CASE3 前半
前編です。
暑さが猛威を振るう今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私、邪馬台は、本日の業務も終わりまして、職場から最寄りの駅に隣接するショッピングモールにございます、とある大型書店に来ております。
特に用事があったわけではないのですが、いわゆる、涼を求めてというやつなのです。
ご存じ通りの暑い中をてくてくしておりましたゆえに、今の私は、なかなかの蓄熱量を誇っております。
一応、朝のお天気お姉さんが忠告してくれた通りに、できうる限りは日陰を選んで歩いていたのですが……。あれですね、この暑さの原因。半分くらいはエアコンの室外機からもたらされているような気がしてなりません。
ここに至るまで、小さな路地やビルの隙間などを通り過ぎようとする度に、やる気満々の熱波がこちらを覆って来たものなのでした。
そんな時はたいてい、横目に見れば、ビルの隙間に例の四角い箱がずらっと積み重なっておりましたので、まぁ間違いなくあそこからもたらされた熱気だったのでしょう。
……と、いうことは、我々は夏の暑さに抗うためにエアコンを設置しているはずでしたが、その結果、みんなで街中を熱しているという顛末なのかもしれませんね。
なんて言いましたっけ、こういうヤツ。ナントカ現象って習ったような気がします。
……うん、思い出さぬです。まぁ、広い意味でのタマゴが先か、ニワトリが先かみたいなモンですから、それで良いでしょう。
「タマゴか、ニワトリか、エアコンか……」
等と独り言ちながら、エアコンのきいた書店の本棚をなんともなしに眺めます。あぁ、涼しいって幸せ。世界中が涼しくなれば戦争もなくなるのに……。
――と、
「いや、その3つって並ぶモンなの?」
背後から突然声をかけられてしまいました。
しまった、独り言が大きすぎた?
慌てて背後に向き直りますと、なんだか見知ったような顔がこちらを見ておりました。
「久しぶり壱与。卒業以来じゃない?」
「伊東さんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところにいるなんて。」
涼しげなノースリーブのワンピースを身にまとい、胸元で手を振る彼女は、私の学生時代の同期。伊都 日美子さんでした。
あまり交友関係が活発ではなかった私を、何かにつれては構ってくれた方です。
「こんなとこって、ここは私の地元だもの。あんたこそ、最寄りはこっちじゃなかったでしょ?どうしたのよ。」
「今の職場、ここが最寄り駅なんですよ。今は帰宅中です。」
ちなみに私の告げた「こんなところ」は、本屋さんの中、という意味だったのですが、流れに齟齬がなければわざわざ指摘することではないでしょう。
「……変な顔してる。またなんか妙な事考えてるでしょ。」
「変とは失礼な。ちょっと世界平和について考えてただけですよ。」
「そういうトコよ。……まぁいいわ、せっかくだし、ちょっと座らない?」
と、伊東さんは書店の一角を目線で示しました。併設された喫茶店のカフェスペースです。
最近の本屋さんには、こういうおしゃれ空間が備わっているものなのです。今も、数人のグループや、気高きおひとり様などがちらほらと座っております。
今の時間と、帰宅後の予定を思い浮かべましたがーー。
「良いですよ。特に予定もありませんし。」
「おっけ。ドリンク頼んでくるから、席取っといて。そっちもなんか飲む?」
「コーヒーでお願いします。アイスで。」
「了解。」
取り立ててやることもなかったですし、たまには旧友と語らうというのも良いでしょう。
……あ、晩御飯は残しといてって連絡しとかなきゃ。
ちょうど空いていた丸テーブルの一角を占拠しまして、手触りの良い木製のテーブルを撫でてみます。ニスの具合がつるつると気持ちが良い。これなら、飲み物をこぼしても大丈夫ですね。
母様への連絡を済ませた私の周囲は、がやがやとしたお話声で満ち満ちております。
本屋さんの一角という場所にしては、なかなかの音量であるようにも思えますが、ここはこういうのが許される場所なのでしょう。
私が利用することはあまりないので、あくまでもひとりよがりの空想ではありますが、ここは存在意義として、モールのフードコートと同じようなものなのかもしれません。おしゃべり、メイン。
「……で、アンタ最近はどうしてんの?ここが職場の最寄とか言ってたっけ?」
斜め隣に腰かけた伊東さんが、ドリンクを傾けながら尋ねてまいります。ホイップクリームのたっぷり乗った、名前の長い奴です。
「そうですよ。先月からなんです。えっとですね、商店街の方を抜けて――」
「あぁ、そっち。うちとは逆方向か。道理で見かけなかったはずだわ。何の仕事?」
「コールセンターです。」
そこそこ利用人口の多いこの駅ですし、これまで再会しなかった理由は方角の問題だけではないと思います。
……いや、でもこの子。学内でも遠くから私を見つけてくれてましたね。もしかして、私って割と目立つ方?
