第29話 ヒロインは精神の安定のために町人Aと会話する
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
教室でのおしゃべりが過ぎてアナスタシアにアレンさんともども叱られた後、わたしは周囲の目につかない場所で土下寝どころか、三跪九叩頭する勢いでアレンさんに謝罪した。わたしが彼を巻き込んで一緒に叱られるハメに追いやってしまったのだから、わたしが謝るのは当然だ。
それに対してアレンさんはかえって恐縮したように謝罪を受け入れてくれ、その後で今後は人目のない場所で会うことを確約した。
…というと誤解を招きかねない表現だが、アレンさんはクラスで唯一の平民出、わたしは新興男爵家の出身、しかも一時は非嫡出子であったこともあり、他のクラスメイトとは文字通り身分が違う。いずれも、こちらから他のクラスメイトに話しかけることは許されず、話しかけられても向こうが許可しなくてはこちらが口を開くことも許されない、といった立場だ。
つまり、アレンさんもわたしも入学した途端にぼっちで陰キャでチー牛でNerd確定という、イヤすぎる立場を望むと望まざるとに関らず強要されたに等しいのだ。
まぁ、わたしはそれでも構わない。NerdならNerdらしく治癒魔法の精進と魔力の増強にヲタクじみた執念を燃やし、その一方でアナスタシアへの贖罪のため、彼女を糞ヘイトシナリオから救済することに学問以外の全精力を傾注するまでだ。
アレンさんも、この王立高等学園に入学した、何らかの目的があるらしい。それが何かは、現時点では教えてくれなかった。まぁそれはいい。いずれわたしに話しても構わない、と彼が判断すれば、話してくれることもあるだろう。
だがそれにしても、だ。話す相手も碌にいないとあっては、アレンさんもわたしも精神を病んでしまいかねない。
そこで、人目のない場所で週一ほどのペースで会い、『他者との会話分』を補充することにしたのだ。『他者との会話分』が枯渇すると、抑鬱、苛立ち、心身の不安定、性欲の異常亢進、酒量と喫煙量の増加などの症状が顕現する。エイミーたるわたしは酒も煙草もやらないが (前世ではどっちもやってたけどね) 、そんな精神状態でいることがいいはずがない。
え?アレンさんとわたしの色恋沙汰?ないない!絶対にない!そりゃ、彼はかなりのイケメンだ。美男子と言っても過言じゃない。しかも、イケメンなのにイケメンぶらないところがさらに好もしい。
だが、アレンさんは彼なりの目的を果たすために脇目を振るつもりはさらさらないだろうし、わたしだって同様だ。アナスタシアを糞ヘイトシナリオから救うためには、治癒魔法能力の向上や魔力の増強だって二の次にするつもりだのに、色恋沙汰なんぞでそれを疎かにできねぇよ。
アレンさんもわたしも、精神の安定を保つために『他者との会話分』を補充しようとしている、ただそれだけなのだ。
それに、アレンさんとわたしがそういうことになっちまったら、確実にお父様がアレンさんに決闘を申し込む。わたしには親ばかっぷりとお母さんとのバカップルぶりしか見せていないが、お父様は実は王宮剣士団の部隊長を務めるほどの百戦錬磨の手練れだ。わたしは、アレンさんをお父様の剣の錆になんて絶対にしたくない。
…ってか、そもそもわたしの中の人はアラフィフオヤヂだぞ。それが、如何に好感の持てるイケメンだからってそんな感情を持っちまったら、それこそキモいわ。
…確かに、最近はわたしの精神の中核を為す『俺の魂』が『エイミーの肉体』から受ける影響が非常に強くなっている。最早、アラフィフオヤヂとしての感性は思春期の少女としてのそれに殆ど塗り潰されているくらいだが、流石にまだかつての同性を恋愛対象にするところまでは行ってねぇよ。
◇◆◇
「エイミー様が専属ヒーラーとして所属しておられる冒険者ギルドは、俺が所属している冒険者ギルドとは違うんですね」
アレンさんは、ようやくわたしに打ち解けて『俺』という一人称を使ってくれるようになった。もっとも、わたしに対して様付けで呼びかけ、敬語を使うのは変わらない。ほとんど身分が変わらないんだから、普通に呼びかけてほしいと何度言っても「俺は平民でエイミー様は貴族です。そんなけじめのないことをしていたら、またアナスタシア様にド叱られますよ」と言って改めてくれない。この頑固者め。
「ルールデンのような大きな街だったらギルドが複数あってもおかしくないですから。わたしが所属しているギルドは、貴族街に近いところにあるんです。アレンさんが所属しておられるギルドは平民街、それもこう言ったら失礼ですけど貧民街に近いところにありますからね」
