第9話 ブレアウッドのシーリス(シーリス視点)
町で3人のならず者に絡まれた優斗とシーリス。
その対決の前に、シーリスさん視点で彼女の生い立ちと現在までを振り返らせてください。
私の名前はシーリス・シルフィール。18歳、独身。
カダイン伯爵家の近衛騎士を拝命しています。
近衛騎士の中では、新人の枠に入りますが、こう見えても国内で数少ない「二つ名」を持っているのです。
「二つ名」というのは、ある分野で国内外に名前を知られるほど有名となった時に、その国の大衆が畏怖や尊敬を持って呼ぶようになったものです。
『ブレアウッド』のシーリス
それが私の「二つ名」です。『ブレアウッド』というのは、カダイン領の北東、国境付近にある大きな森の名前です。
そこには世界でも有名な古代遺跡があり、それを数多くの魔獣や盗賊などから守るために「守り人」達が興した比較的大きな村があります。
私はそのブレアウッドの村で生まれました。
武術・体術に優れた「守り人」である両親に戦闘の英才教育を受けた私は、12歳で魔獣の群れを一人で撃退して初陣を果たし、それからも数多くの盗賊や、悪徳商人に雇われた傭兵達を次々と殲滅しました。生まれつき風の魔法属性に高い適性があったこともあり、ブレアウッドの森を風と共に縦横無尽に駆け巡って魔獣や盗賊達と戦う私の戦果は、あっという間に国内に広まっていきました。
16歳になる頃には、「ブレアウッドで風を感じたら命が無いと思え!」が国内の大衆に浸透するようになり、気がつけば『ブレアウッド』のシーリスと呼ばれていたのです。
……そんな頃、私に転機がやってきました。ブレアウッドに近衛騎士長のレイシア様が訓練のために部隊を率いてやってきたのです。
少し天狗になっていた私は、同じく二つ名を持つ『雷帝』のレイシア様に無謀にも戦いを挑み……敗北しました。
その時のことは、思い出したくありません……。
その後、レイシア様から近衛騎士にスカウトされて今日に至るというわけです。
◇◇◇◇◇◇◇
そうでした! 私にとってユウト様との出会いも転機の一つです。
カダイン伯爵邸の地下にある魔術実験室から、レイシア様に脇を抱えられるように出てきたユウト様を見た時、私の身体の中に一陣の風が舞いました。今考えると、精神的な衝撃で風の魔力が一瞬暴走したのだと思いますが、それくらい私にとって胸が高鳴った瞬間だったのです。
(この美少年こそ私の運命の人かもしれない!!)
そう思い、すぐに駆け寄ってレイシア様に「この少年は?」と冷静を装って話しかけると、
「この少年は、さきほどマリク様が異世界人召喚儀式によって召喚した異世界人です……『私が』世話をすることになると思います」
と言いました。
(そ、そんな……レイシア様が……)
レイシア様にはトラウマもあって逆らえない私は、ユウト様に近づけないかもしれないショックでしばらく意気消沈してしまいましたが、その1時間30分後、マリク様のおかげで私に幸運が巡ってきたのです!
「………却下だ。なぜ近衛騎士長とメイド長自らが行く必要がある。新人でよい」
食堂でのお話合いの中で、マリク様がユウト様とミユ様の護衛に自ら就くと言ったレイシア様とメイド長マーサの進言を退けたのです。2名の内、1名は騎士団総長のゼガート様が男性を指名するはず……とすれば、もう1名の女性騎士は……!!
