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みちのく転び切支丹  作者: 美祢林太郎
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11 どこに泊るの?

11 どこに泊るの?


 酔っぱらって何を話し合っていたのか、わからなくなってきた。スズちゃんと穂刈さんは、いつの間にか酔い潰れて寝込んでしまっていた。大将夫婦は厨房からいなくなったようで、厨房に人の気配はない。酔っぱらいに構わずに、先に寝てしまったのだろうか? 柱時計に目をやると、すでに0時を回っていた。夕方の5時頃から呑み始めたのだから、もうかれこれ7時間以上も呑み続けたことになる。

 今晩は、何を話したのだろう? 隠れキリシタンの話で盛り上がっていたのはわかるが、ぼくも相当酔っぱらったので、脈絡のあることは何も覚えていない。佐和山さんは、誰に話すともなく、まだ隠れキリシタンの話をしている。もうぼくも彼の話を聞いていない。それにしても、今晩、ぼくはどこに泊るんだろう?

「佐和山さん、そろそろお開きにしませんか?」

「えっ、いま何時ですか? まだこんな時間じゃないですか? もう一軒行きましょう。もう一軒」

 こんなところに飲み屋はどこにもないはずだ。ここは一軒家で、あたりに建物は何もなかったはずだ。街なかに移動したとしても、たいがいの飲み屋はすでに店を閉めているだろう。

 それよりも何よりも、佐和山さんはぐでんぐでんに酔っぱらっていて、女性二人はぐっすりと眠っている。こんなにみんなが酔い潰れる酒席は、学生時代のコンパ以来ではなかろうか。他の3人が酔い潰れていなくて平静を保っていたら、ぼくの方が先に潰れていたはずだ。最年長でしっかりしなければという意識は、どこにもなかったはずなのに、どこかでしっかりしていなくてはと思っていたのだろうか? 初めて会った人たちなので、少しは気が張っていたのだろうか? そんな殊勝なことはない。こんな時は先に酔い潰れた者が勝つだけだ。誰か一人だけが取り残されて、その人は途中からしらふに戻ってしまう。それが今回たまたま自分だっただけだ。

「明日もありますし、今日はお開きにしましょう。女性群二人もすっかり寝てしまったようですし」

「えっ、寝ちゃったの? いつの間に寝てしまったの? 楽しい話をしていたのに」

 彼女たちがいつ寝たのか、ぼくもよくわからなかった。途中まで話に加わっていたと思うのだけど、そこで交わされていたのが、どんな話だったのかすらも忘れてしまった。

「よし、それじゃあ、立つとしますか。今日は本当に楽しかった。稲村さん、乾杯」と、佐和山さんが二人のぐい呑みに酒をこぼしながら注いで、二人は乾杯し、一気に飲み干した。

 佐和山さんは「大将、大将、おあいそね」と大きな声で呼んだが、大将は出てこなかったので、彼は立ち上がって、右左に大きくよろめきながら、厨房に入って行った。

「二人ともいません。寝てしまったのかな。大将はキノコ採りのために朝が早いですからね」

「では、支払はどうするんですか」

「明日でいいんですよ。大将も逃げなければ、我々も逃げたりはしませんからね。稲村さんは、今晩はどこにお泊りですか?」

「それが、スズちゃんしか知らないんですよ。スズちゃん起きてよ」

 身体を揺すっても、スズちゃんはムニャムニャと言って寝返りを打つだけで、起きようとしなかった。

「二人ともよく寝ているようなので、なんならここで泊っていきますか? 囲炉裏端だから暖かいので、毛布もいらないでしょう」

「いくらなんでも、そういうわけにはいきませんよ。学生じゃないんですから」

「そうですか。意外と稲村さんは固いんですね。あのいいかげんな雑誌の『ユニコーン』の編集者だとは思えませんね」

 (やっぱり、いいかげんな雑誌だと思われているんだ。まあ、そうだけどね)

「ここから街なかのホテルまで帰るのは、タクシーでしょう。タクシーを呼んでいただけますか?」

「タクシーじゃあ、ありませんよ」

「まさか自分で車を運転して帰るっていうんじゃないでしょうね」

「そんなことをしたら警察に捕まってしまいますよ。捕まったら、一発懲戒免職です。ほとんど事件という事件のない山形県では、飲酒運転で捕まったら、テレビや新聞で実名が公開されますからね。犯罪だらけの東京じゃあ、飲酒運転くらいでテレビに出たりはしないでしょう」

 (そう言われれば、東京では、飲酒運転をしても、派手な事故を起こさない限りは、ニュースになっていないかもしれない)

「それなら、どうして帰るのですか。まさか歩いて帰るわけじゃあないですよね。町の中心部からは随分遠いですよね」

「そんなに遠いわけではないですが、酔っ払いが歩いて帰るには、ちときついですかね。家に着く頃は日が上っているかもしれないですね。ちょっと待ってくださいね。運転代行を頼みますから」

「へえ、運転代行ですか。話には聞いたことがありますが、利用するのは初めてです」

「山形は酒を呑んだら運転代行ですよ。タクシーよりも安いですからね。すぐに来るそうです」

「それなら二人を起こさないといけませんね」

「30分くらいかかるので、もう少し寝かせておいてあげましょう」

 (黒鷹町のすぐは30分なの?)

