第98話 ヒロインは町人Aに手を赤くペイントする方法を教えられる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
ごぃんっ!!
アレンさんの頭に『横ではなく縦にした』フライパンが直撃し、彼は途端に意識を飛ばしてカウンターに突っ伏した。料理の上に突っ伏すハメにならなかったのは、せめてもの幸いである。
そのフライパンの柄は、ウェイトレスさんの手に握られていた。
「…全く、エイミー様のお連れさんだから何も言わずに聞いてたけど酷いことを言うもんですねぇ。…まぁ、お連れさんの言うことは間違っちゃいないんだけど…」
「何だ、何だ?」「今のでけぇ音は何事だ?」
フライパンとアレンさんの頭によって奏でられた大音につられ、ぞろぞろとロビーに居合わせた人たちが集まってきた。その中の1人であるヨハネスさんが、ウェイトレスさんから事情を聴いている。
あらかた事情を聴き終えたヨハネスさんは、腕を組んで顔を顰めた。
「…確かにアレン坊の言うこたぁ間違っちゃいねぇけどよ…この野郎、悪い方に言葉選びやがって…エイミー様、申し訳ねぇですがこいつを治癒してやって下さい」
言われるまでもない。わたしは痛覚遮断と診断を施した上で、B級治癒魔法を高速発動した。診断結果はC級の通常発動で事足りる、と出ていたのだが、高位治癒魔法の高速発動の方が治りも早いし、何しろ負傷部位が頭である。万一後遺症が残ったら、アレンさんのご家族やアナスタシアに申し訳が立たない。
…へ?アレンさんのご家族はいいとして、何でアナスタシア?…まぁいいか。
わたしが発動した治癒魔法によって、アレンさんの傷はたちまちに癒され、彼の意識も回復した。「…う、うぅ…俺は…急に頭に衝撃が…」と呟いてフライパンの直撃を喰らった部分を擦るアレンさんを見るギルドの人々の目は、一様に険しい。
「おいアレン坊、おめぇエイミー様にとんでもねぇこと吐かしやがったそうだな」
ヨハネスさんが声にドスを聞かせてアレンさんを睨み付け、その眼光をもろに受けた彼は恐怖に顔を引き攣らせた。
◇◆◇
「そりゃぁおめぇの言うこたぁ間違っちゃいねぇよ、だがな、ちったぁ言葉ってもんを選びやがれ。もうちょっと、乱暴されるとか、酷いことをされるとか、ぼやかした言い方があるじゃねぇか」
「ギルド長の言う通りだよ。まわす、なんて隠語は使うわ、輪姦って言葉は連呼するわ、挙句の果てには三つの穴を塞がれるなんて、私みたいなとうの立ったおばはんに対してならともかく、女の子に対して言うもんじゃないよ」
そうだそうだとヨハネスさんの言葉に賛同する声が出る中、アレンさんは恐縮しきりである。まるでゲーム中の『断罪イベント』みたいだが、これは冤罪ではない。アレンさんの言葉には、マヂでびびらされたもん。…あとお願いです、ウェイトレスさんも、ぶり返すのはやめて下さい…
「も、申し訳ありません。で、でも、あいつらに対するエイミー様の弾劾、というか悪口雑言罵詈讒謗が凄まじすぎたから、それだけの覚悟はおありかと聞きたかったんです。奴らのヘイトを最高値で買うような発言を連呼してましたから」
…お願いですアレンさん、あれは言わないで!わたしの黒歴史なんです!!
「…おうアレン坊、教えてくれるか?エイミー様のクズ野郎どもに対する弾劾って、そんなに凄まじいもんだったんかい?」
…ヨハネスさんも、興味持たないで!
「…まぁ、エイミー様のアレで胸がすくくらい、奴らのやり口は醜悪極まりない代物だったことは事実なんですけどね」
…よかった…これで、わたしの黒歴史に情状酌量の余地が付く…!
