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第76話 ヒロインはストレス発散の方法を見出す

最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。

現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。

完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。

文化祭にあってカール様が主催する出し物で、治癒魔法についての展示を行うと決めたのはいい。ならば、どのような展示にするか、その青写真を作らねばならない。そこで、わたしが「どのような展示にするか」と聞いたところ、若様方は「治癒魔法について展示すればいいのではないか」と宣った。


そのお言葉を拝聴したわたしは危うく眩暈を起こしそうになってしまったが、それを救ってくれたのはアナスタシアの言葉であった。


「エイミー嬢、宜しいか?」


アナスタシアが挙手して発言を求める。勿論!勿論のロンです!大歓迎です!


「アナスタシア様、お願いしますぅ」


お願いする、と言っている時点で、わたしの心情がお判り頂けよう。その言葉に頷くアナスタシアの蒼氷色の美しい瞳には、同病相憐むような色すら浮かんでいた。


「ただ一言治癒魔法と言っても、その包括する範囲は非常に広い。それら全体を纏め上げた展示を行うのは、時間的にも物理的にも不可能だ。ならば、治癒魔法の一部分について纏め上げ、それについて展示を行うべきだと考える」


…あぁ、アナスタシアがわたしの言いたいことを全部言ってくれた!


そう、まさにそれこそが、わたしが言いたかったことなんです!


治癒魔法全般について纏め上げた展示なんて絶対に無理だから、その一部分を掘り下げて纏め上げ、それを展示するべきである―彼女の提案は、まさにわたしが主張しようとしていたことに合致した。


治癒魔法の発展の歴史、治癒魔法による傷病治癒の原理、初学者のための治癒魔法修得方法の説明…いずれか一つだけであっても、深く掘り下げることによってかなり優れた展示を作り上げることができる。


ところが、カール様によってアナスタシアの発言はいとも容易に覆ってしまった。


◇◆◇


「ふん、普段は口賢しらなことを言っていながら、たかが治癒魔法一つ展示に纏められないと言いたいのか。情けないことだな、さぞやラムズレット公も、不肖の娘を持ったとお嘆きになるだろう」


カール様の言葉に顔を引き攣らせたのは、わたしだけだった。クロード様も、諸公子様方も皆カール様に賛同し、アナスタシアを嘲笑している。『石が浮かんで木の葉が沈む』とは、まさにこの光景だ。一方でアナスタシアは、悪意に満ち満ちた嘲笑に晒されても顔色一つ変えようとしなかった。


執拗にわたしを苛む眩暈と胸糞悪さに抗い、何とか言葉を発する。


「あ…あのぉ…アナスタシア様が仰ることにもぉ、一理あると思いますぅ」


わたしはそう前置きして、一言に治癒魔法と言ってもそのフォローする部分は非常に広範に亘り、文化祭の展示のレベルでその全体を纏め上げるなんて絶対に不可能であることを説明した。だとしたら、アナスタシアが言ったようにその一部分を深く掘り下げて、それを展示内容にするべきであると。


そもそも治癒魔法全体の総括なんて、バインツ侯爵閣下がライフワークになさってた事柄だぞ。わたしが東部冒険者ギルドに設えてもらった『治癒室』にある莫大な蔵書が、その成果だ。それをたかが一室の展示に、1ヶ月もない期間で纏めるってかぁ!?治癒魔法をコケにするのも、いい加減にしやがれ!


…はッ!やばいやばい、一見無知に見える発言だけど、これはカール様の気宇の壮大さを示すものなんだ。そんな不敬なことを考えちゃダメ!


「エイミーの慈愛は、まさに聖女の名に値するな。この女の下らぬ意見にすら敬意を表するとは…アナスタシア、エイミーに感謝しろよ。お前の愚見にすら、エイミーは見るべきものを見出してくれたんだからな」「…エイミー嬢、感謝する」

「…い、いえ…アナスタシア様のご意見もぉ、尤もだと思っただけですぅ…」


もう何もかも放り投げて不貞寝したい気分を辛うじて抑え、ようようの思いでそれだけ言うことができた。


◇◆◇


結局今日は、主にアナスタシアの意見にわたしが賛同ないし修正を入れる形で議論を進め、『初学者に治癒魔法への興味を持ってもらうため、治癒魔法およびその関連魔法について修得する手法をパネルで展示する』ことを決定して解散となった。


…途中で若様方がわたしにいちゃつきかかったり、アナスタシアの意見に対して悪意剥き出しのヤジを飛ばしたりするなど、しょっちゅう議論が横にずれて修正するのにめたくそ苦労させられたこともまた事実ではあるが…


…それにしても、若様方のアナスタシアに対する態度は本当に酷かった。彼女が口を開くたんびにゲスいヤジを飛ばし、わたしが彼女の意見に賛同すれば「エイミーに感謝しろよ」と言ってみたり、わたしが修正を入れれば、「エイミーのような素晴らしいヒーラーの前で浅薄な知識を披瀝するからこんな醜態を晒すことになる」なぞと嘲笑するのである。


ちなみに、若様方はこの議論で何一つ建設的な意見を出していなかった。アナスタシアとわたしの2人だけで議論を進め、結論を出したようなものである。若様方がやったことは、殊更にアナスタシアを貶め、その一方でわざとらしくわたしを褒めそやすだけであった。言うなれば、わたしはアナスタシアを貶めるためのダシに使われたようなものである。


こんなこと言っちゃダメなのは判ってるけど、ここだけで言わせてくれ。


も う 本 ッ 当 に 胸 糞 悪 い !!


