(総合評価1,000pt到達謝恩) おまけ・その5 (アレン視点) 転生モブ令嬢は聞くに堪えない悪口雑言罵詈讒謗の報いを受ける (第9話)
このおまけは、総合評価1,000pt到達謝恩で書かせて頂きました。
時系列的には、本編125話でヒロインが悪役令嬢の実家の
王都邸を辞してから、悪役令嬢と町人Aと一緒に
恩師のお墓参りに行くまでの間の時間帯になります。
極弱火ながら、ざまぁに挑戦させて頂いております。
お楽しみ頂けたら幸いです。
俺からかのイカレポンチのクソ女の尋問を引き継いだ騎士様たちが、尋問の果て導き出した結論は『この女は狂っている』というものであった。
何でも、あの後暫く半狂乱になって「嘘よ」「こんなことになるなんて」「こんな酷いバグはない」「運営は何してるの」などと喚き立てていたそうだが、やがて電池が切れたように力なくぐったりと項垂れた。…かと思うと、ぶつぶつと何やら呟き始めたそうである。その、歪んだ笑みを浮かべたまま呟いた内容は。
「…そうよ…これは夢よ…悪い夢なのよ…この悪夢が醒めたら…あたしはカール様たちに囲まれて傅かれて…存分に逆ハーを謳歌するのよ…」
何を訊かれても瞳孔の開いた瞳をあらぬ方に向けてそう繰り返すばかりで、他には何一つ建設的な回答を引き摺り出すことはできなかったそうである。
そこで、そいつの尋問に当たった俺と騎士様二人で相談し、『アナを学園から追放して賊に襲わせ、ならず者どもの慰み者にした挙句エスト帝国に売り飛ばすという陰謀は存在せず、このイカレポンチのエンガチョが話していた内容は狂人の妄想に過ぎなかった』ということにしてラムズレット公爵閣下に報告した。
俺たちからその報告を受けた公爵閣下は、「狂人の妄想か…フォイエルハウト伯爵夫妻も、そのような企てなど全くなかったと言っていたが…何とも納得はいかぬが、そうするのが一番無難であろうな…」と腕組みして言っていた。
斯くて、かのエンガチョは残りの人生をフォイエルハウト郡にあるフォイエルハウト伯爵家本邸内の地下室、その分厚い壁に閉じ込められることとなったのである。
◇◆◇
…こう言うと、フォイエルハウト伯爵家には全くお咎めはなかったように聞こえるが、無論そんなことはなかった。何しろ、狂人をそのままに放っておいて好き放題に外を散歩させ、結果この国の三大公爵家のご令嬢様にド迷惑をおかけしたのである。その件について、ペナルティを課されないわけがなかった。
フォイエルハウト伯爵家にはあのクソ女以外に後継ぎとなる子がいないため、このままでは家が断絶してしまう。そこで、ラムズレット公爵閣下は自分の寄子貴族の、更に寄子の一つである某男爵家の三男坊をフォイエルハウト伯爵夫妻の養子としてネジ込み、彼に家を継がせるように伯爵夫妻に提案―いや、 “隠密” のスキルを駆使してその場に居合わせた俺に言わせれば強要―したのだ。
公爵閣下がそうした理由は、エイミーと共に午後のティータイムを楽しんでいたアナが教えてくれた。そのティータイムに、俺もご相伴に与らせて頂いたのである。
「フォイエルハウト郡では、製粉業が盛んなのだ。そして、我がラムズレット州ではどのような産業が盛んか…皆まで言わずとも判るな?」
ラムズレットの王都邸内の四阿で、アナが優雅な所作でお茶を喫しながら言った言葉に、エイミーが可憐な美貌を引き攣らせながら言った言葉。
「うわぁ…ラムズレット州で取れた小麦をフォイエルハウト郡で製粉するっていうビジネスモデルを確立しちゃったわけですか…言うなれば、フォイエルハウトをラムズレットの下請けにしちゃったようなもんですね…公爵閣下も悪辣やなぁ…」
「エイミー。その言葉確かにお父様にお伝えしておこう」
アナのその微笑交じりの言葉に、エイミーが愕然と呻き声を上げた。
「うげぇ…アナ様、どうかわたしの今の失言は公爵閣下にはご内密に…」
「いや、その悪辣という言葉は寧ろ貴族にとっては誉め言葉なのだ。自家の権益を拡大する好機があれば、それを逃さず活用する、というのと同義だからな」
それを聞いたエイミーは、小作りな口をぽかん、と開けている。こう言っては失礼ながら、間抜け面っちゃぁ間抜け面だが、奇妙に愛らしい愛嬌があった。
流石、中身は変人でも乙女ゲーのヒロインを張れるだけの容姿である。
「だから、エイミーがそう評していたと聞いたらお父様は寧ろ喜ばれるだろう。何しろ、貴族は舐められるくらいなら恐れられた方がいいからな」
「そういうもんなんですか…ますます王家ご公認のヤクザやのう…」
…ちょ…!…おま…!そんなことこの国の超名門貴族家のご令嬢様の前で言っちゃまずいでしょ!?…俺の驚愕と懸念に反し、アナはエイミーのそのド失言に対して、目立つような反応を示すことはなかった。…何故?
