第三艦隊、始動
創暦1725年
ナヴァリア王立海軍第三艦隊司令部にて、第三艦隊司令長官に着任してから数日経った霧島長門は執務室の自席で書類の山と格闘していた。
司令官ってこんなに忙しいんだな、第五艦隊の司令官はいつも軽々やってたけど、やっぱりあの人を参考にすべきじゃないな…..
「長門、いるか?」
そんな第五艦隊での思い出を辿っていると、長門と海軍士官学校時代の同期で、同じく第三艦隊へ異動された副司令官「東山大介」がノックとともに呼びかけて来た
「そろそろ艦隊幹部会議が始まるぜ」
「分かったよ、あと公の場では呼び捨てにするなよ?立場上は僕の方が上なんだから」
「あいよ、そんくらい分かってるって、俺は締めるとこはきっちり締めてる奴だったろ?」
「はは、相変わらずだな」
そう会話を交わし、長門はペンを置いて制服を着ながら想いに耽る
第三艦隊、ナヴァリア七艦隊の中でも最も危険な任務を担う精鋭艦隊。その司令官に26歳の若造が就任した、という噂は瞬く間に広まった。当然艦隊内には歓迎の声ばかりじゃなく、僕の実力を疑ったり信用できないと思っている人たちもいる。第五艦隊の時から僕を知っている人もいるけど、まあ大半は知らないよね、それに今日の会議はそのための、言ってしまえば自己紹介兼歓迎会って感じかな
長門は身支度を終え、短く息を吐き出し気持ちを切り替える。
「それじゃ、行こうか」
「エスコートしてやるよ、司令長官様」
「さっきも言ったけど僕の方が階級上なんだからな?」
「やれやれだぜ」
ーーー第三艦隊司令部大会議室ーーー
収容可能人数400を超える第三艦隊司令部で一番大きな会議室、そんな室内に今回は艦隊の主要幹部が50数名ほど集まり、会議室には新司令官、霧島長門に対する憶測や疑念が飛び交っていた。
そのざわめきは、扉を叩く音と共に徐々に静まっていった。東山大介など司令補佐官達に続き、霧島長門が入ってきたのだ。長門は祭壇へ立ち、大介が会議の開始を宣言する。
「第三艦隊司令長官、霧島長門中将」
会議室中の全員が立ち上がり礼をしようとするのを、長門は片手を挙げて制し、口を開く
「前任に代わり、ここ第三艦隊の司令官を務めることになった、霧島長門だ。まずこの場で言っておくが、私は諸君らの心情を理解しているつもりだ。
26歳の若造がいきなり第三艦隊の司令長官になったのだ、納得できない者もいるだろうし、不安や疑念を抱いている者もいるだろう。それは当然だ、なぜなら私自身も同じことを考えていたからだ。
私には第三艦隊を率いる資格などないのではないか?と。事実、歴代司令官たちと比べれば経験も実績も信頼も、全てにおいて劣っている。
だが、それでもレイヴン総司令は私を選んだ。海軍士官学校の主席卒業者である東山中佐や、ここにいる諸君ら歴戦の戦士や指揮官達など、私より遥かに優秀な将校達がいたにも関わらず、だ。
そして今ここに立っている以上、その責任から逃げるつもりはない。私は私なりの方法で、この第三艦隊司令長官という職務を全うしたいと思っている」
「そして諸君らに約束しよう。私は英雄にも、勇者にもなるつもりはない。決して、己の武勇のために兵を死地へ送ることはしない。決して、栄誉ある死のために船を沈めるつもりもない。
私が求めるのは勲章ではなく、心から喜べる勝利だ。戦いが終わった後、家へ帰った兵士が家族と笑い合える明日だ。第三艦隊の85万名の兵士その一人一人に家族が居て、友がいる。中には子供が居る者も居るだろう。私は決してその命を数字として扱うつもりはない。
もしも戦争になった時、相手がどれほど強大であろうと関係ない。我々の役目は死んで勲章をもらうことではなく勝つことだ。そして勝利を生きて持ち帰ることだ。私は諸君らを敵国の地や海ではなく、蒼きこの国でその人生を全うできるよう全力を尽くす。そう、誓おう。
だから、私を諸君らの上司としてではなく、お互いに命を預け合う、そんな第三艦隊の仲間として、迎え入れてほしい」
