公爵令嬢は卒業式に出る
ついに来てしまった。
親や関係者を集めた卒業式。式と言っても学院長と国王陛下からお言葉を頂いて、後は親に召喚獣を紹介し、同じ前線基地に行く友人と親交を深めるためのパーティーの場だが。
この日が来るまでにはあのおじさんと友好に、せめて仲直りしておきたかったのに。
学院長は問題ない、連れてくると。反抗的でも痛い目に合わせれば従順になると。確かに間違ってはいないだろうが、私はそんなことはしたくない。これ以上、あのおじさんに対して罪を重ねたくない。
そうだ、おじさんが父の前で反抗的な態度を取った際に、そのまま私の過ちを父に話して解決方法を相談しよう。その方が私としても、おじさんとしてもきっと良い結果になるはずだ。
何せ今までずっと放置していたのだ。文句の一つや二つ、いえ憎悪があるはず。必ず反抗的な態度をとるはず。
そう、思っていたのに。
入場前におじさんと召喚した時以来の顔合わせ。……痩せこけた様子もなく元気そう? それに身なりも召喚された時と違いこちらの礼服と着ている。学院長が用意してくれたのだろうか。
おじさんに何を言われても受け入れる覚悟で身構えていたが、おじさんは私を見て一礼しそのまま隣に立つ。
卒業生の隣に立てるのは召喚獣のみ。それを理解して立ってくれている。……私を召喚主として認めてくれている? 何もしていないのに?
何故と困惑している間に卒業式が始まり進んでいく。
学院長や国王陛下のありがたいお言葉も頭を通り抜け、気が付くとパーティーになっていた。
そうなれば当然父がこちらに向かってくる。何せおじさんを召喚して以来近況報告をしていないのだ。聞きたいことなど山のようにあるだろう。
どうしたものかと迷うのは一瞬。決断は即座に。覚悟を決めて父に向き合う。
「リリーナ、久しぶりだね。近況報告がないから心配していたよ。それで、そちらの私と同年齢くらいの男性が召喚獣なのかね?」
「はい、そうで――」
「お初お目にかかります、ラッツ・ロール・ルイス公爵。私はお嬢様の召喚獣、本堂誠一と申します」
私の言葉を遮りおじさんが前に出て頭を下げる。しかしおじさんを見る父の目は見たことがない程に冷ややかだった。
「……君は、ボロを出していることに気付いているかね? 召喚獣は召喚主としか会話が出来ない。私と君の会話が成立していることで君が私と同じ世界の人間だと教えているようなものだよ? それとも同じ世界の人間を召喚したというのかね?」
「とんでもない。私は皆さまとは違います。科学文明の世界から来た者です。この世界のような魔法など一切ない文明です。そうですね、グレイ! すまない、ちょっと来てくれないか?」
何でおじさんが父と話が出来ているのか。それに何故父の名前を知っているのか。それにおじさんの名前に、魔法のない世界から来たと。知らなかったことを知り、分からないことが増え、頭の整理が追い付かずに混乱する。ただ分かることは、この場で私だけが置いていかれているということ。
「すまないグレイ。こちらの公爵閣下に分かりやすく科学文明について説明したいのだが、良い方法はあるかな?」
「なるほど。任せて、トモダチ」
そう言うとポーラの召喚獣であるグレイはコップを手に取って上に投げると、取っ手の付いた棒を向けその棒から光が放たれた。その光はコップに当たり――。
「コップが消えた!」
「今行ったのはこの光線銃でコップを分子単位で分解を……理解できませんか? ごめん、トモダチ。力になれなかった」
「いや、十分だとも。ありがとう、グレイ」
これは、どういうことだ? おじさんを監視させていたはずのグレイが、おじさんと仲良し? 同じ科学文明の人? いや、それよりも今、私はグレイの言葉が。
「ま、待ってくれ。色々と聞きたいことが……。今のはノルン子爵家の令嬢の召喚獣だろう? 言葉が」
「ああ、それについてご説明をしておりませんでした。申し訳ありません。私の能力のようなものとお考え下さい。私の周囲では言葉は自動的に翻訳され相手に伝わります。誰とでも会話ができるだけです」
