第97話 ヒロインは町人Aに覚悟を聞かれる
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
「それじゃぁ、悪役令嬢の追放を阻止できたことに」
「アレンさんから悪役令嬢へ捧げられた勝利に」
「「乾杯」」
アレンさんとわたしは、アップルジュースの入ったコップを掲げ合った。ここは東部冒険者ギルド内のバーである。わたしたちはカウンターに座って、首尾よくアナスタシアの学園からの追放を阻止できたことへの祝杯を上げているのだ。
「エイミー様、ギルド長から聞きましたよ。かわいそうなお嬢様をいじめていた性悪の若様たちを、その…」「初めまして、アレンです」
ウェイトレスさんが、フライドチキンをカウンターの上に置きながらアレンさんに視線を向けた。アレンさんが自己紹介したのを受け、わたしが補足紹介を加える。
「西部のギルドに所属している大物ルーキーです。『西部のアレン坊』って、ウェイトレスさんはご存知ですか?」
わたしの期待に反して、ウェイトレスさんは困惑していた。
「あぁ…すいませんねぇ、私はこうなっちまって、冒険者を引退してから久しいもんで最近の冒険者の事情は知らないんですよ」
そう言って彼女は左足の膝から下につけていた義足を外し、その足首に当たる部分を持って棒でも振るように振ってみせた。…冒険者ギルドだから通用する挙措である。他でやったら、確実にドン引きされる。
「あぁ、俺の師匠と同じですね。…ありがとうございます。頂きます」
アレンさんはそれを見て、事もなげにフライドチキンを受け取った。
「ギルド長から、エイミー様とお連れさんのお代金にって、2万セント貰ってるんです。たくさん飲み食いしてって下さいね」
「えっ!?そんなに!?あ、ありがとうございます!」
ヨハネスさん、ありがとうございます。でも…ガキ二人に出しすぎですよ?
アレンさんは喜色満面にフライドチキンに齧り付いた。それを暫く咀嚼して飲み込み、ジュースを一口含むと笑顔を消してわたしに視線を向ける。その視線は、驚くほど鋭く、そして険しい。
「…エイミー様、とりあえず悪役令嬢の追放は阻止できました。これから、俺たちはどう動くべきだと思いますか?」
◇◆◇
そう。そのことを、考えなくてはならない。これが悪役令嬢追放阻止ゲームなら、後はエンディングロールを見てゲームのアプリを切っておしまいだが、アレンさんとわたしにはまた別な目的がある。
わたしの目的は悪役令嬢アナスタシアの幸福。
アレンさんの目的は、それに加えて敵国の侵攻による王都ルールデン壊滅の阻止。
基本的に、アレンさんとわたしの目指す場所は同じだ。ならば、このまま協力関係を保ち続ければいいのだが、一つ大きな懸念事項がある。二人とも確実に、学園を退学処分になるだろう、ということだ。
わたしは、バカクズ太子をはじめとするクズレンジャーどもに悪口雑言罵詈讒謗を飛ばしまくり倒しまくってしまった咎で。またアレンさんは、奴らと決闘して一方的にボコしてしまったことで。
クズレンジャーどもが、わたしたちを怨んでいないわけがない。わたしに言わせれば、それは完全に逆怨みもいいところなのだが、逆怨みは小物の必須スキルである。そもそも奴らがアナスタシアに激烈な悪意を向けていたこと自体、逆怨みの産物であることに違いはあるまい。知らんけど。
「わたしは、いっそのことアレンさんが決闘で『不幸な事故』を起こしてしまうべきじゃないかとも考えました。でも、それをやると確実にアレンさんの将来が閉ざされてしまいます。それに…」
元来、人は人を殺めることに対して強烈な心理的障壁がある。わたしはクズレンジャーどもをゲロ吐くくらい忌み嫌っているが、それでも躊躇なく奴らを殺せるかというと首を縦に振ることはできない。
しかも、アレンさんもわたしも前世では世界有数の平和国家であった日本に生まれ、育ってきた。この世界を舞台にした乙女ゲーたる『マジコイ』をプレイしていたのだから、そう考えるべきだろう。そんな人間に、殺人などという罪業を負わせるわけにはいかない。何よりも、わたし自身そんなことしたくないのだから。
そう思ってジュースを口に含んだ時。
「あぁ、エイミー様、そういうことだったらご安心下さい。俺はとうにそういう方面での『童貞』は失っていますから」
…危うく口に含んだジュースを噴き出すところだった。咄嗟に左手で口を抑えたわたしの機敏な判断を、諸氏には褒めて頂きたい。
ど、童貞って!しかも、『そういう方面の』って、絶対に本来の意味知ってて言ってるでしょ!こちとら、花も恥じらう乙女ですよ!?おまけに、乙女ゲーのヒロインなんですよ!?そんな女の子に対して、向ける言葉じゃないでしょうが!
ジュースが変なところに入って、咽せてしまった。「けほっ!…こほっ!」と暫く咳が続いたが、何とか収めてアレンさんを睨む。そのアレンさんは、優しい笑みを浮かべてハンカチを差し出してくれていた。
「…そんなイケメンムーブしたって、もう遅いんです!女の子に対して下ネタ飛ばすような人だとは思いませんでした!最低です!見損ないました!!」
…と、アレンさんは優しい笑みを消して、ニタリ、と悪い笑みを浮かべた。
「マルクスに対して、『あんたをひり出した女が、バインツ侯爵閣下のご令息じゃない何処ぞの馬の骨とまぐわって、それでお前を孕んだんじゃないか』と、エイミー様は仰ってましたね。…ああ、『ひり出した』って単語は、レオナルドにも使っておられましたよ」「…!」
「それから、王太子に対して『お前のケツの穴の狭さには呆れ果てた、女王様のディルドーで拡げて貰って来い』とも仰っておられました。俺はそういう趣味ないんで、勘弁して下さい」「…うぎッ…!」
「あと、王太子に対してわざわざ着用済み靴下を一足丸ごと与えてしまったのはどうかと思いますね。奴は『匂いフェチのド変態』なんだから、むしろこの上ないご褒美になっちゃってますよ?」「…ぐはっ!!」
「まぁ、確かにエイミー様が仰るように、奴みたいな『朕下酢野郎』は、悪役令嬢の婚約者にはとてもとても相応しくないですよね」
…もうやだこの悪役令息…これだから、頭のいい人と口喧嘩なんかしたくないんだよ!こっちの発した失言を、余すところなく覚えてやがる!!
