おじさんは金を稼ぐ
私がこの北の前線基地に来て一月が経過しようとしている。
今日はどの兵士も顔色が良い。それもそのはず、今日は兵士の給料日だ。
給料日と言っても使い道は仕送りか貯金、次の休日に町まで出かけて色町に行くくらいしか使い道はないのだが、手元に金が入ることを嫌う人間はいない。
しかし忘れてはならない。給料日を待ち望んでいたのは本人だけではないということを。
服装チェック。汚れはない、皺はしょうがない。清潔感は十分にある。身だしなみを整えるのは大事だ。特に今回のような重要な場面では。
私はとある部屋の前で待機している。気分はドッキリを明かす人。ただ突きつけるのはドッキリの看板ではなく、非情な現実なのだが。
しかし待機の時間が楽しいというのも珍しい。さっさと時間が過ぎるか、逆に時間が止まって欲しいと願うことの方が多かった。
耳を研ぎ澄まし、中の様子を伺う。そしてこれからすることにどんな反応をするか想像して楽しむ。
悪戯が楽しかった子供の頃の気分。キジュツも良くボルダー辺境伯相手には悪戯をしていると言うし、その理由が少し分かる。
部屋の中ではボルダー辺境伯から兵士に給料を渡している。
まず初めに基本給となる給料を全員に渡し、その後魔物の討伐数が多いなど仕事を頑張った者に特別手当を渡す。
こうすることで兵士たちに誰が雇い主か理解させ、特別手当を皆の前で公表して渡すことで仕事へのやる気を上げる。少なくない支出を少しでも効果的にするためのボルダー辺境伯の知恵だ。
今は基本給を全員に渡し終え、これから特別手当を渡す。
私の出番はもう少し先か。
「トモダチ、商人が来たよ」
「ありがとう、グレイ。ではここに連れて来てほしい。もし私が居なくてもここで待機させておいてくれ。腕の良い商人であれば入るタイミングは自分で理解するはずだ」
おそらくグレイが商人を連れてくる頃には特別手当を渡し終えていると思われるので、しっかり私がいない時の話もしておく。まあ、商人の腕を信じる曖昧なやり方だが。
ボルダー辺境伯が特別手当を渡し終え、給料を渡す場を閉めた。この瞬間だ。
ちらりと背後を振り向くがグレイが戻ってきた様子はない。しかしこの瞬間を逃すわけにはいかないので扉を開けて出ていく。
「はい! どうも、皆様お世話になっております。ルイス公爵家令嬢のしがない召喚獣です。本日は皆さまの中の何名かに御用があって参りました。ツケを払って頂きたい。ちょうど今なら手元にあるようですので」
突然の乱入に殺気を飛ばしてくる怖い熟練の兵士が何名もいたが、こちらの姿と目的が分かると殺気を飛ばすのを止めてくれた。ああ、良かった。あのまま殺気を飛ばされていたら怖くて逃げていた。
ただ熟練の兵士の代わりに拙い殺気を飛ばしてくる兵士がいる。ツケのある兵士だ。
彼らは基本的に出稼ぎや、西や東への開拓地に行く前に箔をつけるためにここで働いている兵士だ。給料は親族に渡るか、開拓資金となる。
当然給料を渡したくなどない。かなりの金額を飲み食いしてツケにしたのだから。
どうせおじさん一人の屋台のツケなど踏み倒せるとでも考えていたのだろう。甘い、実に甘い。私の味方は大勢いる。
「何だ、ツケがあるのか? ツケがある者は早急に支払え。借金があると良からぬことを考える者が出てくる」
基地の治安を守るため、ボルダー辺境伯が口を出す。
そうなってはツケのある兵士は殺気を引っ込め、素知らぬ顔をしてやり過ごすしかない。そんな方法で逃げられるわけがないのだが。
まずは一人、身近にいて徐々に距離を取ろうとしていた兵士に話しかける。
「どうも、こちらツケの領収書です。お支払いお願いします」
「し、知らない。俺は行ってない!」