だから、わたしもアレンさんに対して敬語を使うことをやめない。彼は嫌がって、「平民の俺に対して貴族でいらっしゃるエイミー様が敬語で話しかけられるなんて、貴族たるブレイエス男爵家の沽券に関わります。どうか、そのようなお言葉遣いはおやめ下さい」と言うのだが、「尊敬する方に敬語を使わないことこそ、エイミー・フォン・ブレイエスの沽券に関わります」と言って、意地でも改めない。
それを聞いたアレンさんは「エイミー様は頑固でいらっしゃいますね」と、呆れたような言葉を発した。お前が言うな。
とまれ、こんな感じで遠慮し合っている男女のどこに恋愛感情が発生すると思う?そんなの、配牌13種13牌からの面断平三色聴牌よりもあり得ねぇよ。
◇◆◇
…とまれ、そこから先は互いの冒険者ギルドでの思い出話に花が咲いた。
「アレンさんって、もうCランク冒険者の資格を持っておられるって凄いですね。わたしなんか、まだEランクなんですよ。それも、ギルド長さんに腕っこきの護衛を30人も付けてもらってEランクの昇格資格をクリアしたくらいですから、アレンさんとは全然重みが違います」
そう言うと、アレンさんは驚いたように少し声を高めた。
「それはまた…凄いですね…!やっぱり、専属ヒーラーだと扱いが違うのかな…」
「わたしはちょっと特別ですから。ブレイエス男爵家のお嬢様として扱ってもらっていたし、”癒し” の加護を神様から授かっていたので、ギルドの皆さんが特別扱いしてくれたんです。アレンさんに比べたら、格段に恵まれていますね」
その話を聞いたアレンさんの反応は、不自然を極めた。
「へぇ…そうなんですか。…!あ、そ、そうだったんですか!それはすごいですね!やっぱり、加護を授かっていると違うのかなぁ…」
文章に直すと、こんな感じである。アレンさんは、最初は「うん、知ってた」みたいな反応を返し、その直後にざーとらしく驚いて見せた。それに、後の方の反応も不自然なことこの上ない。
かつてヨハネスさんが教えてくれたように、”癒し” の加護は他の加護と比べてもかなりレアである。その理由はよく判らない。バインツ侯爵閣下の文献を当たってみれば、何か判るかもしれない。
ともかく、冒険者ギルドに属するくらいであれば、”癒し” の加護持ちがどれほどレアか判るだろう。それだのに、アレンさんの口調は他の加護と同様に “癒し” の加護を論じているような様子すら感ぜられた。
そのような態度は、彼が、わたしことエイミー・フォン・ブレイエスが “癒し” の加護を授かっていることを『既に知っている』ような様子すら匂わせていた。
ひょっとしたら彼もわたしと同じ…いや、現時点でそこまで決めつけるのは、わたしの目的からしたら時期尚早、危険ですらある。
とまれ、今後1週間を凌ぎ切るための『他者との会話分』は十分に補充できた。
「アレンさん、ありがとうございました。これで、来週1週間を乗り切れます」
そう言ってにっこり微笑んでみせると、アレンさんは端正な顔を赤らめた。初々しいのう。イケメンなのに、こういうところも好感が持てる。
「お、俺こそありがとうございました。お互いぼっちは辛いですね」
アレンさんはどうか知らんが、わたしはそんなにぼっちは辛くない。前世では、ぼっち歴イコール年齢だった。エイミーに転生してから、中学校や冒険者ギルドで人間関係が上手くいっていたのは、周りがわたしを立ててくれていただけのことだ。
あるいは、中学校や冒険者ギルドではエイミーの『ヒロイン力』が期せずして発揮されていたのかも知れない。今度バインツ侯爵閣下の著作を…流石にそこまでは書かれていないか。バインツ侯爵閣下の著作は、前世日本の国民的アニメの主人公である某水色タヌキ型ロボットが持つポケットではないのだ。
「エイミー様がいらして下さって助かりました。エイミー様がいらっしゃらなかったら、俺は確実に精神を病んでいました」
「わたしもです。アレンさんのおかげで、本当に助かってます」
互いにそう言って手を振り合い、来週同曜日、同時間での再会を約束して別れた。
◇◆◇
さて、アナスタシア救済のため、どのような行動を取るべきであろうか。
…差し当たり、わたしは『何もしない』ことにした。
『他者との会話分』の枯渇によって起きる諸症状について
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