第72話 ヒロインは町人Aの目的を聞く
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
「何だってぇッ!エイミー様が、男を連れてきなすったってぇッ!!」
ヨハネスさんの大声がギルド長室に響いた。窓ガラスがびりびりと音を立てるほどの大音声である。まるでオペラ歌手だ。
「ええ、そうなんですよギルド長。それも驚くじゃないですか。エイミー様が連れていらした奴ってぇのが、あの “西部のアレン坊” なんですよ」
わたしの横に立っていた御者さんが、ニヤついた顔を直そうともせずに言った。老眼鏡を外したヨハネスさんも、魁偉な風貌にニヤリ笑いを浮かべている。
「成程なぁ…エイミー様に男が出来たら、ブレイエス男爵様がさぞかし怒り狂いなさるだろうと思ってたが…あの史上最年少でCランク冒険者資格を取りやがった “西部のアレン坊” なら、男爵様だってエイミー様との仲をお許しになるだろうて」
ちょ、ちょっと!ヨハネスさんまで、何を勘違いしてるんですか!!?
「よ、ヨハネスさん!勘違いしないで下さい!アレンさんとわたしは、王立高等学園の同級生ってだけなんです!」
わたしの声が思わず大きくなったのを、ヨハネスさんがごつい右掌をわたしに向けて制した。その魁偉な表情に浮かんだ感情は、あたかも自分の娘が彼氏を連れてきた時の如き歓喜と剣呑。
「エイミー様、ご安心下さい。エイミー様が男を見なさる目は確かですぜ」
「ち、違うんですって!ヨハネスさん、アレンさんとわたしは、そんな関係じゃないんです!ほんとに、王立高等学園の同級生で、友だちってだけなんですから!」
わたしを宥めるように、ヨハネスさんはわたしに向けた右掌を振った。
「エイミー様のご心配は、よく判りやす。エイミー様がこれと選びなすった男に、ブレイエス男爵様が手袋を投げつけなさることを危惧していなさるんでしょう?ご安心下さい、あっしらがきっちりとそいつを値踏みさせて頂きやす。なぁに、かの “西部のアレン坊” なら、男爵様もお認め下さいやすって。でも、万が一、奴がエイミー様に相応しくねぇ野郎だった日にァ…」
だから、違うんですって!人の話を聞いて下さい!!
◇◆◇
「えっと…その、申し訳ござんせん。エイミー様が仰ってたことは、本当のことだったんでござんすね…早とちりしちまって、申し訳ねぇことでした」
ヨハネスさんをはじめとする東部冒険者ギルドの皆さんが、みんなしてわたしに頭を下げている。その前に立つわたしは、顔に何本も縦線をこさえて右肩からはブレザーをずり下げさせていた。眼鏡の奥の目は、微妙に死んでいる自覚がある。
「えっと…その、判って頂けて幸いです。わたしもアレンさんも、やりたいこと、やらなくちゃならないことがあって、だから、そういうのじゃないんです」
「本当に、申し訳ねぇことでした」
そう言って、ヨハネスさんはアレンさんに向き直り、そのまま頭を下げた。
「…アレン坊、おめぇにも色々ときついことを言っちまって、済まねぇことをしちまったな。何しろ、エイミー様は俺たちにとっちゃ大切なお姫様みてぇなもんだからよ、エイミー様を悲しませるような奴たぁ一緒になって頂きたくねぇんだ。済まなかったよ、この通り、堪忍してくれや」
「お、お気になさらないで下さい…東部の皆さんが、エイミー様を大切に思っていらっしゃるのがよく判りました…」
あの、常に飄々とした雰囲気のあるアレンさんがヨハネスさんに怯えた視線を向けている。こりゃ、相当ヨハネスさんや他の人たちに詰められたな…あくまでも誤解から来たものとはいえ、わたしに悪意を向けてたことをバラされたら、って思うと生きた心地がしないだろな…
…絶対に、そんなことはしねぇけどな。そりゃ、アレンさんに対して思うところがないわけじゃないけど、彼に誤解されてもしょうがないことをわたしだってやってたわけだし。それに、アナスタシア救済の同担―いや、同志だもの。治癒魔法以外に何ら取り柄のないわたしとしては、同志大歓迎である。それが、大物ルーキーとすら称せられるほどの凄腕冒険者であれば尚更だ。
その後、重要な話があるので『治癒室』で二人っきりにさせて欲しいことをヨハネスさんにお願いした。
「本当は、年頃の男女を二人っきりにしちまうのはまずいんですが…人払いがいるような話だったらしょうがねぇですね。…おいアレン坊、判ってんだろな、おめぇのこったから大丈夫たぁ思うが、万一エイミー様にふざけた真似しやがったら…」
「も、勿論です!」
アレンさんが、ヨハネスさんの鋭く険しい眼光を受けて直立不動になった。…大丈夫ですよ、ヨハネスさん。アレンさんも、ここの皆さんと同様に紳士ですから。
◇◆◇
「…本当に、本当に申し訳ありませんでした…!」
