おじさんは卑劣となる
「ニック・ロール・グランさん。ホンドーさん。準備をお願いします」
やはり勝ち進めば試合数も減り、大して休む時間もなく呼ばれてしまう。
先ほどの疲れがまだ残っているのだが、仕方あるまい。
ニック対策に作ってもらった鎖付きの鉄の棒を持って待合室を出る。
一本二本であれば楽なのだが、数が多いと重たい。それでも急がなければならないため、なけなしの体力を使い小走りで進む。
そして何とか追いつけた。
「すみません、ニックさん。ご相談があるのですけど」
別れ道の手前で先を進んでいたニックに話しかける。
だがニックは私に興味がなさそうに、ちらりと私が抱えている大量の鉄の棒を見てから鼻を鳴らして先に進もうとする。
話す必要がない、いや話しかけるなと言ったところか。
「勝ちを譲っていただけませんか?」
それは困るので、何とか相手の意識をこちらに向けさせる。
「ふん。所詮は召喚獣。人の姿をしても矜持などないようだな」
ニックの足が止まった。こちらを侮蔑するような目で見ているが、それに関してはどうでもよい。
「ははは、そうですね。勿論勝ちを譲っていただく以上、ちゃんと対価を支払います」
「召喚獣如きが俺を満足させるものを持つはずがないだろうが。お前は無様に負ければそれで良いんだ」
ふはは、と笑いながら上機嫌に去ろうとするニックに私は。
「ある女性が泊っている宿屋の部屋をお教えします。それと、窓のカギを開けておくことを約束します」
彼を満足させる言葉を贈る。
直後、彼の笑い声が途切れる。揺れている、なんてものじゃない。予想外の対価に考えが追い付かずに硬直しているのだ。
「関係のない話ですが、あなたはお嬢様に目を付けている。しかし数日もすれば東の最前線に向けて移動するため、この町を発ちます。それまでの間に貴方は心を掴めるでしょうか。難しいでしょう。ならば強引な手段も視野に入れなければ」
気分としては人を陥れようとする魔女だろうか。私は男だし、陥れる相手も善人から程遠いので心が痛むこともない。
先ほどとは打って変わってニックは真剣な顔持ちでこちらを向く。
「その話、真だろうな」
「嘘は申しません」
思った以上にニックの食い付きがよい。これはこの交渉だけで終わらせられるかと思ったが。
「良いだろう。宿屋の場所は知っている。だから先に部屋を教えろ。そうすれば試合で負けてやる」
こいつ本気で言っているのか? 話すわけがないだろうに。部屋の場所こそ本命の情報で、窓のカギはついでに過ぎない。……ああ、そうか。失敗した。
交渉とはある程度対等でなければ成立しない。そしてニックは私を下に見ている。それとついでに言えば馬鹿だ。
聞くだけ聞いて約束を破る姿が容易に想像できる。
「申し訳ありません。警戒のためお嬢様は定期的に部屋の場所を変えられます。ですので、試合後に連絡手段を教えて頂ければこちらから部屋の場所を教え、窓のカギも開けておきます。騒がれぬように薬をご用意することも可能です」
素直に断れば機嫌を悪くするだろう。なので教えられない理由を付けつつ、それに対する詫びの如く譲歩する。しかしこれだけしても機嫌を崩さないだけというのが面倒だ。
譲歩されて当然と考えている奴は嫌いだ。
「使えん奴だな。だがまあ、良いだろう。ルルクス伯爵邸にいるから、そこに連絡しろ。ただルルクス伯爵に乞われて出場している以上棄権は出来ない。しかしお前如きの攻撃で倒れると言うのも嫌だな」
「でしたら強力な一撃が入り、腕や足が動かない振りをして降伏をされてはいかがでしょう。それでしたら痛い思いもあまりしないかと」
「格好悪くないか?」
格好良く負ける方法など知るか! そう言ってやりたかったがグッとこらえる。我儘な客には慣れているのだ。
「退場する姿が堂々としていれば格好良いものです」
「そうだな。俺の相手は全員運ばれていたからな。自らの足で出て行けば十分か。それで、どうすれば良い? 魔法は控えた方がよいか?」
「いえ。魔法をメインでお願いします。こちらで防ぎますので。ああ、もしも私がうっかり負けてしまっても約束は守りますので、そこはご安心ください。ですが剣の使用は控えてください。怪我を負って私が動けなければ約束を守れませんので」
分かった、と言ってこれから、主に夜のことを考えてか下品な笑みを浮かべてニックは別れ道の先に行く。その後姿を見送り、大きく息を吐く。
結果は上々。出来れば棄権が望ましかったが、それは過ぎたもの。剣の使用を封じただけでも成果としては十分。
後は予定通りに進めばよい。上手くいけばニックは負ける。懸念材料だった部分も、今の話でニックが降伏してくれることになった。
うーむ。これでは私もルルクス伯爵を悪く言えないな。