また明日からこんな状況に晒されるかと思うと、これから溜まるストレスが怖い。また肌髪にトラブルを抱え、激痩せするのは正直ごめんだ。


いつものアルバイト先、冒険者ギルドへの馬車の中で、わたしは溜め息を吐いた。身体を動かすのはあまり好きではない―むしろ嫌いだ―が、ストレス発散になるのであれば致し方ないってものだ。


◇◆◇


「こんなもんで、よござんすかい?」

「はい。我儘言ってごめんなさい。ありがとうございます」


ギルド内の鍛錬場の端っこに埋め込まれた、わたしの膝丈程度の高さの2本の土台。その上に、わたしの腕とほぼ同等の太さを持つ棒切れを束ねて固定しながらヨハネスさんがわたしに質問した。それに応えるわたしは、細腕には少し堪える重さの丸棒を持っている。


前世で、動画で見たことがある。かつて『妖怪首おいてけ』を生み出した、殺魔と呼ばれる人外魔境にて受け継がれてきた剣術の鍛錬方法の一つだ。


ちなみに衣服は、上着とチョッキを脱ぎ、リボンとブローチ、またブラウスの第一ボタンを外して袖を肘下辺りまで捲ってある。それだけでなく、ローファーを脱いで底に滑り止めを施したブーツを履いていた。


「いきなり棒っ切れで思いっ切り物をブッ叩きてぇってエイミー様が仰った時には驚きやしたが、学園生活で何か嫌なことでもおありでしたかい?」

「はい、まぁ…そんなところです。学園は、このギルドと違っていい人ばかりがいるわけでもありませんから」


ヨハネスさんは何か遣り切れないものを追い払うように、目を閉じて首を振った。


「エイミー様みたく聖女みてぇなお方に辛く当たるなんざ、どんな若様やご令嬢様か知らねぇけど碌なもんじゃござんせんや」


ごめんなさい、ヨハネスさん。二つ事実誤認があります。まず、わたしは聖女なんてもんじゃありません。もう一つ、碌なもんじゃない若様方に辛く当たられてるのはわたしじゃないんです。


「あぁ、おっ始める前ェに、こいつをお着け下さい」

「手袋…ですか?」


ヨハネスさんがわたしに手渡してくれたのは、ごつい厚手の手袋だった。


「へい。こいつを着けてねぇと、ブッ叩いた時の衝撃で手が痺れて、棒っ切れを落としちまいやすし、長いことやってると手の皮が剥けちまうんでさぁ。あと、眼鏡も外しておいた方がいいかもしれねぇです」


ヨハネスさんにお礼を言って、貸してもらった手袋を着けてみた。見た目のゴツさに反して、着けた感触は随分と軽い。その上で丸棒を掴むと、滑り止めを施してあるようでしっかりと掴むことができた。


「我儘言ったのに、ここまで誂えて頂いてすみません。ありがとうございます」

「なぁに、うちでは駆け出しの連中が剣の稽古をする時にはみんなこれくらい着けさせておりやすから。じゃぁ、お気が晴れるまで存分にどうぞ」

「ありがとうございます。ケガ人が出たら、すぐに仰って下さいね」


鍛錬場からヨハネスさんが出て行くのを確認し、眼鏡を外した上で両手で丸棒をしっかりと握って、わたしは固定された棒切れの束に正対した。まず肺ノ腑の中の息を吐き尽くし、その後で静かに、しかし深く息を吸い込む。そして、肺ノ腑の中身が空気で満たされた瞬間。


「きええええええぇぇぇぇぇぇッ!!」


わたしは猿のような絶叫を上げ、固定された棒切れの束に向かって丸棒を力ずくで振り下ろした。丸棒と棒切れが衝突して大きくも乾いた音を立て、手袋が減殺してくれる衝撃が身体に心地よい。そのまま息が切れて声が途切れるまで延々と丸棒を棒切れの束に叩きつけ続ける。


声と共に体力の切れ目が来て、握力をなくした手から丸棒が滑り落ちた。そのまま、手袋を着けたままの両掌を膝にやり、「ぜぇっ、ぜぇっ、はぁっ、はぁっ…」と肩で苦しい息を()いた。


暫くして気息が整い、体力が戻ったのを確認してわたしはもう一度丸棒を両手に取って握り締めた。そしてもう一度、棒切れの束に正対し…


「バカクズ太子!イキリクズ王子!アホクズチャラ男!糞クズメガネ!腐れクズ脳筋!お前らどいつもこいつもまとめて死んじまええええぇぇぇぇッ!!」


ここ2ヶ月ほど、声に出したくて堪らなかった単語を絶叫しながら、わたしは丸棒を息と体力の続く限り眼前の棒切れの束に叩きつけ続けるのであった。


◇◆◇


…セントラーレン王国の南方、ザウス王国の更に南方の熱帯雨林には、『デング』と呼ばれる風土病がある。非致死性ながら、高熱と激しい筋肉痛を主訴とする流行性の熱病だ。翌日と翌々日、わたしはその『デング』を髣髴とさせる激しい筋肉痛に苛まれるハメに陥った。

薬丸自顕流を修めた乙女ゲーのヒロイン…需要ありますかね?


ブックマークといいね評価、また星の評価を下さった皆様には、

本当にありがたく、心よりお礼申し上げます。


厚かましいお願いではありますが、感想やレビューも

頂きたく、心よりお願い申し上げます。

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