長門の声以外にもう音は聞こえない。会議室の者達はそれぞれの思いを胸に長門の演説に聴き入っていた。一人の老兵がパチパチ….と手を叩く、それにつづき徐々に、そして会議室中が拍手の音で包まれた
その光景に東山は目を見開き、そして祭壇上の長門の背中を見つめ、小さく笑みを投げかける
((やりましたね))
と言っているようだった
拍手の音に包まれ、長門は安堵で息を吐き肩の力を抜く
とにかく認められたようでよかった、まだ不満がっている人もいたけど、それは今後の課題かな。
長門は、今後の活動に思いを向ける
その時だった、会議室の全員が立ち上がり拍手をしているところに、突然「バンッ!!!」と扉の開く音が鳴り、それに続けて
「失礼します!!!!」
急いでやってきたのであろう、息を切らした伝令兵が叫び、そのただならぬ様子に空気が一変した
「何事だ」
東山が鋭く問うと伝令兵は敬礼すると震える声で答えた
「アイゼンヴァルト統一帝国に関する緊急伝達です!」
その言葉に会議室が静まり返る
「内容を、そして彼に水を」
長門が伝令兵のそばに立っていた補佐官に命令し、水を持って来させる。彼は水を飲み息を整えてから、東山に報告書を手渡すと、口早に言った。
「旭珱の諜報機関、Kyokuyo Security Agency。通称「KSA」から先ほど極秘回線での緊急連絡が来ました。内容は、現在アイゼンヴァルトのヒュードリヒ・カイザー皇帝が軍拡を押し進め、陸海空軍を増強、新兵器開発にも多大な資金を回しているようです。そして、帝国内では「もうすぐ時は満ちる、我々の世界統一への新たな一歩が世界を揺るがす火種となり、諸外国を崩壊へと導く」というようなビラが撒かれており、帝国内は熱狂的な戦争支持に包まれている模様です!」
その報告に幹部達はざわめく、「ありえない」と言う者や、「帝国に勝ち目はないだろう」と過信する者も意見は様々だ
「帝国の標的は分かるか?」
長門が伝令兵に問う
「KSAによると、ほぼ100%「世界の鉱脈」ルミナール王国に向けて侵攻するだろう、と」
その瞬間、幹部たちの顔から感情が消え去る
「ルミナール王国」
ナヴァリアとアイゼンヴァルトの間に位置する小国であり、世界最大の鉱脈のおかげで豊富な鉱山資源を有している。そしてナヴァリアが安全保障条約を結んでいる国でもある。
主な内容は、ルミナールが攻撃された場合ナヴァリアはルミナールの防衛のために行動する義務を負うというものだ。つまり、アイゼンヴァルトがもしルミナールへの侵攻を開始すればナヴァリアはそれを阻止するためにアイゼンヴァルトと戦わなくてはならないと言う事だ。
まして両国は軍事大国である。もしナヴァリアとの全面戦争になり、それが長期化すれば、アイゼンヴァルトは戦線維持のための資源確保や、各国への圧力を目的として他国へも侵攻し始めるだろう。そうなれば世界大戦が始まってしまう。そのような事態なのだ
「ご苦労だった、下がっていいぞ」
「はっ!」
伝令兵を下がらせ、補佐官に会議室の扉を閉じさせた後、長門は祭壇から降り、会議室の中央にある円卓の中央の椅子に倒れ込むように座り、大きくため息をついた。
頭を軽く整理し終え、目を開き周囲を見渡すと、全員が長門を見つめている
「諸君」
「私は正直もう少し時間をかけて皆との信頼関係を築きたいと思っていたのだが」
「残念ながら歓迎会は終わりだ」
そう言うなり長門は背もたれに預けていた体を起こし、テーブルに肘をついて顔の前で手を組み、告げる
「これより第三艦隊緊急作戦会議を開始する。想定敵国家はアイゼンヴァルト統一帝国並びに帝国の傀儡国家、ヴァルシアだ。目的はルミナール侵攻阻止及び全面戦争の回避だ」
「我々の仕事は戦争を始めることではない。起こさせず、もし起きたならば最短で終わらせることだ。その準備を始めるぞ」
そして第三艦隊は、霧島長門という男を本当の意味で司令官として認め始めることになる




