24話
仮想空想OP
水曜日のカンパネラ 『シャルロッテ』
「母、様…?母様っ!!」
そんなこと…起こるはずないと思ってた。
父様と母様が愛し合って、孕って、その先に生まれている4人目のきょうだいが…こんなことになるなんて。
・・・
近頃は、母様の妊娠も順調に進んで、赤ちゃんがいつ産まれてきても良い状態になってきた。姉弟で私だけが女の神だから、次は女の神がいいなー。なんて、思いを巡らせていたっけ。
でも、産まれてきた神は、男の神で―――――母様の腹を、突き破って出てきた。母様のものなのか、弟のものなのか分からないほどに混じり合った血が、辺り一面に勢い良く飛び散った。
溢れ出た血が空気に触れると、なぜかそこから炎が立ち昇り、燃え始めた。気付けば、辺り一面火の海に。
だけど、そんなこと気にならないぐらい燃えていたのが、母様だった。母様の破れたお腹の中から、大きな火柱が上がっている。
私は、何もできなかった。
ただただ、その場に立ち尽くし、何もできず、何も考えられず…。
燃えたぎる血が母様を焼いている。
母様の聞いたことのない声が、絶叫が、片方の耳から入っては反対の耳から抜けていく。
滲む視界の中で、父様が赤ちゃんを母様のお腹から取り上げ、床に投げ捨てた。
怒り狂った父様は、腰に携えた鞘から勢い良く刀を抜き取り、地面に横たわっている赤ちゃんの首目掛けて振り下ろした。
なんとも言えない鈍い音が耳の中に残る。
勢い良く振り下ろした刀の力に乗って、首が飛ぶ。
コロコロ…コロコロ…コツン。
赤ちゃんの首が、私の足に当たって止まる。
泣きじゃくった顔のまま、そのままの顔で止まって、絶命していた。
―――その日の夜、私は、岩の中に閉じ籠った。
母様を亡くした喪失感と悲しみ。
亡くなった赤ちゃんへの罪悪感と怒り。
そんな負の感情が入り混じった状態のまま、外にいたせいか、太陽は雲に隠れ、大雨と雷と暴風が一緒にやって来て、暴れ出した。
川は氾濫寸前。片方の山では雷が落ちて山火事が起き、片方の山は土砂崩れを起こす一歩手前。藁の屋根は風で飛んでいき、家はミシミシと軋んでいる。
私は、気持ちの整理がつくまで、自分の意思で岩の中へと閉じ籠った。
外からの光が全く入らない岩の中、涙はとめどなく溢れ出てくる。拭っても拭っても出てくるものだから、やがて手で拭うのをやめた。
…気持ちの整理なんて、つけられるわけがない。
昨日のあの光景がずっと瞼の裏に張り付いて離れないのだから。
なんであの時…
もっとこうしていれば…
他にやりようはあったはず…
何時間も、何日も、何週間も、閉じ籠り続けた。
やがて時間の感覚がなくなり、自分の感覚さえなくなって、地面と同化し始めた―――そんな時だった。
岩の外から、なにか楽しそうな笑い声と太鼓や笛の音色が聞こえてくる。
歌も聞こえる…すごい上手。歌ってるのは誰だろう。少し岩の間から覗いてみようかな…
ほんの少し。ほんっとに少しだけ岩を開けて、その隙間から見てみよう。誰にもばれないように。そう思い、岩を動かした。
そしたら、その僅かな隙間に指がぐわっと入り込んできた。見覚えのあるふっとい指。きっと、姉弟の中で一番身体が大きく、ガサツなあの次男坊の指だろう。
そして、岩の扉が、思いっきり開けられた。ガシャンと音を立てながら、扉を全開にした張本人は、晴れやかな笑顔で、
「姉ちゃん!!やっと出てきた!!」
ほら、予想通り。
次男坊で私の弟―――須佐之男命。
元気と体の頑強さが特徴的な弟。元気に振る舞ってるけど…目の下は少しだけ赤く、腫れぼったい。
そう…貴方もまだ、母様のことを想って…
「姉ちゃん!!こっち来てよ!!早く!!」
まだ岩の中にいる私の手をぐっと引っ張り出して、弟は私の手を引きながら、早足で向かう。地平線から登ってきた朝日が、とても眩しくて、つい目を瞑ってしまった。
力強く引っ張る弟。岩から少し歩き、止まった。
目を閉じながら、久しぶりの太陽の温もりを肌で感じる。
「姉ちゃん!!目、開けてよ!!」
情緒に浸っているのに。はぁ…本当に元気な弟くんだこと。そう心の中で愚痴をこぼしながら、忠告通りに目を開けた。
―――――母様が、そこにいた。
「―――え…うそっ…?かあ、さま…なの?」
「ええ、そうよ―――おいで」
私は無我夢中になって、腕を広げた母様の中へ飛び込んだ。枯れたと思っていた涙がまた溢れてきて、もうどうにも止まらない。声を抑えることもせず、「母様ぁ!母様ぁー!」そう何度も呼びかける。その度、「うん。うん。ここにいるよ」と答えてくれる母様の優しい声。もう聞けないと思っていた母様の声に、私の涙はとめどなく溢れた。
・・・
―――ようやく落ち着いてきた。
呼吸も涙もやっとこさ落ち着いてきて、話せるぐらいまで回復。最後に深呼吸をして、少し残ったその他もろもろを吐き出し、目の前に座る母様へと視線を向ける。
母様は、なんだか、小さくなっていた。
横に座る父様と比べると、まるで大人と子ども。
なんでそうなったのか、なぜ母様が生きているのか、そんな疑問が頭の中を飛び交う中、父様が話を始めた。
「月詠と須佐男にはもう既に話したが、天照よ。其方にも聞いて欲しい。なぜここに、母様がいるのかを」
月・木 更新
30話完結




