14. 神授者(ギフテッド)
ソフィーから神授者という言葉を聞いた直後のことだった。
ニクスの視界が揺れ、映像が流れ込んでくる。
こちらに手を差し伸べている男性の姿。顔は見えない。そして。
——はクロノ。神授者と呼ばれているものだよ。
前半はほぼ途切れている。ただ、名前を名乗られたのだと理解した。映像がノイズのように途切れ、意識が一気に浮上する。視界がまだ揺れながらも、周りを見回した。
こちらを心配そうに見つめているラピスと同じく頭を押さえていたスティアが視界に入る。
「お、お兄、大丈夫なの?」
「……ああ、俺は大丈夫だ」
スティアのほうから絞り出すような声が聞こえてきた。
「ギフ、テッド……」
彼女を見ると、瞳が若干揺れ、焦点が定まっていないように見えた。
ニクスはスティアに近づき、彼女の肩をゆする。
「スティア、大丈夫か?」
「あ……ごめん、ちょっと、待って」
スティアはそのまま軽く呼吸を整えた。
「辛いなら少し休んでるか?」
スティアは首を振り、一度目を閉じ、再び開けた時には、いつもの表情に戻っていた。
「大丈夫だよ」
「……そうか」
本人が大丈夫というなら、これ以上言及するのもしつこいかもしれない。
「お主ら、今同時じゃったな。何があった?」
「……俺は頭の中に映像と言葉が流れてきました。手を差し伸べられて、クロノという名前とともに、神授者と呼ばれていると言っていたと思います」
「私も同じ、です。ただ、その、クロノと名乗っていた人と——」
スティアはこちらに目を向け、その瞳には困惑の色が現れていた。
「髪の色は違ったけど、ニクスの姿が……」
「俺の?」
彼女の記憶が刺激されたのだろうか。だが、どういうことだ?
ニクスが疑問を口にする前にソフィーが口を開く。
「ふむ、二人とも反応したが、似たような映像を見た、と。それにクロノ、か」
ソフィーが難しい顔をしていた。クラウスが尋ねる。
「主様、何か引っかかることでも?」
「いや、その名どこかで聞いた覚えがある気がしての……いかんせん思い出せん」
ニクスはスティアに向き直った。
「スティア、さっきの話だが、俺の姿って、どういう感じだったんだ?」
「え、うーん、一瞬だったんだけど、青白い髪以外はニクスそっくりだったような……? ごめん、一瞬だったから……」
「いや……大丈夫だ」
青白い髪、か。一瞬だったのなら、勘違いの可能性も捨てきれないが。
「ふむ……クロノの件も含め、この場で考えても仕方あるまい」
ソフィーの言葉にニクスはうなずく。掘り下げるよりも、今は分かるところから整理したほうがいい。
「さて、話を戻してっと、どこまで話したんじゃったか」
「主様、神授者について、ニクス様に確認したあたりかと」
「おー、そうじゃったな。して、ニクス、神授者という名に覚えは?」
「それが、どこかで聞いた気がするのですが……」
横のラピスから袖を引っ張られる。
「長い銃を構えた時にそんなこと言ってなかった?」
長い銃というとイクリプスか?
ニクスは目をつぶり、記憶を掘り返すべく、思考を深く沈ませる。
次々と場面が切り替わる。浮かんでくるのはローブの人物と戦った時の光景。炎の銃撃。その直前。
——神授者の名のもとに、応えよ、イクリプス!
