表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョブチェンジ  作者: アンドロメダ亭X
PR
20/21

20

 対立の構造はもはや薮田を巡る争いではなく、高取と鹿島の権力争いに様相を変えている。高取と鹿島、生き残ったどちらかが結果的に薮田に首輪をつけることになる。

 鹿島の護衛がどうなっているかは知らない。ブライアン無き今、ハリウッド仕込み一人では力不足は甚だしい。永世名人に飛車角、左脳落としで挑むようなものだ。ただ、鹿島の地位と人脈を駆使すれば、地下に潜って姿を眩ませることも可能だろう。

 どちらにしろ水本には関係のないことだ。鹿島の安否も薮田の利権も中国企業の日本進出も、水本にとってはどうでもいい。水本が関心があるのは高取だけだ。

 とはいえ、こちらが興味なくても向こうからまとわりつかれてしまえば無視するわけにはいかなくなる。一昔前の少女マンガなら、まとわりつかれているうちにいつしか異性として意識をし始め、はっ、ふっ、ほっ、の三拍子で不器用な恋に落ちるところだが、世界が変わればそう甘酸っぱくはいかない。

 誰かが明確な殺意を持って近づいてくるなら、殺られる前に殺らなければいけない。

 つけられているのはしばらく前から気付いていた。この前の男よりかはましだが、しょせんはましぐらいのレベルである。尾行対象との距離と身の隠し方は悪くなかったが殺気が立ちすぎていた。古典落語に出てくる大店のぼんくら若様でもない限りは勘づく。問題はその殺気がいつ水本に向けられるかということだ。

 誘うように人気のない夜の公園に立ち寄った。ブランコと滑り台の間にある外灯の下だけ、ぽっかりと闇が切り取られている。

 外灯の下を通り過ぎる。短い影が落ちた。背後で砂利を踏む音がした。殺気が近づいてくる。息づかいが背中に届くくらい相手を引きつける。背後の足音が、一際強く地面を蹴った。

 来る。

 相手の武器は刃物か鈍器か。刃物なら刺す。鈍器なら振り下ろす。どちらでも避けられるよう横に間合いを外した。

 振り返ると、目出し帽を被った男が、攻撃のタイミングを逸して棒立ちになっていた。

 手には特殊警棒。

 甘く見られたものだ。繁華街で粋がる不良少年の喧嘩じゃあるまいし、特殊警棒はないだろ。ポケットにはメリケンサックでも入れているのか。水本は相手が再度攻撃の態勢を整える前に、仕事鞄からアイスピックを抜き出し、目出し帽の目と目の間に突き刺した。頭蓋骨を砕く手応えがあった。目出し帽の男は眉間にアイスピックをおっ立てたまま、日本人とは異なる痛がり方で悶絶した。地面をのたうち回り、ブランコと滑り台の間に落ちる丸い光の中で絶命した。

「急で悪い。仕事を頼みたい」

 始末屋に電話をする。尾行されながら通った道にはいくつか監視カメラが設置されていた。防犯カメラの映像から水本と目出し帽の男の関係が明るみになることは考えづらいが念には念を入れておくにこしたことはない。

「今からですか」

 迷惑そうな声を出すが、本心では臨時収入に心を踊らせているのは明らかである。

「深夜割り増しを払うからすぐに取りかかってくれ」

「おやおや、珍しく羽振りのいい話ですね。何か事情でもおありですか」

「おありだよ」

 水本の事情を知りながらわざとからかっている。今や業界でそれなりの規模とポジションで仕事をしている人間で、水本と鹿島と高取の事情を知らない者はまずいない。自分の商売と将来に直結する事態だから当然だ。鹿島と高取のどちらが覇権を握ろうと食いっぱぐれのないようバランスを見ながら、それでいて目先の儲けもしっかりと確保する。中東の紛争を牛耳る欧米の武器商人と同じ立ち回りである。

「それじゃあ、今から仕事に取りかからせてもらいます。費用はいつもの口座に振りこんどいてください」

 七百円のアイスピックでチンピラ中国人を殺して、処分に上場企業の係長の年収ほどの金を使う。その上、収入はなしだ。殺し屋も割に合わないが、殺し屋に狙われるのは一層割に合わない。

 割に合わない仕事はその一件だけでは済まなかった。

 交差点で信号を待っていた。人通りは少なく信号を待っているのは水本と隣に立つベビーカーを引いた若い母親だけだった。ビルとビルの隙間から、夕刻を告げる黄みがかった日が差し込んだ。

