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おじさんは社会の恐ろしさを思い出す

「ごめん、おっちゃん! ツケで!」


「あいよう」


 さて、これで何人目のツケ利用者かな。

 おでん屋の屋台を初めて一週間が過ぎたが、想定通り客足は順調。場所が良いのだろうか。

 最初の内は誰もが懐と相談して頼んでいたため回転率が良かったが、今はツケが利くと知って大量注文して長居する者が多い。

 一応ツケを利用した者はツケを払い終えるまで屋台の利用は出来ないのだが、元々競争率が高いため利用できないのが普通と考えているようだ。

 おかげで一度のツケの金額が半端じゃない。払う気があるのだろうか。

 まあ、計画通りだから問題ないのだが。


 具材もなくなり今日は店じまいにしようとしていると、対面に誰かが座った。


「今日はもう、ってグレイか。うどんくらいは出せるがどうする?」


「いや、今日は良いや。温泉の件が進みそうだからトモダチに話をね」


 保留にしていた温泉の件か。

 北の前線基地にいた小人を見つけて話をした後、小人とグレイに任せて一切関わっていなかった。しかしどうやら進展があったようだ。

 

「まず、温泉の場所だけど、洞窟内じゃ狭すぎるから外に設置することになった。洞窟を少し削って温泉を出やすく、ってこの辺りの話は別に良いか。温度が高すぎる問題については排水先を河にして、その氷を入れるなり、雪を入れるなりして調整してもらおうと思うけど、どうかな?」


「良いんじゃないか? ただそのウォータースライダーの設計図は何だ?」


「小人の報酬用。温泉の横に設置するって」


 うん、まあ。良いんじゃないか? 可愛らしいものだ。

 ただそれだけを理由に来たのだろうか。……グレイなら来てくれるな。今回は他の用事もあったようだが。


「でも問題もあってね。不凍熊なんだけど。あそこに居たってことは多分寝床だよね。洞窟があったからか、温泉が湧き出ていたからかは知らないけど、あそこが快適な環境だった可能性がある以上、別の不凍熊が来るんじゃないかと思うんだ。だから計画では温泉を壁で囲うことはせず、脱衣所も洞窟を利用する形にして一度様子を見たいんだけど」


「まずはやってみようか。それから少しずつ修正していこう」


 分かった、と頷いて戻るグレイを見送り、店じまいをしつつ明日の仕込みの準備をする。

 盛況なのは嬉しいが思っていたよりも繁盛してしまい忙しい。憧れは憧れで留めておくべきだっただろうか。




「トモダチ、出来たよ! ってキジュツは何でいるの?」


「私は極寒の森林の奥にある小山の調査が終わったからその報告だよ。ほら、その小山にしかない植物がたくさんある、竜に例えられた小山だよ。今度行く計画を立てているけど一緒に行く?」


「絶対に行く」


 ふむ。温泉の作るため一週間ほど会わなかったグレイが閉店前にまた来てくれた。

 それは問題ないのだが、何故私も例の小山に行く流れになっているのだろう。確かに、そこにしか生えていない植物が気になりキジュツに調査をお願いした。しかし行く計画まで立てていないし、今初めて聞いた。

 私の計画ではツケを盾にして巡回の兵士に採ってこさせようと思っていたのだが。

 寒し、怖いし、行きたくはなかったのだが。反対できる雰囲気ではないし、最近ずっとおでん屋をしているだけだったので丁度良いか。


「グレイ、温泉が出来たのか?」


「え、あ、そう! トモダチ、温泉が出来たよ。不凍熊はやっぱり現れたけど、大事なのは高温の温泉みたいで、不凍熊はあれを飲み水にしていた。だから離れたところに流れるようにして不凍熊の誘導に成功。安全に温泉に入れるようになったよ」