「…おうアレン坊、そのクズ野郎どもは、何をその…アナスタシア様ってお嬢様にやりやがったんだ?差し支えなかったら、教えてくれや」
「アナスタシア様ご本人だけでなく、ご実家のラムズレット公爵家やご両親に対してまで聞くに堪えない侮辱の言葉を浴びせかけて、アナスタシア様に無理やり決闘を申し込ませた挙句、5人がかりで共闘しようとしたんです。信じられますか?一人の女の子に対してですよ?」
ヨハネスさんに対するアレンさんの返答に、その場がざわついた。
「…信じられねぇな…そんなふざけた真似を、まがりなりにも次代の国王になろうってお方がやりなすったってかい…」「…ヨハネスさん?」
思わずわたしが呼びかけた声。その声に反応してヨハネスさんがわたしに顔を向けた途端、その魁偉な風貌は恐怖の色一色に塗り潰された。…わたし、そんなに怖い声と顔をしとりましたか?
「かのバカクズ太子に対して、敬語なんか使わないで下さい。奴に対して敬語を使うことは、敬語という存在に対する最悪の冒涜です。今度奴に対して敬語を使ったら、ヨハネスさんが亡くなるまでお酒を飲めないようになる…そうお考え下さい」
「へ、へい。承知致しやした、エイミー様」
◇◆◇
「皆さん、お願いがあります」
わたしは眼鏡の位置を直し、アップルジュースが注がれていたコップに口を付けた。リンゴの甘酸っぱい風味が口の中に広がる。それを堪能して嚥下すると、わたしはおもむろに口を開いた。
「アレンさんが仰ったことは確かにえげつなかったけど、お陰でわたしの覚悟が決まったことも事実です。だから、アレンさんのことを責めないであげて下さい。…あと、如何に貴顕の身であろうとも、クズレンジャーどもが敬意に値しない輩であることは明白です。だから、少なくともわたしの前で奴らに対して敬語を使うことだけは、絶対にしないで下さい」
そこまで言って、わたしはコップの中のアップルジュースを一気に飲み干した。
「…あと、絶対禁忌事項についてお伝えしておきます。クズレンジャーどもの中に、バインツ侯爵閣下の “血の繋がった他人” がい腐りやがります。奴の姓を呼ぶことだけは、絶対に、絶ッ対にしないで下さい。それは、バインツ侯爵閣下に対する最低最悪の侮辱であり冒涜です」「へ、へい。エイミー様、承知致しやした」
わたしの横で、アレンさんがドン引きした表情を見せている。でもご理解下さい、これはわたしにとって絶対に譲れない一線なんです。
◇◆◇
その後、ウェイトレスさん以外の人がその場を去った後でアレンさんとわたしが交わした会話は、わたしの認識に大きな衝撃を与えた。アレンさんは、フライドポテトを口に放り込み、咀嚼して嚥下した後でこう言ったのだ。
「エイミー様、今回の件で言うなれば俺もエイミー様も王太子に、そして奴を支持する一派に叛旗を翻したと考えるべきです」
「それは…判ってます。いえ、判ってるつもりです」
アナスタシアの追放を阻止したということは、バカクズ太子の、将来の国王の意思に逆らったということだ。このまま奴が国王になってしまえば、アレンさんもわたしも国王の意思に逆らった、言うなれば反逆者となってしまう。
そして奴はわたしが指摘したようにケツの穴が狭い…つまりは狭量である。そんな狭量な奴が、自分の意思に逆らった者に対して寛大であろう筈がない。奴とその一派との闘争に敗れんか、アレンさんやわたしを待ち受けているのは、アレンさんが指摘した通りの悲惨な末路一択である。
…まさか自分が古代中華帝国で繰り広げられていたような、凄惨な政治闘争の当事者になろうとは思わなんだわ。あれでも、敗者は身の毛もよだつような、まともに痛覚を持って生まれ出たことを後悔させられるような酷刑で処刑されてたし…
