決意 フィーナ・アレクサンド
貴族の名家、アレクサンド家。
アルメリア王国では王族であるアルメリア家と並ぶと言っても過言ではない家に僕は生まれた。
父も母も正義感の強い人間で強きと並び、弱きを守る立派な人間だった。
家で雇われていた執事やメイドたちとも家族のように接して、常に笑顔の溢れた環境で僕は育った。
だから小さな頃、僕は人の笑顔が好きだった。
その笑顔が自分に向けたものではなかったとしてもそれだけで幸せな気持ちになった。
街に出た時に笑って走り回る子供たち、それを見守っている大人たち。
そんな環境にいたからだろうか?
僕はそれを守りたいと思い始め、きっとそれが僕の魔力に色濃く影響したのだろう。
白く眩く強く暖かい魔力。
僕が6歳になった時には、既に僕は出来上がっていたのだ。
両親はそれを見てネザー・アルメリアの父、つまりはこの国の王に当たるヘブン・アルメリアの元に僕を連れて行った。
「素晴らしい。この子はきっと立派な勇者になるだろう」
その時にアルメリア王に言われた言葉を僕は今でもはっきりと覚えている。
アルメリア王がまだ小さな僕にそれを委ねていいものかと少し迷っていたことも。
しかし両親や僕のことを知る町の人間たちは僕を勇者として笑顔で囃し立てた。
僕はそれが嬉しくて、それだけで僕は勇者となった。
この笑顔が絶えることのない世界にするために、僕は勇者として戦うことになった。
--------ズキッ
『人間しか守らぬ貴様に正義を名乗る資格があるのか!!』
『私は貴方の敵です』
『あの子供の親を殺したみてえによ?』
その世界で、守れなかった者たちの言葉が胸に突き刺さった。
誰かを守ったことで失った者たちがいることを、僕はどうして考えなかったのだろう。
魔族に、仲間に、親友に。
どれだけのものを失わせた?
僕を敵にすることでどれだけの人間を彼らは敵にしなければならないのだろう?
僕に親を殺されたと知った時のあの少女の目。
ナナシの言ったことは嘘じゃない。
ナナシの家族もあの少女の父親も殺したのは僕だ。
でも仕方がないじゃないか。
あの村の人たちが涙を流しながら、僕たちに頼むために隠していたボロボロの紙幣や錆びた硬貨を頭を下げながら頼んできたのだから。
悪いのは、山賊じゃないか。
分かってる。
言い訳だって。
ナナシだって本当はそれを分かってるはずだ。
それでもーーー僕を許せなかったのだ。
「勇者になんて、なりたくなかった」
------ああ、とうとうこれを口に出してしまった。
でも仕方がないじゃないか。
本当のことだ。
勇者にならなければ周りの人たちが僕と変に距離を置くことなんてなかったはずなのに。
勇者にならなくたってみんなの笑顔を守ることは出来たはずなのに。
数々な戦いの中で、『勇者』という能力を使って戦う度にそう思ってた。
身体に激痛が走ってもそれを意識しないこと。
痛みに怯んで敵から目を逸らすことのないように。という理由だけど、それがどれだけ苦しいと思う?
人々の笑顔を守るために、人々の笑顔を背に、最前線で戦ってきた。
でも。
僕だってその笑顔の中にいたかったのに。
たくさんの人々から僕に向けられた笑顔は戦いのことばかりだった。
守ってくれてありがとう。
助けてくれてありがとう。
救ってくれてありがとう。
決してそれが嫌だったわけではないけど、長い間それを続けてしまったことで考えた。
戦うことをやめたら、皆は僕に笑顔を向けてくれなくなるのではないか?
そんな時に、僕はナナシと出会ったんだ。
今でもあの時のことは鮮明に覚えている。
勇者の僕にできた、初めての友達。
勇者である僕に、フィーナとして接してくれたのはナナシだけだった。
エルザやメアリーも近いものはあったけど、2人は仲間で、友達ではなかったから。
敵に憎しみや怒りを向けられることなんて慣れたものだと思っていたのに。
ナナシにだけは耐えられない。
『魔王を倒して、ナナシに勝ち続ければいい』
いつかこんなことを言ったっけ。
------この先もずっと?
嫌だ、考えただけで吐きそうだ。
心臓が激しく高鳴る。
親友に恨まれ続けるなんて嫌だ。
でもナナシを殺すのはもっと嫌だ。
ナナシに殺されるのも嫌だけどまだマシだ。
ああ、エルザもこんな気持ちだったのかな。
だからエルザはナナシに殺されようとしたのだろう。
ナナシに殺されるために、本気でナナシを殺しにかかったのだろう。
------それなら、僕も。
「この辺りだ!!この辺りからナナシ・バンディットの魔力が感知された!!!生死は問わない!!!絶対に逃すな!!!」
どうやらアルメリア騎士団のご到着らしい。
それにしても、生死は問わないなんて物騒なものだ。
……ふふ、彼らがナナシの敵なのも僕のせいか。
ここから先は僕が選んだことだ。
勇者という立場ではなく、フィーナ・アレクサンドという1人の男として。
「……アルメリア騎士団団長、ヘリオ・ルータスさんですね」
「む?おぉ!これはこれは!勇者 フィーナ・アレクサンド殿ではないか!!さては貴方もナナシ・バンディットを探しに来られたのですかな?」
「えぇ、それにしてもたくさんの兵士を連れているんですね。たかが学生1人が相手だっていうのに」
「当然ですな。あの小僧には緋剣もやられておりますから。兵士たちにも以前よりも厳しい鍛錬を積ませております」
後ろには20人ほどの兵士を連れているがまるで戦力になりそうにないね。
兵士としての職務を休む暇を与えられていないのがわかる。
その理由だってわかるけどね。
きっとヘリオさんも分かっているのだろう。
ナナシが危険な人物だということを。
僕を見るヘリオさんの目は優しそうに見えた。
でも、ナナシの生死は問わないと言った時の顔。
ナナシからヘリオさんの話を聞いていなければきっと大して気にもかけていなかったであろう苛つきの混じった表情。
ナナシの話は、本当なのかもしれない。
確かめなければ。
「ヘリオさん、ナナシと共にネザー様を見かけました。その件について話すため、王に謁見したいのですが。城までご一緒しても構いませんか?」
ナナシは殺させない。
それが例え正義であっても、それが例え僕であっても。
だから決めたよ。
いつか魔王と倒して、世界が平和になった後。
僕が勇者としての役割を終えた後。
僕は---ナナシに殺されよう。