 一台のワゴン車が通り過ぎて行く、寸前で進路を変えて交差点に立つ水本めがけて突っ込んできた。水本は横っ飛びで車をかわした。緊急のことで受け身もままならず、したたかに身体をアスファルトに打ち付けた。上着の肘がぱっくりと破れた。

 この冬に買ったばかりのダウンジャケット三万五千円。春を待たずに終了。

 多大な犠牲を払ったとはいえワゴン車の追突を避けられたのは、先日目出し帽の男に襲われたことで自分が狙われる側に身を置いているという認識をし、常に一定の注意を周囲に払うようになっていたおかげだ。ワゴン車が目出し帽よりも先に突っ込んできていたら、赤信号を眺めたまま反応できずにひき殺されていたことだろう。

 ベビーカーをひいた若い母親と同じように。

 ワゴン車はベビーカーごと若い母親をはね、ガードレールに激突して止まった。若い母親は前衛舞踊のように宙を舞って頭からアスファルトに叩きつけられた。ベビーカーは車体に巻き込まれて、前衛芸術を気取った美大生の提出課題のようにひどく歪な形にひしゃげた。

 水本は肘の破れからこぼれる羽毛を手で押さえながらワゴン車に近づいた。運転席の男はガードレールにぶつかった衝撃でエアバックにもたれて気を失っていた。顔はアジア系だ。車内はほのかにニンニクの臭いがした。

 脱いだダウンジャケットを小さく畳み運転席の男の後頭部に当てた。そして、ダウンジャケット越しに後頭部にバールを振り下ろした。こうすれば鈍器による殴打の痕跡を残さずに脳に襲撃を加えることができる。運転席の男がくぐもった声をもらして絶命するまで殴り続けた。これでハンドル捜査ミスによる事故死体の出来上がりだ。

 一張羅のダウンジャケットはダメになってしまったが、始末屋に依頼する必要がなくなり随分と出費が抑えられた。

 二度あることは三度ある。望まないことに限って例外なく当てはまる。

 三度目の襲撃はグループでやってきた。知らない番号から電話がかかってきてカタコトの日本語で「ミミヨリなモウケ話がある」と儲け話に相応しいとは思われない夜中の複合商業施設建設工事現場に呼び出された。

 水本一人に対して待ちかまえていたのは四人だった。四人の凶器は、金属バット、肉切り包丁、金属バット、鉈。

「モウケ話ウソね」

 鉈の男がしたり顔で頬をひきつらせた。

 対峙して十数秒、手元で凶器をクルクルするばかりで襲いかかってくる気配がない。こちらの出方を伺っているのではない。きっかけが掴めずにいるのだ。

 水本は四人に気付かれないよう小さく嘆息した。

 四人の分担がまるで決まっていない。誰が仕留めるかを決めて、そこから逆算して凶器と襲いかかる順番を決めるのがグループで仕事にかかるときの基本である。意志が統一されていない選択肢の多さは、数の多寡を無為にした上に、募金箱に入れるのを躊躇う額のお釣りがくるマイナス要因となりうる。丸出しを越えた素人剥き出し連中である。

 そんな素人に金を浪費すると思うとため息の一つもこぼしたくなる。

 襲撃される側の道理に反するが水本から仕掛けることにした。

 最初に狙うのは肉切り包丁だ。

 接近した混戦の中で有効な攻撃は、斬るでも殴るでもなく圧倒的に刺すだ。狭い空間で身体ごとぶつかるように刺して来られれば、まず避けられない。危険度が高いものから排除するのは集団を相手にするときの鉄則である。ただ、どうも剥き出しの素人集団はその基本すら知らないようだ。四人組の中で年若な肉切り包丁は、残りの三人に遅れを取らないことばかりに気を取られ水本への注意が散漫になっていた。

 おもむろに、肉切り包丁めがけてくの字型をした湾刀ククリを投げつけた。

 グルカ兵御用達のククリナイフ五万二千円は、一直線に飛んでいき肉切り包丁の脳天に突き刺さった。肉切り包丁が排除されれば、あとは接近戦に持ち込めばいい。残る凶器は致命的に接近戦に向いていない。敵味方入り乱れる中では、危なっかしくて鉈なんて振り回せない。味方はおろか自分の身体を切りつけかねない。金属バットに至っては間合いを詰めてしまえば使い道がなくなる。