「……思い出した。確かに言ってた気がする」
ただ、あの時は言葉の意味すら分からなかったはずだ。
「その様子じゃと、腑に落ちんか?」
「はい、口にはしていましたが、心当たりはなかったので。ソフィーさん、神授者というのは何なのでしょうか」
「あー、確か旧文明におった人知を超える力を持った者どもじゃ。語源は忘れたが、やつらは時や支配といった概念的力を持っていたと、昔見た文献に記されておったの」
「概念的力……?」
「簡単に言うなら、世界の法則を覆す力じゃ」
世界の法則を覆す力、か。人知を超えたというのも併せて、人の枠を超えた存在であることは確かなのだろう。
ただ、引っかかるのは、あの時人影が言っていた言葉、"これは元々あなたの力"という部分。その言葉が正しいなら、神授者の力を自分が元々持っていたと解釈できてしまう。
そんな記憶もないし、神授者たちが旧文明にいたというなら、それこそ自分は生まれてすらない。
ニクスはソフィーに問いかけた。
「念のためですが、その人たちは、今存在はしてないのですよね」
「うむ。わしは聞いたことがないの。クラウスお主はどうじゃ」
「私もありませんね。そのような力を持っている方が現在でもいらっしゃるのであれば、少なくとも耳には入るはずです」
それはそうだよな。六天内なら存在する可能性もあるが、当の六天の一人が心当たりがないのであれば、現代で実在はしていないのだろう。
ソフィーはニクスに向かって、口を開く。
「ま、神授者という言葉を出した時に、お主だけが反応したわけではないようじゃがな」
全員の視線がスティアに集まった。当の本人は、目を瞬かせた後、首をきょろきょろ動かし、恥ずかしそうにうつむいた。
「そんなに見つめられると恥ずかしい……」
本当に恥ずかしかったらしい。隣にいるラピスからしらけた空気が流れてきた気がした。まあ、若干空気は読めてないかもしれない。
ソフィーは肩をすくめて、話し始めた。
「ま、今のところ、そやつが一番特異な点じゃな。ニクス、そやつに関して、他に気になることはあるか?」
ニクスの頭の中をよぎったのは医院の待合室で"魔法"のことについて、話していたスティアの姿だった。
「そういえば、今朝、医院でスティアは"魔法"という言葉を口にしてました」
「魔法、じゃと……?」
ソフィーの眉間にしわが寄る。クラウスがソフィーに言った。
「主様、そちらに関しては私も聞いたことがございます。確か、"魔法"は旧文明の技、"言魔"の原型だったかと」
言魔の原型? それに、また旧文明。まさか——。
ソフィーがニクスの思考を代弁するように口を開いた。
「スティア、もしかしたら、お主は旧文明の人間かもしれぬの」
「私が、ですか?」
"旧"とつくほどだ。どれぐらい前かも想像できない。本当に旧文明の人間なら、何故彼女は生きているのか。
いや、彼女の魔核は心臓と繋がっている。それが確かなら、長く生きるのも不可能ではないのか? いや、魔力の許容量が膨大な人間でもそこまで長く生きたとは聞いたことがない。
その時、ニクスの脳裏に"神"が言っていた言葉がよぎる。
——彼女は死んでいない。
ニクスは思考を掻き消すように口を開いた。
「……突飛、だと思いますが」
「ま、普通なら生きているのがおかしいからの。とはいえ、魔素や魔力の知識も違う、魔導技術も知らん。それでいて、魔法という言葉は知っておる。そして、神授者という名に反応した。そう考えると当たらずとも遠からずだと思うがの」
「それは、そうかもしれませんが」
「もしかしたら、スティアの体がどのようにできたのか、そやつのルーツを調べればラピスの件も解決できるやもしれぬ。もし、旧文明の技術で魔核を制御したとなれば、取り外す必要もなし」
だが、それは魔核をずっと宿しているということに、他ならないのでは。
「体の中に置いておくのは危険ではないでしょうか」
「ま、魔力経路に影響を与える可能性がないとは言えぬ。魔物化しないとも限らぬしな。だが、影響を考えれば、取り出そうとしても同じじゃろ。今できる現実的な落としどころだと思うがな」
確かに。現状では八方ふさがりだ。それなら、一縷の望みをかけて、旧文明のことを調べてみるのもいいかもしれない。その間に別方面の解決策が出ないとも限らないしな。
「……分かりました。ひとまずは旧文明のことを調べる方向がよさそうですね」
「ま、そうじゃな。ただ、当時の記録が残っているかは……」
ソフィーのその言葉をクラウスが引き継ぐ。
「主様、現存する国家の中で旧文明から続いているのは、法国のみという話です。あるとしたら、そこではないでしょうか」
「あー、あそこか、ちと厄介じゃな」
「そうですね……。入国するとなると、手続きに時間がかかりそうですね」
魔装士は魔物に対する天敵。法国ではその認識が広まっているのか、あまりいい風にはとらえられていない。
足で探すにしても時間がかかりそうだから、どちらにしても同じな気がする。
「ニクス様、それでしたら、街の教会に顔を出してみては。大体が法国から派遣されている神父などが滞在されているはずです。旧文明のことを聞けば、文献を教えてくれるかもしれません」
なるほど。教会か。それなら手近なところから始められそうだ。
スティアがニクスに向かって言った。
「それなら、さっきのロザリアさんに話を聞いてみるのはどうかな? 今日から教会に勤めてるって話だったし、あの感じなら教えてくれそうな気がするし」