◇◆◇
完膚なきまでにアレンさんに叩きのめされたわたしは、涙目でバーのカウンターに添え置かれたスツールの上で三角座りをしていた。…え? “男の浪漫” が見えるんじゃないかって?安心して下さい、ちゃんとショートパンツを穿いてますよ。
「済みません、いじめ過ぎました。まぁとにかく、そういう訳なんでその辺はご安心下さい。エイミー様が仰るところの『クズレンジャー』に対して、『不幸な事故』を起こす用意も、『急病によって急逝』させる用意もあります」
できれば、それは最後の手段にしたいところですけどね。そう言って、アレンさんはアップルジュースが入ったコップを呷った。…言っていることに比して、飲んでいる物が可愛らしすぎやしませんか?
と、アレンさんは空になったコップをウェイトレスさんに渡して、「お代わりをお願いします」と言い、ウェイトレスさんがそのコップを受け取ると同時にわたしに向き直った。彼の端正な顔に浮かべた表情は、何度も見たマカーブルなもの。
「エイミー様は、その覚悟はおありですか?」「え…えっ?」
「…悪役令嬢の幸せのために…手を赤くペイントする覚悟はおありですか?」
◇◆◇
アレンさんのその問いは、わたしを狼狽させた。…そ、それってつまり、人を殺める覚悟はあるか、ということですか…?
「殺す必要はないんですよ…いや、エイミー様だったら、殺すよりももっとエグいことをやることになるかもしれませんね…あ、ありがとうございます」
アレンさんは受け取ったアップルジュースに口をつけることなく、マカーブルな表情のままわたしから視線を離そうとしない。
「俺は、必要に駆られてやむなくその覚悟を身に付けました。西部ギルドの先輩に言われたんですよ。盗賊や誘拐犯なんざ魔物と同じだと思えと。…否、魔物なんぞよりもタチが悪い代物だと思えと」
そこで初めて、アレンさんはお代わりのアップルジュースに口を付けた。わたしは、彼から突き付けられた問いの重さに、三角座りを崩すこともできない。
「俺にとっても苦い記憶なんで、詳しいことは話したくないんですが。あの時、最悪の事態に至らなかったのは幸運の産物でしかありませんでした。冒険者稼業なんかやってたら、どうしてもならず者どもの怨みを買うことになるってその先輩から言われました。その時に、ならず者どもの標的になるのは自分だけじゃないって」
アレンさんの表情に、陰惨なものが宿った。
「その先輩に言われましたよ。甘いことをやるなって。お前が惚れた女やお前の母親が輪姦されて売られた後で後悔しても遅いって」
はぁ、と溜息を吐いてアレンさんはアップルジュースの入ったコップに口を付け、そのまま一気に呷ってアップルジュースを飲み干した。
「済みません、もう一杯お代わりをお願いします。…エイミー様、お許し下さい。残酷なことを言っているのは判っています。でも、俺はエイミー様にその覚悟を持って頂きたいんです。悪役令嬢に対する、『クズレンジャー』どものやり口…俺に言わせたら、あれに比べれば盗賊どもや誘拐犯どものやり口なんか遥かに可愛らしいものです。あんな醜悪なやり口、初めて見ました」
…!!
「醜悪で卑劣ですが、それだけに効果的です。悪役令嬢に無理やり手袋を投げ付けさせ、その上で5人がかりで叩きのめす。その後は、煮るも焼くも奴らのやりたい放題です。奴ら自身が悪役令嬢を輪姦するもよし、ならず者どもに引き渡して悪役令嬢をならず者どもの慰み者にするもよし」
…敢えてアレンさんは、口の端に上すもおぞましいことを言っているのだろう。わたしの覚悟を確かめるために。
「俺もエイミー様も、奴らのヘイトを最高値で買ってしまいました。もう、後戻りはできませんよ。俺もエイミー様も、奴らの反対側に自分の命運を張ってしまったんです。手段なんか選んでいられません。どんなド汚い手を使ってでも、奴らを徹底的に破滅に追いやらなければならないんです」
アレンさんの茶色の瞳から放たれた眼光が、わたしの瞳を鋭く強く突き刺した。わたしがかけていた眼鏡は、アレンさんの眼光に対して全く無力だった。
「奴らとの闘争に敗れてしまえば、俺は母親が輪姦される様を見させられながら嬲り殺しにされてしまうのは必定です。そして、エイミー様と悪役令嬢は…」
…聞きたくない…だが、聞かねばならない…!
「正気を失うかさもなくば死ぬまで、三つの穴をならず者どもに塞がれ続ける人生を送るハメになります。…エイミー様、あなたはその覚悟があって、奴らにあれだけの悪口雑言罵詈讒謗をお向けになられたんですか?」
げに恐るべきは酒の勢いです。
我ながら、ここまでエグい描写をするとは思いませんでした。
ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、
本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。
厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも
頂きたく、心よりお願い申し上げます。