「コールセンターかぁ。ストレスとか大変そう。大丈夫なの?」
「うちはそうでもないですよ。あんまり忙しくもないとこですし、大変なのにはまだ当たったことないです。」
いや、別の意味で『大変』なのとは、日常的に遭遇しておりますが。……私の知識からして、大いに変、という意味で。
「ちなみに、どんなとこなの?」
「えっとですね、会社名は――」
続けようとしたところで、突然周囲のがやがやが大きくなり、私の言葉がかき消されます。
「えっ?なに?聞こえなかった」
「っと、そうでした。人に言っちゃいけないんでした。社外秘?です」
「あぁ、コンプラ的な?セキュリティレベル高いわねぇ。……なんだ、結構ちゃんとしてるとこなんじゃないの。」
危ないあぶない。たまたま雑音が大きくならなければ、うっかりしちゃうところでした。
入社時にもキチンとサインしましたからね。社外で、みだりに会社や職務内容について話さない。
「そうなんですよ。たまにおうちでも話しちゃいそうになるんですけど、TVの音とかで聞きとれなかったりなのでセーフです。セキュリティって安心ですよね。」
「いやいや、どんな安全対策なのよ、それ。セキュリティってそういう意味じゃないような……」
◇
「――はふ。」
と、うっかり溢してしまいそうになったあくびを噛み殺します。
そんな私の粗相にも、目ざとく気づいた隣のデスクの竹早さんが――。
「なぁに、ヤマトちゃん。寝不足?」
と、今日も元気に私の肩をつんつんしながらからかってきます。
「ごめんなさい。ちょっと昨日、帰宅が遅くなってしまったものでして。」
「あれ?昨日ってなんか長引いた?私帰った後、変なの引いちゃったとか?」
「いえいえ、昨日、帰りに駅で友人と会ってしまったのですよ。それで、おしゃべりしてたら遅くなってしまいまして。」
「なるほどねー。」
私は、ごしごしと目元をこすりながら苦笑いです。ちょっとだらしなかったですね。
「ってか、ヤマトちゃん。友達いたんだ。」
「竹早さん、それ、恐ろしく失礼な発言のような……」
お向かいの面兼さんも混ざってきました。いつもの切れ長の美人さん顔をひくひくさせております。
っと、そういう意味ではないですよぅ。
「いやいや『この辺に』って意味ですよ。ね?竹早さん。」
「ん?あぁ、もちろんそうよ、その通り。やだなぁ、志乃。そっちに決まってるじゃん。」
「そっち、っと言ってしまっている時点で、バレバレなのですが。」
アハハと笑う竹早さんと、あきれ顔の面兼さんが対照的です。なんだかわかりませんが、仲良きことは美しいです。
「それで、邪馬台ちゃん。もしかしてそれって、駅中のカフェで、ですか?」
「そうですそうです。思ったより居心地よくって、すっかり長居しちゃって……。って、なんで知ってるんですか?」
「やっぱり。昨日、私もたまたま隣の本屋さんに行っていまして。邪馬台さんっぽいなぁとは思ったんですが。」
「あらら奇遇でしたね。声かけてくださいよぅ。」
「お友達とご一緒のようでしたので。」
お上品にうふふと笑います。思わずつられてお上品スマイルを浮かべてしまいますと、竹早さんがすねたように口をはさんでまいりました。
「なにさ、2人して。ってか、志乃は家、逆方向じゃなかった?そっちにも本屋あるじゃん。」
「駅中の方が揃いがよいのですよ。……といいますか、私の家の方角にあるのって、B●●K・●FFですよ?」
「本屋は本屋でしょ?」
「青梅と青海くらい違います。」
「似たようなもんじゃん。」
「そんなことを言っているから、盆と年末に遅刻者が多発するんですよ。」
唇を尖らせる竹早さんですが、伏字が意味をなさない大型古書店と駅中の本屋は、流石に一緒くたにできないほど違うような……。
「相変わらず細かいねぇ。」
「竹早さんが大雑把すぎるのです。世の新刊書店の皆様に怒られてください。……っと。」
なおも続けるお二人でしたが、面兼さんがお仕事モードの表情に変わります。きりり。
「おっと、着信?」
「いえ、チャットの方です。」
尋ねる竹早さんでしたが、どうやら面兼さんのデスクに、チャットでの問い合わせが回ってきたようでした。
いかんいかん。早とちりして、通話モニターの準備を始めてしまっていましたよ。
顔を見あわせた私たち二人は、「なぁんだ……」っと、雑談に戻ろうとします。
しかし、PCの操作音がしていたお向かいのデスクから――。
「これは……。」
というつぶやきが漏れてきました。
「ん?……どしたん?話聞こか?」
不思議と全く安心できない問いかけをする竹早さんに、首を振って返した面兼さんは、そのまま席を立ち、くだんの案件を回してきたであろう天津さんの元へと向かっていきました。
「天津さん。今の件ですけれど……。」
「あぁ、見ました?内容的に、面兼さんが良いかなぁとおもったんだけれども。」
「はい、確かに私案件だとは思います。ですけれど、良いのですか?」
「うーん。まぁ、ボクもちょっと迷ったけれど、面兼さんなら良いかなぁ、と。君、そろそろわかってきたでしょ?イロイロと。」
「それはまぁ……。それで、対応の方なのですが、―――の形でよいでしょうか?」
「うん。それでお願い。チャットで済ます?」
「いえ、直に話した方が早いかと思いますので。大丈夫でしょうか?」
「うん。顧客データから連絡先引っ張ってきて。出なかったら、チャットの方で、ということで。」
「かしこまりました。」
お2人で何やら話し込まれていました面兼さんでしたが――、
「……ふぅ。」
と、ため息をつきつつデスクに戻ってきました。
「なになに?込み入った話?」
「そういうわけではないのですけれども。……まぁ、ちょっと説明が必要なお客様、という感じでしょうか。」
「げっ、んじゃあ長文チャット?」
「いえ、架電してみます。邪馬台ちゃん、繋がったらモニター入ってもらっても良いですよ。」
相変わらずのちょっと困ったような面兼さんです。
私は元気にうなづき、ヘッドセットをつけなおしたまま、お向かいのデスクの様子をうかがい始めました。
「頑張れー。」
とは、竹早さん。
「ちなみにどんな内容なのですか?」
「そうですわね……。1言で言いますと――」
えっと、『オトメゲー』ってなんですか?
後半に続きます。
近日中に。
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