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おじさんは異世界で暮らす

 一月前、私はこの異世界に召喚された。

 そして、捨てられた。




 若い頃にあちこちに海外出張させられたが、今ほど酷い宿舎はなかっただろう。最低でも屋根と壁はあった。

 何せ今は。


「おう、おじさん。帰ってくるのを待っていたぞ」


「いい草は採れましたか? 鮮度が命ですよ」


 山帰りの私たちを出迎えてくれたのは同じ宿舎に住むお仲間。

 いや、宿舎とは言えない。厩舎が正しいだろうか。何せここに居るのは出迎えてくれた火を吐く蜥蜴のサラマンダーや、常にしっとりと濡れている馬のケルピーなど人型ではない者たちの宿舎。

 壁はあるが仕切るための壁であり音や風を防いでくれるわけではなく、扉もあるが出入りを制限するだけの扉でありプライバシーを保護してくれない。

 そのため色々と手を加え少しは良くなった。あくまで少し、だが。


「それじゃトモダチ、帰還報告をしに行かないといけないから」


「ああ、そうだな。一応戻ったことは報告するか。後で来るから飯を用意しておけよ」


 そう言ってグレイとシャクドウは荷物を置いて帰ってしまう。彼らの寝床はここではないから仕方がないが、羨ましく思ってしまう。

 何せ、人型の召喚獣である彼らは召喚主の部屋で寝泊まり出来るのだから。




 一月前にここ、ハリス王国の最高教育機関。メーゼル魔道学院では卒業を控えた生徒による召喚の儀が行われた。

 一度しか使えず、生涯を共にする召喚獣(パートナー)を召喚する。

 召喚する際には願いを口にすればそれに沿った召喚獣が召喚されると言われ、例えば叡智の極みを求めれば宇宙人のグレイが召喚され、人知を超えた力を求めれば鬼のシャクドウが召喚された。

 何を望んだのか、学年一の才女であるルイス公爵家の令嬢。リリーナ・ロール・ルイスは本堂誠一を召喚した。

 学院の期待を一身に背負っていた彼女にとって、ただのおっさんの召喚は信じがたい悪夢だったのだろう。現実を受け入れられずに本堂誠一の存在を否定し、捨てた。

 おかげで私はこの世界で何の伝手も後ろ盾も支援もなく、生きて行かねばならなくなった。


 ただ非常識な令嬢もいれば常識的な大人もおり、メーゼル魔道学院の学院長が自由に寝泊まりできる場所を提供してくれた。

 宿舎ではなく厩舎だったが。

 ただ後から考えればこれが限界であり正解だったのだろう。召喚獣用の厩舎なのだ。召喚獣として召喚されたおっさんがいてもおかしくはない。これが難癖を付けられないぎりぎりのライン。

 まあ、住む権利をもらった以上、快適に過ごせるように改造する権利も得たと考えて手を加えたが。

 



「おじさん、客が来たみたいだぞ」


 採ってきたキノコを日当たりが良すぎて誰も使っていない部屋に干していると、サラマンダーが私を呼ぶ声が聞こえた。

 外はすっかり日が落ち、目を凝らさないと少し先も見えにくい程に暗くなっていた。

 この時間に来る私の客と言うことは。


「ああ、セーイチさん。どうも遅れて申し訳ありません」


「お気になさらず、マイケルさん。色々とお忙しいようで」


 商人のマイケルだ。私が召喚されてから一月の間で友人となった数少ないただの人間。

 この世界で活動しようとした際に最も困ったのは金がないこと。金がなければ出来ることが非常に少なかった。

 その時にお世話になったのが駆け出し行商人のマイケル。長身なのだが体つきは細く妙に腰の低い対応をしてくる。また糸目で常に笑みを浮かべているため非常に胡散臭く見える。

 実際は真面目で誠実な商人である。儲け話があれば全力で飛びついてくる程度の一般的な商人。

 

「ずっと忙しいと良いのですがねえ。あ、こちらはご依頼の肉です。屑肉を細かく切って潰したもの、で良かったんですよね?」


「あっちの蜥蜴に食わす分だから品質については……ね! そうそう、マイケルさんに頼まれていたものがありますよ」


「おっと、失礼しました。それで、例の物はどこに?」


「こちらです。表に出しておくようなものではないので」


 へっへっへ、と軽く汚い大人の会話をして本題に入る。山に入り怖い思いをしたのはマイケルからの依頼があったため。

 依頼の品を見せるとマイケルは丁寧に損傷などを確認し、最後には問題がないと判断したのか嬉しそうに依頼の品を受け取った。


「ありがとうございます。これを頼める人が見つかって本当に良かった。損傷もほとんどない」


 上機嫌に肉を積んできた台車に依頼の品を乗せるマイケル。さて、こちらも食料が届いたので夕食としよう。




 本日の夕食はミンチにした肉をまとめて焼いたものと、山菜のスープ。非常に質素だ。せめてこれに米は加えたい。何事も日本にいた頃と比べてはならない、とこの世界に来て最初に学んだことだったかな。

 そう、何事も。日本にいた頃はこんなに騒がしく食事をしていたのは飲み会の時くらいだったか。


「おい、蜥蜴! 鉄板がぬるいぞ。もっと火力を出せ」


「サラマンダーだ! 大体肉を焼くならこの程度で十分だ。熱に耐性のあるシャクドウは黙って食っていろ! おじさんよ、そろそろ俺もシャクドウのように名が欲しいのだが」


「グレイはいつもスープだけですね。具も入れないですし」


「顎が強くないから。肉は噛み切れないし、芋は固い」


「そうだったのか、グレイ。気付かなくて悪かったな。やることが多く煮込む時間がなくてな」


「気にしないで。トモダチ以外の召喚獣は食事自体不要なんだ。それに、トモダチはボクが流動食しか受け付けないのを理解できるでしょう?」


 本当に、騒がしい。夕食はいつも一人。毎晩騒がしく夕食を食べるなど子供の時以来か。

 名前を欲しいとねだるサラマンダーを押しのけ、酒がないので酔うはずがないのに絡んでくるシャクドウから逃げ、野菜が少ないと文句を言うケルピーを無視し、こちらに気を遣うグレイをなだめる。