「何言ってんだ。お前滅茶苦茶食ってたじゃねえか」
しらばっくれる兵士に熟練の兵士が指摘する。しらばっくれた兵士は裏切られた顔をするが、熟練の兵士の対応は当然だ。
ツケの分を払ってもらえないと俺は食材を仕入れられない。食材を仕入れられなければ屋台を出せない。
以前にツケなんてして大丈夫か、などと他の兵士が心配してくれた時にそう伝えて危機感を煽っておいた。熟練の兵士からすれば温かくて美味いものを作ってくれる店が、身内が金を払わなかったために潰れて美味い飯が食えなくなるなど許せることではない。
熟練の兵士という強い味方のおかげでツケの支払いはスムーズに終わった。しかしこのままでは終わらない。
このまま終わると兵士から俺たちの金で儲けやがって、と恨まれる可能性がある。そこで。
「ではボルダー辺境伯、場所代です」
「うむ、確かに」
その場で売り上げの一部をボルダー辺境伯に渡す。これにより私の背後にボルダー辺境伯がいることを示しつつ、私も金を取られる側であることをアピールする。
それと同時にボルダー辺境伯に以前話した計画の完成図を示す意味も込める。
前にキジュツからボルダー辺境伯領は赤字が出ないギリギリの運営だと聞かされた。その解決策を求められたときに難しい、解決策はないと答えた。
その後、村を回る過程でキジュツから話を聞き、根本的な赤字の理由を知った。
兵士に払った給料が外に流れてしまっているためだ。
ボルダー辺境伯領に住む熟練の兵士たちは良い。家族のいる村に送り、自分の為に使うだろう。それはボルダー辺境伯領を回る金となる。
しかし遠方から出稼ぎに来た者や、西や東の開拓地に行くのが目的の兵士はどうか。
ボルダー辺境伯領内で使う金は少なく、遠方にいる家族の下か、開拓資金として持って行ってしまう。
国という大きな単位で見れば経済は回っている。しかしボルダー辺境伯領内だけで見れば金は外に出ていく一方。そのため魔石を売って外から金を得るしかない。
ボルダー辺境伯領内に経済の環が出来ていないのだ。
だから熟練の兵士以外もボルダー辺境伯領内で金を使わせるように仕向ければいいのだが、基地に近い町が山の向こうと遠く頻繁に金を使う場所がなかった。だから基地内に屋台を開いた。
こうして兵士に渡した金は屋台を通してボルダー辺境伯に渡る。これが経済の環であり、ボルダー辺境伯に話したこと。金を渡したことでボルダー辺境伯は強く理解できただろう。
ただこのままでは少しまずい。主に私への恨みが。
ボルダー辺境伯に売り上げの一部を渡した。後ろ盾も見せて、金を取られる側のアピールもした。
だが私の手には未だに大金がある。これで皆さんと同じ金を取られる側、などと言っても反感を買うだけ。
そのために。
「遅れまして申し訳ありません、セーイチさん。ご依頼の食材を集めてまいりました! 代金の方をお願いいたします!」
マイケルに紹介してもらった商人を呼んである。
「ストロードさん、ありがとうございます。こちらが代金です」
見事なタイミングで出て来てくれたストロードに、私は笑顔で手元にある金の大半を代金としてストロードに渡す。
これで私を恨もうとしていた兵士はもう私を恨めない。何故なら、私の手元にある金は僅かであり、それは彼らの給金以下なのだから。
自分と同じか、それ以下で苦労しているおじさんを恨めるだろうか。いや無理だ。むしろ同情するだろう。
では大金を手に入れた商人のストロードさんを恨むのか。それも難しい。
「確かに。お支払いありがとうございます。これで他の村にも出向いて農作物の買い付けができます」
良かった、と人の好さそうな笑顔でストロードが大金の使い道を語る。
