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46 黒鷹バブル

46 黒鷹バブル


 黒鷹町は大繁栄を遂げています。日本のどの街よりも栄えているでしょう。もしかすると世界一豊かな街かもしれません。住民の個人年間所得は、日本円に換算すると平均で二千万円を超えています。黒鷹町の一公務員である私でさえ、一千万円を超える所得があるのです。

 従来は、黒鷹町役場の公務員を公募しても応募者がまったくいない状況でした。応募者がいたとしてもほんのわずかで、競争率は0.1倍を下回るほどでしたから、誰でも応募すれば役場に勤めることができました。私もその一人なので大きなことは言えませんが、役場は能力も意欲もない人間のたまり場でした。それが今はどの職種も百倍を超える応募者が集まります。黒鷹町役場は国家公務員や全国の地方公務員、民間企業などの中で、東大生が一番就職したい就職先になったそうです。おそらく給料につられてのことなのでしょうが、百倍の競争率を突破しても、高い能力に見合う仕事は黒鷹町にはありません。このことだけは断言しておきます。それに、無能な先輩の下らない話に付き合わされてうんざりするはずです。ゴールデンウイーク明けには、間抜けな上司に愛想をつかして、役場を辞めていく新入社員が続出しています。仕方のないことです。

 黒鷹町で高給をもらって、適当に仕事をして、自分の趣味に没頭し、長期休暇に外国で豪遊したい人には、黒鷹町役場は向いているかもしれません。くれぐれも仕事には期待しないでください。仕事に対する意欲は無用です。そんなものを持っていたら、勤めてすぐに鬱になるだけです。あっ、夢と希望を抱いている新人にこんなことを言って申し訳ありません。でも、これが真実なのです。

 俄か成金になった町民が、とりあえず大金を使うのは車と家に決まっています。車は、これまで軽四と軽トラに乗っていた人たちが、今やベンツが町の主流になりました。理由は簡単です。隣の家がたまたまベンツを買ったからです。その連鎖が起こったのです。もしかしたら、ベンツの営業マンが優秀だったのかもしれません。

 ベンツのSクラスは諸費用込みで2,500万円くらいで買えるそうです。ベンツで農作業に出かけ、土の付いた大根や人参を後部座席に乗せるので、シートは汚れています。町中の道の拡幅工事は進んでいますが、まだ狭い田舎道もいっぱい残っていますので、あちこちぶつけて凹んだ車がたくさん町内を走っています。農道から田圃に落ちたベンツもよく見かけます。これが田舎の新たな風物詩として、NHKの「おはよう日本」で取り上げられました。町民は流れた映像を観て、みんな楽しく笑っていました。今までは小さな軽四を運転していたのですから、車幅がわからずに苦労しているようです。なかには、元の軽トラに戻した老人もいるようです。

 新築の家は高断熱・高気密・計画換気の質というよりも、見てくれと大きさ重視です。もはや、核家族ですからそんなに大きな家でなくてもいいはずですが、昔ながらの見かけが大事なようです。世間体があるからと、蔵も新築しました。蔵の中に入れる物はありません。ただゴミを入れておくだけです。

 骨董品屋に言われるがままに如何わしい骨董品を山ほど買っている老人たちがそこら中にいます。黒鷹町はちょっとしたお宝ブームです。まあ、老後の楽しみですから、傍からとやかく言っても仕方がありません。ある老人が骨董屋から「出すところに出したら十億円は下らない代物だ」と言われて一千万円で購入した「聖徳太子の十七条の憲法の直筆の書」をテレビの『なんでも鑑定団』に出したい、とかの骨董屋に相談したそうですが、テレビに出たら家に強盗が入るかもしれないから出さない方がいい、とたしなめられたそうです。『なんでも鑑定団』を誘致する話も起こっています。いずれにしても、老人が死んで代替わりする時には、蔵に残されたものはすべて子供によってゴミとして廃棄されてしまうでしょう。

 役場職員や地元で働く住民は、のんびりと毎日を過ごし、土・日にベンツで山形や仙台、東京に遊びに行き、豪華ホテルに泊まるのが、一つの生活パターンとなっています。山形市などではベンツのSクラスを見たら黒鷹の町民だと思え、ということになっているそうで、嫉妬も伴ってか、黒鷹町民を陰で「成金族」と馬鹿にしていますが、爆買いする大事なお客様なので、面と向かうと卑屈なほど愛想がいいです。ちなみに、これまでベンツのSクラスに乗っていた山形市内に在住する医者は、黒鷹町の「成金族」と間違えられるのを恐れて、BMWやアウディに乗り換えているようです。

 似合わないブランド服を着て、首に金のネックレスをし、カツラを被って髪がふさふさした老人が、フェラガモの靴を履いて、節くれだった皺しわの指にどでかい21金の指輪をし、ダイヤモンドをちりばめた杖を持って、高齢者用の枯葉マークを付けたベンツのSクラスから降りてくるのです。どこに行ってもそれは目立ちます。危ないのでそろそろ自分で運転するのをやめたらと子供に忠告されると、近々運転手を雇うことを考えていると言っているそうです。

 黒鷹町の超高級ホテルで働いている地元の老人たちは、セレブな客から高額のチップを貰っているので、チップを渡す身分になりたかったのか、はたまたそういう習慣だと思ってしまったのか、ベンツで町外のレストランに行った時に、ウェイターやウェイトレスにチップを渡すようになりました。そのうち、山形市内のレストランは黒鷹町民以外の客にもチップを要求するようになり、客とトラブルが絶えないそうです。