 何と煩わしい夕食。何と楽しい夕食。


「ふふふ、皆さん楽しそうですねえ」


「騒がしく申し訳ありません。マイケルさんも無理にここで夕食を取らなくてもいいんですよ? 美味しくないでしょう?」


「いえいえ、そんなことはありません。良い雰囲気の中で食べる食事は美味しいものです。それにまともな食事なんて久しぶりです」


 マイケルは行商人だからあちこちで色々なものを食べているのではないかと思っていたが、そんなことはないようだ。迷惑と思ったが食事に誘って正解だったか。


「がっはっは、そりゃあんな化け物を食ってりゃここの飯は美味いだろう」


 サラマンダーの相手に飽きたのか、シャクドウがこちらに絡んでくる。しかしこいつは何を言っているんだ? 醜悪な化け物を食う? あれは。


「あっはっは、シャクドウさん、でしたか? あれは食用ではありませんよ。あれは剥製にして売るんです。南の大陸には魔物はいませんから好事家が買うんです」


「剥製? 南?」


 何の話だ、とシャクドウは首を傾げる。……そうだな、丁度良い機会だ。


「マイケルさん、よろしければ外のことを教えてくれませんか? この一月生きることに必死で情報など集めていなかったので」


「ええ、良いですよ。そうですね、まずは足元、この国から話しましょうか」


 今いる国はハリス王国。南には海があり、北東西の三方向は魔物の領域と言う非常に厳しい立地。だからこそ、貴族だけが入学できるメーゼル魔道学院で召喚獣を召喚し戦力の増強を行っているのだろう。


 そしてマイケルの母国があるのは南の大陸。そちらには魔物はおらず、数多の国が存在している。人類の枠で見ればおそらくそちらが中心であり、こちらは北の僻地みたいなものなのだろう。

 なるほど。北の僻地にしか生息しない不思議な生き物。それの剥製となれば確かに珍しさから好事家が欲しがりそうだ。


「しかし剥製の件ですが、専門の機関に依頼すれば良いのでは?」


「専門の機関? ああ、騎士団ですか? 彼らは治安維持などが目的ですし、そちらに対してコネがありません。休暇中に小遣い稼ぎとして受けてくれる方はいるかもしれませんが、少ないでしょう。僅かにでも死ぬ可能性もありますし」


 ふむ、そこで騎士団が出てくるということは冒険者ギルド的な存在はないのか?


「大きな町なら腕っぷしに自信がある人が何人もいると思いますが」


「そうですね。ただ本当に腕に自信がある方は先ほど言った三方向のどこかへ行き、開拓に参加します。何せ開拓に成功すれば貴族の仲間入り。自分主導では行わず、出来る人を見つけてその人の手助けをすればその人が貴族となった時に家臣になれます。何らかの事情で町を離れられない腕っぷしのある人はすでに他の商人に囲まれていますから、私のような新参者が依頼は出来ません」


 開拓。そうか、魔物に囲まれた厳しい立地と思ったが、戦力さえ整えば誰に文句を言われることなく国土を拡張できるのか。開拓なんぞ、と思う気持ちはあるが未来に対し希望を持って動けているのであれば良いことか。


「だから皆さんのおかげで本当に助かりました。召喚獣の方と話せるならもっと前からお願いすればよかった。それにサラマンダーさんのように火を出せたり、ケルピーさんのように水を出せるなら私も欲しいものです。まあ、南の大陸では召喚獣は召喚出来ないのですが」


 ん? それは。


「それは無理だぞ? 召喚獣は基本的に召喚主としか意思疎通は出来ない。例外は同じ世界から来た場合程度で、召喚獣同士の意思疎通も出来ない」


 シャクドウの指摘にマイケルは困惑した様子で目の前の光景に目を向ける。何せ目の前の召喚獣たちは普通に意思疎通し、そしてマイケルとも話が出来ている。


「今話している、そう考えたと思いますがこれはトモダチのおかげ。召喚獣と召喚主の間には繋がりが出来る。それにより言葉が異なるのに意思疎通が出来るようになるんだ。ただトモダチは召喚主と繋がりが出来る前に捨てられたから、その繋がりが何か作用してトモダチの周囲にいる者の意思疎通を可能にしている、と思う。トモダチがいなければボク達は言葉が通じないんだ」


 え? そうだったのか。初耳だ。最初にサラマンダーやケルピーのような明らかな人外と会話出来た時は驚いたが、出来ないのが普通だったのか。異世界だからそういうものなのだと思っていた。


「そうだったのですか。となると、やはりセーイチさんには感謝しても足りませんね。召喚獣と話すという貴重な体験をさせてもらいました。セーイチさんには他にも色々とご意見なども頂いていますし、本当に頭が上がりません。ああ、そういえばセーイチさんが仰っていた品、仲間が見つけてくれました。明日にはこの学院に届くとのことです」


「ほう? どちらですか?」


 海の方です。と言われて僅かに気落ちする。期待していた方ではなかった。しかしすぐに気を取り直す。海の方でも問題はない。干しキノコも手に入ったので、これで作りたかった物に手を出せる。


「トモダチ、何の話?」


「美味しい話だ」


 面白そうだ、混ぜろ。と突っかかってくる他の召喚獣たちを蹴散らし、その日の夕食は終わった。


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