 あたふたと慌てふためく金属バットブラザーズとしたり顔の鉈との距離を詰めて、さっさと始末する。

 背負った仕事鞄から匕首を抜き取り、したり顔の鉈の腹部に突き刺した。鞄から別の匕首を取り出し、金属バット長男の喉元を貫く。同じことを金属バット次男にも行う。

 白木の匕首三十二センチ三本合計二万七千円で三人。これで済めばお値段以上の成果なのだが、さすがにこのまま四人の遺体を放って帰るわけにはいかない。懐に寒風を運ぶ風神こと始末屋に電話を入れた。

「毎度あり」

 第一声からF分の1の揺らぎ皮算用ボイスである。多少雑でもいいから安くしてくれと注文したが、気持ち程度しか価格に考慮されなかった。

 正当防衛三件で六人殺して甲信越なら一軒家が建てられるほどの出費。まったく割に合わない。サラリーマンの方がずっと好待遇だ。

 貯金を切り崩して身に降る火の粉を払いのけながら水本は違和感を覚えていた。高取が指示しているとするとやり方が雑すぎる。どれも行き当たりばったりで、計画や準備の跡が見られない。高取の仕事のポリシーに反した仕事のやり方である。

 一件目なら尾行担当と襲撃担当を分けるべきだ。尾行者に注意をひきつけておいて別の人間が襲いかかる。人間というのは同時に複数のことに注意を向けられないようにできている。このやり方ならあのミエミエの尾行も頷ける。しかし実際は、水本が人気のない公園に入ると待ってましたとばかりにミエミエの尾行者が飛びかかってきた。玩具みたいな凶器で、その玩具の扱いさえおぼつかない様子で。

 車でひき殺そうとした二件目は、運転手の他に水本の行動を監視して実行のタイミングを運転手に伝える人物がいたはずだ。誰でも考えつく編成だが、それは間違えていない。ただ、タイミングが問題だ。信号待ちではなく交差点を渡っているところを狙うべきだ。止まっているより動いているときの方が、別の行動に移るのに時間がかかる。中国のチンピラは別として、高取なら知らないはずがない。

 三件目の集団での襲撃だって高取が凶器を指示すれば、家にある不要品を歳末助け合いバザーに出す感覚で手近にある堅かいか尖っているものをとりあえず持ち寄ったということにはならなかったはずだ。

 どういう事情があろうと、素人相手にこれ以上無駄な出費を増やしたくない。そのためには一刻も早く高取と決着をつけなければいけない。

 余計な出費を避けるため、水本は極力部屋から出ないで生活するようにした。食事はもっぱら出前で済ました。足が着かないよう複数の店をランダムに使った。朝昼晩の三回、テレビとインターネットでニュースを確認したが、住宅街の公園でも複合商業施設の建設現場でも中国人の遺体が見つかったという報道はなかった。相変わらず始末屋の仕事は抜かりがない。ワイドショーでは連日のように幼い子供と母親の命を奪った交通事故を報じた。ブレーキ痕がないことから、居眠り運転か運転中に運転手になんらかのトラブルが生じたかのどちらかを疑われたが、運転手が事故の衝撃で後頭部を強く打ち死んでしまっているので現場の状況から原因を推測することしかできなかった。事故自体の報道はそれだけだ。それからは、亡くなった母親がどれだけ周囲から愛されていたか、どれだけ我が子に愛を注いでいたか、幼子の未来にはチャウシェスク大統領婦人の宝石箱よりも光輝く可能性があったか、ペットに大型犬がいないことが不思議なほど理想の家族だった、などなどのエピソードで、視聴者好みの悲劇が演出された。

 ニュースを確認する以外の時間は、トレーニングと仕事道具の整備に費やした。

 中華料理屋のさらっとしたラーメンじゃなくてドロドロのくっさいラーメンが恋しくなってきたころに、待ちわびていた電話がかかってきた。

「まいどです。あんじょうやってはりましたか」

 情報屋の声を聞くとますますドロドロのラーメンが食べたくなった。すべて終われば腹一杯どろどろのラーメンを食ってやろう。ドッロドロのつけ麺でもいい。なんてささやかな自分ご褒美だ。ダイエット中のOLか。

「高取の居所が掴めたのか」

「んー、どないでっしゃろ。掴めたいうたら掴めたってことになるんでっしゃろな」

「どういう意味だ」

「依頼をもろてから八方手を尽くして調べたんですけど、てんでわからんかったんですわ。それが昨日になって急に情報が入ってきよった。で、今日一日その情報の信憑性を調べとったんですけど、どうも間違いないらしい。これは、どう考えても怪しいでっせ。おたくをおびき寄せるためのワナちゃいますか。ここは様子を見た方がええでっせ」