…あ、そうか。アナはヤクザという単語が何を表すか知らないんだ。
「男爵家の三男をフォイエルハウト伯爵家の養子にするように提案したのも、その一環だろうな。フォイエルハウト家は、長い歴史を持つ由緒ある名門貴族家だ。そんな家が、如何に三大公爵家とはいえ他貴族家の寄子の更に寄子である男爵家の三男を養子に迎えさせられるハメに陥ったのだ。さぞや、フォイエルハウト伯爵閣下にとっては貴族の矜持を土足で踏み躙られるような屈辱だろうな」
「聞けば聞くほど、本当にえげつないですね…」
アナの美貌に浮かんだ笑みに、悪いものが混じった。
「いや、これでもまだ温情なのだぞ?件の三男殿は、未だ歳若ながら優秀で有能でな、かの男爵家の寄親である子爵家の政務官として頭角を表しているほどの人物なのだ。それほどの人材を養子にと勧めたということは、お父様はフォイエルハウト伯爵家を潰そうとまでは考えておられないということと同義だ」
本気でフォイエルハウトを潰そうとしていたら、寄子子弟の中でも箸にも棒にもかからぬほどの愚物を養子にするようにと勧めただろうからな。そう続けたアナは、悪い笑みを崩すことなく優雅な所作でお茶請けのクッキーを手に取った。
「公爵閣下に睨まれたら、ブレイエス男爵家なんか跡形も残りませんね…」
エイミーはそう言って、四阿に据え付けられたテーブルに突っ伏した。その姿に向けられたアナの笑みは、打って変わって優しい穏やかさに満ちている。
「エイミー、安心してくれ。お父様も私も、断じてブレイエス男爵家にそのような真似はしないさ。私の大切な友人の実家だからな。それに…」
アナの笑みが、優しく穏やかなものから悪いものに戻った。
「そんなことをしても、何の得にもならないからな」
「どうせ、ブレイエス家は領地を持たない新興男爵家ですよ」
テーブルに突っ伏したまま、エイミーはブー垂れた。
◇◆◇
それにしても…俺やエイミーもそうだが、あのイカレポンチのクソ女も転生者だった。俺は将来エスト帝国軍に殺される運命から免れるために、そしてエイミーは悪役令嬢への贖罪のために、それぞれアナを―悪役令嬢を救おうと考えていたが。
そう考えない転生者がいたということは、正直非常なショックを受ける話だった。あんな、悪趣味で醜悪極まりない運命を肯定的に捉え、その通りに事態を進めようとしていた奴がいたなどと…
本来なら物語に絡む筈のないモブ令嬢に転生した後ですら、あのエンガチョは自分がエイミーに成り代わって逆ハーを達成できると思い込んでいた。もしも、あいつがエイミーに憑依転生していたとしたら…想像するだにゾッとする話である。
万一そうなっていたら、本当に運命通りに事態が推移し、悪役令嬢は生き地獄を味わわせられた挙句闇堕ちして暗黒騎士になり、彼女の先導を受けたエスト帝国軍によって俺たちは皆殺しにされてしまっていたやも知れないのだ。
ふ、と俺はテーブルに突っ伏したままの姿勢を改めず、眼鏡の奥の緑色の瞳を微妙にどよつかせたままのエイミーに視線を向けた。
思わず微笑が漏れた。確かに治癒魔法の才とそれを支える魔力『だけ』は素晴らしいものを持っているが、他には貴族令嬢の嗜みなど全く持っていない。その行動も、少し、いやかなり、いやもの凄い、いやこの上なく奇矯だ。
だが、善性に満ちた心根を持つ優しい少女。エイミーの『中の人』がどのような人物であったかは知る由もないが、その人がエイミーに憑依転生してくれたから、現状はあの運命よりも遥かに改善された、とすら言うことができるだろう。
と、俺の視線に気付いたか、エイミーがテーブルから身を起こした。
「…?アレンさん、どうしたんですか?わたしの顔をジロジロ見たりして。幾らわたしが美少女だからって、そんなにジロジロと見るのは何ぼ何でも不躾で失礼ですよ…って、ンなこと自分で言ってるんじゃねぇよわたし」