「誰とでも会話が……。そうか、ならば最初に話ができたのもそれか。疑って悪かった」
「お気になさらず。それで今起こったのは分かりやすく説明しますと目に見えないくらいにバラバラに――」
父とおじさんの間で勝手に話が進んでいく。その中に時折ポーラの召喚獣のグレイも入って。ポーラはこれを知って、いなさそうだ。ポーラの両親共々驚いた様子で見ている。父と話しているので割り込めないのは分かるが、止めてほしいと願ってしまう。
「ふむ、なるほど。確かに全く違う技術を根幹に置いた文明なのだな。セイイチ殿もグレイ殿、だったか? 彼と同じように強いと見て良いのだろうか?」
「とんでもない! 勘違いされているようですのでお教えしますが、私の文明の延長線上にグレイの文明があります。グレイの方が発展した世界から来ているのです。今の私は虫一匹殺せません。誰とでも会話ができるだけのおじさんです」
「ふふふ、君がそういうのならそういうことにしよう。しかしリリーナはもっと王道を求めると思っていたが、君で良かった。娘にとって学ぶことが多いのは歓迎したい。これからも娘を頼むよ」
「ははは、あっと。これから北の前線基地に行くことはご存知でしょうか? 何でも極寒の地だとか。何卒資金援助をお願いできませんでしょうか。私では努力して稼いでも今日までにこの服を用意するのが精一杯。資金もほとんど使ってしまい、防寒具を買う余裕がありません」
何と、と父が驚いた顔でこちらを見る。絶好の機会だ。ここでおじさんとの確執を話し、助言を頂く。
しかし言うのは自分の不始末。口を開くも言葉に出すのに僅かに躊躇いがあった。その隙が致命的。
「あっと、お嬢様を責めないでください。私がお嬢様の手を煩わせないために独自で行動した結果ですので。それに、資金援助と言っても北へ行くための準備資金を求めているのではなく、科学文明の技術をこちらでも再現できないか実験、いえ確認を行いたいだけなのです。ただそうなると金額が少々高く、お嬢様にお願いできることではないので」
本当であればここに技術の一端でも用意すべきなのですが時間が足りなく、とおじさんは頭を下げた。
ただ父は話を理解できたようで、見たことがない程にこやかに笑っていた。
「話は分かりました。確かに、娘にはお願いしにくいことでしょう。しかし資金援助を娘にするのは……。いや、セイイチ殿にでしたな。ならば問題ない。副次的に娘が何らかの成果を上げたとしても」
「何の関係もございません」
はっはっは、と父とおじさんが盛大に笑う。
「分かりました。ほんの少しではありますがセイイチ殿に資金援助を致しましょう」
「ありがとうございます。ほんの少しで結構ですので。それでは、これ以上親子との時間を取っては申し訳ないのでここで失礼します。他の地に行く召喚獣の友と別れの挨拶もしなければなりませんので」
そう言っておじさんは他の召喚獣の下へと言ってしまった。
「リリーナ」
「は、はい!」
そうだ、まだ父がいた。
「お前が私に近況報告しなかった理由が分かったよ。手紙などで彼について教えられても信じ切れず、下手な先入観を抱いていただろう。何も知らせずにこうして会わせるのが一番理解できる方法だった。こんな方法を考えるとはリリーナは成長した。それとも、セイイチ殿の入れ知恵かな?」
「は、はい?」
父は何の話をしているのだろうか?
「リリーナ、お前は少し実直すぎる。もう少し硬軟を併せ持って欲しいと思っていた。セイイチ殿は良い老獪さを持っている。おそらく最初に話しかけて警戒を誘うのも、最後に資金援助を願ったのも全て計算の内。彼から色々と学びなさい」
「分かりました」
父がおじさんを認めた。それも非常に好評価で。
気が付けば私は父におじさんとの確執を話す機会を失い、姉二人の近況を聞くなど父と差し障りのない会話しか出来なくなっていた。
後になって気が付いた。おじさんは最初に一礼した後は一度も私を視界に入れなかったことに。