「さあ、盛り上がって参りました! 準決勝です! 得意の魔法で闘技者を一撃で倒してきた稲妻の貴公子、ニック・ロール・グラン対! 卑怯卑劣な手で勝利を得てきたただのおじさん、ホンドーの試合を始めます。オープン!」
卑怯卑劣とは酷いな。勝つために全力を尽くしただけなのだが。まあ、観客受けしないことは分かっていた。
もはや闘技場に入るだけでブーイングだ。ニックは魔法が派手なおかげか歓声の中から入場か。
まあ、良い。向こうが歓声を浴びている間に急いで準備を進めよう。まずは鎖付きの鉄の棒を地面に突き刺して――。
「ライトニング」
不穏な声が聞こえたため、即座に抱えていた鎖付きの鉄の棒を投げ捨てると同時に地面を転がる。直後。
稲妻が走り、地面に突き刺しておいた鉄の棒に直撃する。
危ない! あの馬鹿! どうみてもこっちは準備中だっただろうが! 観客に煽てられて使ったのか。本当に負ける気があるのか。
素早く突き刺した四本突き刺した避雷針代わりの鉄の棒に吸われたから良いとして、あの稲妻が直撃すれば最悪私は死ぬぞ。
さらに嫌なことに今の魔法が観客に受けたのか、闘技場の歓声がニックに集中し、ニックはそれに応えるように剣を抜いた。
剣を使うなと言っただろうが! 近接戦闘だけは無理なんだ。。
幸い剣を抜いて走って来るのではなく、余裕を持ってゆっくりと歩いてくるのでその間に先程捨てた鉄の棒を拾い地面に突き刺す。
しかしニックめ。まさか先程の交渉は全て演技で最初から勝つつもりだったのではないだろうな。……違うか。そこまで器用には見えない。となると、闘技場の空気に舞い上がったか。
剣に備えて鉄の棒を持っておくが、心許ない。若干重いため取り回しに不向き。それに私の反射神経では一撃を防ぐのが精一杯。いや、それも怪しいな。
そして一定距離まで詰めてきたニックはそこから一気に走ってきて接近。そして剣を振り上げ。
勘で上を防ぐ。大正解。しかしニックはすぐに横薙ぎの一閃。それに反応しきれず。
カンと音を立てて剣が止まる。避雷針代わりに突き刺した鉄の棒に当たったのだ。
その幸運を見逃すことなく即座に煙玉を地面にいくつも叩きつける。辺りが濃い白い煙で覆われる。
「うわああ! ひえええ!」
煙の中を移動しながら自発的に悲鳴を上げる。観客を惑わし、ニックの足を止めるために。その間に私は準備を終えて。
「やった! 逃げたぞ!」
白煙からの脱出。それと同時に声を上げて手に持っていた鎖付きの鉄の棒を上に投げる。直後。
「ライトニング」
稲妻が走る。
そうなると思った。煙玉で姿を消しながら悲鳴を上げていたのだ。戦う意思がないように思っただろうが、声が近いため警戒せざるを得なかったはず。
それから少しの沈黙の後に逃げた宣言だ。それに声も先程よりか遠く、聞こえた方向もしっかりと分かっただろう。
となれば、ニックが取れる行動は二つ。剣を持って追うか、魔法で追撃をするか。
二分の一。だが今までニックは魔法で敵を倒してきたのだ。それに剣を持って逃げる相手を追うのは格好良いことではない。
だから魔法を使うと思っていた。白煙で周りが見えなければ警戒せずに使うと。
稲妻は私が投げた鉄の棒に吸われ、鎖の方へと伝わる。その鎖の先にあるのは、地面に突き刺した鉄の棒。
私は煙の中で悲鳴を上げていただけではない。鉄の棒同士を鎖で繋いでおいた。そのための特注品。
稲妻は鉄の棒の間を駆け回り、最後には抜きの身剣へと移り、ニックに直撃する。
「ガアアァァ!」
とはいえ、鉄の棒を地面に突き刺している以上、稲妻は威力を減らしてニックに届いている。倒せるかどうかは怪しい。
しかしこれで先の交渉が生きる。自分の一撃を受ければ手足が動かなくなる理由には十分。降参してくれる。
本当なら鉄の結界はもう少し綺麗に作るつもりだったのだが、ニックが想定よりも早く動いたため無理矢理な形になってしまった。上手く言って本当に良かっ――。
「クソ、クソがっ! 絶対に殺す!」
思ったより強力だったのか、煙が晴れて現れたニックは四つん這いの状態で倒れていたがその表情は怒りに満ちており、降伏する様子はない。
予想よりも厳しい攻撃を受けて頭に血が上ったか。どうやら先程の話など忘れている様子。
交渉をした意味がない。やはり馬鹿に交渉は早かったか。
馬鹿が立ち上がる前に残り一つとなったカプサイシン入りの煙玉を投げつけて逃げる。あの状態なら煙の範囲から逃げることは出来ない。
「クソ、ころ、ゲホッ、ゴフッ!」
後は一回戦同様に目が効かない相手の耳元で魔石を炸裂させる。ただニックはホークと違い、そのまま気絶してくれた。
「卑劣のおじさん! ホンドーの勝利!」
直後に湧き上がるブーイングの嵐。しかしそんなものの相手はせずに早々に戻る。
緊張からくる精神的疲労が私の身体を苦しめる。鉄の棒をそのままにして今すぐ待合室に戻って横になりたい。
……ああ、でもその前にルルクス伯爵と話をしないと。