…っていうか、今更である。アナスタシアの意を受けて、バカクズ太子を廃太子すると決めた時点でそうなることは目に見えていた筈だ。…返す返すも今更だ。あほかわたしは。恥ずかしすぎる。穴掘って埋まりたい。
「俺がさっき、手段なんか選んでいられないと言ったのは、つまりそういうことです。こういうことは俺も得意じゃないので、本当なら王太子やその取り巻きどもをさっさと『急病死』させてやりたいところですが」
それができない理由があるってことか。わたしの物欲しげな視線に、アレンさんは苦笑してその理由を教えてくれた。
「王太子は、悪役令嬢に婚約破棄を宣告しました。おまけに、醜悪極まりない理不尽なやり口で悪役令嬢を学園から追放しようとしました。悪役令嬢の父親の、ラムズレット公爵が奴に悪感情を抱くのは必定です」
「…つまり、バカクズ太子と奴の取り巻きどもの急病死に、ラムズレット公爵の見えざる手が関与したと見る向きが出てくるということですか?」「ご明察です」
…貴族令嬢が平民に教えられちまったよ…
「だから、下手に乱暴な手口を取ることはできないんです。何れ、ラムズレット公爵から俺たちに再度接触があると思います。その時に、公爵とエイミー様、それに俺の3人で話し合う必要があるでしょうね」
それは理解できた。ぶっちゃけ、アレンさんが彼の必殺芸をラムズレット公爵に披瀝することは、アレンさんとラムズレット公爵の両方にとってメリットしかない。
ラムズレット公爵にとっては、政敵を『不幸な事故』ないし『急病死』によって葬り去る、この上なく幸便な手段を得ることができる。アレンさんが言ったように、多用することはできないがそういう奥の手があることは非常に大きい。
そして、アレンさんは、“掛け替えのない暗器” として、彼自身をラムズレット公爵家に対し宣伝することができる。下手をしたら、彼がその対価としてラムズレット公爵家のご令嬢様を彼の妻として娶ることを要求しても、ラムズレット公爵は肯うやも知れぬ程に価値がある暗器として。
そこまで考えた時、何故か判らんがわたしの胸に痛みが走った。
◇◆◇
アレンさんは “掛け替えのない暗器” として、彼自身とお母さんを庇護下に置いてくれたラムズレット公爵家に対し、裏面で報いる可能性を示唆した。ならば、わたしもそっちの方面でラムズレット公爵家に報いる道を示さなくてはならない。
…でも、どうやってそんな方面で報いるんだ?貴族令嬢って言っても、当代とって二代目の新興男爵家だぞ?そんな、お貴族様が得意とする権謀術数なんてとてもとても身に付いちゃいねぇよ。
首を捻るわたしを見て、アレンさんは顔を笑ませた。その笑みは、彼の顔貌が端正なだけに、この世のものとも思えぬおぞましさを醸し出している。
「エイミー様は凄腕のヒーラーでいらっしゃいます。王太子の大火傷を瞬時に治すことができるほどの、絶大な治癒力を持つ治癒魔法を自由自在に操るほどの。そして、文化祭の展示、拝見させて頂きました。治癒魔法や診断魔法を発動する前には、痛覚遮断魔法が必要なんですね」
その通りである。以前にも言ったと思うが、治癒魔法や診断魔法を発動する前に、必ず痛覚遮断魔法を施さねばならない。そうしなければ、治癒や診断の過程で強い疼痛を発するためである。これは、ヒーラーのイロハのイ、基本中の基本だ。
「つまり…痛覚遮断をせずに診断や治癒を行うって…拷問に使えますよね?」
アレンさんがおぞましい笑みを消すことなく発した言葉に、わたしは息を呑んだ。
「人類は、ありとあらゆる技術を拷問、処刑、戦争に用いてきた」
これは筆者の私見です。魔法のある異世界では、
魔法がその例外であろう筈がないですよね。
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