第30話 ヒロインは何もしないことに決める
最終話まで書き終えたことに伴い、章設定を行いました。
現行の物語を本編とし、最終話以降におまけ・後日談を付け加えていく予定です。
完結後も引き続きご愛読のほど、宜しくお願い致します。
わたしがエイミー・フォン・ブレイエスとして転生したこの世界は、乙女ゲーム『マジコイ (何度も言うが、これは通称である。本来の名称は長すぎて痛すぎるため書かない) 』の世界である。乙女ゲーである以上、当然ながら攻略対象となるイケメンキャラが存在する。
以下に、その攻略対象キャラを身分順に紹介していこう。
第一に、カールハインツ・バルティーユ・フォン・セントラーレン。燃えるような美しい赤髪に青い瞳を持ち、細身ながら筋肉質の美丈夫で、”英雄” と “炎魔法” の2つの加護を授かっている。この乙女ゲーの主な舞台となるセントラーレン王国の王太子であり、悪役令嬢であるアナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットの婚約者でもある。
次に、クロード・ジャスティネ・ドゥ・ウェスタデール。黒目黒髪に褐色の肌を持ち、野生的な印象とともにネコ科の猛獣のような優雅さと強靭さを兼ね備えた雰囲気を有し、 “拳王” の加護を授かっている。セントラーレン王国の西側の隣国である、ウェスタデール王国の第三王子である。
三人目は、オスカー・フォン・ウィムレット。ウェーブのかかった長い金髪に緑の瞳を持ち、なまじいな女性よりも美しい女性的な美貌が特徴的で、”弓王” の加護を授かっている。セントラーレン王国随一の大富豪であり、セントラーレン王家と姻戚関係を結んだこともあるウィムレット侯爵家の嫡男である。
四人目は、マルクス・フォン・バインツ。黒髪に茶色の瞳を持ち、眼鏡をかけている。彼は “賢者” の加護を授かっており、魔法全般にその優れた力を発揮することになる。代々優れた魔術師やヒーラーを生み出してきた、バインツ伯爵家の嫡男である。ちなみに、治癒魔法におけるわたしの恩師であるレオンハルト・フォン・バインツ侯爵閣下の孫でもある。
最後に、レオナルド・フォン・ジュークス。短く刈り込んだ茶髪に青い瞳を持ち、筋骨隆々の男性的な逞しさが特徴的で、”騎士” の加護を授かっている。代々近衛騎士団長を務めるジュークス子爵家の嫡男である。
どいつもこいつもいずれ劣らぬイケメンばかりで、しかもアレンさんとは異なりあからさまなイケメンオーラを全身から凄まじい勢いで放出している。その中心に立っているのは無論カールハインツ王太子殿下で、残りの4人は彼の友人というか取り巻きというか、まぁそんなもんだ。
彼らが5人揃うと、そのイケメンオーラは相乗効果を発揮してさらに強化される。まさに美男戦隊イケメンジャーだ。その様子を見ていたクラスメイトの女子たちがきゃぁきゃぁきゅんきゅんと、わたしの髪の色よりも桃色で、かつ前世で『抜きすぎた』日の翌朝のお日様よりも黄色い声を発していた記憶がある。
だが、わたしはそのような中には入らなかった。元々あからさまなイケメンオーラには好意的になれない、というかむしろ嫌悪感を抱くタチであったし、おまけに前世のわたしである『俺』がこのゲームをしていた時には、目的のスチルを入手するためとはいえ散々こいつらに口説かれて、そのケがなかった『俺』はげんなりさせられた記憶がある。
え?どんなスチルが欲しかったかって?
お願いですそれは聞かんとって下さい。それを思い出すたんびに、わたしは後悔と自己嫌悪とアナスタシアに対する罪悪感で高所からI can flyしたくなるんです。
◇◆◇
さて、わたしの転生後の至上目標であるアナスタシア救済にあたってこの攻略対象キャラの扱いが問題になってくる。ゲーム中では、攻略目標キャラたちはどいつもこいつもアナスタシアを蛇蝎の如く忌み嫌っていた。
カールハインツ王太子は特に顕著で、かの決闘イベントではわざわざエイミーの代理人として名乗り出て自らの手でアナスタシアを叩きのめしただけでなく、その後学園を追放されて地方の修道院に送られる予定だった彼女が乗っていた馬車が賊どもに襲われたのは、マルクスの進言を受けてカールハインツ王太子が手引きしたためだった、という会話がカールハインツ王太子とマルクスの間でなされている。
…お前、元とはいえ婚約者に何しとんねん…
「女のくせに生意気だ」「可愛げのない悪女」「理解の悪い毒婦」「性根の腐り果てた魔女」「ぐだぐだと小理屈を捏ね回す小賢しい姦婦」皆、王太子とその取り巻き連中がアナスタシアを評した言葉だ。…まぁどれもこれも、凄まじいまでの悪意しか感じられない。もう、信じられねぇレベルである。
さらに酷いものになると、「剛毅沈着を以て鳴るラムズレット公とは似ても似つかぬ不肖の娘だ。本当は、ラムズレット公の娘ではないのではないか?」などと、耳が腐るような言の葉を発していた記憶もある。
…これって、どう見てもいじめだぞ?頭の悪いガキでもあるまいに、男が5人も寄って集って、こんな仕打ちを1人の女の子にしていた攻略対象キャラどもは、どいつもこいつも救いようのないクズじゃねぇのか?