「確かに、そうだな……」
スティアの言う通り、当たってみる分にはいいだろう。友好的ではあったしな。ただ、彼女に対して少し気になるところもあるが……。
ニクスは一度うなずくと口を開いた。
「ソフィーさん。クラウスさん。ありがとうございます。ひとまず、教会で旧文明のことを聞いてみようと思います」
二人は揃ってうなずいた。
「あ、もう一つ確認したいことがあります。総局への報告についてです」
「ふむ。続けよ」
「現状、ラピスもスティアも、二人の症状は大っぴらにできないものと思ってます。総局にそのまま伝えると、"保護"されるならまだいいほうですが……」
「研究に使われる可能性があると?」
ニクスはうなずく。
「ま、否定はせん。保護という名目で、実質隔離されるなんてこともあり得る。その上で"研究"に協力しろなんて言われる可能性もあるの」
ソフィーは呆れたように言う。
「研究のジジババどもならなおのこと。人のためにとか言ってな。お主も"協力"を求められたじゃろ?」
その言葉にラピスの空気が一変した。彼女の視線を受けてか、ソフィーは肩をすくめた。
ニクスは軽くため息を吐く。その話題はラピスを刺激してしまうからやめてほしいんだが。
「ソフィーさん、それは終わったことですので。あまり、蒸し返すのはよくないと思いますよ」
「実例を出しただけなんじゃがな。お主もたいがい、妹馬鹿じゃな」
この場でスティアだけが困惑していた。
「えっと……?」
自分のことだけならともかく、これはラピスにも関係があることだ。軽々しく口にはしないほうがいいだろう。
「まあ、その、ごめん、気にしないでもらえると助かる」
「あ、うん」
スティアは少し寂しそうな表情をしながら、うなずいた。……ごめんな。
ニクスは話を続ける。
「それで、二人のことは話さないつもりではあります。とはいえ、異常なことに巻き込まれたのは確かなので、どう報告しようかと」
ソフィーはあごに手を添える。
「……お主の言う通り、二人のことは言わなくてもよいじゃろ。ラピスの症状は魔素の影響を受けているように見えても、知らぬ相手であれば、生まれつきと説明できる。スティアのほうは言わずもがな、見た目からは分からぬ」
そこで区切り、続けた。
「体内の魔力を視認する奴がいなければじゃが」
やはり、それが一番の問題か。
「確認ですが、現在ソフィーさん以外に魔力を視ることができる人は存在しないと思っていいですか? 魔導士全体で」
「わしの知る限りではだがな。クラウス、お主はどうじゃ」
「はい、私も聞いたことがありませんね。主様と同様の力を宿しているのであれば、視界の混同が起こるはずですし、通常の生活を送るのも難しいはず。そういう点でも隠し通すのは極めて困難かと」
「ま、そうじゃろうな」
そこでニクスの脳裏にシスターの件がよぎった。少し焦るようにソフィーへ確認する。
「ソフィーさん、法の眼は魔力に関して、視る力だった気がしますが、気づかれる可能性はありますか?」
「あー、あれは"魔力の性質を見る"眼でわしの魔眼とは違うからの。問題ないじゃろ」
「そうですか……分かりました」
ひとまず、危険はなさそうだろうか。
ニクスはほっと胸をなでおろす。
「さっきの続きじゃが、別の場所に連れ去られた云々も言わぬほうがよさそうじゃな。未だに荒唐無稽にしか聞こえんし」
「私もその案に賛成ですね。別の場所——ここでは異空間と定義しますが、そこでの状況を伝える点において、どうしてもスティア様のことが絡んでくるかと。半面、話せるとしたら——」
ニクスが引き継ぐように口を開く。
「魔素の上昇と白いローブの魔導士の件、でしょうか」
「はい。特に件の人物については、ニクス様が襲われた部分も含めて、総局にとっての有用な情報にもなります。それ以上、状況を聞かれなくなる恐れもあるかと。此度はニクス様も休暇中である点も含めて」
「言魔による巨大な何かの召喚。その時の魔素上昇を総局に伝えれば、優先度的にそちらのほうに調査の手が回る、ですかね」
クラウスがうなずくのを確認し、ニクスは続ける。
「なるほど、分かりました。色々とありがとうございます。報告についても一応イメージはできました」
ニクスはスティアとラピスに向かって言った。
「よし、ひとまず今後の方針含めて整理したいから、一旦家に戻るでいいか?」
二人ともうなずいた。——が。
ソフィーが切り出してきた。
「まてまてまてまて、質問だけして帰るなぞ、薄情とは思わぬか?」
「……確かに不躾かもしれませんが、何かあるのでしょうか」
「なんじゃ、そのそっけない反応、お主もたまに不敬じゃぞ……何、その娘がちと気になってな」
その娘? ソフィーはスティアを見ている。
「え、私?」
「うむ。お主の体内の魔核含めてちと確認してみたくての。戦闘能力を試したい」
「それは大丈夫なんですか?」
「お主もそやつが戦うところを見たのじゃろ? なら、答えは分かっているはずじゃ」
確かにあの速さ、そして、魔物を斬り飛ばした姿は本物のように思えた。なら、彼女の実力を知っておくのにいい機会かもしれない。
「……分かりました。スティアはどうだ? 問題ないか?」
「私は大丈夫だけど……ん~、分かった」
「なら、支度をしよう。各々、外で集合じゃ!」
この場の全員がうなずいた。