彼の語る村とは当然ボルダー辺境伯領にある村であり、その村出身の熟練の兵士がここにいるだろう。そんな彼らの故郷に金を落とすというのだ。文句も恨みも出るはずがない。
しかしストロードは私の思っていた以上に出来た商人だったらしく。
「ああ、そうだ。実は今回買い付けに行った村でこの基地に行くことを話したら、手紙を届けてほしいと言われて預かってきたのでした。すみません、この手紙をその方にお渡し願えませんか?」
手紙の束を取り出して近くの兵士に渡す。するとすぐに熟練の兵士がその兵士に群がる。
何とも手際の良いことで。
ストロードが前線基地に来た理由は何も私に食材を届けて代金を受け取りに来ただけではない。
本命は北の前線基地への食材の納品。今はストロードとは違う商人がそれを請け負っているが、軍事基地への食材の納品なんてでかい利権を他の商人に渡したまま見ているわけがない。
もしその商人がミスした際には、即座に代わりを名乗り出られるようにボルダー辺境伯に顔を繋いでおきたかった。
兵士への手紙の配達はそれの強化だ。私に何かがあってストロードを呼ぶことが出来なくなっても、兵士への手紙の配達という手段があれば前線基地に入ることは出来る。その際に少しボルダー辺境伯に自分の商品の魅力について語ることがあるかもしれない。
どれだけ納品利権が欲しいのか伺える。
まあ、遠くないうちにストロードが納品利権を奪う気もするが。
既にストロードにも経済の環について話しており、ボルダー辺境伯よりも早く理解してくれた。その結果が村への農作物の買い付けだ。
村に金を落とすことで村人は町に買い物に来て金を落とす。それで儲けを出すのが商人のストロードであり、その儲けの一部を税としてもらうのがボルダー辺境伯である。
金が巡る経済の環を強化するためにストロードを重用する可能性はあるのだ。ある程度は優遇してくれるかもしれない。
まあ、そこまでは憶測であり私に関係のある話ではないが。
私にとって重要なのは今目の前の状況。
恨み先が無くなった兵士たちは肩を落とし、また一部は家族への言い訳を考えながら出ていき、熟練の兵士たちも家族からの手紙を読むために足早に部屋を去った。
ストロードもまずは顔合わせだけとボルダー辺境伯に挨拶をしてから帰り、今部屋にいるのは私とボルダー辺境伯、召喚獣のキジュツだけ。
「話は理解していたがこうして兵士に渡したはずの金が手元に帰ってきて深く理解できた。支出収入以前に領内で金が巡ることが重要なのだな。今回のような手は一度しか使えないだろうから、新しい方法を考える必要があるが、光明が見えた。ありがとう」
「いえいえ、お気にせず。それよりもこれを見てほしいのですが」
そう言って私はボルダー辺境伯に一枚の紙を渡す。
「何だ、これは? 請求書? 屋台の飲み食い? 待て、私は一度しか利用していないし、こんなに食べた覚えは」
「はい。確かにボルダー辺境伯はご利用されておりません。ですが、お支払いの責任はボルダー辺境伯にあるものと」
「馬鹿な! 何故私が――!」
私の向けている視線がボルダー辺境伯からその背後に移ったことを察したのか、勢いよく振り向くとそこにいる人物を見つけた。
「いやー。へっちゃん! 美味しかったよ」
キジュツである。そして請求書とはキジュツの屋台での利用料。
召喚獣の功罪全てが召喚主にあるのであれば、当然飲み食いの代金の支払いも召喚主がするべきこと。
召喚獣同士仲間だの、他の召喚獣だのとボルダー辺境伯は御託を並べて支払いを拒絶しようとしたが、契約と交渉であれば私もその道の人間。負けるわけにはいかない。
これによりボルダー辺境伯に渡した場所代以上の金を回収に成功した。