 何やら私の知らないところで色々と頑張ったらしく、グレイが嬉しそうに語ってくれる。何だか……いや、考えないでおこう。


「ではもう入れるのか?」


「もちろん、小人のウォータースライダーも完成しているよ」


 それはどうでも良いとして、労働後の温泉は入りたい。こちらに来てから濡らした布で身体を拭く日々は疲れた。

 問題は行きも帰りも寒いということ。そこはしょうがないから我慢しますか。


「キジュツさんも入ります?」


「トモダチ、それ、セクハラじゃない?」


 久々の温泉、と浮かれていた私にナイフよりも鋭い言葉が突き刺さった。

 セクハラ、それは男性社会人にとって恐怖の言葉。同僚の野田君もその言葉により会社を辞めてしまった。

 野田君は言っていた。軽いスキンシップのつもりだった、と。


 では私の言葉はどうだ? 確かに温泉に誘った。キジュツはピエロの仮面を被った人あらざる者。しかし、性別があるとすれば女性。女性を温泉に誘うという行為はセクハラに。


「キジュツさん、誠に申し訳ありません。この一件はどうかご内密にお願いいたします」


 あたる。絶対にセクハラにあたる。でなければ野田君が辞職したりするものか。

 気が緩んでいた。社会にいる女性の取り扱いを間違えれば男性は簡単に崖から突き落とされるのだ。そう、常に男性は崖っぷちにいるのだ。


「あっはっは、何か分からないけど別に良いよ。温泉ね。要は風呂でしょう? それなら領主の屋敷にあるから入ったことがある」


「キジュツも入るの? その仮面は外すの?」


「これ? これはこのように外しても、外れない! ほーら仮面が増えるぞ」


 グレイに指摘され、何故か嬉しそうにキジュツは仮面に手を当て、外して見せる。しかし仮面を外してもキジュツの顔には仮面が付いたまま。

 手には仮面、顔にも仮面。しかしキジュツの仮面は何重にも張り付いているわけではない。

 こちらが驚いている間もキジュツは仮面を外し続ける。金太郎飴でも見ている気分だ。


 試しに外した仮面を手に取ってみるとほんのり温かい。キジュツが先程まで付けていたかのようだ。

 ……仮面だ。何の変哲もない仮面。だから、装着!


「い、意識が! 乗っ取られ――ウィィィィ!」


「ト、トモダチィィィ!」


「……なんてね!」


 気勢を上げながら全身を痙攣させた演技が見事だったのか、グレイは騙されてくれた。キジュツも珍しく驚いてくれたのか動きを止めている。

 勝利宣言のピースをすると、グレイは騙されたことに拗ねるように顔を背け、キジュツはツボに入ったようで大笑いを始めた。


「しかし良いな、この仮面。触り心地も良いし、付けても違和感がない。お土産に欲しいな」


「あー、残念だけど一晩もすれば消えちゃう――ん? グレイ?」


 一晩で消えてしまうのか、残念に思いながら仮面を見ているとグレイが私の手を引っ張った。

 何かと思い顔を向ければ。


「トモダチ、また、セクハラ」


 ははは、グレイは何を言っているのやら。私がいつセクハラ紛いなことをしたと?

 グレイの視線が私の持っている仮面に向けられた。これがどうし……はっ!


 グレイの仮面。何度外しても顔の仮面はなくならない不思議な仮面。私はふとそれに似た性質のものを思い出した。

 髪の毛だ。抜けても生えてくるのだから。


 ここで仮面を髪の毛と仮定して私の先ほどの行動を当てはめると。


 髪の毛を顔に付け、触り心地に言及。あろうことかお土産として持ち帰りたいと言った。

 セクハラだ、完璧にセクハラだ。訴えられたら勝てないレベルでセクハラだ。


「こ、このことは社にはご内密に! 何卒、何卒お願いいたします」


「だから分かんないって。何で二人だけで楽しそうな会話をするかなー」


 それからキジュツにセクシャルハラスメントの概念を教え、店じまいを終えてから温泉に向かった。

 勿論、別々に入った。セクハラは怖いから。


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