 最近では、軒並みレストランが料金を値上げしています。中には値段を一ヶ月で二倍に跳ね上げた店もあるそうです。もはや山形市の人々は、料金が高くてレストランを利用できなくなっています。こうして山形市やその周辺の人たちは黒鷹町の人たちに反感をつのらせてきているのです。

 黒鷹の人たちは夏休みには1ヶ月の休みを取って、家族総出で海外旅行に出かけています。最近は円安で日本人の海外旅行客は少なくなったようですが、黒鷹町だけは違います。ですが、外国語は喋れませんし、足腰の弱った老人が多いので、介護もできる専用のツアーコンダクターを付けて、富裕層を対象とした旅行を楽しんでいます。

 黒鷹町の住民の所得は多いのですが、町が繁栄するにつれ、労働者の不足が顕著になってきました。地元の老人にも高給を支給していますが、それに見合うだけの労働ができていません。給料は給付金のようなものです。そこで当初は全国から移住者を募って住民になってもらっていましたが、住民が急激に増えて行くと、どうしても一人当たりの所得が少なくなってしまいます。そこで、役場の議会では、町民になれる条件を厳しくする条例が満場一致で採択されました。移住者の条件は、優秀な技能を持っている者、黒鷹町に住んで10年を超える者、夫か妻のどちらかが黒鷹町民である者、犯罪歴がない者などです。この他にも色々と細かな条件が付けられています。こうした条件をクリア―して黒鷹町民になれた者は、昨年は1名だけでした。はっきり言って、移住者を排除しているのです。

 それでも町では労働力が足りないので「技能実習生」という制度を作り、安い給料で町外の人を雇える制度を作りました。これは町内と町外の人の給与差別であることは明らかですが、それでも町外の給与よりもはるかに高いので、多くの人たちが黒鷹町に出稼ぎに来るようになりました。仕事は、街やビルの清掃、交通誘導、家事全般、建設や土木の作業など肉体労働がほとんどです。地元で働くよりも給料が良いので、この「技能実習生」も採用試験の競争率が高いそうです。

 このように黒鷹町の繁栄は、様々なところで町外の低賃金労働者によって支えられていて、同一労働同一賃金の原則は町外の人たちには適用されていません。黒鷹町の町民はこの不公平を見て見ぬふりをしているのです。

 そう言えば、最近、あるスーパーマーケットの「技能実習生」たちがストライキを起こしました。そこの社長は「おまえたちの替わりはいくらでもいるから」とストライキに参加した「技能実習生」全員を解雇しました。黒鷹町の町民はこの社長の決定を支持しましたが、町外からは大きな反対の声が沸き上がりました。マスコミの支持を受けた「技能実習生」たちは再雇用するように裁判に持ち込みました。慌てた社長はすぐに和解金を払って、訴えを引っ込めてもらったそうです。我々が想像しているよりも一桁多い和解金が払われたようです。この裁判によって、「技能実習生」を雇っている社長たちは、「技能実習生」の給与を含めた雇用条件全般を改善していきました。でも、どこまで改善されても町民と「技能実習生」は平等ではありません。町民は町民であることの既得権を手放したくないのです。

 外見上は、黒鷹町は繁栄し、治安の良い、豊かな街になりました。この繁栄をもたらしたのはひとえに「天鷹真理教団」の功績です。ですが、「天鷹真理教団」は黒鷹町で何も宗教活動を行っていません。初期の頃こそ、山百合集落に天草四郎と12人衆の銅像を建てるとか観光開発をすると言って、道路の拡幅工事を行っていましたが、それも頓挫しました。同じように、切支丹屋敷を建てると言って基礎工事をしていましたが、遅々して工事は進んでいません。

 黒鷹町の繁栄は、物品の購買とアミューズセンターで遊ぶ金、海外の富裕層がホテルに落としていく金によって回っています。さらに、「丸鷹通貨」の電子マネーの発行が莫大な富を生んでいるようです。もはや、切支丹伝説による町おこしなどは誰も考えていないようです。「鷹天真理教団」も「切支丹伝説」はどうでもいいのではないでしょうか。かれらは本当に宗教教団なのでしょうか?

 確か以前「鷹天真理教団」のパンフレットに天草四郎が始祖だと載っていたので、天草四郎伝説を使って布教していくのだろうと思っていましたが、それもなさそうです。かれらはこの黒鷹町でいったい何をしたいのでしょう。それが謎のままです。

 「鷹天真理教団」のホームページには、教祖は○○だと顔写真入りで載っていましたが、実は写真に載っている人物は教祖ではないという噂が立っています。写真の人物はただの教団の事務長で、真の教祖は他にいるそうです。まだ若い人物らしいです。どうして彼は顔を表さないのでしょう。何か事情があるのでしょうか?

 山百合集落の人たちは「天鷹真理教団」の信者だったのでしょうか? それとも教団とは関係なく行動していた別の集団なのでしょうか? かれらは「天鷹真理教団」の敵対グループなのでしょうか? ここが未だに謎です。

 何はともあれ、黒鷹町の繁栄はいつまで続くのでしょうか? 1980年代の日本のバブルがはじけたように、いつかは黒鷹町の繁栄もはじけるように思えてならないのですが・・・。個人的にははじけても何も困ることはないと思います。役場の賃金が前に戻っても、そんなに困ることはありません。

 黒鷹町がバブルに突入しても、私はなんら贅沢はしていないので、貯金が増えていくばかりです。この貯金は「丸鷹通貨」で「天鷹銀行」に預けています。利率が年10%の高率ですから、普通の銀行に預けるよりはよっぽど得です。もちろんバブルがはじけて通貨危機が起こることも考慮に入れていますので、近いうちに半分くらいの貯金をきんに替えて、そのきんの半分を日本円に交換しておくつもりです。


       つづく

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