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となりの妹さん  作者: 天城春香
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論破されたことがない人と横浜の印象について

18.

 今度というのがまさか翌日とは思ってもみなかった。


 だから慌てた、ということもなく、ぼくは少し動揺したがすぐに「今度が明日じゃないとは限らない」と思い直して、部屋まで迎えに来た青髪に着いて行って電車に乗った。もちろん大学の講義は休みではなかった。でも休みたかったので休むことにした。大学の先生の中には、一度でも無断で講義を休んだ場合は出席点をゼロにする、という主義をとっている人がいる。じゃあ一度も休みたくなくなるような退屈じゃない講義をすればいいじゃないか、と言い返したいところだが、それならば時分で努力して興味を持とうとするなり単位を取るためと割り切るなりすればいいだろう、と言い返されて終わりだ。これだと言い負かされたことになるんだろうか。悔しいけど、そうなるんだろう。言い勝った感じなんてどこにもないし。


 そもそも言い勝ったなんて言葉が存在しない。いや、ちゃんと調べれば存在するのかもしれないが、言い負けたという言葉は辞書に載っていそうだが言い勝ったという言葉は辞書になさそうだ。代わりに論破という言葉が使われるのだろう、この場合。でも少なくとも日本人の中で論破されたことを自ら認める人はいないんじゃないだろうか。言い負かされてなんかいない、論破なんかされていない、ちょっと動揺しただけだ、と、言い争いを行うような人はみんなそう言うだろう。政治家だって論破されたなんて宣言しないんだから、常人だってそのくらいの意地は張るだろう。


 それに親の説教を素直に聞き入れる、つまり親に素直に論破されるような子供がこの世のどこに……とか考え始めたところで、青髪は電車を乗り換えた。もちろん僕もそれについて言った。横浜駅が終点の路線だった。

「横浜に行くの」

「うん、僕たちは横浜へ旅行にいくんだ」

「近場だね」

 余裕で日帰りできる距離である。泊まりで行く必要なんかあるんだろうか。


「近場でも、わざわざ止まることによって、旅行という雰囲気を出すことはできるだろうね」

 確かに、旅行だからといって日帰りできないような遠いところまで行かなければならないという決まりはない。日帰り旅行という言葉もあるくらいだから、例え行って帰るのが容易な距離であっても本人が言い張ればそれは旅行ということになるのだろう。気分の問題だ。これは旅である、と思いこめば、近所の散歩だって小旅行になりうる。


「何か観光するもの、あったっけ」

 僕はぼんやりと横浜をイメージしてみた。が、上手くいかなかった。僕はこっちに引っ越してから、この横浜まで日帰りで行ける場所まで引っ越してから、まだ一度も横浜へ行っていない。そもそも横浜に対して強い憧れを持たずに生きてきたので、横浜の観光地を調べることもしなかった。横浜へ行くくらいならもう少し足を伸ばして東京へ行くからだ。

 引っ越してから大学の入学式までの休みを利用して、何度か東京には向かった。東京ドームも見たし、神保町へ行ったらほとんどの古本屋が日曜日は休みだということを知らなかったので愕然としたり、秋葉原でメイドと女子校生とインド人が並んでチラシを配っているのを見て生まれて初めて現実に対してカオスという形容をしてみたりした。が、横浜へは一度も行っていない。

 なぜか。僕の持っている横浜の数少ないイメージが、江ノ島とサーフィンしか無かったからだ。江ノ島といえば、なんだかよくわからないが自然豊かで静かな島。そんなものは地元にいくらでもある。サーフィンなんかやったことがないし、ボードやスイムウェアが高そうだ。それに僕は体育が嫌いだ。だから横浜へ行く動機が生まれなかった。横浜に対する興味も生まれなかった。


「そりゃ良かった。全然知らない場所にあるのは、見たことのない景色ばかりだ。わくわくするだろうね」

 青髪はまるで旅慣れている人間みたいなことを言った。

「穴の向こうが違う場所に繋がるたびに、僕はこれまでとは違った味を想像してわくわくするんだよ。僕達にだってそのくらいの感情はある」

「じゃあ穴を通ってくるなにかたちは、みんな気持ちが浮ついているのか」

「みんな、じゃあないだろうね。やることは共通しているけど、心は千差万別さ」

 これで人間さえ食べなければ、人間界に新たな価値観が生まれたりしたんだろう。たったひとつの欲望が人間にとって致命的すぎる。


「ところで、そっちは横浜に何があるのか知っているの」

 僕から尋ねてみた。

「ああ。何度か行ったことがあるからね」

「観光に」

「いや、食事に。同じ所でばかり食事していると、殺戮者に網を張られてしまう恐れがあるからね」

 餌場を散らす。確かにそれなら妹が大学で待ち構えていても安心だ。しかしじゃあ、どうして昨日は妹が来るかもしれない大学へ行ったのだろう。

「そりゃあ、定期的に人間がたくさん密集するからさ。たくさんいるから選びやすいし、食べてもばれにくい」

「逆じゃないかな」

 電車は最後の停車駅から発射した。この駅から横浜までは十駅ほど通過し続ける。

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