◇◇◇◇◇◇
女性騎士の護衛は、私にあっさりと決まりました。レイシア様以外で私に勝てる女性騎士など、このカダイン伯爵領にはいません。メイド達は2名をくじ引きで決めたみたいですが、騎士は試合で決めるのが恒例ですから……。
その後、ゼガート様から正式に「ミユ様」の護衛に女性の私が、「ユウト様」の護衛に男性のビリーが任命されましたが、これも私の想定内です。
別邸に向かう為に玄関に集合した私は、ビリーの姿をみつけると、すばやく馬車の陰に連れて行き、『おだやかな話合い』を行いました。その結果、護衛対象を交換することになりました。
ビリーが思ったよりも聞き分けがよくて安心しました。
その後、ビリーがミユ様に無礼な言動をしたみたいですが、私とのお話合いの影響ではないですよね? えぇ、きっと違います。
◇◇◇◇◇◇
そして私は晴れて今日、リッタの町の武器屋で、ユウト様とお買い物デートにこぎつけることができたのです!!
「ユウト様! こちらの防具などいかがですか? とても似合うと思います」
「えっと……シーリスさん。今日は訓練用の武器と防具を買いに来たのでは?」
「そうですけれど……。きっとユウト様はすぐに上達してしまいますから、今から普段身につけるものも選んでも……あっ! でもそれなら、この町ではなくカダイン領の中央街の騎士御用達のお店のほうがいいかしら?」
ユウト様の少し困った顔も、とても素敵です。
あとで、リアナやカレンに自慢しましょう! と考えていると、
「……シーリスさん。この木刀と防具が訓練用みたいです。これでいいですか?」
ユウト様が確認を求めてきたので、
「お金のことなら、気にしないでもっとランクの高いものでも大丈夫ですよ。
この店の商品が全部買えるくらい持ってきていますから!」
と、わざと少し大げさに大きな声で返事をしました。
すると、最初から店内にいた目つきの悪い男が、ニヤリと笑みを浮かべて店の外へと出て行くのがわかりました。
(さて……私の思い通りに動いてくれるかしら……)
そんなことを一人考えていると、ユウト様から痛い指摘をされてしまいました。
「確か、この町にくる途中で無駄遣いをしないようにお姉ちゃんに言っていたのは、シーリスさんでしたよね……」
「そ、そうでした。無駄遣いはいけませんね……。では、この木刀と防具、あと真剣も手頃な大きさのものを買っておきましょう」
……ふぅ、危ない危ない。自分でユウト様からの評価を下げてしまうところでした。
訓練用の木刀と防具を購入し、真剣もユウト様に握りと重さを確認してもらった中から適当なものを1本選びました。
「ありがとうシーリスさん」
「どういたしまして!」
お買い物が終了したので、ミユ様達と合流すべく道具屋のある通りへと向かって二人で歩き始めました。
そして……私達二人の目の前に、さきほどの3人のならず者があらわれたのです。
◇◇◇◇◇◇
「大丈夫です。ユウト様……少し下がって見ていてくださいね!
私の雄姿を!!」
私は腰のレイピアに手をかけ、一歩一歩前に進んで行きます。
(まさか、こんなに思った通りにいくなんて!)
ならず者達に歩みを進めながら、思わず笑みが出てしまいます。
なぜなら、ユウト様と武器屋に入る際、目つきの悪い男が店外に2人、店内に1人いるのを、私は把握できていました。この人達が私の凄さをユウト様にアピールできる場を提供してくれないかなぁ……と思い、低い確率ではありましたが、私達が大金を持っていることをわざと聞こえるように会話に混ぜたのです。
「おい、姉ちゃん! 俺たちとやる気か?」
「痛い目みるか!」
「悪く思うなよ!!」
3人が怒声を上げながら私に向かって武器を振り上げます。
2人は剣、1人は片手斧ですが、ものすごく動きが遅いです……あくびが出そう。
少しだけ風の魔力をレイピアに込めて、戦闘態勢へと移行していきます。
「私に会ったのを、運がなかったと思ってくださいね!
私の名前はシーリス。『ブレア……」
私が名乗りを上げているその瞬間!
ブシュ―――――――――――――――――ッ!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドバァ―――――――――――――――――ッ!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
(えっ? なに??)
