霧島長門
創暦1727年
僕は霧島長門28歳。建国から今日に至るまで常に海と主に生きる国「ゼーゲル・ヴァリアント・ナヴァリア西方王国」の海軍に所属している。ナヴァリア王国は全七艦隊からなる世界最強の海軍を所有しており、僕は七艦隊で最も栄えある第三艦隊の司令長官である。
今、僕はナヴァリア王立海軍第三艦隊旗艦、超大型航空母艦「ヴェルセルク」の飛行甲板にて中佐の報告を待っている。眼下には整然と並ぶ兵士たち。そして周囲には、出航を待つ第三艦隊の艦艇群。空は蒼く晴れ渡り雲ひとつない。波は穏やかで、潮風が心地よく頬を撫でる。この世界はこれから起こることを知らないのだ
「長門司令」
感傷に浸っていた僕に声がかかる
振り返ると、そこには第三艦隊副司令官、東山大介の姿があった
「全艦準備が整いました、いつでも出港可能です」
「分かった」
短く答えると、僕は飛行甲板に整列したヴェルセルクの兵士たちへと向き直った。無数の視線が一斉に僕へ注がれる。僕は大きく息を吸い、口を開く
「敵は強大だ、だが決して勝てぬ相手ではない!」
将兵たちの表情が引き締まった
「そして諸君も理解しているだろう。ここで決着をつけられなければ、その戦火は東方南北へと拡大し、やがて世界大戦へと発展する!皆が覚悟を決めねばならない!これ以上、諸外国へ戦火を広げてはならない!!我々が世界の矛となり、盾となるのだ!この場にいる者、誰一人として欠けることなく、この蒼き祖国へ帰還することを願っている。以上!各員、持ち場へ戻れ!」
「「「はっ!!!」」」
力強い返答と共に、ヴェルセルクの兵士たちは持ち場へ散っていった。僕は東山中佐へ向き直り命令する
「全艦に通達、これより出港。ナヴァリアの海域を出たら直ちに戦闘体制へ移行せよ」
「はっ!」
東山中佐は敬礼すると、足早に艦橋へ向かっていく
それを見届けてから、僕は再び海へ目を向けた。と同時にヴェルセルクの汽笛が咆哮を上げ、速度を上げる。それに続き、第三艦隊の全艦が一斉に出港した
ーーー2年前ーーー
「長門准将でありますか?」
「はい?そうですけど、何か用でも?」
「はい、レイヴン総司令長官が長門准将を海軍司令部まで連れて来い、と」
「総司令が?」
「はい、急ぎの任務がなければ、私とご同行願います」
「ないですけど、理由は?」
「理由については、私には分かりかねます。ご自分でご確認ください」
「わかった、少し時間をもらってもいいかな?」
「今、です」
疑問を抱きつつ渋々了承し、彼が乗ってきた車に乗り海軍司令部へと向かう道中で長門はずっと考えていた
総司令が?なぜ僕を?
「レイヴン・ロイヤルズ」ナヴァリア王立海軍総司令長官。数々の奇策を実行し数々の戦争でナヴァリアを勝利に導いた生ける伝説。そんなレイヴン総司令がなぜ僕のような准将に直接会いたがるのか、彼は理解に苦しんでいた
ーーーーーー
「は?失礼、今なんと?」
司令部へ到着し、レイヴンに投げかけられた言葉は、長門准将の常識や考えをぶち壊す物であった。
レイヴンは長門に
「長門君、君の第三艦隊への異動が決まった。」
「異動、第三艦隊にですか?」
「ああ、そうだ」
「職務のほどは?これまでと変わらず司令官補佐及び戦時下での海軍陸戦隊の指揮ですか?」
「今日君をここに呼んだのは主にそれが理由なのだが.......長門君。単刀直入に言う。本日より、君を第三艦隊司令長官に任命する、そして君は今日から准将ではなく中将だ」
こう言い放ったのだ
そもそも、ナヴァリア王立海軍司令官になれる条件は45歳以上が絶対条件であり、それに加えて10年以上の従軍記録、戦争、軍事演習で様々な戦果や戦果を上げるなどの他に群を抜く戦績、少将以上の階級、のうちのどれか2つが必要なのだ。だが霧島長門は現在26歳、他の艦隊司令官は第一艦隊を除き全員が45歳~50代なのだ。5年前に当時最年少で任命された第一艦隊司令官ですら、39歳で、である
それを10年以上も下回る26歳での司令官着任、しかも全七艦隊のうち、最も危険であり、最も重要であり海軍の要とも言える第三艦隊の司令官に、というのだ
第三艦隊の隊員や、他艦隊の者達からの批判や疑問が殺到することは間違いないだろう、レイヴンへの不信感が高まることにもなりかねない。それに長門自身もそう考えているのだ。だからこその
「は?失礼、今なんと?」
という反応である。
「異論があるのかね?」
「異論、と言いますか、私はまだ26歳で、司令長官就任条件の年齢規定を満たしていませんし
今年で6年目であり、条件にはあと4年足りません。出撃経験もナヴァリア沖攻防海戦中のエタニアへの海賊拠点掃討上陸作戦のみであります」
「だが君はその作戦で、敵味方双方の犠牲を最小限に抑え、2時間足らずで降伏させたじゃないか。
1年前の旭珱との合同演習の2回戦目では旭珱軍の圧倒的な練度、旭珱の天然迷路と称される複雑な地形によって、手も足も出ずに敗北した1回戦目を分析し、見事に旭珱軍に勝った。旭珱での合同演習で旭珱軍に勝ったのはあれが初めてだった。海軍以外の陸空軍でも君の実力を認めるものは居る。私もその一人だ。それにここ最近アイゼンヴァルトが頻繁に大規模な軍事演習を行なっているというのだ、ルミナールへの侵攻を計画しているという話まで出てきている。もしそうなったら我々は、ルミナールとの条約に従い、アイゼンヴァルトと戦うことになる」
そう言い終えるなりレイヴンは机の引き出しから一枚の書類を取り出して僕に渡した
「それにこれを見たまえ、海軍兵士達への匿名調査の結果だ」
長門は目を通す
『共に戦場に立ちたい指揮官』
その項目で、自分の名前が最も多く記されていた
「君は兵士から信頼されている」
レイヴンは静かに言った
「これからのナヴァリア王立海軍第三艦隊に必要なのは、無敗の英雄でも、たった一人で戦況を覆すような化け物でもない。兵士たちを生かし、戦争をいち早く終わらせることのできる有能な指揮官だ」
「このことを踏まえても、不満かね?」
「…..」
レイヴン総司令は、僕に第三艦隊の隊員85万人…..いや、ナヴァリア国民2億7000万人の命、下手したらアイゼンヴァルトが敵対する全世界の人々の命を背負えと言っているのだ。そして僕にならできると彼は本気で信じているんだ、だからこそ、僕の司令官着任に反対する人たちを気にせずに判断を下したのだ。
「….分かりました」
僕はレイヴン総司令に向かって敬礼して宣言する
「私、霧島長門は、本日よりナヴァリア王立海軍第三艦隊司令長官に着任いたします」
総司令も椅子から立ち上がり、僕に敬礼を返した
「歓迎するよ、長門中将」




