケメン二人の眼福。……達成。
・結果、私は"変態"認定される。でも心は折れてない。
・誤算(幸運):Xが私を「ただの変態=撹乱要員」と見なし、
「本当の黒幕は別にいる」と敵の見極めがズレた。
・(※あれも私の作戦のうち、と後で言うつもり)
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