突如として、ならず者2人に向けて、横から大放水が行われました。
予期していなかった放水を受けた2人は、元の位置から5メートルくらい吹き飛んで気絶しています。
残った1人は何が起こったのかわからず、ただ茫然と立ち尽くしています。
「大丈夫!! 優斗!!」
(ミ、ミユ様?)
放水が行われた地点に目を向けると、“化粧部屋”の水洗ステッキを手にしたミユ様が、まるで魔法の杖をかざした魔術師さながらに半身に構えて立っています。
「……お、おねえちゃん!」
「優斗……大丈夫みたいだね。良かったぁ……。
待ってて! 今、もう一人も退治するからね!」
そう言って水洗ステッキを、1人茫然としている男に向けて放水を始めました。
ズババァ――――――――――――――――ッ!
「!!!!!!!!!!!!!!」
放水を正面から受けてしまった男は、叫び声を上げることもできずに後方へと吹き飛びました。
(……あっ! 頭打ったみたい……大丈夫かしら……)
思わず、吹き飛んだ男の心配をしてしまいましたが、そんなことよりも、私の「見せ場」が全てミユ様の“化粧部屋用”水洗ステッキによって奪われてしまったことに気づいてしまいました。
「ミ、ミユ様……ここは、私の……一番……なのに……」
あまりのショックに上手く言葉が出てきません。
ガックシと肩を落とし、その場に座り込んで落胆している中、遅れてきたビリーが町の兵士達に3人の男を引き渡し、私とミユ様を見てため息をつきました。
「……ミユ様。護衛がしっかりと対応できる状態であるにもかかわらず、護衛される側が手を出すなんて聞いたことがありませんよ……。それに、水洗ステッキを武器にするのは、世界中でミユ様だけです……」
ビリー言葉に、ミユ様が「しまった!」という顔をして謝罪してきます。
「えっと……シーリスさん。仕事を妨害してごめんなさい…。“化粧部屋”に入っていたら外から騒がしい声が聞こえて……優斗のピンチかと思ったものだから……」
ミユ様に慰められたような気がして、何だか自分が情けなくなってしまい、少し涙が出てきました。
ユウト様がさらに落ち込んでいる私を見て、オロオロと心配してくれています。
「シーリスさん……。
おねえちゃんも、わざとシーリスさんの仕事の邪魔をしたわけじゃ……」
「……ユウト様。お心遣いありがとうございます……」
ユウト様に声をかけられて、ショックから気を持ち直しつつある私でしたが、
ここで、いいことを思いつきました。
(そうです!! 私も、ただでは終わりませんよ……。)
「ユウト様……私のお願いを1つ聞いてくださったら、すぐに元気を取り戻せそうな気がします……聞いていただけますか?」
「なんですか? 僕にできることなら……」
ユウト様を上目遣いでウルウルと見つめ、私はお願いします。
「私のことを、今後は『シーリス』と呼び捨てで呼んでください」
「えっ? ……でも年上の人を呼び捨てにするのは……」
ユウト様がためらっているのがよくわかり、ダメかと思ったその時……
「そうですね。護衛対象から『さん』づけで呼ばれるのは不自然ですね。
二人とも私達のことは呼び捨てしてください」
ビリーが私を「貸し1つだぞ……」と言っているかのようにチラ見しながら、フォローしてくれました。
それを聞いたミユ様は、ユウト様と頷き合って、
「わかりました。それでは、これからは『ビリー』『シーリス』と呼ばせてもらいますね。優斗も大丈夫?」
「うん、わかった。」
と今度は快く返事をして約束してくれました。
ユウト様はまだ地面に座り込んでいる私の傍に近づいて、
「シーリス……立てる?」
……と手を差し出してくれました。
私はその手をそっと握り返して幸せを噛みしめました……
ニコニコ笑顔が素敵なシーリスさん。
実は結構な策士でした…。
次回は、別邸に帰ってお料理開始です。