 情報屋の言葉通り、これほどいかにも怪しい話は、数年前に業界内で流行った殺し屋育成教室への出資で年利三十パーセントの配当金が得られるという投資話以来である。居場所をリークしたのは高取自身だろう。理由も情報屋の推測通りだ。それがわかったからといって、水本に新たな選択肢が増えることではない。高取もそれを知っているから小細工なしに伝えてきているのだ。

「いつから作戦参謀のオプションサービスをはじめたんだ」

 水本が聞く耳を持たないことは情報屋も承知の上である。長い仕事相手として伝えておかなければ自分の気が済まないだけだ。

「わかっていても行かなあかんときが男にはあるってやつでっか。かっこよろしいですな」

「そんな黴の生えた昭和のダンディズムじゃない。招待を無碍に断るのは、社会人として失礼だろ。それだけだ」

 情報屋は愉快そうに笑った。

「高取はんは、東旬菜館にいまっせ」

 東旬菜館は繁華街のど真ん中にある四階建て宴会場、チャイナ服付き高級中華料理屋として、かつて日本が泡遊びをしていた時代に接待で重宝された店である。泡が弾けてからは業態をコロコロ変えながら生きながらえてきたが、昨年、食道楽ではなく風俗愛好者たちから惜しまれて閉店した。晩年の東旬菜館は、中華料理も食べられる違法売春宿になっていた。八千円の青椒肉絲にはハンドサービスが付き、二万円の北京ダックはリップサービス、三万五千円のフカヒレの姿煮なら本番が付いてくる、という仕組みだ。性サービスが付いてこない通常価格のメニューを注文したら、厨房のおやじが近隣の中華料理屋に出前の注文する。相手は創業当初から変わらない太股までスリットの入った通称エロフライングVチャイナドレスを着た女性店員の中から好みの相手を選べた。全員中国系だが容姿のレベルは高かった。随分以前に水本も二度か三度利用したことがある。悪くない店と相手だった。

「どうしてあそこに高取がいるんだ」

 水本は東旬菜館の内装を思い浮かべた。入り口に二匹の金獅子が待ち構えている。一階はエントランスと厨房になっていて、二階から四階が飲食スペースになっている。かつては二階がテーブル席、三階が個室宴会場、四階が大宴会場だったが、最近は二階も個室に改装されていた。壁と柱はすべて朱色に塗られている。床は大理石風のタイルが敷かれてあり、上階に上がる二基のエレベーター脇に大人の背丈ほどある陶器の壷が置いてある。フロントカウンターの後ろには、二メートル近い布袋像が鎮座している。悪趣味極まりない店である。

「ここしばらく根城にしてるみたいでっせ。あそこは元々中国マフィアの持ち物で閉店後も建物はそのままになっておりましたさかいな。もしかしたら、高取はんの根城にするために閉店したんかも知れまへんな」

 それは考えすぎだろうが、まったくの無関係でもなさそうだ。中国マフィアの狙いは、ケチな性ビジネスで小銭を稼ぐことから薮田の利権を押さえて中国経済界といっしょにこの国を食い散らかすことに変わっている。小遣い稼ぎとそのための警察とのイタチごっこに使っていた人員を総動員して薮田の首根っこを押さえにかかっているというわけだ。どうりで質が悪いわけだ。風俗店店員たちならあの素人臭さも頷ける。

「東旬菜館の見取り図は手に入るか」

「その程度はお安いごようでっせ。明日にでも手元に届けますわ」

「いくらだ」

「これくらいサービスしまっせ」

「損得でしか仕事をしないんじゃなかったのか」

「もう十分儲けは確保させてもろてますさかいおまけですわ。懐が痛まん程度のおまけはケチったらあきまへん。こっちもしっかり儲けさせてもろた上に、依頼した方もおまけが付いたらなんや得した気がして、また仕事を頼みたくなりまっしゃろ。これが商いっちゅうもんですわ。おたくもまだまだ商売っけが足りまへんなあ」

 翌日の昼過ぎ、約束通り東旬菜館の見取り図がポストに投函された。いっしょに封筒が入っていて「情報コンサルティングサービスはじめました。仕事の段取りから道具の選定まで、情報の活用方法をアドバイスいたします。お気軽にお問い合わせください」と流麗な筆字で書かれていた。

 さすが浪速の商人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