ギルド内の通称『治癒室』で、アレンさんがわたしに土下座して謝っている。どうやら、わたしの推測は合っていたようだ。かなりヨハネスさんや、他の冒険者の人たちに詰められたらしい。二人っきりになったら土下座くらいされるかもしれないとは思っていたが、実際にされると引くものがあった。
「あ、アレンさん、そんなことなさらないで下さい。わたしだって、アレンさんに誤解されてもしょうがないことをやってたんです。と、とにかく、このままじゃお話もできないからこちらに座って下さい」
そこで、ようやっとアレンさんは土下座を解いてくれた。わたしが勧めた椅子に座ってくれた後で出す声は、自責と後悔に彩られている。
「そちらのギルド長さんや冒険者さんたちに詰められたのが怖かった、っていうのもあったんですが、それよりも皆さんがエイミー様のことをとても大事に思っておられるのが判ったんです。それは、エイミー様が皆さんのことをとても大事に思っておられるから、だと俺は思ったんです」
アレンさん、それ逆です。ヨハネスさんをはじめとするここの人たちが、わたしのことをとても大切に思ってくれているんです。だから、わたしもここの人たちを大切に思っていて、大事にしたいんです。
「そんな方が自分の欲望を満たすために、逆ハーなんて狙いやしませんよね。バカな誤解をしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
…ふと思ったんだけどさ、逆ハーってそんなにいいもんかいな?ただ単に傅かれるってだけならまだしも、恋愛の行き着く先はそーゆー行為だぞ。それって下手したらりんか…ゲフンガフン…
「考えてみれば、俺も浅慮だったんです。エイミー様の、攻略対象に対する態度をちゃんと見ていたら、何か裏があることくらいはすぐに判った筈です。でも、エイミー様が攻略対象たちにベタベタと引っ付くようになってからクラス内の雰囲気が最悪なものになってしまって、そのせいで俺の目的が瓦解しかねないと思ったら我慢できなくなってしまったんです」
アレンさんの目的?…そういえば、アレンさんは何を目的にしてるんだろうか?
「アレンさんの目的…よかったら、教えて頂いてもいいですか?」
「そうですね…エイミー様の目的もお教え頂いたし、俺がお話ししないのは不公平ですよね。エイミー様が信頼に値する方だってことは判ったし、公になって困ることでもないからお聞き頂いてもいいですか?」
ぜひお聞かせ下さい。わたしがそう言うと、アレンさんは穏やかに笑った。
◇◆◇
「俺の目的は、母やお世話になった人たちを守りたい、これだけです。そして、悪役令嬢の救済はそのための手段です。絶対に譲れない、ね」
…アレンさんのお母さんやお世話になった人たちを守りたい?そのために、アナスタシアの救済が必要ってこと?なして?
「エイミー様も『マジコイ』をプレイなさったんだったら、このまま手を拱いて悪役令嬢が学園から追放されたらどうなるかはお分かりですよね」
「判ります。まず、国内屈指の名門貴族家の令嬢である悪役令嬢が社交界から追放されることにより、宮廷内のパワーバランスが崩れるんですよね?」
わたしのその答えに、アレンさんは頷いた。
「その通りです。結果、宮廷内で内紛が起きてそれは容易に内戦に発展し、それによる国内の乱れと国力のガタ落ちに乗じて建国以来の敵国であるエスト帝国軍が王都ルールデンまで侵攻して来るんです」
そこで、アレンさんは一息ついてその端正な容姿には似合わないマカーブルな表情を見せ、その表情に似つかわしいおどろおどろしい声を出した。
「…その結果、王都ルールデンは破壊し尽くされ、住民は鏖殺されてしまいます」
あぁ…そういえば、そんな描写があったなぁ…住民が皆殺しにされた、という明確な描写はなされていなかったけど、王都壊滅イベントのスチルに『その後、ルールデンの住民たちの姿を見た者はいない』という一文が被せられていたわ、確かに。
皆殺しにされたと決まったわけでもないだろうが、生き残りは全員エスト帝国に連れて行かれて奴隷にされたとか、まぁそんなものだろう。どこかに逃げ延びることができた、なんて幸福なオチは期待できそうにないな…
…って、それって学園の全員、お父様やお母さん、冒険者ギルドの皆さんも全員殺されてしまうってことじゃねぇか!何を呑気に構えてるんだよわたしは!
まさか、この台詞をまた叫ぶことになろうとは思わなんだわ!
「やっぱりあほだわたしはあああぁぁぁッ!!」
そりゃ、お姫様みたいに扱ってる女の子が
同年代の男を連れてきたらそうなりますよね。
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