…セルフツッコミかい。とか思ったら、アナがその美貌に浮かべた悪い笑みを更に深くしながら、無慈悲で容赦のない一撃を加えた。
「いや、確かに言う通り、エイミーは可憐な美少女だぞ。…黙っていて動かなければ、という但し書きが必要だがな」
その痛撃を喰らい、エイミーはもう一度テーブルに突っ伏した。
「アナ様も酷いこと仰いますね…謝罪と賠償を要求しますよ?」
もう一度、俺は微笑を漏らしてしまった。このように他愛ない会話を交わし、またそれを聞くことができるのは、エイミーの『中の人』のお蔭だ。
「エイミー様、ありがとうございました」
いきなりエイミーに礼を言った俺の姿を見て、アナは口に焼き菓子を遣ろうとしていた右手の動きを止め、エイミーは突っ伏していた身体をもう一度起こした。
べったりとテーブルにくっつけていた滑らかな頬に、平坦な痕が付いている。その痕と疑問符を愛らしい顔貌に貼り付けて、エイミーは俺に問うた。
「ほへ…?わたし、何かアレンさんにお礼を言われるようなことしましたか?」
「『あいつ』ではなくって、『あなた』だったことは、俺にとって何よりもありがたいことだったんです。だから、お礼を言わせて頂きました」
これ以上詳しいことを言うわけにはいかない。この場には、俺たちと異なり転生者ではない人物―アナだっているのだから。
「よく判らぬな…アレン、お前がさっき言っていた『あいつ』ではなくて『あなた』だったとは、一体どういう意味なのだ?」
…うげ、やばい。アナに興味、というか疑問を持たれちまった。
「あ、そ、それはですね…矢鱈とアナ様を敵視している『あいつ』じゃなくって、『エイミー様』が学園に入学して下さったから、アナ様が学園を追放されることもなく、結果この国の貴族社会に不協和音が起こることもなかったじゃないですか。そのことについて、エイミー様にお礼を言いたかったんです」
まぁつまりこういうことだ。あいつが順当に学園に入学したとすれば、確実に攻略対象キャラどもを篭絡にかかる。それも、アナを貶めるような形で。
そして、アナを貶めることができれば何でもいい攻略対象キャラどもは、殊更にあいつの周りを取り巻いてあいつに傅くだろう。そして行き着く先は…学園の卒業進級祝賀パーティーにおける婚約破棄、そして断罪劇と決闘騒ぎだ。
まぁそうなっても俺がいるから決闘騒ぎの果てアナが学園を追放されることはないだろうが、現状と異なり相当に事態がややこしくなることは必定だろう。
「エイミー様のお蔭でそうならなかったようなものだから、俺はエイミー様にお礼を言ったんです。アナ様を敵視しているあいつが学園に入ってきたら、確実にあいつはアナ様を学園から追放しようと画策するでしょうから」
「アレンの話だと、余りエイミーは関係がないようだが…それにしても、あの者は何故そこまで私を敵視するのだ?これまでは、ラムズレットはフォイエルハウト伯爵家に対し、殊更に手酷い仕打ちをしてきたようなことはない筈だが…」
アナのその疑問に、エイミーと俺は顔を見合わせて声なき苦笑を交わした。そりゃぁもう、あなたはこの世界を舞台とした乙女ゲーの悪役令嬢ですから。
「確かにアナ様の仰る通り、わたしは余り関係ないみたいですけど…でも、アレンさんがお礼を仰って下さるのならとても光栄なことですね。アレンさん、そのお礼、ありがたく受け取らせて頂きます」
エイミーは、野の花のような可憐な笑みで応えてくれた。
本エピに示したような手法で他家を乗っ取るような手口は、
多分史書を紐解いたら出てくると思います。
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