おまけに言えば、『本来の』エイミーだってそうだ。一個の人間としては、エイミーは到底アナスタシアに抗し得ないため、ゲームの冒頭ではアナスタシアを大層恐れていた。それがカールハインツ王太子の寵を得た瞬間、嵩にかかってアナスタシアを挑発するような行動を取り出すのだ。そういうのを、『虎の威を借る狐』という。…いや、カールハインツ王太子を動物に例えるとしたら、虎はおろか狐でも失礼だな。…言うまでもないが、虎や狐に。
思えば、カールハインツ王太子…いや、バカ太子だってアナスタシアに勝っているのは身分だけだった。他は、学問も魔法も剣技も体術だって、アナスタシアの後塵を拝していた。…あれだ、バカ太子を動物に当てはめるとしたら、鼠だ。でもって、エイミーは『鼠の威を借りるダニ』だ。
…上の評価を改めるつもりはないが、もしも鼠やダニから抗議が来たら、謹んで謝罪し撤回する用意がわたしにはある。
今にして思えば、攻略対象キャラどももエイミーも、碌でもねぇクズばっかりだ。こんなのをヒロイン、ヒーローサイドに据えて、遥かに真っ当な人間であるアナスタシアをヒールサイドに置いたこのゲームの運営って、人として飼ってはならない、何か嫌すぎる物を心の中に飼っているとしか思えない。つくづくこのゲームは、『公式がご臨終』だ。
え?そんなゲームをやってたお前はどうなんだって?…返す言葉もございません。
◇◆◇
改めてその認識を持ってみると、攻略対象キャラどもには激烈な不快感と嫌悪感を禁じ得ない。奴らが発するイケメンオーラが、ムシゴヤシやヒソクサリが発する瘴気のようにすら感ぜられてくる。近寄っただけで、5分で肺が腐って多量に喀血して死んじまいそうだ。
…よし、美男戦隊イケメンジャー改め鬼畜戦隊キチクナンジャーどもには近づかんとこう。万一近寄るとしても、バカ太子がアナスタシアという女性の価値を真に理解できるように促す形で、だ。そうなってくれれば、バカ太子は愛情はなくとも敬意と誠意を彼女に抱くことができるだろう。
そうなればしめたもの、決してバカ太子はアナスタシアを蔑ろにはしないだろう。その時には、「かつて王太子殿下 (もしくは国王陛下) のことをバカ太子なんて呼んでごめんなさい」って土下座してやるよ。心の中でな。
そしてそのためには、他のキチクナンジャーどもとのフラグも絶対に立ててはならない。基本は変質者に対する対応と同じだ。近寄ってきたら逃げる。決して近づこうとしてはならない。
ほんのちょーっと惜しい気がせんでもないように思われるのは、マルクス改め糞メガネと接点を持てないことだ。あの糞メガネはバインツ侯爵閣下の孫に当たる。ひょっとしたら、閣下の思い出話でもできるかもしれない。
…あ、でも閣下はあの糞メガネのことを、『不肖の孫』って仰っておられたな。だとしたら、糞メガネが閣下のことを好意的に思っている可能性は低いか。むしろ、反感と隔意を持っているまである。何しろ、閣下は自分に対してほどじゃないけど他人に対しても厳しいお方だったからね。自分に甘い奴ほど、閣下を煙たがろうってものだ。やっぱり、糞メガネにも近づかないほうがいいな。
わたしも自分に対して甘いタチだけど、閣下の偉大さを間近で見たら反感なんざ抱きようがなくなるさ。先天的で非可逆的な、しかも致命的なデバフである “逆加護” がかかった風魔法を、C級のランクまで使えるくらいに鍛え上げたお方だぞ。どれだけ努力の鬼なんだ。男アナスタシアだ。いや、アナスタシアの方が女バインツ侯爵閣下だ。大事なことだから何度でも言うぞ。
…なんか話がずれた。とにかく、キチクナンジャーどもには絶対に近づかない。向こうから近寄ってきたら逃げる。これも本当に大事なことだから、何度でも言う。自分のことなので甚だ遺憾なのだが、エイミーには男を籠絡して堕落させる、蠱惑の才があるようだ。そうでもなかったら、ゲーム中であれほどキチクナンジャーどもがエイミーに入れ上げていた理由がつかない。
キチクナンジャーのうち、1匹でもそのエイミーの蠱惑の毒牙にかかってしまったら (わたしにかけるつもりがなくても先方が勝手にかかってくる恐れがある) 、そこでゲームオーバーになりかねない。その1匹からどんどん感染して、最終的にバカ太子に行きつきかねないのだ。
よし!基本的な方針は決まった!キチクナンジャーどもとのフラグを全部叩き折って、その上でアナスタシア派に取り入ろう!この間はチョンボをやらかしてアナスタシアに叱られてしまったが、わたしの治癒魔法を目の当たりにしたらアナスタシアだってわたしを軽くは見ないだろう。
わたしは満足して、寮の自室のベッドに横たわった。え? “逆加護” がかかった氷魔法を使って、明日の洗顔と口濯ぎ用の水を作らないのかって?
最近E級氷魔法じゃ、魔力が全然枯渇しないんだよね。ここ最近、本気でD級氷魔法を習得することを考えているんよ。
悪役令嬢モノにおいて、元ネタの乙女ゲーにおける攻略対象キャラが
クズ揃いなのは定番ですが、本文中の攻略対象キャラにおける
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