 佐和山さんは立ち上がり、驚いたことに、みんなの料理の器を片付け始めた。ぼくが手を貸そうとすると、「危ないですから、じっとしててください」とぼくを制した。かれは手慣れたものだった。それでも足元はふらついていた。

 佐和山さんはご機嫌なようで、唄を口ずさみ始めた。耳を澄まして聴いていると、「転んじゃったのよ、コロコロ」という一節が聴き取れた。ああ、これが佐和山さん自らが作詞作曲したという『黒鷹隠れ切支丹音頭』なのかもしれない。なかなか、節回しがいい。「コロコロ」と合いの手を入れたくなってくる。明日にでも、踊りを見せてもらおう。

 しばらくすると、車の音とヘッドライトの灯が見えた。佐和山さんが穂刈さんを起こし、ぼくがスズちゃんを起こした。二人ともやっとのことで上半身を起こし、ぼくたちは全員、ぼくたちが昼間に借りたレンタカーに乗り込んだ。

 ハンドルを握った代行の運転手が「どちらへ?」と訊くと、助手席に座った佐和山さんが振り返って、後部座席のぼくに「どちらにお泊りですか?」と訊くので、ぼくは、座席に押し込んだら再び寝てしまったスズちゃんを揺すって起こし、「ぼくはどこに泊るの?」と訊くと「おらんち」と大きな声で言った。ぼくは絶句した。酔いが一挙に退いて行くのがわかった。

 スズちゃんが運転手に実家の住所を教え、運転手が「了解しました」と応えた。佐和山さんが「では、その後に、穂刈さんの家に寄って、最後に私のところにお願いします」とそれぞれの住所を伝えると、レンタカーは発車し、後ろに佐和山さんの車と代行会社の車がついてきた。

 ぼくはスズちゃんに抗議したかったが、スズちゃんはすでに寝てしまっている。気が付いた時には、他の2人も寝息を立てて寝ていた。ぼく一人だけが暗い車の中で目を開いていた。

 「到着しました」の声で、スズちゃんはぱちりと目を覚ました。

 「ここが私の家です。車はそこに着けてください。じゃあ、佐和山さん、穂刈さん、また明日。ジンさん、ボーっとしてないで家の中に入りますよ」

 佐和山さんと穂刈さんは、佐和山さんの車に乗り換えて、すぐに出発した。ぼくは一挙に心細くなった。スズちゃんは威勢よく玄関を開けた。ぼくの足は鉛になったように重かった。

 腕時計を見ると、すでに1時を回っている。我々のために玄関の灯は点けられていたが、家の人はみんな寝てしまったようで、静かだった。ぼくは急に灯がついて、家の人が全員起きてくるのではないかと、おっかなびっくりだった。ぼくはこんな非常識なことをするには、少し歳を取り過ぎている。

 スズちゃんの後をついて広い廊下の奥を進んで行った。ぼくは物音を立てずに忍び足で歩いたのに、スズちゃんは廊下に置かれた段ボール箱に何度もぶつかって音を立てて歩いた。音が出る度に、ぼくは胆が冷やされるようだった。ぼくはスズちゃんの家族構成や、父親の職業、両親がどのような性格の人なのか、彼女から聞いたことがない。今回、家族の人たちと会うことを想定していなかったので、たった今まで、ぼくにはそんなことはどうでもいいことだった。父親から、ぼくとスズちゃんの関係を疑われたら、たまったものではない。今からでもどこかのホテルを探して、そちらで泊りたい。でも、すでに家に上がっている。引き戻せない。

 スズちゃんが立ち止まり、右側の部屋の襖をいきなり開いた。豆電球の付いた部屋の真ん中に、布団が敷かれていた。

「ここがジンさんの部屋です。黒鷹に滞在中は、この部屋を使ってください。今日は、風呂に入らなくてもいいですよね」

「はい、結構です」

「パジャマもそこに準備されているようですから、それを使ってください。トイレは奥の突き当りにありますから。ぐっすりおやすみください」

「はい」

「では、おやすみなさい」と彼女は襖を閉めていなくなった。

 ぼくはスズちゃんに宿泊場所を任せたことを後悔したが、後悔先に立たずである。ぼくは、朝、どんな顔をしてスズちゃんのご両親にお会いしたらいいのだろう? 合わせる顔がない、とはこのことだ。朝起きるのが憂鬱だ。そもそも寝付けるのだろうか? お土産を持ってくるのを忘れてしまった。そもそも、スズちゃんの家に立ち寄ることを想定していなかったのだから、土産なんて思いもしなかったことだ。明日の朝、手ぶらでどんな顔をして家の人に会ったらいいのだろう?

 パジャマを着て、ふっかふっかの布団に入ると、酔いのせいもあってか、不覚にも数秒で寝付いてしまった。


   つづく

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